「……しかし、妙な世界に来てしまったものだ」
扉を潜り抜けた
十文字 宵一は小さく息を吐き、辺りを見回した。
人と竜が手を取り合う世界。そして神話に出て来る邪竜という存在。しかしそれよりも不思議なのは機械類を通さぬ件の扉だ。
「まあいい、神狩りの力を見せてやるだけさ」
これも自らが目指す高みへと至るための道、そう思えば然程悪い気も無い。
だがその高みは『一流の賞金稼ぎ』である。無償の施しをするともなれば、己の掲げたポリシーに反するというもの。
「どの程度の報酬が貰えるか、国王陛下に聞いてみますかね」
宵一はメルゲンの元へと赴き、報酬についての交渉を行った。
元よりメルゲンの方もそれは考えていたらしい。働きに身立った金額を渡すこと、そして王都へ行った際に掛かる滞在費なども約束してくれた。
それならば憂うことは何も無いと、次に行ったのは力を貸してくれる竜を探すことだ。
可能であれば飛行ができる竜が良いだろう、何せ外の眷属はやかましく飛び回っている。対峙するためには確かな足……いやこの場合は翼が必要となるはずだ。
「さてと、それじゃあ相棒探しをしようか。……あの白金色の竜なんかいいんじゃないかな」
宵一は竜の笛を手に取り、静かに旋律を奏で始めた。
穏やかな音色が神殿内へと木霊する。それに釣られて幾匹かの竜はその音の元を探すようにキョロキョロをし始めた。だが狙いは先程決めた白金色の竜である。
視線をそちらに向けアピールすること幾ばくか。宵一の意図に気がついた竜がこちらへと近づいてきた。
『何用か』
「スカウトしたくてね」
笛の音を止めた宵一は竜と対峙する。白金色の竜は竜の笛を眺めていたが、直ぐに視線が逸れた。その先にあったのは宵一が持ち込んだ神狩りの剣である。
人ならざるものだ、何か惹かれるところでもあったのだろうか。宵一は剣を手に取り、白金色の竜へと掲げた。
「気になるか」
白金色の竜は鼻先を剣へと近づけ、静かに目を閉じた。
『これで眷属を滅する事ができるのならば』
「手を貸してくれるのならそのつもりだ」
竜は暫し考える仕草を見せ、膝を折る。恭しく頭を垂れ宵一の言葉を静かに待った。
「……名は?」
『今はもう真名を知る同胞はおらぬ』
開かれた竜の瞳にあったのは確かな憎悪である。おそらくは滅んだ街か村の生き残りなのだろう。名乗らないのはきっと過去を振り返らない為の覚悟だ。
「なら……そうだな、プラチナアッシュと名付けようか」
失った者は取り戻せない。だが、それを奪った者らを斃す事はできる。そしてその手伝いをさせてもらえないだろうか。宵一がそのような事を告げれば、竜はそれに同意した。
『しからば貴殿の翼となろう。眷属達を天に還すのだ』
◇◆◇
宵一はプラチナアッシュと共に空へと昇った。
竜に乗るのは慣れている。気をつけるべき攻撃にも覚えがあった。
近距離のかぎ爪や牙は回避が難しいので剣で受け止めるか流してしまえば良い。広範囲且つ遠距離であるブレスもプラチナアッシュに任せれば良いだろう。回避に転じている間、こちらが攻撃の隙をついてしまえばいいのだから。
「歌はここにも届くか、それなら問題ない」
瘴気による対策も採られている。憂うことなど一つもないはずだ。
宵一は神狩りの剣を片手にプラチナアッシュと空を駆る。瘴気を含んだ風を裂き、猛攻には回避とカウンターで立ち回った。
鋭い風は徐々に和らぎつつあった。そんな事を思った矢先、複数の眷属がプラチナアッシュの背後へとついた。
宵一が逃げるように指示を出せば、眷属達も同じルートを辿っている。スリップストリームの効果があるため羽ばたきの回転数も少なくなり、その差は徐々に縮まっていった。
あと少し、もう少し。
焦るべき場面ではあったが、宵一の表情は変わらなかった。
「纏められるか」
プラチナアッシュは小さく頷いた。羽ばたく強さを巧みに変え、旋回を以て追っ手を誘い出す。合わせ宵一も剣に力を込めた。
魔力を込めるは神狩りの剣。刃に冷気を纏わせ、背後で蠢く眷属らに剣を振るう。
剣が触れた箇所から氷が侵蝕していく。パキパキと音を立て、氷の柱が立ち上る。それを砕いてやれば氷は鋭い破片を周囲へ飛ばした。
氷の刃はらせん状の空気流に押しやられ、帆のような翼を貫き、鱗や柔らかな箇所を切り裂いていった。
飛ぶ事すら儘ならない。体勢を崩した眷属はどんどん高度を下げていった。
今度はこちらが追う番だ。宵一はプラチナアッシュに合図を送り下降する。神狩りの剣を煌めかせ、宿った光を衝撃波として放った。
あれほど薄気味の悪い瘴気は光によって掻き消される。瞬きの後、目の前には何も残っていなかった。プラチナアッシュには羽ばたきでブレーキを掛け、静かに地上へと降りる。
「まだ残ってるが……いけるか」
『問題ない』
宵一はプラチナアッシュの頭を思いっきり撫でた。伝わるのはゴツゴツとした竜の鱗、そして彼の竜の嬉しそうな鳴き声だ。
「それじゃあ行こう、このまま殲滅に掛かる」
宵一がそう言えば、プラチナアッシュは雄々しい叫びを上げ、再び空へと上がった。