~ 紛争地帯の飯は美味いと言うけれど ~
「そんなぁ! 帰りの便が来月だなんて!?」
愕然とするあまり抱えた自らの頭部をとり落とさずに済んだのは、
八上 ひかりにとって幸いだった。
各種のトロピカルフルーツや甘いを通り越して甘すぎるの域に達する数々の甘味で知られた
ワハート・ジャディーダ島に向かうつもりが、何をどう間違えたのか
イファト島にやって来たのはつい先程のこと。慌てて定期便の出る空港を訊いて、日程表を確かめて、彼女はおおいに肩を落としたのだった。
だがその日程表に書かれた定期便も、今となっては休止となって久しい。次に予定通りに魔法の絨毯が発つのは、はたしてどれほど未来のことになるのだろうか。
ひかりが地球のシルクロードのオアシス都市を思わせると聞いて胸踊らせた光景は、この島には微塵も感じられなかった。実際に目の前に広がっているものは、まるでPKOでも派遣されていそうな難民キャンプさながらの町。
「……ううん。旅にはハプニングが付きものだもの」
打ちひしがれたところで始まらない以上、彼女の為すべきことはたったの一つだ。
「危険な場所の料理は20点か5万点とも言うし……イファト料理、レッツ・チャレンジ!」
結論から言えばこの挑戦は、少なくともひかりが自分が
アダル島からのスパイではないことを証すために要した苦労の分くらいは報われることとなった。つまり、素朴さからは思いもよらぬ濃厚な味わいに舌鼓を打つことになるわけだ。
「なるほど、アダルの畑への襲撃を避けるために必要な時に魔法で植物を育てるから、このインジェラってのが食べられるワケね。同じく採れたての香辛料のお蔭で具も香り高いから、ふんわりとしたインジェラで包むとまるでおかずクレープみたい……つまり、最高に美味しいってコト!」
スカイドレイクではアダルとイファトだけで食されるというテフなる穀物の独特の風味は、ハプニングなくては決して味わう機会になんて恵まれなかっただろう。そんな偶然に感激するひかりの様子は、彼女に料理を振る舞った女に、さあさ、もっとお食べよとまで言わせ――その時。
にわかに騒然となって緊迫感を帯びる島。
武器を持て、などと物騒な怒号を交わすイファトの人々は、アダルとの間に何らかの緊張状態の原因を見いだしたに違いなかった。