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語れぬ指:黒白の差

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語れぬ指:黒白の差
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…※…※…※…




 ギャアギャアと鳥の鳴き声がする。一匹でもなく、二匹でもない、鳥の鳴き声がする。
 鳥など居ないことを知っている富豪が背すじを伸ばし、側近が動かない手に鞭を携えようとしていた。
 地面に三つの影が落ち、渦巻く軌跡を描く。
「いーい響き。森はこう賑やかでなきゃねぇ」
 それが本来の森の姿だと言わんばかりの絶賛の声が冒険者達の注目を求める。
「“鳴かせる”っていうのは“折れた翼で飛ばす”よりも難しいのよ?」
 自らをひけらかして銀の髪のダークエルフが登場した。顔は止めどなくあふれる興奮に緩み切っていて、冒険者達の警戒心を跳ね上げさせた。
 空を旋回する三匹の内、一匹のグリフォンが羽ばたきを止めて失速に落下する。
 べしゃりと前脚を潰すような無様な着地から、慣性を無視して冒険者達へと突っ込んできた。
 質量の差かゆっくりと見える突進に舞花が矢をセットするよりも、樹木の上より降下したシンが割り込むように着地し、クイックスナップの対応でグリフォンの視覚を奪い、追い打ちで舞花の雷矢たる切り札にてブリッツレイドが炸裂する。
 遅れて、失速原因となった折れた片翼がどさりと地面に叩きつけられて羽毛が舞った。
「あらまぁ、倒しちゃったの」
 シンは着地に曲げたままの膝を伸ばした。デスアピアによる黒緋の短剣を隠した投擲は、ダークエルフにあっさりと叩き落されていた。耽溺の表情の割には状況の変化へのレスポンスが速い。
 話し合いの席に縛り上げるのは無粋だと控えていたが、フックショットで富豪と側近をそれぞれ捕縛した千羽矢は茂みを掻き分けて現れた風に二人を預ける。他の側近は春奈達三人がそれぞれ守っていた。
 倒したグリフォンの傷口からは白い粒が血流を押しのけて溢れ出ている。魔物の目はとっくの昔に命の光を失っていたらしく、白濁に固まっていた。
「面白いけど、当然の話ね。生きているように見せかけたけど、魔物は魔物ってわけ? それとも自分を傷つけるようなのは全部敵ってことかしら?」
 生物への配慮はないのか? 言うが、返答を待つこともなくダークエルフは高笑いする。
「じゃぁ、この森はあんたたちにとってはどう見えるかしら、ねぇ? 誰が造ったのか気になったけど……リーラちゃんらしいラインナップで笑ってしまうわ」
 ダークエルフの両脇にグリフォンが――死してなお操られた魔物が舞い降りてきた。
「少し遊んであげる」
 美貌の唇は男の声で囁くと二匹のグリフォンが高らかに鳴く。
 巨体の跳躍。左右それぞれの時間差にどちらに対応するべきか冒険者の行動が別れた。
 真上からの右側の魔物の襲撃に落ちる影の中の舞花は冷静な目で狙う。速射の閃きは翼の飛翔を阻害し、狂った重心と麻痺の効果でグリフォンの動きが鈍り、そこをヴィントダガーとマニューバを利用して一気に距離を詰め肉薄したシンが無力化を図った。白色混じる返り血を浴びる前に飛び退く。
 小さな跳躍から疾走に切り替えた左側の魔物を真っ向から迎え立つ千羽矢は背すじを伸ばした。静かな表情で矢を番え弓を引く。最大ダメージを与える距離までグリフォンを引きつけて、呼吸を止めた。
 放つ矢は大気を裂いて四本に分かれて、三本がグリフォンに突き刺さる。人が相手なら威嚇を兼ねてそこで終わったものの、仰け反った魔物の喉を更に四本の矢が雪崩込んだ。
 先に放つ矢の一本だけが軌道を変えていた。グリフォンの脇に逸れてダークエルフの褐色の肌を裂いた。頬を掠めた一閃は肉を晒し、ダークエルフが体内で飼っているものを露出させる。それは空気に触れてぽたりと足元に落下した。
 倒れたグリフォンの死体特有の遅さでゆるゆると広がる血溜まりから白煙が上がった。死体を動かしていた蟲が外気に晒されて溶けたのだ。
 ダークエルフは頬の傷を血ごと拭いながら「おもちゃが壊れちゃった」と呻く。
「あっさりね。ここ数年の冒険者は更に力をつけているとはリーラちゃんの言葉だけど、度胸もいいのね。容赦もないのも好ましいわ」
 体の前で腕を交差し自分を抱きしめるダークエルフはぶるりと身を震わせた。
「肉も引き締まって、魔力もたっぷりだし……さぞや美味しいゆりかごになりそう」
 ダークエルフ――レジスト・レタディーの喜びは冒険者の目にどう映っているだろうか。
 自らの身体を押さえつけるその意味を伺い知れるだろうか。
 魔界の花の香りに、蜜を求めて蠢く様を押さえつけているその忍耐強さが、自身の暴走へと導いていることに、レジストは自分でさえ気づけずにいる。
 先に遭遇したものより本格的な、久しく見なかった魔界の森を目の辺りにして、本能に付き従う蟲に理性は主導権を奪われかけつつあった。
 おもちゃ(ゆりかご)を増やして、森を支配して、増殖したい。その無数にある一心に塗り固められている。

