〈鳥湖山見聞(6)〉
禍々しい者たちの襲撃を退けた特異者たちは、それから間もなくして社に続く石段の前に到着した。
ここまで超音波の反響で索敵してきた貫は新手の出現がなかったことに安堵したが、由梨の方は石段を上り始めた途端に周囲の空気が変わったことに何となく気付く。
(清浄な霊力による結界だわ……でも、結界の中に何か歪な「守護の力」も感じる……)
結界自体は純粋に清浄な霊力によるものだと思われるが、由梨はその結界内の一角に結界とは何か別の力が働いているような気がしてならない。
石段の先に現れた社の前では、一行の来着を予期していたのか巫女装束の小柄でふっくらとした老婆が一人佇んでいた。
「お待ちしておりました、荒瀬様」
深々と礼をする巫女に、雅仁も同様に礼を返す。
「突然の来訪ながら出迎え頂き、かたじけない。この者たちは渡来人、我々にとってこの上ない助けとなるであろう者たちだ」
雅仁は特異者たちを振り向き、巫女を紹介する。
「この者が、先に話した巫女の留殿だ」
* * *
一行はまず社の中にある一室に通された。
畳敷きの部屋は元々然程の広さもなく、雅仁と特異者たちが入った途端狭く感じられる。
「出羽四霊山が筆頭、鳥湖山の守護を仰せつかっております、留でございます。斯様な山奥までご足労頂き、かたじけのうございます」
正座した留は特異者たちに平伏して挨拶した。
「私は西村由梨、こう見えて私も留様と同じく巫女を生業としております。しかしながら、私は渡来人。この国の常識については疎いところもございます。そのため不躾な質問もするかもしれませんが、何とぞご容赦を」
(荒廃した心と身体に光を灯す存在が巫女……ならば、出羽の地でも果たす使命は変わらないわ。助けを求めるものがあるなら、私はそれを助ける。そのためにも、何が起こっているのか、その原因は何なのか、それをここで知ることが大切だわ)
平身低頭する由梨にはむしろ留の方が些か恐縮している様子だ。
「どうぞ、頭をお上げ下さりませ。縁あってこの地にいらした方のお力に早々に縋ろうとしている不作法者はわたくしたちの方にございます。この婆でよろしければ、ご遠慮なさらず何なりとお尋ね下さりませ、巫女様」
会って早々に留がここまで由梨を受け入れたのは、同業者であるとか丁寧な物腰とか、そうしたものだけではないだろう。
恐らくは、由梨が内面に燃やす「助けを求めるものを助けたい」という信念を感じ取ったからではなかろうか。
「征影大将軍、荒瀬さんに勧められ罷り越した渡来人でございます。本日は御目通り叶いまして、恐悦至極に存じます」
由梨に続き、ダヴィデも恭しく座礼すると、他の者たちも順に留に挨拶を返す。
「さて留様、此度の発端と思われる出来事……」
ダヴィデはそう口にしながらちらりと荒瀬に視線を送った。
「影月や孔雀夜叉の伝承のことだな」
荒瀬がダヴィデの視線にそう答えると、ダヴィデは肯定の代わりに頭を下げた後、留に向き直る。
「影月や孔雀夜叉についての伝承や、それにまつわる実際の出来事などを授けて頂きたく存じます」
ダヴィデが丁寧に用件を述べると、雅仁も
「此度の異変について留殿の思うところを聞かせて頂きたい。某の拙い知識ではどうも渡来人たちの助けにはならんようでな」
と己のこれまでの弁の心許なさに眉根を寄せた。
「小平様が日頃仰ってございましょう、何事も適材適所でございます。刀を持たせれば荒瀬様に敵う者はこの出羽におりますまい。荒瀬様には荒瀬様でなくば成せぬことがございます、それ故に滋姫様は征影大将軍なる地位をお与えになったのでございましょう。さて……」
留はそう言って柔和に微笑んだ後、特異者たちを見回す。
「此度出羽に起こりました異変、鳥湖山の巫女に代々伝わるいにしえの伝承と似通うところもございますが、まずは手短にこの国についてお話しした方がよろしいでございましょう」