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語れぬ指:黒白の差

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語れぬ指:黒白の差
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…※…※…※…




 わかっていることは。
「このまま放っておくと多くの人が死ぬかもしれない、ということですよね」
 改めて声に出した砂原 秋良アリヤ・ネムレスは赦罪の聖棒を携帯用の止め金具を外して両手で握る。アリヤの視線に秋良は頷き返した。
「そして手を伸ばせば助かる人がいるかもしれない、というのなら……手を伸ばしますよ。
 なにもしなかったことで後悔するよりも、やるだけやった方が気分が悪くはならないと思いますから」
 独言のような囁きの決意に、アリヤはアトンメントローブの首元に指を入れて乱れを直す。その動きに上級冒険者勲章が揺れた。同勲章は秋良の胸元を飾ってもいる。
 そんなふたりは同時に視線を転じた。空耳でないことを互いが反応したことで確信しあい、駆け出す。
「だ、誰か助けてくれー」
 甲高い悲鳴をあげた主――狩猟イベントの参加者(ゲスト)は駆けつけてきた秋良達の姿に気づくと頭から流れる血も気にせずに両手を挙げて走る速度をあげてきた。そのまま足を縺れさせてその場に顔面から突っ伏すように倒れ込む。
「大丈夫ですか」
「立てるか?」
 転倒した相手の左右それぞれから秋良達は安否を訪ね、地面に片膝をつけたアリヤが大怪我からの出血で朦朧となって自力では立てないと左右に首を振った相手の上体を起こした。
 大翼が、羽ばたきの音が、振動を伴って秋良とアリヤの元まで届く。
 仰げば、見慣れぬ木々の梢を次々とへし折りながら自分達目指して突進してくる巨体が視界に入った。
「魔物退治になる」
 怪我人をアリヤに託した秋良は腰に提げる散華舞織に手を伸ばし、剣舞用の剣の長いリボン状の刃を翻して、飛来するグリフォンと正対した。
 秋良が腕を振る。大きな弧を描く銀閃がカンと音を立ててグリフォンの嘴を叩いた。軽やかに閃く極々薄刃は角質に弾かれつつも独特な弾性と秋良の手首の動きに自然と返し刃となってグリフォンの黄金の体表を切り裂いた。一重二重と環を描く軌跡が増えるごとに血と金の羽が花吹雪のように散っていく。
 速さと重さと正確さにグリフォンは秋良を避けるように旋回し一度空に舞い戻る。優美な動きだと見惚れてしまえば一瞬後には刃に切り裂かれるのを本能的に悟ったのだろう。
 ゲストの男にハーフエリクシルを飲ませると鷲の爪で作られた頭の裂傷が塞がっていく。意識の混濁がグリフォンの毒によるものと判断がつけばピュアウォーターも惜しみなくアリヤは提供し、狩猟を楽しんでいただろう男を背に庇う形で立ち上がった。
 アリヤの頭上を悠然とグリフォンが旋回し、急襲の機会を伺っている。
 秋良の実力と人間がひとりから三人に増えたことで、人を襲う興奮からグリフォンは冷静さを取り戻した様だ。それだけの知性があの魔物には備わっている。知識として物事を学習する知能があるからこそ、飼い慣らされていたのだろう。
 傷が塞がった安心感からかグリフォンに鷲掴みにされた記憶が戻ってきたゲストがガタガタと震えだした。助かったことより魔物に襲われたことのがショックらしい。現実逃避にか返金の心配をしている。
 猛禽類の目がそんなゲストを見下ろし、急降下していく。
 狙うのなら弱っている獲物からとアリヤの背後から回ってくるグリフォンに、彼女はゲストの肩を掴むと引き倒すように地面に伏せさせ、迎撃に構えを取った。
 入れ替わった獲物にグリフォンは翼を大きく打ち振るい、大きく広げた。減速と加速に再飛翔する魔物へと地面を蹴ったアリヤは間合いを縮め、ダン、と地面を踏みしめる。膝を曲げて落とす重心、体に力が溜まる感覚はイメージを生み出す。攻撃が直接には届かない距離など構わずに、赦罪の聖棒を握り締めた。下から上に、弾き上げる殴打。闘気をのせて放たれた打撃は、第二の間合いに入っていたグリフォンに直撃した。遠当ての衝撃は相応に強く、グリフォンの体が横に逸れる。受け身も取れないまま地面に激突した。
 手出しできない空からアリヤに叩き落されたグリフォンへと向かって走り込んだ秋良が更なる追い込みを図る。
