「……また相馬兄妹絡みですの?」
ふぅ、と小さくため息を漏らしたのは
キャスリーン・エアフルトだ。
かの兄妹は何かと厄介ごとに巻き込まれている。それどころか、当たり前のように特異者達を巻き込むのだから尚悪い。
そして今回も彼女は巻き込まれている。相馬桔平の緊急信号を受信し、駆けつけたところを扉に吸い寄せられ、ブランダーバスへと足を踏み入れる事になってしまったのだ。
「相馬家には、厄介事に他人を巻き込む呪いでもかかっているのではないかしら」
これを『呪い』と言わずなんと言う。
もし本当に呪いだったとしたら、相馬若葉を傍に置いているオーフェデリアもこの先苦労するかもしれない。一度、解呪の専門家を紹介すべきだろうか。そんな事を考えつつ、キャスリーンは静かに首を振るった。
「先ずは此処をなんとかするのが先でしょうね、私は特異者――いえ、この地になぞらえるのであれば渡り人ですから。その力を使い、悪しき者達を退ける事から始めましょう」
加護を授かった身であれば、人以外の生き物と心通わせる事もできよう。それを本能的に察知したキャスリーンは近くにいた竜の群れに声を掛けた。
「どなたか、私を乗せてくれる竜はいらっしゃいませんか。眷属を神殿に近づけぬように対処したいのです」
出来れば飛べる者が良い。キャスリーンがそう続ければ、一匹の竜が名乗りを上げた。
『あたしの背で良ければ乗ってもいいよ』
ウキウキとした竜は大きな翼をはためかせた。大きさは他の竜と同じくらいだが、口調からして随分と若い個体のようだ。
「……でも、私は優しく高潔な乗り手にはなれないと思いますの。それでも問題ありませんか?」
『優しくないの? どーして?』
竜は長い首を傾げ、キャスリーンに鼻先を近づけた。
「勝つべき相手に勝ち、守るべきものを守るためには、持てる能力を全て賭けないとなりません。そういう意味では、私は戦いにおいて手段を選ぶタイプではありませんの」
たとえ手法が非道であっても、守る事が出来るのならば是とする。時には正しいかどうかで苦悩する場面も出て来るかもしれない。
キャスリーンがそのような事を伝えれば、竜は牙を見せて笑った。
『でもそれって守りたいからだよね。あたしだって皆の事を守りたい……それに、あなたが加護を受けているのなら大丈夫!! ……あたしの名前は旋風のナラン、あなたの名前は?』
「……キャスリーン・エアフルトですわ」
『キャスリーン、うん。分かった、あたしはあなたの……キャスリーンの翼になる』
ナランと名乗った竜は短い咆哮を上げ、キャスリーンに跪いた。
「後悔しませんか」
『しないよ、守りたい竜と人がいるから』
「……分かりました、でしたら参りましょう。あの眷属達を退ける為にも」
◇◆◇
キャスリーンはナランの背に乗り、神殿の外へと出た。かの竜は風の加護を持ち合わせているらしい、小さな羽ばたき一つで空高くへと舞い上がった。
「屋根の上に留まれますか」
ナランは返事の代わりに大きく旋回をしてみせる。近づこうとした眷属の攻撃を軽やかに避け、神殿の上へと留まった。
『キャスリーン、何するの?』
「時間稼ぎとサポートです。要は眷属が神殿に近づけないようにすればいいのでしょう?」
そう言ってキャスリーンはノクターンフルートを取り出した。
口先を歌口へと軽くつけ、息を吸い込み音色を奏でる。
奏でられた音色は美しく澄み渡るようなものだった。だが、それも奏でていけば毛色が変わってくる。棘や憎悪といった負の感情を感じ取れるような、美しくも不安定なものだ。
聞いた者達の目を奪う支配と操りの魔笛。音色はナランの羽ばたきによって拡散され、眷属達の統率を掻き乱していく。
「さぁ、これから何が起こるか知らない可哀想な邪竜の下僕達……あなたたちの的は私達だけではありませんのよ。でも、迫る死を知らずに死んでいけるのは、むしろ幸せかもしれませんね」
言の葉に想いを乗せ、紡ぎ出すのは呪いの力だ。
囁くように相手の精神をえぐり、気力と心を蝕んでいく。知能がなくともある程度効果はあるだろう、そう踏んで相手の耳元で囁くように言葉を続けていく。
「――ほら、あなたたちを噛み裂こうとする羽音がすぐそばに聞こえませんか?」
キャスリーンが優しく言葉を紡げば、眷属達は小さく呻き声を上げて近くに居た者達に牙を剥き始めた。
噛みつく者、切り裂こうとする者、訳も分からず翻弄されながらも手当たり次第に同士討ちを始めている。
『すごーい!! ねぇねぇ、キャスリーンなにしたの?』
ナランはキャッキャしながら嬉しそうに羽ばたいた。
その言葉にキャスリーンを蔑むような感情は感じられない。心からそう思い、嬉しそうな声色ではしゃいでいる。それを見てキャスリーンは少しだけ呆けた顔をした。
人と契りを結ぶ種族ならば、ある程度の高潔さを重んじるものだと思っていたが、それはただの杞憂であったらしい。
『キャスリーン、どうしたの?』
「いえ……邪竜の眷属とはいえ、竜を同士討ちさせていたので不快に思われないのかと」
『でも、眷属もなりたくてああなったわけじゃないし、天に還してあげた方が良いってひいひいじいちゃんがいってたし……』
「なりたくてああなった訳ではない……ですか?」
『うん、眷属は――キャスリーン捕まって!!』
ナランは言葉を途中で止め、その場から急上昇した。先程まで留まっていた場所に眷属の一匹が飛び込んできたのだ。我を忘れ牙を剥いているところを見るに、目隠しされたせいで自棄になっていたのだろう。
ナランは小さく唸り、羽ばたきを大きなものにした。それに合わせ、キャスリーンもフルートを再び奏で始める。
「……そのお話は後ほど。ナラン、まだ行けますわね」
『いけるよ。キャスリーンを乗せてどこまでだって飛べるよ、だってあたしはキャスリーンの翼なんだから!!』