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【双月ニ舞ヒテ】渡り来たれ【第1話/全5話】

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【双月ニ舞ヒテ】渡り来たれ【第1話/全5話】
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〈市中地獄行脚(13)〉


 影月を見上げながら走り進めば進むほど、血の臭いが濃くなり遺体が目に付くようになる。
 影月に近ければ近いほど被害も大きいのではないかという優の推測は当たったようだ。
「優、大丈夫?」
 ルージュが気遣わしげな声を掛けずにはいられないほど、優の顔色は優れない。
「大丈夫ですよ……確かに、だいぶ心を抉るものはありますが」
(これが、もしもこちらに召喚されて間もなかったあの頃だったら、気絶してトラウマにもなっていたことでしょう……)
 これまで特異者として幾つもの死線を越えてきたからこそ辛うじて堪えられる惨状を目の当たりにしていれば、さすがに顔色も悪くなる。
 だが、今は独りでそれに堪える必要はない。
「辛く苦しい光景だからこそ、少しでも多くの人を救います……ルージュと一緒に」
 寄り添うパートナーがいれば、たとえ地獄の道行きとなろうとも一歩更にその一歩先に進める、この手も差し伸べられる。
「そうね、二人ならどんなに過酷な状況でも頑張れる。一人でも多くの人を救って、守り抜きましょう。早速行くわよ、生存者と遭遇したらまずは手当てね」
「はい!」
 優は転がる遺体の冥福を祈りながら、ルージュと手を取り合いその間を進んでいった。

 痛めつけられたのは人だけではない。
 家屋は破壊の限りを尽くされ、家畜も惨殺されている。
(ここまで蹂躙するだなんて……)
 ルージュはまだ見ぬ「敵」からの奇襲を警戒しつつ、その手口に嫌悪感を露わにした。
 たとえ命が助かり、体が無事だったとしても、心はそうはいかない。
 目にした凄惨な光景、耳にした悲鳴や泣き声、それらは心に癒えない傷を刻むものだ。
 生存者の気配をなかなか感じられないまま歩き進めると、屋根の崩れ落ちた家の中から荒く震えた息遣いが聞こえてきた。
「ルージュ、もしかしたら怪我人かもしれません」
「私は敵影がないか見ておくわ。その間に確認して救助しましょう。でも、くれぐれも気を付けて」
「はい、ルージュも気を付けて」
 ルージュと頷き合い、優は瓦礫と化した屋根の下をくぐるようにして建物の中に入る。
 優が建物に入った足音の直後、息遣いがぴたりと止んだ。
(こちらを警戒しているのでしょうか……)
 外で聞いた息遣いは、何かを堪えているようなひどく苦しそうなものだった。
 仮に潜んでいる者が敵だとしたら、武士団の攻撃を受けて逃げ隠れている可能性も考えられる。
 しかし、ここまで歩いてきて武士の遺体は何体か目にしたが敵を追う武士は見かけていない。
(この集落はかなり手酷い襲撃を受けています。生存者も殆ど見られない、敵の手に落ちたと言っても過言ではないこの場所に、敵自身が隠れ潜む意味はありません。ならば、ここにいるのはきっと逃げ遅れた人です)
「大丈夫ですよ。私は、武士団から頼まれて救助活動に来た渡来人です」
 優は努めて穏やかな声色で建物のどこかにいるであろう相手に話しかけた。
「傷に効く薬草を持っています。もし、怪我をしているのなら、手当てをさせて下さい」
 それから数秒、沈黙が流れたが……。
「……こっちだ」
 と、躊躇い混じりの男性の声がして、優はそちらに向かう。
 歪んだ襖をこじ開けると、その部屋には落下した屋根の下敷きになっている女性と、その傍らに寄り添う傷だらけの男性の姿があった。
 女性はまだ辛うじて意識を保っていたが、このままでは命の灯が消えるのも時間の問題に見える。
 早く二人の手当てをしたいところだが、女性の眼差しには明らかに警戒の色が浮かんでいた。
「ほ、本当に……武士団に頼まれて来たの?」
 信じてもらえていないことをひしひしと感じながら話すことは、決して気分のいいものではない。
 場合によっては「怖がらせてすまない」と踵を返すという選択肢もあろう。
 しかし、優にはそれは出来なかった。
(ルージュとともに、愛と慈愛を大切にしている私には、この人たちを見捨てることは出来ません)
「禍々しい者たちに襲われた後だというのに、見ず知らずの私たちがこうして近付いてはやはり気味が悪いですよね……。でも、嘘ではありません。小平さんという方と、荒瀬さんという方に頼まれました。このままでは、そちらの女性の方はやがて屋根の重みに体が耐えられなくなり、命の危険もあります。手伝いますから、屋根の下から出て傷の手当てをしましょう」
 優の真摯な語りかけに、二人の心が動いた。
「……分かった。手伝ってくれ」