 返金はできるだろうか。でなければ裁判でも起こしてと恐怖で恨みを倍増させていたゲストは、ふと、歌に気づいた。耳慣れない旋律は秋良からのもので彼女がミンストレルだと知る。魔物と争っているというのに、歌い、踊っているようにも見える光景に、秋良の周りを円を成して優美に舞う銀の軌跡がよもや皮膚を裂くほどにも鋭い刃物であるとはにわかには信じられなかった。
 歌が佳境に入る頃には秋良のソードダンスにもこれまでにないキレで、タン、と彼女が両足を揃えて着地した時にはグリフォンは完全に沈黙していた。
 剣を収めて一礼に似た黙礼に呼吸を整える秋良の周りで、スポットライト代わりに、黄金の羽毛がチカチカと陽光を反射しながら舞い落ちていく。
 惚けることで精神的に安定したゲストに声をかけたアリヤは赦罪の聖棒を提げ金具に引っ掛けた。
 遠くで銃声が響くだけで、近場で他に戦闘が発生している気配はない。
 秋良達だけで動くよりも誰かと組めれば数の多さで安心感はあるが、範囲が広い場所で時間に限りがあるとならば手分けして分担するのが最良と考えて、この場合は合っていたようだ。ただ、人を助けて守りながらになると誰かの協力を仰ぎたくなるのも正直な話だった。
「行くか?」
 誰かと合流できれば幸いだが、まずはひとりを保護した。出だしは上々だと安全を確認するアリヤに秋良は頷く。
「一体だけなのは助かりました」
 複数相手なら魔封の歌もある。歌いながらの前衛が努めにくいならアリヤへのバックアップに回ろう。ビショップであるアリヤに至っては言わずもがなだ。
 グリフォンだけとは前情報としてチェックしているものの、魔界の森を模しているのだ、何が起こるのか警戒するに越したことはない。
 何があるのかわからない。けれど、
「いつかの未来で笑いながら語ることのできるような物語を綴れるように」
 行くとしましょう。と囁き、レイヤーオブアバターズで揺れることのない心で狩り庭を見渡す。狩り庭に到着してまだ間も無い。冒険者それぞれが依頼を遂行しようと攻略し始めたばかりで、魔物や敵対している人物がまだそこらに潜んでいる可能性が高いのだ。
 探索と索敵にプレザージュの技術を使うアリヤは緩く眉根を寄せた。第六感で探る魔性への反応は、ひどく鈍いものだった。魔性の植物や魔物が徘徊していてそれらも混じるからか? にしては“嘘をつかれている”と感じてしまうのは何故だろう。
「アリヤ?」
 秋良にアリヤは感知できた範囲で魔力の所在を指差して報せる。
 考えてもわからないことを放置はせず、心に留めておきながら、アリヤは一度ゲストを振り返る。
 できることは、
「さて、それじゃいつものように愛の唄を歌いながら、愛情の種を蒔きにいくとしようか」
 自分ができることしかできないものだ。魔物と戦っておきながら逃げもせず進もうというふたりにゲストは信じられないものを見るような目で眺め、それに気づいたアリヤが「俺に惚れるなよ?」と笑う。そんな台詞も“人を助けている”からこそだ。



…※…※…※…




「誰か、まだ無事な人はいないか? いたら返事をしてくれ!」
 言葉が通じる相手へと呼びかけ続けているのは星川 潤也だ。救助者だと知らせまわって負傷者の救護と魔物の排除を行っていた。怪我を負えば生存本能で大抵は隠れたがる。そこを獣人の勘で暴きながら人影を探す。ただ、これまで怪我人の手当をしてきたが、どの傷も魔物由来でないことが気がかりで先程から呼び声に少々の警戒心が混ざっていたりした。
 その隣で、索敵を担うアリーチェ・ビブリオテカリオがマギアビジョンを使って魔物の居場所のあたりをつけようとしていて、そして探り当てていた。
 魔力と瘴気が混在していて判別するのに難しい箇所もあるが、うねりのような大きな流れが自分達に向かってくるのを見つけてしまえば、警戒するべきだろう。
 否、応戦すべきだ。
「来るわよ、潤也」
 エヴィアンの少女の警告に彼女を己の背後に引き込んだ潤也はそのまま駆け出した。
 地面の中で指向性を持つうねりが少年の動きに反応してその先端を方向転換にくねらせる。
 魔力の塊が味方か敵か判断するのは、それが地中から突出した瞬間か。
 ファーリーたる潤也の獣人の底力が生み出す威力は、水平より振り抜かれた蛮勇の大剣の斬撃は、彼の頭を食いちぎろうと並ぶ牙を見せびらかすように大きく口を開いたサンドワームの頭を、一閃で斬り飛ばしていた。
 降り注ぐ緑青の体液を物ともせず潤也は「アリーチェ!」と叫ぶ。地鳴りが続いていた。一匹だけではないのか!
