〈市中地獄行脚(7)〉
鬼が歩く。
壊滅状態と言っても過言ではない市中の一角を。
何やら焦げ臭いのは、倒壊した家が種火で燃えたためだろうか。
焦げ臭さの合間を血の臭いが埋める異様なこの空間には、生存者の気配が殆どしない。
(こういう状況だからこそこの姿で歩けるのでしょうが、それでも無闇に民を脅かすよりは死屍累々の中を歩く方がまだましかもしれませんね。さて、この地で一体何が起きているのやら)
焔生 たまは「敵」の気配を探していた。
視界の端では、恐怖の容貌を浮かべたまま事切れている民。
(あのまま放置して病が流行っても困るでしょうし、荼毘に付してあげたいところではあるのですが……)
どうしたものか、と考え始めたところで、たまの思考は別方向に向く。
「いたよいたよ、まだいたよ」
「でもあいつ、おかしいぞ? クズな人間どもとは臭いが違うぞ?」
あからさまな敵意を向ける二体の者たちからは歪んだ霊力が読み取れた。
「ええ、私にも分かりますよ、あなた方が明らかに人間ではないことが」
(この者らが本質的には妖と同一であることは霊力を読んで分かりました。大和の妖魔、穢土の穢魔のようなものなのでしょう)
だが、無造作に伸びた牙と爪に、骨と皮だけの肢体に大きく剥いた双眸といった餓鬼を想起させる容貌、砂を噛んだ時の不快感を思い出させる気味の悪い声や全身から迸る邪気は、たまとは完全に一線を画する禍々しさだ。
「変だよ変だよ、何だか分からんけどやっぱり人間と違う気配だよ」
「そうだぞ、人間じゃないぞ? でもどうせ人間どもと同類だぞ」
禍々しい二人はたまを不躾に指差し嫌悪感たっぷりにそう吐くと、
「みーんな死ねばいいのよ、死ねばいいのよ!」
「因果応報だぞ、恨むならお前らの祖先を恨むんだぞ!」
と駆け出し腕を振りかぶる。
振り上げられた手の爪は鉤爪のようにたまの前腕に傷を走らせたが、直後二人の卑しい笑みが凍りついた。
二人の眼前でたまが巨大化したのだ。
「おや? こういう種族には会ったことがないのでしょうか?」
たまの呼吸が深くなる。
その後横殴りに繰り出した拳は、解放された「気」のおかげで威力十分に餓鬼もどきを一人吹き飛ばした。
「生憎、肉弾戦ならあなた方とそう引けは取らないと思いますよ」
引けどころか十分釣りが来そうな一撃と言えそうだ。
しかし、もう一人の敵がその間にたまの背後に回り込み、彼女の足にがぶりと噛みつく。
「早く早く、呼んどいでよ! 大兜(だいとう)様を呼んどいでよ!」
噛みつきながら敵が相方にそう訴えると、たまに殴り飛ばされた相方は立ち上がり、
「任せるんだぞ! 大兜様が来るまでの辛抱だぞ!」
と叫んで走り去った。
(戦えなくもないでしょうが、相手の頭数が分からない以上この場に留まるのは危険ですね)
足を噛まれても、たまは冷静にこの後の展開を推測する。
そして、足下の餓鬼もどきを鋭く見下ろした。
「あなた方にこの国を襲うよう命じているのは、『大兜』とやらですか。大層なお名前で。さて、それならばあなた方にも名前のひとつくらいあるでしょう? あなた方は一体どこの誰ですか」
「うるさいよ、うるさいよ! あたしたち餓承衆に質問するんじゃないよクズ人間どもが!」
「餓承衆ですね、はいどうも」
たまは気を解放した状態のままで拳を地面に強く突き立てる。
衝撃波によってぐらりと地面が揺れ、餓鬼もどきもとい餓承衆は
「ひぃっ!」
と尻餅をついた。
「痛いよ、痛いよ、もう怒ったよ!」
餓承衆はたまに爪を突き刺そうとした……が、たまは既に撤収した後だった。
(大兜なる者のことは気になりますが、増援が入ったらどこまで相手に出来るか分かりませんしね……)
たまは餓承衆が尻餅をついている間にあの場から撤退していた。
また歩く道中には、幾つもの遺体が転がっている。
「いくら荼毘に付してあげたくても、勝手に火葬するわけにはいきませんしね……」
たまはぽつりと呟くと、再び前を向いて歩き出した。
(……今はその怨み、痛み、悲しみを預かり往きましょう)