〈鳥湖山見聞(4)〉
餓鬼の如き風貌の者たちが現れたことで山道の状況は一気に危機的となった――と、特異者たちの実力をまだ知らない雅仁は思った。
しかし、雅仁が大兎に刃を向ける脇では
西村 由梨の放った矢が空を裂いて餓鬼を攻め立てる。
「武器だ、武器だ、こやつら武器を持っておる」
「『あの頃』と同じじゃ、我らを虐げて嗤うつもりじゃ」
「おのれ、おのれ、食い散らかして放ってやろうか」
餓鬼たちは手足の爪を武器にして由梨との間合いを詰め、更には雅仁の死角に回り込み彼の背に一撃を入れ、後方の茉由良にも迫った。
「その顔を見られぬ程に裂いてやろうか! ケケケケケ!」
茉由良の寸前に餓鬼の片腕が迫ったが、ナイアが餓鬼の正面に薙刀を振るい、伸ばされた片腕に一撃を入れる。
腕に付いた傷を庇いながら後退る餓鬼に、今度は
チェーン・ヨグの符が飛び、発動した術式で起きた爆発が更に餓鬼を痛めつける。
「何を手間取って――」
由梨を狙っていた餓鬼は、ナイアとチェーンに攻撃されている仲間を見て加勢に入ろうと一歩踏み出した……が、由梨の前で隙を見せたのは間違いだった。
「隙あり、ね」
「ぐえぇっ!」
由梨が作り出した霊力の散弾が餓鬼の背に叩きつけられると、当たり所が悪かったらしく餓鬼は倒れて動かなくなった。
(いまのところ、まがまがしいものたちは……ぶきらしいぶきはつかっていませんね……。つめとか、きばとか、だけで……けがれをとばしたり、は……していないようです。じょうかのちからをもつやをくらって、たおれていますから……じょうかのちからは、もっていないと、しんじてよさそうです……)
茉由良は由梨と餓鬼の戦いを観察し、分析する。
* * *
一方、兎と餓鬼に挟まれる形となった雅仁の背後には、ダヴィデが回り込んだ。
「皆さん、俺の合図があったら一旦目を閉じてくれ!」
ダヴィデは手短に全員にそう告げると、餓鬼の前で刀を頭上に掲げる。
掲げたまま鯉口を切り鞘から半分ほど刀身を抜くという立ち居振る舞いは独特で、餓鬼は思わず足を止め警戒の眼差しをぶつけた。
すると、次にダヴィデは餓鬼に向かって朗々と声を張る。
「お前たちは何者だ!?」
反響する独特の声音の後、
「皆さん、今だ!」
とダヴィデが合図するや否や、抜きかけの刀から閃光が迸った。
餓鬼は突如放たれた霊力の強烈な光に呻きながら目を押さえる。
目を眩ませた餓鬼が足を止めている間に発声の反響で周囲の状況を可能な限り読み取ったダヴィデが
「新手の類はないようだ。皆さん、眼前の敵のみに注力して問題ない」
と伝えると、敵は
「我ら餓承衆を馬鹿にしおってぇ!」
とご丁寧に身分を明かし長い爪を振りかざして一歩踏み出した。
その間に、エレミヤは火の術式を刻んだ霊符を取り出し餓鬼の死角に移動し、それを見たダヴィデはエレミヤの思惑を察知して次の行動に移る。
「そうかいそうかい、お前たちは餓承衆っていうのかい。では餓承衆よ、なぜそこまで人間に罵詈雑言を浴びせる!?」
ダヴィデは、エレミヤが霊符を仕掛けるのを見届けると、その位置を餓鬼が踏むようにさりげなく移動し、目を引く仰々しい仕草と独特の発声法で餓鬼を誘導した。
「腹の立つ人間めぇ!」
餓鬼がダヴィデに踏み込んだその時、餓鬼の足下で霊符が燃え上がる。
「ぎゃっ!?」
霊符を踏んだ餓鬼は慌て怯み、そこにエレミヤは次の霊符を放った。
今度は光の術式を刻んだ霊符だ。
エレミヤたちには少々光った程度にしか見えない一撃だが、餓鬼は苦しげに両腕を振り回し後退る。
それでも光が落ち着くと、餓鬼は息を荒げながらもまだダヴィデに襲いかかった。
(こんなに攻撃しても向かってくるなんて……どうしてそんなに私たちを目の敵にするのかなぁ)
餓鬼の執念に戸惑いを覚えながらも、エレミヤは鋭い魔風を起こして餓鬼を切り付ける。
体を切り付けられ、また怯んで数歩後退っても餓鬼はダヴィデを標的にして身構えながらじりじりと距離を詰め、彼に向けて長い爪を逆袈裟に振り上げた……が。
それと交わるようにダヴィデの刀が空を裂いた。
霊力を纏わせた刃によるダヴィデの抜刀術で、餓鬼は声を上げる間もなく両断され、ばたりと仰向けに倒れる。