 男性が屋根を浮かせている間に、優は女性を引っ張り出し、傷付いた体を薬草で治療する。
「……疑って、ごめんなさいね」
 女性は全身の痛みに顔をしかめながらも、優に詫びを入れた。
「気にしないで下さい。ここが少しでも平和になって、皆さんが安心して過ごせるようになれば……私たちの願いはそれだけですから」
 優がそう言って微笑むと、男性は
「本当にありがとうな。それにしても、あんな月の影みたいなものさえ出てこなければ……」
 と、悔しげに声を絞り出す。
「一体、何があったのですか?」
 優が尋ねると、男性は視線を俯かせたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
「一昨日の晩、だったと思う。妻は元々病がちで、あの晩も早々に床に伏せっていた。俺が水を汲みに土間に下りた時、いきなり戸を蹴破られて、爪のようなものに裂かれて……そこから先は覚えていない。気が付いたら、家の屋根が落っこちていて、俺は何とか動けたから這い出て妻の所に戻ったら、さっきのような有様で……。すぐに助け出したかったが、辺りで悲鳴や聞いたことのない凶暴な声が暫く聞こえていたから、下手に動いて見つかったら殺されると思って、ここにいた。妻が敵に見つけられずに済んだのは、不幸中の幸いだったかもしれない」
「この辺りが静かになったのは、いつ頃からですか?」
「さて、いつだったか……今朝までは、がやがやと嫌な声が聞こえていたが、日が高くなった頃からだろうか、随分静かになった」
 獲物がいなくなったと見て敵が撤退したと考えるべきだろうか。
 そうだとしたら、敵はこの地の民を殲滅する気で来たということだ。
(どんな理由があれ、日々を平和に暮らしていた人々の笑顔を奪っていいわけがありません……)
 この者たちの笑顔を守らねばと優が唇を引き結んだ、その時。
「優っ!」
 とルージュの逼迫した声が響いた。
(敵襲ですか!)
 優は眼前の二人に
「私と一緒にお家の裏から出られますか?」
 と問う。
「それは出来るが……まさか、またあの夜の連中が? お前さんたちはどうするつもりだ?」
 男性は優たちの身を案じたが、優はいつもの笑顔を二人に返した。
「こちらは心配いりません。お二人のことは、私たちが必ず守り抜きます!」

* * *


 優が建物から出ると、大型犬のようななりをした黒ずんだ獣がルージュに牙を剥いていた。
 獣の目は血走り、全身の毛は殺気でざわざわと逆立っている。
(さて……思うように力が出せないとなると、無理は禁物ね)
 ルージュが刀を抜くや否や、獣は威嚇するかのように口を開け彼女に襲いかかったが、ルージュは円を描くような動きで獣の噛みつきをいなし、振り返るなり清浄な霊力で光る刀を横一文字に走らせた。
 前足の肩口を深く傷付けられた獣は短い悲鳴を上げたものの、着地すると唸りながらルージュを睨む。
(あれは、犬や狼の類と見て良さそうですね……)
 ああした獣の急所は腹か後ろ足と相場は決まっている。
 獣が重心を僅かに後退させ、助走を踏むような体勢を見せた瞬間、今度は優が獣の脇腹目がけて得物を飛ばした。
 正確無比の投擲術を誇る腕から放たれた針は、獣の先手を取って見事に脇腹に突き刺さる。
 急所を突かれた獣は痛々しい鳴き声を発するが、すぐには倒れず更に殺気を強めて優に向かって地を蹴った。
(なかなかタフですね!)
 霊糸で編まれた忍装束を来ている優は素早い。
 手負いの獣相手ならその跳躍からの噛みつきも、着地から跳ね上げての爪での切り裂きも、動じることなく躱していく。
 獣の攻撃を避けながら、優は手にした針を投げつけた。
 針が獣の腹の下に潜り込んで後ろ足に鋭く刺さり、甲高い悲鳴とともに獣の動きにブレーキが掛かると、優は針を霊符に持ち替えた。
 本来ならば対象を追尾しない霊符を当てるのは至難の業だが、針を受け疾駆出来ない相手に投げつけるのなら勝算はある。
 火の術式を刻んだ霊符が優の手から放たれ獣に貼り付くと、霊符は炎を上げて獣を火だるまにする。
 耳を劈くような絶叫を響かせた後、業火に焼かれた獣は黒い靄とともに躯を朽ちさせていった。
「実体のある獣だったけれど、ひどく穢れていたようね。残るのは地面の黒い染みだけ、あとは原型も留めず消えてしまうなんて」
 優が危なげなく禍々しい様相の敵を撃破したのを見届け、ルージュは地面の染みを凝視しながら考えを巡らせる。
「元はただの野犬だったのかもしれませんが……だとしたら、ただの獣をここまで穢す存在が敵の中にいるということでしょうか?」
「どうかしらね……獣相手ではこの程度が調査の限界かもしれないわね。ひとまず、先程のご夫婦を街の中央まで連れていきましょう。御殿の近くまで行けば人の目もあるし武士も駆けつけやすい、ここより安全よ」
「そうですね。私、あのお二人を呼んできま――」
 振り返った優の目の前で家が突如轟音を立てて崩れ、優は言葉を失う。
 直後、彼女の足下で畳針のようなものがドドドッと地面に突き刺さり、土煙の向こうからゆらりと「何か」が現れた。
「……」
 無言で現れたのは、全身黒ずくめの男。
 ぬらりと伸びた長身に漆黒の簑のようなものを纏い、毛髪のない頭部の双眸はぞっとするほどに切れ長で、薄く左右に長い唇が男の酷薄さを不気味に際立たせている。
「優、あれは人間じゃないわ……」
 ルージュがそう見分けられたということは、この者は神州扶桑国で言うところの「マガカミ」が化けたような存在であり、人間でないのは明らかだった。
(敵なのは分かりました……ですが、さっきの獣とは殺気も何もかもまるで別物です……っ)
 歴戦の特異者たる優でさえ心臓を握り潰されるのではないかと錯覚する程の恐怖を覚えたが、彼女は喉の奥から声を絞り出して問う。
「あなたは……何者ですか」
 ……答えの代わりに返されたのはあの針だった。
 男は何本もの針を優目がけて一斉に、しかも恐るべき高速で飛ばしてくる。
 頬に、肩に、二の腕に、太腿に、懸命に躱しても避けきれない針が掠め、優の体はぐらりと傾いだ。
(この程度の傷で倒れる筈が……これは、毒ですか!?)
 薬草は先程の夫婦に使ってしまい、残っていない。
 だが、優の異変に気付いたルージュが駆け寄り急いで手持ちの薬草を優の傷口に擦り込む。
 すると、ルージュを間近で見た男が、初めて声を発した。
「鳥族……」
 男は哀れむような、しかし底知れぬ憤怒と憎悪のこもった視線をルージュにぶつけると、優そっちのけでルージュに針を飛ばす。
 ルージュは円の動きで針を受け流すようにして落としたものの、その間に男は彼女の死角に回り込み距離を詰めていた。
「ルージュ!」
 投げつけた優の返針が男の肩に刺さった。
 男は顔を歪ませ、針を抜き捨てながら離れた位置にある瓦礫の上まで飛び退く。
「結界、実に忌々し。鳥族、次に相見えし時こそ、その哀れな生をこの針羽(しんう)が閉じてやろう」
 針羽と名乗った簑男は、そう言い残すと到底人間ではあり得ない跳躍力で彼方へと跳び去っていった。

