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竜へ捧げる鎮魂歌【第一話/全三話】

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竜へ捧げる鎮魂歌【第一話/全三話】
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「負傷者はあちらへどうぞ。……さあ、これを食べて元気を出して下さい」
 永見 玲央は人々に寄り添い、彼らの不安を取り除いている。
 魔法で傷口を塞ぎ、持ち込んだチョコレートを手渡しながら彼らの言葉に耳を傾けていた。
 重傷者の人や竜の全快に至らぬ事は心苦しいが、今はこの場を耐えるのが先決である。パニックによる二次被害が起きぬよう、最低限の環境を整えてから本格的な治療を施すのが良いと玲央は考えていた。
「原点に立ち返る……状況は芳しくありませんが大事な事ですからね」
 MAVの代表として出来ること、そしてこの場に居る人や竜のために。
 治療が必要な人々の優先順位を決め、回復魔法によってこの場を制していく。

「こっちは大体配り終えたよ」
 空っぽになったチョコレートの箱を片手に、永見 博人は玲央の元へとやってきた。
「状況はどうですか」
「心のケアはもうちょっと時間が掛かりそう……多分なんだけど、今ここにいる人達は襲撃された街や村の人達なんじゃないかなって思ってるんだ」
 神殿内には戦える人間もいるが、民間人もそれなりの数がいる。出兵してどこかへ向かう素振りもなく、装備や竜騎兵の偏りから見て居住区を奪われた人間だと考えて良いだろう。
 自分たちは渡り人としてこの場で加護を授かった。勿論、今居る民間人達も何かしらの加護を授かっている。しかしながらそれは戦う術ではない、逃げ続け防戦を強いられている現状ともなれば不安は一入強いだろう。
「そうなると……アニマルセラピーも有りでしょうか」
「うん、僕のほうはルナキャットで子供達の注意を引いているけど……一匹だからね」
「私の白狼も手伝わせましょう。他に対処は?」
「言われたとおりチョコレートを渡したからさっきよりは大丈夫かな。子供達が元気そうにしていれば、きっと大人達も落ち着いてくれると思うんだけど」
 うーんと悩む博人を見て、玲央は少しだけ頬を緩ませた。子供達の中に自身は入っていないのだろうか? たまには子供達と共に遊んでみるのも良いだろうに――そう考え、玲央は口を開く。
「では、博人もその輪に加わってみてはどうですか?」
「え、僕も?」
「ええ、確かアナログゲームを持っていましたよね。それで一緒に遊んでみるのはどうでしょう、同じ年代の子が楽しそうにしていれば雰囲気は伝播しますから」
「でも、遊んだこと無いからなぁ……上手く遊べるかな」
「説明書を見ながら相談していくのもまた楽しみの一つでしょう。調査は落ち着いてからで構いません。他の特異者――渡り人もいますし、こちらは任せてください」
 博人は少しばかり考える素振りを見せたが、素直に玲央の提案を受け入れた。
「分かった。緊張が解れてきたら皆にも話を聞いてみる」
 警戒心を解き、仲間だと認めて貰えればある程度主導権は握ることが出来るだろう。上手く誘導する事ができれば「探険しよう!!」と誘い、神殿内に纏わる事を引き出せるかもしれない。
 あくまで渡り人として考え、振る舞おうとしている博人を見て、玲央は小さく息を吐いた。
「たまには年相応の交友をと思ったのですが……」
「うん?」
「いいえ、こちらの話です。それではよろしくお願いしますね」

 博人は玲央から離れ、子供達の輪へと加わった。
 先程配ったチョコレートを手に談笑を始め、箱からアナログゲームを取り出す。見た事もない玩具を見て周りの子供達は嬉しそうに声を上げている。
 それぞれが小さなカードやコマを取り出しつつ、博人によるゲームのルール説明に耳を傾け真面目に頷いたり、早く遊びたいとせがんでいる子もいた。
 子供達の興味心が予想以上だったのだろう、やや困惑しながらも場を収めていく博人は年相応の子にも見える。
 そんな様子を見ていた大人達は眉尻を下げ、微笑ましそうにそれを眺めていた。
 子供の泣き声や不安そうな表情というのは、たとえ実子でなくとも影響をもたらす。そういった所を丁寧に取り除いてやれば、一時的にとはいえ絶望という感情を拭い去る事ができるものだ。
「さて、私の方も成すべき事をしましょう。話を聞くだけでもそれなりに効果はあるはずです」
 玲央は子供達の笑い声を背に、大人達と向き合った。
 メンタルをやられた大人達の相手は大変だが、誘導するように心の内を問うていけばある程度の答えは見つかるものだ。家を焼かれた者、子と逸れたもの、これからを憂う者達に寄り添い、自分たち渡り人がそれを助けるためにやってきたのだと力強く訴えていく。
 人や竜が己の内側を吐露していけば、ある程度の冷静さを取り戻してくれた。勿論、それが逆効果となる場合もあるだろう。傾聴すべきか言葉を掛けるか、玲央は都度判断をしながらケアを努めていく。

「後は重傷者の治療ですが……そちらは戦場に赴いた方々が戻ってきてからでも問題ないでしょう」
 既に止血は終えている。応急処置に留まっている事が悔やまれるが、子供達の雰囲気を得て耐え忍んでもらうより他は無い。絶望的な状況でさえなければ、人は底力を以て死の淵を乗り越えられる事だってあるのだから。
「……後で呪術者の方に薬を調合してもらいましょう。渡り人の手もあれば、搬送するのに困らない程度には落ち着くはずです」
 その場合は担架が必要だろうか。竜に手伝ってもらうのも良いだろうか。そもそも王都に受け入れ体勢は出来ているのだろうか。一つ一つを整理し、探険ごっこをし始めた子供達に近づいた。
「何か良いものは見つかりましたか?」
 玲央は残っていたチョコレートを子供達に振る舞いながら博人に尋ねた。
「扉についてはみんな神話で知ってたみたいだけど、これが本当にあるかどうかは知らなかったみたい」
「神話ですか」
「うん、四大神竜が作ったんじゃないか~って言ってる子は居たけど、結局詳細は分からなかったかな。扉自体も調べたけど、特に開きそうな感じはなかったね。おそらくは何かがトリガーになって開くのかな」
「此度の私達のように、でしょうか」
「多分……メルゲンさんの祖先が渡り人であったことを考慮するなら、やっぱ条件は特異者かな。あ、そうだ。あともう一個だけ気になった事があって」
 博人は子供達の輪から抜けだし、玲央を扉の前まで誘った。
「この扉の竜……神話に出てくる四大神竜とはかけ離れた姿らしいよ」
「でしたら最初の渡り人と、その騎兵竜でしょうか」
「でも扉はその前からあったって言ってたよね。勿論、このレリーフが後期に彫られたものかもしれないけど……これ以上調べるのなら文献を漁る必要があるかも」
「その為にはこの場を乗り切る必要がありますね」
「うん、だから頑張るよ。もうちょっとゲームをしてもいいかな、さっき負けて悔しかったんだよね……普段やらないゲームだから余計に!!」
 博人は小さく笑う。その表情は玲央が久方ぶりに見た、実に子供らしい子供の笑顔であった。
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