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【双月ニ舞ヒテ】渡り来たれ【第1話/全5話】

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【双月ニ舞ヒテ】渡り来たれ【第1話/全5話】
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〈市中地獄行脚(4)〉


 御殿を出て田んぼの畦道を進みながら、人見 三美は広がる光景の酷さに唇を噛んだ。
(何者かに襲われた後だということは簡単に伺っておりますが、こんなに悲惨なものとは……)
 我が子を抱いたまま倒れ諸共息絶えている母子、山に逃げ込もうとしたのか斜面を登ろうとしたまま背中を突かれて絶命した男性、更に歩き進めて集落の中に入ってみると戸板の外れた家の縁側にもうつ伏せの遺体……と、どこを向いても人の死が視界に入り込んでくる。
 ふと、家々の間を抜ける小道に目を向けると、突き当たりの小さな広場で石碑に凭れて身じろぐ少年の姿が見えた。
(きっと生存者です……これ程の大きな被害に遭われた方たちを見過ごすわけにはまいりません、力を尽くしてお助けしなくては)
 三美は小走りに駆けて広場に向かおうとする……が。
 小道沿いにある家の陰から、狢のような体躯の黒い生き物が暗赤色の双眸をぎらつかせながら飛び出し、三美の前に立ちはだかる。
 狢は、キィキィと甲高い、しかし耳の奥でざらつくような不快な威嚇音を発すると、牙だらけの口を開けて三美に猛然と駆けてきた。
 三美は急いで霊力を練り、散弾のようにして狢に放つ。
 何発かのうちの一つが狢の顔面を叩き、狢は痛々しい泣き声を上げて飛び退いたが、それも一時のこと。
 飛び退いてもなお攻撃の意思は変わらないようで、後ろ足で地を蹴り再び三美に突っ込んだ。
(こんなに殺気立った獣は普通ではありません。ひどく穢れた雰囲気ですが、これが「禍々しいもの」と呼ばれる敵なのでしょうか)
 敵ならば倒さなければ犠牲者は増えるばかりだ。
 三美は再び霊力弾を飛ばし、直撃を食らった狢は今度こそ地面に倒れ、まるで空気に溶けていくかのように黒い靄を発しながら消えていく。
 三美は小さく安堵の息を吐き、広場に急いだ。

* * *


 広場は集落の守り神のようなものを祀る場らしく、古びた鳥居をくぐると太い杉の古木の下に小さな祠と石碑が建っている。
 少年はその石碑に体を預け、時折込み上げる痛みに堪えるように顔を顰めていた。
 見たところ、少年は三美より背も高く少し大人びた感じで、現代の地球にいたとしたらちょうど高校生くらいの年頃だろうか。
「あの……お怪我をされているのですか?」
 三美は驚かさないようにと恐る恐る声を掛けるが、少年は目を剥きびくりと上体を跳ね上げる。
 しかし余程傷が痛むのか、少年は体勢を崩し地面に転がった。
「無理はいけません。私は渡来人……と、こちらでは呼ばれております。皆様を害する者ではありません。多少ではありますが傷を癒す道具も持っておりますし、そうした術も心得ております」
 三美が少年の傍らに膝を着き一つ一つ静かに説明すると、少年の表情がやっと強張りを解く。
「渡来人……そうか……僕、助かったんだ……」
(とても怖い思いをされたのですね……)
 三美は同情しながら少年が起き上がるのを手伝い、少年の霊力を活性化させて少しずつ癒しながら傷口を確認した。
 肩から背中にかけて三、四本の引っ掻き傷のようなものが走っているが、それは「引っ掻き傷」と言う生易しい表現からは遠くかけ離れた惨さで、傷が深く未だに出血が止まっていない。
(鉤爪のようなもので切り裂かれた痕に見えますが……)
 一体何者にこんな傷を付けられたのか、当人に訊いてしまえば手っ取り早く敵のことを知ることも出来よう。
 だが、三美はあえてそうしない。
(何が出羽の人々を襲ったのかを知りたいのは山々ですが、このような怪我をされた方に何が起こったのか伺うのは酷というものです……)
 相手の心の傷を思えば、たとえ情報が推測止まりでも仕方のないことだ。
(これだけ深い傷を付けるということは、かなりの膂力を持っているものと思われます。先程の獣でも付けられるでしょうが、この方はもっと体の大きな獣か何かに襲われたのかもしれません)
 マガカミについてはある程度の知識がある。
 それを応用しつつ三美は判然としない敵の姿を一生懸命に思い描くと、傷口を消毒して包帯を巻いた。

 少年の手当てをしていると、ぽつり、ぽつりと生存者が広場にやってくる。
 どうやら、ここはこの集落に住む者にとって避難所的な場所となっているようだ。
 冷たい風が杉の葉を揺らし、少年は体を震わせた。
「寒いですね……たき火でも出来れば良いのですが、火は危険なものですから勝手にやっては……」
 三美が生存者たちの中に許可を請う適任者がいいないか見回すと、白髪交じりの男性が三美を見てゆっくり頷く。
「お好きになさるといい。わしらはこの通り、体が痛くてな……」
 程度の差はあれ、生存者たちは皆負傷しており、火を起こすのも一苦労に見えた。
「分かりました。温まったら、皆様も順に手当ていたします」
 三美は周辺の落ち葉や小枝を竹箒で掃き集め、魔を祓う力を持つ火を焚く。
(これで魔を祓おうとすると直接触れなければなりませんが、幸いここの方々は穢れに当てられたりはしていないようですし、火で暖を取ることで心に多少の安心感を得ることは出来るでしょう)
 三美の思いが届いたのだろうか、たき火に当たる人々はぼんやりと火を眺めながら長い息を吐いたり、うつらうつらと首を揺らしたりし始めた。
 少年も火の温もりにほっとした表情を浮かべている。
(あっ、火事になっては大変ですから、細心の注意を払わなければ)
 自身もうっかり気を抜いてしまいそうになるが、三美は風向きや風の強さに目を光らせ住民が安心して暖を取れるように気を配った。

 生存者たちの冷えた体が温まった頃を見計らい、三美は順に彼らの霊力を活性化させていく。
 傷が癒えて痛みから解放されると、人は空腹を自覚するものだ。
 どこからともなくお腹の鳴る音が聞こえて、人々は互いの顔を見合い苦笑した。
「よろしければ、これを召し上がって下さい。一つしか持ち合わせがないので、皆様全員にはお配り出来ないのですが」
「……いいの?」
 少年は遠慮がちに三美の差し出したあんぱんを受け取る。
「はい、どうぞ」
 三美が促すと、少年はあんぱんを幾つかに割って怪我人たちに配り、残った一欠片を三美の掌に載せた。
「君だって、見ず知らずの僕たちのためにこんなに頑張って、お腹が空いたでしょう?」
「……お気遣い、ありがとうございます」
 生きるか死ぬかの恐ろしい目に遭い、酷い怪我を負い、絶望の淵に立たされたというのに、それでも三美を気遣える優しさをこの少年は持っている……いや、三美の真摯で献身的な行動が少年にそうさせたのかもしれない。
 だが、どっちだっていい。
(もっと、もっと頑張らなくては。一人でも多くの方をお救いするために)
 三美はあんぱんの欠片を見つめながらそう誓うのだった。

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