「――緊急通信だ」
名和 長喜は断片的な通信を受信した。
状況は不明、述べられたのは割り当てられた機体番号、名前、そして座標のみといった簡素なものだ。それ以外の説明は一切無く、内容が二度繰り返される事もなかった。恐らくは自力での行動が困難となっているのだろう。
近くに行けば生体反応は拾えるだろうか、状況の把握もしやすくなるだろうか。そんな事を考え、長喜は
キクカ・ヒライズミと共に件のポイントまで移動する事になった。
救助用のメガーネ606も用意した、ヒライズミのドラグーンアーマーも護衛についている。殲滅が叶わずとも救助さえできれば良い。そう考えていたのに。
相馬 桔平のドラグーンアーマーを見つけた所までは良かった。洞の外とは違い、中に交戦の後はない。しかし肝心の男はそこに居なかった。
バルバロイ蔓延るアークにおいて移動手段を捨てて逃げるのはあまり賢い選択ではない。それに当の機体も動けないほどの傷を負っている訳ではなかった。だとしたら一体何故、どこへ逃げたというのだろうか。と、そこで見つけた扉を調べようとした矢先、二人は開かれた扉に吸い込まれてしまったのだ。
「ちっ、車両どころか装備一式失ってるな。ミイラ取りがミイラになるってやつか」
近くに停めていたはずのメガーネ606も、キクカが乗っていたフランベルジュ・チキンカスタムも無い。装備していたはずの武装一式も消え失せ、ほぼ手ぶらのような形で新天地へと降り立つ事になってしまった。
「起きろヒライズミ」
長喜は意識を手放してしまったキクカの頭を数度はたいた。
「うーん、もうお腹一杯なのであります……」
彼女はむにゃむにゃと声を上げていたが、長喜の追撃によって目を覚ます事となる。そして気がついたのはお気に入りのドラグーンアーマーが消失してしまったという事実だ。
「私のドラグーンアーマーはどこでありますか!?」
「さあ? だが、悠長に探してる暇も無さそうだ」
ほら、と長喜が呟けば、神殿の外からは耳を劈くような竜の咆哮が聞こえてきた。
「まずは現状の把握、それから今後の動き方を考えよう」
長喜はまず、事態を把握しているであろうメルゲンに声を掛けた。
教えてもらったのはこの世界と神話について、そして神殿の周囲にのさばる邪竜の眷属達についてだ。途中、扉について教えてもらったがそれも詳細は分からぬままだった。しかし、今まで訪れた渡り人の傾向からするに、どうにも機械は通してくれないだろうという推測を得る事ができた。
「得体の知れない加護というものはある、それなら上手く使って乗り越えればいいか」
「……竜の加護と扉による機械類の制限でありますか。どちらにせよこの現状は放っておけないであります」
人と竜の現状に同情したキクカはやる気に満ちあふれている。
それならば彼女に合った竜を仲間にしないといけないだろう。長喜はそう考え、まずは協力してくれそうな竜を探すことにした。
召喚術を持っているのであればそれで事足りるが、生憎な事にそのような手立てもない。キクカを背に乗せ、彼女を前線に送り届けてくれるような良い竜は居ないだろうか。
「どんなのが良いんだ、可能なら調教師としてその辺りは手伝うぞ」
「ちょ、調教でありますか。自分、あんまり痛いのじゃなければ構わないのでありますが」
「竜の話だ、竜の話!! 照れるな!!」
「竜の話でありますか……そうですね、やはりここは恰好良いドラゴンが良いであります!!」
キクカは辺りを見回し、一匹の竜に目をつけた。
青い表皮、そして黄色い角。翼竜ならば空を駆けるのに苦労はしなさそうだ。
「アオであります!!」
『アオ? どうして僕の名前を知ってるの?』
名を呼ばれた竜はとてとてとキクカの元へ寄った。
「うんうん、恰好良い竜でありますね」
『カッコイイ……ホント? それなら翼にしてくれる?』
「構わないであります、よしよし」
キクカとアオはじゃれあいながら親睦を深め、眷属を打つための手筈を相談し始めた。
それを眺め、長喜は己の立ち回り方を思う。
「後はアオにヒライズミの癖を教え込めば騎乗中問題は起きないだろう。そう問題……あるとすれば俺の方だな。まずは銃だ銃!! 撃てればなんでもいい。自分の身くらい守る術がないと落ち着かん!!」
何せ機械類は全て扉の向こう側である。前衛をキクカに任せるとはいえ、後衛で守る手立てがなければ良い餌になってしまうだろう。
近くに居た人間に声を掛ければ、旧式のマスケット銃を借りることが出来た。連射は利かないが、一発撃つ毎に河岸を変えれば的を絞らせないように立ち回れるだろう。
「致命傷は与えられなくとも、相手の行動を阻害できればそれでいいだろう」
トドメはきっとキクカとアオがやってくれるはずだ。
◇◆◇
長喜はアオにキクカの癖を教え込み、空での立ち回り方に助言を与えていく。
そして自身が後衛である事を伝え、狙撃の邪魔にならない位置取りについて。致命傷は与えられないであろう事や、単発式の銃を使った戦い方などを軸とし、作戦を立てていった。
最低限の伝達を行った後、キクカを乗せたアオは空へと飛び立った。
暴れ狂う眷属をものともせず、果敢と立ち向かう姿は騎士そのもの。アオを信頼し、彼は竜に操縦の全てを委ねている。そのお陰で騎乗するキクカは攻撃に集中することができた。打ち付けられた連続攻撃により眷属は高度をぐんと下げる。それを狙うのは後衛にて機を窺っていたマスケット銃だ。
バランスを立て直そうとした際、動作が乱れるのは生物の常である。そこを狙い撃ち、終わりへの布石とする。
「役割を割り切るのもまあ、大事なことだ」
放たれた弾丸は眷属の翼を貫いた。死角からの攻撃に体勢を変えようとするがもう遅い。目を離した隙にやってきたのはアオとキクカだ。かぎ爪と彼女の剣がトドメの一撃を以て眷属を屠った。
「倒したであります!!」
キクカの嬉しそうな声が辺りに響き渡る。それを横目に、長喜は弾を装填しながら声を上げた。
「っていってもまだ一匹だ、このまま確実に仕留めていくぞ」
「はいであります!! さあ、アオも行くでありますよ!!」
キクカが声を上げれば、アオは嬉しそうに鳴き声を上げて再び天高くへと舞い上がった。