 優が手当てした夫婦は幸いにも外に出ており、針羽が破壊した家の下敷きにならずに済んだ。
「やはりここは危険ですので、御殿の近くまで行きましょう」
「そうね。でも体力も心配だから、これを食べながら行きましょう。腹が減っては何とやらと言うでしょう?」
 ルージュは大きなパウンドケーキを優や夫婦に分け与え、優と一緒に夫婦を護衛しながら御殿の近くを目指す。
「怖い思いをした後にこんなことを訊くのは気が引けるのだけれど、襲われた日のことで、何か思い出したことがあれば聞かせてくれる?」
「実際に見たわけではないのだけれど……」
 パウンドケーキを食べながらルージュが夫婦に尋ねると、妻の方が自身なさげに口を開いた。
「夫が倒れた後、もの凄く不快なガラガラした声が聞こえたの。『人間殺せ、人間殺せ、皆殺しだ』……って言ってた。それから暫く悲鳴や怒号があちこちで響いて……いつの間にかあまりに静かになってしまった……」
「そうだったの……そんな時に動きたくても動けなくて、ご主人まで倒れてしまって、さぞ怖かったでしょう」
 ルージュは妻を労りながら考える。
(敵のターゲットは「人間」、つまりこの出羽の人全てということになるのかしら? だとしたらますます放っておけないわね……)

 一方、優の脳裏には今しがた対峙した針羽の姿と声がしつこくこびりついて離れない。
(私だけならまだしも、ルージュへのあの執着は一体……)
 本来の力が発揮出来ない状態であのまま戦っていたら、果たしてどうなっていただろうか。
 針羽にも何らかの事情があったのか、今回は傷を負い向こうの方から先に撤退したが、優にとって唯一無二の大切なパートナーにもしものことがあったら……その危険性を考えただけで優の指先は冷えていく。
 そんな優を見て、ルージュが隣に寄り添った。
「私なら大丈夫よ、優。私たち二人なら何だって乗り越えていける、何にだって負けない……そうでしょう?」
 まるで優の心の内を見透かしたかのようなルージュの言葉と、絡まる指は温かくて……。
「はい……ルージュと一緒なら、何処へだって、何処までだって行けます。私たちは負けません、誰にも、絶対に」
 ようやくいつもの笑顔を取り戻した優は、針羽への闘志を新たに歩を進めた。

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