〈前川米騒動(5)〉
渡来人に一方的な家族自慢をして気を良くしたのか、その後の春之進は立ち寄る商家で悉く宴への列席交渉を成功させ、一行はいよいよ決戦の場、前川邸に到着した。
「さて、ここからがみんなの力の見せ所だよ。しっかり頼むよー」
出迎えた下男に春之進が用件を伝えると、渡来人たちは皆そのまま広い応接間に通される。
応接間に入ると、程なくして上向きの鼻と分厚い唇にぎょろりと目の大きい特徴的な風貌をした年配の男がやってきた。
「これはこれは、小平様ではございませんか」
「どうも、前川殿。すみませんねぇ、突然大人数で押し掛けちゃって」
春之進が外向けの完璧な笑みで対峙するこの男が、どうやら前川集落の長、前川二郎左衛門らしい。
「何事かと思えば……成程、渡来人が助太刀して下さることになったと。それは重畳でございますな」
「そうなんですよ、それをいち早く前川殿にご報告したくてこうして連れてきた次第でして。この後材木商の阿部殿や薬師の池田殿も来ますので……どうです、この未曾有の災いにどう立ち向かうべきか、実のある話でもしませんか」
「実のある話、でございますか……回りくどいことはお止め下さい、小平様。つまるところ、蔵米を出せと仰りたいのでしょう?」
二郎左衛門に先手を打たれ、春之進は一瞬言葉に詰まった。
すると、竜樹がすかさず助け船を出す。
「なーんだ、そこまで分かっとるなら話が早いわ~。もちろん、タダでとは言わへんよ。そちらさんにも事情ってもんがあるやろうし……な? 春っち!」
「そ、そうだねー。だから言ったでしょ前川殿、実のある話をしましょうよって」
二郎左衛門は春之進と渡来人たちを舐めるように見回した後、
「……承知しました」
と答えると、下女たちを呼びつけ宴の支度を命じた。
バタバタと簡素な膳と酒が応接間に運ばれ、にわか宴の形が成った頃に材木商の阿部と薬師の池田が到着する。
一献傾けたところで、池田が口を開いた。
「前川殿、岡島と大島では蔵米を差し出したと聞きましたが、前川では出さぬのですか?」
二郎左衛門は酒をひと口飲むと臭い物でも嗅いだかのような顔をして答える。
「岡島らと一緒にせんで下さいよ。あそこは田畑の少ない貧乏集落、ゆえに『賤民上がり』の言うことをホイホイと聞くんですよ。私にゃ出来ませんね。それに、うちの蔵米を持っていかれたらそちらも困るでしょう? あんた方の住む邦蓮寺集落は商人職人の町、自前の蔵米なんざ殆ど無い。ゆえに私とこうして仲良くしてるんじゃないですか」
「それはそうですが……」