 レジストは迫り、直後、“残された一発”の最後の銃声が轟いた。

 ダークエルフの首の左右に黒点。出血。
 三秒遅れでレジストが片穴を右手で押さえるが、それで留まるわけもない。
 それでも魔族らしい生命力の強さを発揮し、自分を撃ち抜いた犯人を探そうと執念を見せる。
 さて、どこのどの野郎だと汚言を吐き出そうとした口は代わりに溢れ出た血で赤く染まり、魔力が流出。魔神の加護を失って、体内の深部で脈動する器官が内部から食い破られて爆ぜた。
 赤い瞳孔がぐるんと白く反転する。
 そして、その場からダークエルの姿が消えた。


 代わりに、黒髪の青年がそこに立っている。


「これ以降は大変に見苦しいものですので僭越ながら“隠させて”もらいました」
 ダークエルフの姿も声も、生命反応さえ途絶えた。舞花は地面に染み渡る血痕が消失していることに青年へと視線を上げる。
 魔の森がざわめいていた。
「レディが持参してきた蟲はみなさんがあらかた対処したので心配にも及びませんよ。それにレディが体の中で飼っている蟲は生存本能に従って今現在は彼の体を食している最中ですから、新たな寄生先として襲ってくるという危険性もまだ低いです」
 中には自分の知らない種類もありますがと青年は添えた。
 この場が安全であるということを、ダークエルフの死を示唆して、青年は説明する。
「この場に現れるか。クルクゥリよ」
 富豪に呼ばれて青年は泣きそうな顔で笑った。
「最初に“手を加える行為になる”から控えますと伝えていましたからね。確かに、結果を狂わせてしまう可能性があれば登場しないままだったのですがいかんせん私としては申し訳無さでいっぱいでしてね……すみません。私の不手際でまだ始まってもいないのに中止にさせてしまいました。本当に、ごめんなさい」
 冒険者達は沈黙を選んだ。
 富豪の凶行の、その原因がこの青年であると、理解するのに時間がかかったのかもしれないし、ただ事の成り行きを見守ろうとしてか、警戒はしたままに誰も動こうとはしなかった。
 つと、青年の紫色の眼が一点に留まった。「そこにありましたか」とシンへ近づき、提げているサシェを指差した。落とし主を知っているシンは青年にそれを返す。「ありがとうございます」と拾ってくれたことにシンへと感謝を述べて、中身を確認してから青年は力なく吐息する。
「魔物よけをなくしたことに気づかずに“狩り庭”に訪れてしまいました。結果、人間ではない私はグリフォンに襲われたのですが、そこを大胆なアルディに庇ってもらって、それでアルディの足が犠牲になってしまったんです」
 ファーリーの若者が義務感で警笛を吹く様を眼にし、青年はそこで自分の失態に気づいたという。
 魔物よけという対策を欠き、咄嗟の事に自身の能力も振るわずに、状況に流されてしまった。
「……事情はわかった。 だからと……謝って済むものか」
「そうですね。庭を造るのに五十年はかけました。最初からやり直す時間は貴方にはありませんし、貴方をこの場から逃がす力が私にはありません」
「そうか。そうだろうな。ならば――」
「死ぬしか無い。とでも言うつもりですか? 捕まるよりはと理由をつけて」
 富豪が青年を睨める。対して青年は両肩を竦めた。観念しましょうと促すように。
「そろそろ認めてもいいでしょう? 冒険者の方々は貴方さえ救おうとしているんです。先程から非難するよりも貴方の行動について理解しようと話し合いを持ちかけているんですよ? その呼びかけを無視し続ける貴方よりは、彼ら彼女らがよほど貴方の悲しみを汲んでくれるでしょうに……死を選んでは駄目ですよ」
 私は生きていて欲しくて取引を持ちかけるのです。と魔人は釘を刺した。
「貴方が生きてくれなければ意味がない」
