「救援要請に応じてやってきたら異世界に来ちゃったよ!!」
扉を潜って早々、
渡会 千尋を出迎えたのは邪竜によって蹂躙されている世界であった。
既にいくつかの村や町は滅んでいるという。しかしそれにどのような意図が絡んでいるのかまでは知らないようだ。この世界において邪竜とは人と竜を襲い、ただただ暴れ狂う存在として認識されているようだ。
「どんな意図や感情でそうしているのか、気になるな……」
切っ掛けはなんだったのだろうか。そもそも神話の時代に居た邪竜は何を思って人と竜に立ちはだかったのだろうか。もしかしたらそこを紐解けば――そこまで考え、千尋は頭を振った。
「でもまずは……邪魔をしてくる邪竜の眷属を倒してからだ。といっても、直接戦闘できるような力はないんだけどね」
しかし出来る事は理解している。扉を潜り抜けた際、異能の力を気取った。おそらくそれが四大神竜の加護というものなのだろう。
「うん、歌と踊りでみんなを支援するよ!!」
神殿内に残ったミンストレルやシャーマン達は、表に向かった者らのサポートを務めている。討伐が円滑に進むよう、ある程度の立ち回りができる己は外に回った方が良いだろう。
外に出た千尋は戦いに身を投じている者らにエールを送る。
「みんな頑張って、ここを守るよ!!」
味方への鼓舞を行い、千尋はトパーズの指輪に手を掛けた。召喚するのは歌と踊りに必要な音楽を奏でる者である。副旋律を任せ、己はハープシコードで主旋律を奏で始めた。
願うのは人と竜、その安寧である。そして映し出すのは暴虐の王によって滅びかけた歴史の一ページ。国を滅ぼそうとしている邪竜と重ね合わせ、同じ轍を踏まぬよう訴えかけていく。
千尋は地上から歌声を轟かせつつ、培った感覚で邪竜の眷属たちを取り巻く感情を読み取ろうと試みた。知能が無く、暴れ狂う存在だとしても根源に根付く感情は失われていないはずだ。
「これは……!!」
感じたのは深い悲しみ、そして嘆きである。それ以外に感情らしいものは感じられない。生物が持つべき感情の大部分が欠落している、そんな気がしてならなかった。
だからこそ暴れ狂っているのだろうか。何者かも分からなくなり、負の感情を糧に動き続けているのかもしれない。だとすればそれを癒やしたとして、その者に何が残るというのだろうか。否、きっと何も残らない筈だ。
「どうしてこんな……生物ではない? でも、あの悲しみと嘆きは……」
千尋が悩んでいると、一匹の眷属が空より落ちてきた。
傷跡が深いところを見るに、先立って戦いに赴いた者によるものだろう。
傷口からは血の代わりに瘴気が立ち上り、少しずつその嵩を減らしているようであった。
そんな不気味な瘴気の中心に光り輝くものをみた。
とても小さな光だ。触れてしまえば容易く消えてしまうような、弱々しい光。
千尋がそれに近づけば、知らぬ感情が流れ込んできた。先程のような負のものではない。もっと気高く、そして温かさも感じられるようなもの――。
「これはきっと――愛情だね」
それも慈しむようなものだ。一体どうしてそんな気持ちが瘴気の中から出てきたのだろうか。千尋が考えていると、光は空に溶けるようにして無くなってしまった。
後には何も残っていない。瘴気も、眷属も、そしてあの光さえも。
「もし癒やす事ができればあの光だけ残る……?」
『それは難しい話だろう』
考え込む千尋に声を掛けたのはダイル・ウスンだった。
どうやら外の様子を窺いに来たらしい。千尋に声を掛けつつも、視線は辺りを忙しなく移動させている。暫しキョロキョロと眼球を動かした後、ピタリと動きを止めた。それは先程眷属が落ちてきた場所である。
『救いたくば、空へ還すとよい』
「空……還すってどういうこと?」
ダイル・ウスンは静かに瞳を閉じ、考え込む。異なる世界から訪れた者に対し、どう説明して良いか悩んでいるようだ。たっぷりと時間をかけ、そして彼の竜は再び語る。
『人で言う所の死だ……それを与える事が、残された我らの成すべき事だからのう』
愁いを帯びた表情でダイル・ウスンは語る。それをどう受け取って良いのか悩んだ千尋だが、世界にはそれぞれ理というものがある。先導者の側仕えである彼の竜が言うのであれば、それはきっと正しい行いなのだろう。
「……弔う事は許されるのかな、そしたら安心できるんじゃないかな」
空へ還る者が安らかに行けるように、あるいは残された者達が悲しみを乗り越えられるように。
人が行う葬式だって、あれは死者のためではなく生きる者達のためにある。別れをきちんと良い方向に昇華させるための儀式なのだ。
千尋がそう言えば、ダイル・ウスンは『ふむ』と小さく呟いた。
『……なればそのように、空へ還りし竜が空の果てへと辿り着けるよう……詩を紡ぐのも悪くはないかもしれん』
「うん、空に還る竜達が安心できるように音楽で見送ってみるよ」
向かうのは味方の元、そして空へと還ろうとする眷属の元である。
「サポートと弔い……どっちも頑張らないとね!!」
そして天へと還る手伝いをするのだ。千尋は力強く頷き、再び楽器を奏で始めた。