「見知らぬ場所、人々と竜、そして邪竜。その眷属の襲来……」
風華・S・エルデノヴァは神殿に降り立ち、ここで起きている事について整理していた。
伺った話に寄ればこの世界の名はハイラハン、そしてここはブランダーバス王国、その神殿。現在、人類と竜達は邪竜の眷属と呼ばれる者らに蹂躙されている所であった。
「こちらの装飾は神話をなぞったものでしょうか?」
風華が真っ先に目を付けたのは神殿内部の装飾である。
人と竜を模した彫像、様々な煌めきを生み出すステンドグラス。そして自らが通った扉、そのレリーフ。唯一の出入り口を除けば、神殿内の殆どは石で構成されていた。
「今出来る事、今出来る事……」
風華は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
ひんやりとした空気が肺一杯に渡り、落ち着かない心をスッと宥めてくれる。
どれほど手を貸せるかは分からないが、扉のある神殿を護る事が今後に繋がってくれるだろう。風華はそう考え、国の長であるメルゲンへ声を掛けた。
「初めまして、風華と申します」
渡り人として導かれたのであれば手を貸すつもりである。微力やもしれぬが力になりたい、そのような事を言えばメルゲンは嫋やかな礼を見せ、この世界の神話について教えてくれた。
竜と人、それらが手を取り合った経緯。そして国の王が最初の渡り人であったこと。
それらを踏まえ、風華はやるべき事を見定めていく。
「ありがとうございます、私にできる事をしていくつもりです」
空へと飛び立った竜とその乗り手を見送りつつ、普段とは少々異なる親和感を悟った。
特異者としてではなく、渡り人として。得た加護を鑑みれば、内側よりこの場を護るのが人と竜の為になるだろう。
人々の拠り所であるこの場を護りきることができれば、それだけで信仰は衰えることがない。それどころか邪竜の眷属を追い払った実績もあれば、安寧への一歩を辿る事ができるはずだ。
「石造りならば……きっと加護を通じてお守りする事ができるはずです」
基本的な建材である石だけではなく、ステンドグラスも数種の鉱石が混ぜられているはずだ。それならば、と風華は地竜ムンフツェツェグ、かの竜の力を借りて鉱石の力を引き出す策を思いついた。
「……冷たいですね、ひんやりとしていて……ああ、だからこそ厳かな雰囲気が保たれているのですね」
触れた石柱は冷たく体温を奪い取っていく。だが、そのお陰でスッキリとした気持ちになる事が出来た。
人々の祈り、そして信仰。それを失わないためにも、今一度向き合うために作られた場所なのかもしれない。そう思えば、やはり重要なのはそれに纏わる者達の話だろうか。
「ご提案がございます」
風華は近くで祈りを捧げていたシャーマンに声を掛けた。
地竜ムンフツェツェグの加護があれば地に纏わるものに手を加えられるのでは? という提案。そして幸いな事に神殿全体が石造りであり、ステンドグランスなどもそれに準ずるものであるという事。それらの加護を以て、内側から強化するという考えを説明していった。
「ですので、良ければ武器……いえ、魔器の力をお借りしたいのです」
こちらの杖が魔力を増幅させたり、微細なコントロールをするためのものであるのならばきっと上手く行くだろう。内側から補強するように術を展開すれば、扉だけではなく建物全体を守る事ができるのではないだろうか。
一つ一つ、考えを述べ助力を請えば、シャーマンの一人は素朴な杖を貸してくれた。
手に触れれば、にわかに高揚感が湧き上がり、胸の内を優しく巡る。それを天高く掲げると、風華を包み込んだのは麗らかな春の陽気を感じさせる温かな風である。ゆるい風は彼女の衣服を優しく弄び、神殿内へと循環していく。
「この地に生きる方々が何者にも負けませんように」
心中深く、祈るように真摯に願いを込め続ければ、近くにいたシャーマンもまた杖を掲げた。風華と同じく神殿を護ろうと、その身に宿る加護を使って魔力を増幅させていく。
すると建物の窓に蔓や草の影が見えた。あっという間に窓は覆われ、上部にあるステンドグラスの方にまで伸びていった。それにより光が届きづらくなったが、加護を用いた魔力が注がれている。建物と同じように加護を受けているはずだ。ある程度の攻撃には耐えてくれるだろう。
「さあ、皆様も地竜ムンフツェツェグ様の加護を」
風華は優しく皆を鼓舞する。自分たちに加護を与えてくれた竜の名を呟き、神殿の内部から扉を護ろうとそれぞれが発心した。