 言い切った。
「貴方が死んでは誰が“彼女を生かす”というのです?」
 成立した取引は見届けるのが魔人側の対価となる。
 冒険者の注目に晒されて耐えられずに魔人が気弱に笑った。
「こうなってしまった以上、シダの花は咲きません。そもそもそんな花は魔界でもありはしないでしょう。それよりも自棄を起こして死ぬよりは自身の生を全うなさい」
 話は変わりますが、と断りをいれた。
「人族の感覚で私が好きなものがあります」
 魔人は自分の胸に片手を添えて、まっすぐと富豪の男を見据える。
「『大丈夫よ、パパ。わたしが死んでも、パパの心の中のわたしはパパが死ぬまで、ずっと一緒に生きてくれるわ』」
 狩り庭(オアシス)のイベントの開催動機の遠因となった物語が遺言として語られた。
「“彼女”との取引内容は守秘義務がありますので詳細は省きますが、大切な娘の二度目の死をこのような場に選ばなくてもよいと私は提案します。少なくともこの場にいる方々は貴方の死なんてものは望んでいないと断言できましょう」
「リー、ラレスト? しかし、お前との取引は……ッ!」
「最初から私は彼女との取引内容で動いていましたよ? それ以上に私は私の考えで働きかけています。
 これが導き出された“結果”なら、私は今回の対価はこれでよいと判断しました」
 後始末に必要な物はダークエルフの参戦と、人里を襲うはずの魔物がこの場で狩り尽くされたことで賄えられた。
 責任を果たせと虐殺を続行させる無理強いの理由は消えた。富豪の行く末はこれから冒険者が教会に身柄を引き渡してから決まるだろう。その前に狩り庭の責任者として滞在者全員が無事に街に戻れるよう指示を出せと富豪を焚きつける。
 側近に慌てて指示を飛ばす富豪から、魔人は冒険者達へと体ごと向き直った。
「全ては賭けに等しいです」
 初めに目が合った舞花に頷くように口を開く。それから、千羽矢、春奈、シンへと視線を巡らせた。
「唆しはしましたが、側仕えが密告者になるかどうかさえ私には予測はできません。なので貴方がた冒険者の献身に私はいつも助けられています。助けられたと安心を得ています。人ではない私がこう吐露するのはおかしいでしょうか?」
 誰何の声を誰もが飲み込んでいる。人ではないと青年は自分の正体を進んで暴露した。特にシンと風は魔物よけのサシェの中身が耀神の加護が届かない魔性の植物から構成されていたことに納得がいく。魔族が肌身離さす持ち歩くものだとしたらそれは魔界由来の魔神の加護を帯びたものが道理だろう。
「さぁ、立ち話はここで切り上げましょう。アルディにも声をかけてあります。何かあれば彼に相談するのがいいでしょう。では、私は――」
「待てよ」
 失礼しますと暇を告げようとした魔人を遮ってシンが進み出た。
「そんなに急いでどこに行くんだ? いくら俺達でも早々殺したりはしねえよ」
 そりゃ妙な真似をしたら相応の対応はするが、とシンは肩を竦めた。
「えっと……? ああ、そうですね」
 人とは違うと話したばかりし、逃げようとしている。それを阻止しようとするのは冒険者なら当然のことだ、とシンの呼びかけを魔人は受け取った。自分と正対する魔人にシンは一度だけ風に目線を送り、それから青年の紫色の眼を見据えた。
「あんたが関係してるってことはわかった。ただ、これだけか? という疑問がある。前に貴族の件でもも居たしな。だから、ひとまずは話を聞きたい。何をしたいのか、どうしたいのか……互いの立場がどうでも、これからを選ぶのは俺達だ」
 この再会が偶然の産物なのか、対峙していただけは思惑はわからない。魔人の態度から会話が成立するものとシンは踏んだ。
「……ええ、確かに。一理あります。私は選択肢を提示できるでしょうし、選ぶ自由は貴方がたが持ち合わせている」
