●魔法の小島
晴天の下、
シルヴェリア・ネルソンの運転するエア・クッション型揚陸艇が、水しぶきを上げながら海上を疾走していた。
乗り込んでいるのは、
青井 竜一、
シルヴェリア・ネルソン、
星識 リンク、
砂原 秋良、
ルシェイメア・フローズン。幽霊船ソルタウ号が小島を目指すのは夜。それまでの空き時間を使って目的地の下見に行かないか、との
松原 ハジメの提案に乗った者たちである。
そして彼らを足下に見下ろす形で、セントールユニットで人馬形態になった
アイン・ハートビーツが空を飛んでいた。
その背に乗った
夏色 恋が、ふわーっとあくびをする。
「あーあ。たーいくつー。どこ見ても海か岩礁しかないし。飽きちゃったよ。その無人島まで、あとどのくらいで着くのー?」
その質問にアインは答えられなかった。アインも行ったことのない場所だし、地図で先導しているのはハジメだ。道中、幾つか小島を見かけたが、そのどれにも揚陸艇は舳先を向けようとしなかった。今も前方に幾つか小島が見えていたが、ハジメのくつろいだ様子を見る限り、そのどれでもなさそうだった。
「付き合わせてしまってごめん」
「ほんとだよ。パートナーで唯一セフィロトアバターに覚醒しているからって、自分なんかに一体何ができるというのさ。
第一、向かってる小島っていうのは、昼間は魔物がいるんでしょ。襲われたらどうするつもり?」
「ハジメさんは、見るだけで上陸はしないって言ってたけど……」
「アインは上陸したいんだよね」
肩越しに思い詰めたような横顔を見上げて、彼女に何らかの考えがあることをうかがい知ると、恋は、はふ、と息をついてアインにもたれた。
「ま、いいけどね。アインなら海の魔物くらい蹴散らせるだろうし。あのままオロノア号にいたりしたら、今ごろあの女海賊どもの格好のおもちゃにされてたに決まってるから」
「おまえはならないよ。なるとしたらボクだね」
アインがエナジーウィングで空を飛んだときや人馬形態になったときも小型重力制御装置や変形機構にものすごく興味を持ったようで、今にも理性を飛ばして襲いかかってきそうな雰囲気でアインを見ていたが、ミスティと副長が目を光らせていてくれたおかげで無事出発することができたのだった。
(機巧好きすぎだろ、あの人たち)
機巧に対して異様な関心を示す彼女たちを思い出して、アインは思わずくすりと笑ってしまった。
「アイン?」
「キミはボクが守るよ。わがままに付き合ってもらうんだから、それくらいしなくちゃ」
笑いが緊張を少しほぐしてくれたらしい。声からそれと感じ取って、恋は目を閉じた。
退屈と思ったけど、髪を吹き流す海風は潮の香りで清々しいし、太陽の光はぽかぽかしてあたたかくて、こうしてアインにもたれているのも案外気持ちがいい。
(ノーズ・イーの伝承は気になるし、せっかく頼りにされているんだし? ここはアインのために一肌脱いであげてもいいかもしれない。
自分がいたほうが良いことが起きるかもしれないしね)
軽い眠気にうつらうつらしながら思った。
そんな恋を見て、なんだかんだ言ってもこうして付き合ってくれる彼に、アインは感謝する。
だけど、どうしてもここに来たかった。
人を愛して、その愛が自身を破滅させると知りながらも想いを貫いたシエンヌの最期の場所に。
愛する者たちを残してこの世を去るとき。きっと彼女は何かを残したはずだから。
あるいはそれが、あの魔法という名の呪いにとらわれた男を救う手がかりになるかもしれない。
揚陸艇の周辺で魚が泳いでいた。
小島に着くまでの暇をまぎらわすように、銀のウロコをきらめかせて海面すれすれで飛び跳ねる魚たちの様子を見るともなしに見ていた
砂原 秋良は、彼らが実は並走しているわけではなく、自分たちを獲物とねらう大型の魚たちから逃げていることに気付いた。
黒い鎧のようなウロコをしたその魚は、まるで肉食獣のごときとがった歯をむき出しにして魚の蒸れに噛みつき、食い散らかしている。
「松原さん、あれ」
「ああ。闇化した魚だな」
海面下に目を凝らして見ると、そういった異形の生き物の影があちこちにあった。
こちらの世界の生き物を理解しているわけではないが、あきらかに凶暴そうな外見をした肉食魚たちだ。
「変化するのは地上ばかりじゃない。魚が取れなくなっているのは、あいつらに荒らされているからだ」
「じゃあ、次からあいつらを捕まえて食べればいーじゃん」
前の席に座ったリンクが、こちらを振り返って話に入ってきた。彼も退屈していたようだ。
「大きいし、あんな小さなヤツよりよっぽど食べごたえありそうだよ」
ハジメは苦笑し。
「そう考えた漁師もいたようだが、あのカッターのようなウロコで漁網に穴を開ける上、人の指を簡単に食いちぎる獰猛さだ。それでも苦労して捕まえて捌いても、泥のような腐肉で腹を壊すのがせいぜいらしい」
「へー。何の役にも立たない厄介者ってわけかー。そりゃ大変だあ」
心にもない言葉できゃははと笑うリンクはさておき。秋良はふと気になって訊いてみた。
「詳しいんですね」
思えば、ハーフェンの町でもそうだった。その知識はどこからくるのだろう、との疑問に答えるように、ハジメは自分の額を指さした。
普段は人目を気にしてバンダナで隠していて見えないが、そこには
世界の
アルカナが浮かび上がっている。
「どうやら
世界の能力らしい。国、土地、生き物、このアルカナ世界の現在の地勢が知識として浮かんでくるんだ」
「すごいですね」
どうかな、と笑うハジメを見ているうち、秋良の中に、もしかして、との疑問が浮かぶ。
「じゃあもしかして、
オーダリーの
アルカナたちや、
ケアティックの……たとえばケイオスがいる場所なんかもわかったりするんですか?」
彼女の質問に、場の注目が集まったことにハジメは気付いた。
漫然と会話をしている竜一やシルヴェリアも、それらしい素振りは一切見せないが、全身を聞き耳にしてこちらを注視しているのがわかる。
ハジメはふっと息を吐き、答えた。
「わかる。知識として、彼らが拠点にしている場所はね。追跡能力はないから彼らが移動したらわからないが。それでも見当はつく。
ただ、たどり着けるかは別の話だ。今のおれたちには手段がないし、行ったところで
オーダリーの
アルカナはまた雲隠れするだろうし、ケイオスの城は、それこそ気やすく乗り込める場所じゃない」
「そうですね」
「ま、歩くガイドブックみたいに考えるといいさ」
軽く肩を竦める。そのとき、運転していたシルヴェリアが振り返った。
「見えたぞ、あの島だ」