〈鳥湖山見聞(5)〉
一行の背後を取るようにしてやって来た獣集団は、一刀両断された最初の駝鳥を筆頭に完全に遥の餌食だ。
元々不意打ち騙し討ちが出来る程の知能も技量もないのか、猪らはまるで本能の赴くままにめいめい遥に突進する。
それが図らずもずれたタイミングで入ることでまるで連携した攻撃のようにも見えるが、警戒心を残し次の攻撃に備える心構えを怠らない遥の前ではそれも無意味だ。
(けれど、闇雲に戦うよりはもう少し相手の弱点なり特徴なりを掴むべきね)
どこかに霊力が集中している部分はないか、あればそこを突くことで効率良く倒すことは出来ないか……と遥は目を凝らしてみるが、分かるのは全身に黒い靄を纏っていることだけで、弱点と言えば普通の獣のそれと同様で首や土手っ腹といったところだ。
(結局、弱点なんて通常の獣の急所と変わらないということみたい。ただ、あの黒い靄は気になる……どちらかと言うと、妖魔よりは穢魔に近いのかもしれない)
「一つ……試す価値はありそうね」
遥は太刀に清浄なる力を漲らせ、牙を剥き威嚇する猪の横にすれ違うように大きく踏み込んだ。
眼前の猪が穢れや魔性の性質を持っていれば、効果的な一撃が期待出来る。
鞘の中を走り抜き放たれた太刀が、ぶんっと唸りを上げ猪の横腹に大きな切創を刻んだ。
「ギイィィッ!!」
猪はこれまでにない苦悶に満ちた悲鳴を上げて倒れる。
倒れた猪は相変わらず黒い靄に包まれているが、斬られた瞬間だけはその靄も幾分晴れていたように遥には見えた。
穢れを祓う力がどこまで有効だったのかはこの一撃だけでは定かではないが、「効いている」という手応えは確かに感じられ、試した価値もあったと言えよう。
* * *
一方、雅仁の前では大兎が恐ろしく俊敏な動きを見せ、縦横無尽の跳躍で彼に襲いかかる。
雅仁が危なげない動きで大兎を躱しながら刀を振るい、その間に貫は周囲に新手や増援の類がいないか超音波を発して確認してみるが、その超音波の反響でキャッチしたのは眼前の大兎やこの場に出現している敵のみだ。
それでも、超音波や独特の発声法による音の反響で存在を探知することが禍々しい者相手でも出来ると分かったのは収穫だ。
次に、貫は煙管をふかしてマガカミが忌避する匂いを発してみた。
すると、大兎は一旦雅仁から飛び退き、苛立ったようにぎぃぎぃと唸ったかと思いきや、速度を上げて雅仁に突進する。
(この煙は有効と言えば有効だが、逆上する場合もありってことか。とりあえず効くのは分かった。あとは使いどころを考えれば……ってとこか)
その間に雅仁は大兎と取っ組み合うような体勢になり地面を転がった。
「ナメた真似しやがって! クソ兎が!」
「……」
(今の声、荒瀬だよな……? 言葉遣いが酷過ぎる……これじゃどっちが禍々しいか分からないな)
図らずもアルフレッドと全く同じ感想を持った貫だったが、雅仁の台詞に呆れている場合ではない。
「退けオラァ!」
雅仁は大兎を全力で蹴飛ばして立ち上がると、即座に兎の前足を斬り飛ばす。
その隙に貫は懐から針を出し、清浄な霊力を纏わせて大兎に飛ばした。
針を受けた大兎はこれまでにない悲鳴のような鳴き声を上げ、よたよたと数歩下がった後に倒れ込んだ。
* * *
「死にやがったか、クソッタレ」
吐き捨てるように呟く雅仁の前で、餓鬼連中の体は黒い鳥の羽に、兎や駝鳥、猪などは元の動物の姿に戻り、両方とも黒い靄に包まれ溶けるように朽ち果てた。
(くろい、もや……やはり、やまとのけがれ、とか、しんしゅうのまがかみとかに、ちかいかんじがします……)
茉由良は禍々しい獣たちの最期を見てそう考える。
「この数相手となると、某一人ではここで果てていただろう。其方らの力、感服いたす」
やはり笑顔は微塵もないものの、雅仁の言葉からは確かな誠意が感じられた。
そんな彼を見て、貫はまたも暫しの間言葉を失う。
(かなりの堅物だなとは思ってたけど、突然変なスイッチが入るとか、何だか掴めない人だな……。ああ、あれか、ハンドル握ったら豹変するタイプの人みたいに、何かきっかけがあると粗暴な口調が出てくるんだろうな)
雅仁の性格に一応そんな結論を付けた貫だったが、ふと雅仁を見ると、彼の肩の後ろには餓承衆とやらに付けられたらしき傷が痛々しく残り、羽織には血が滲んでいた。
「荒瀬殿、その傷手当てさせて下さい」
貫は断りを入れると雅仁に触れ、霊力を活性化させて傷を癒す。
「渡来人は癒しの術も心得ているのか。かたじけない。其方、貫と言ったか……そう畏まらず、某のことは荒瀬でも雅仁でも好きに呼べばいい。皆もそれで構わん、話しやすいように話せばいい。某も其方らのことはお駒のように名で呼ばせてもらう。我々は主従の間柄にあらず、いわば共に戦う同志といったところ。そこに上下はない。互いに礼を失さねばそれでいい」
「では、荒瀬さんと呼んでも構わないかい?」
ダヴィデが改めて確認すると、雅仁は
「ああ、好きにするといい、ダヴィデ」
と軽く何度か頷いた。