 元より一度は殺される覚悟をした。猶予をくれるというのならそれも面白いと魔人は笑う。そしてその笑みはシンの続く言葉で罅割れた。
「だから、まずは理解から始めようぜ?」
 一拍の空白。
「それは私に行動から導き出された答えを言えということでしょうか?」
「普通は目的とか動機とかだろ。なんでそんなに遠回しな言い方なんだ?」
 シンは片手で口を覆い考え込む魔人を辛抱強く待った。その手が口から離れる。下向きだった眼が上げられて、シンの黒い目を捉える。
「では、私と取引をしますか?」
 紛れもない魔族の貌だった。
「貴方に叶えたい望みと反映し合う未来があるのなら、私は私の最大限の助力を与えることができましょう。求めるものをどの様な形であれ揃えてあげます。両者の神を共に裏切りながら歩むことを私は厭いません。貴方の心(想い)を力にして、貴方の望みが実現する奇跡を起こしましょう」
 そんな、と声のトーンが落ちた。自己嫌悪のうんざりとした表情。
「そんな、安い文句を売りつけるしかない私に貴方を納得させるだけの理由があると本気で考えてますか? 利害の一致が私の全てだというのに、謗られるのは当然として、しかし、一方的にとは手厳しい」
 魔人自身は取引自体には消極的だった。リーラレストにとって取引とは失望を伴う別れに等しい。
「私と貴方がたと、どの様な関係が結べると言うのでしょうか? 故に対立関係というのはある種の救済だと私は考えています。少なくともそれを利用できるだけ私は助けられていますから。いつも助けられています。
 そうですね。これだけは述べさせてください――と。やはり止めます」
 止めておきましょう、と。“私の代わりに終わらせてくれてありがとうございます”の感謝を魔人は飲み込んだ。
 嘘ではない。まことの気持ち。ただ、それは口に出した瞬間に彼ら彼女ら冒険者達への侮辱へと変わる。
 事件の真相を語る気の無いうちは、この傲慢こそ彼らを蔑ろにするのだから。共感して親身になってほしいなら胸臆を開き洗いざらい告白するべきだろうに、取引結果を見届けるという慰めは魔人にとって対価として甘美すぎた。地方のそれぞれに囲う領域にもルールを課している。人間如きに、否、相手が人間だからこそ魔人は自分を止められない。
 本心ではないから止めてくれとも頼めない。だから、事情もそれに対しての感謝も言葉にすることができないのだ。
 改竄の魔人にとって己からの真相(物語)を綴る唇や語る指など答えを示唆する道具にも下らない。
 果たして理解とは本質を把握する概念だ。自他共に嘘と真との境をずらせるリーラレストでは自身さえどう信頼を獲得できたか。言語化にも時間がかかる。
「私が何をしたいか。についてならば、私は答えられません」
 シンに簡潔に告げて魔人は一礼した。
「それでは、失礼します」
 捕まるつもりのない魔人の姿は、そうして冒険者の前から消える。
 咄嗟に舞花が追いかけようと生命感知を行うが、先のダークエルフと同じく反応しない。
「森の恩恵がある。黒白(あやめ)の差に紛れたな」
 突然の消失。けれど、それは魔人に限っては自然なことなのだろう。富豪の弱々しい独り言が囁かれた。
 口封じを兼ねた凶行。
 それは多くの血肉が必要だったかのが理由。
 肉食性の植物は与えられるがままに血肉を食し、急速に成長する。過成長からの栄養の枯渇は個体の死を早めるのだ。
 大量の死骸にオアシスは三日もせずに枯れて崩壊するだろう。元々水場さえない砂丘覆うレキなのだ、一週間もすれば跡形もなくなる。

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