 頭部を失った長物(ながもの)の体が痙攣に激しく跳ねては地面を強かに打つ。その動きに合わせて周囲には体液が飛び散り地面に吸われていった。周囲の植物が割れ音を立てて爆ぜる勢いで急成長していく。
「肉食性か!」
 歪に膨れ上がる植物が微風に煽られるよりも貪欲に撓(たわ)み撓(しな)って、刃の勢いで蔓を走らせる。血溜まりだった地面の上に立つ潤也がその軌道上に居る。大剣を縦に構えて上から下の動きだけで蔓はあっけなく切断された。
 潤也は跳躍にてアリーチェの元まで後退する。
 刹那の差で、地面が割れた。突出してきたのは二匹目のサンドワームである。虫は宙で翻って飛び出してきた穴に再度潜り込んだ。植物の急成長で根が蠢いたことで地中で腐葉土層と砂の層の間に空洞ができたのだろう移動が速い。
 アリーチェを抱えて潤也が更に後退する。自分達が立っていた場所から僅差で口を開いたサンドワームが現れる。ガチンと虫とは思えぬ金属音を立てて口惜しげに閉じられた。
「逃げるばかりと思わないでね!」
 潤也の手で後退を繰り返す探知に優れるアリーチェはそこで地に両足をつけた。金のツインテールが魔弓――旋渦の潮が展開する術式の魔力の流れに合わせて揺れ動く。術式は収斂し水矢を生み出した。番えるのに摘む指は幼さの残るもの。
 サンドワームが地中から顔を出した。そこに五本の水矢が飛来する。矢の形は水魚となって流麗な軌道を描き宙を泳ぐ。追撃も同じく五本の矢。連弾の如く突撃していき、追尾の果てに着弾、緑青を纏って貫通していった。
 二匹目の砂虫も、どうと地面の上に転がった。
 鎮圧したことを沈黙が知らせる。
「あの、すみません」
 軋む音を上げながら繁る森の、この場は安全でしょうかと潤也へと声が投げかけられた。
 すぐ真横から、隣人の近さで聞こえた声に潤也とアリーチェは弾けるようにそちらを向いた。
 先に反応したのはアリーチェだった。旋渦の潮を携帯用の金具に引っ掛けて背に回し、地面に横たわっているファーリーの隣に両膝を落とす。
「怪我をしているのね? 見せてちょうだい」
「お願いします……」
「いいの大丈夫。こういうのは慣れているから」
 黒髪の青年が少女にファーリーの欠損した足を見せることに躊躇ったのを、アリーチェは気にしないからと自らの手で止血に巻いた布や包帯を解く。
「足の先はないの?」
「……食べられてしまったのでないです」
 展開される術式が青年の紫色の眼に映る。それは四肢の欠損すら治す強力な治癒術式だった。
「もう応急処置が施してあるのね……よかった。あとは、あたしに任せなさい」
 繋ぎ合わせる部位が消失しているのが悔しい所だが、生きているだけで充分だ。ファーリーの顔色は土色で本当に死にかけていたのだから。
「治療が終わったら、ここから脱出するぞ。みんなは俺についてきてくれ」
 栄養を求めて飛び交う蔓や垂れ下がってくる木々の梢や葉を容赦なく大剣で破砕し警護に当たる潤也に、植物たちの蠢きが落ち着いた頃に、青年は立ち上がって、そして、へたりと崩れるように座り込んだ。
「お、おい?」
 潤也が慌てて手を伸ばす。
「……安心したら腰が抜けてしまいました。私は治癒術は使えないので、正直途方にくれていたんです。“また”来てくれたこと。そして、アルディを助けてくれて、本当にありがとうございます」
 ファーリーが助かることについて青年の頬が緩んでいる。それを見て、青年を掴み返した手を引いて立たせる潤也は不思議そうに首を傾げた。
「それはこっちの台詞だ。あんたがこの人を助けてくれたんだな、ありがとう」
 “狩り庭”に到着するのに日数がかかった。その間の出血と体力の消耗を抑え続けていたのはこの青年であったことが、軽装を染めている血が変色しかかっていることで明白になっている。つきっきりで手当てしていたはずだ。
 気さくな潤也に青年はきょとんと眼を瞬き、弱々しく首を左右に振った。
「私は助けてなどいません」
 その様子をヒーリングブレスを発動させたアリーチェは見上げる。
 潤也の隣、そこに立つ青年は、貴族の屋敷が虫の繭で覆われるという事件現場にも居合わせていた。そして、口ぶりからして青年もまた潤也やアリーチェのことを覚えていてくれている。
「あんたにも何か事情があるんでしょ」
 硬い声でアリーチェは繋ぐ。
「今回の事件現場にいる理由は聞かないわ。代わりにあえて言わせて。
 この人が助かったのは、あんたのおかげよ。だから、あたしも感謝するわ」
 ファーリーを守ってくれていたこと、応急処置を施してくれたことについてを、潤也と共に礼を述べる。そんなアリーチェの声がダメ押しになったらしい。青年がふたたびその場に腰砕けた。
「アルディが助かるとわかったら、つい嬉しくて……」
 年甲斐もなく間抜けをさらす青年の尻もちに目を丸くする潤也。アリーチェはゆっくりと頷く。
「誰かが死んだら悲しい。誰かの命が助かったなら嬉しい。そんなの、人間として当たり前でしょ」
 当然だと語る少女を、青年――魔人リーラレスト・クルクゥリは、ひどく眩しいものでも見るように目を細めて、奥歯を噛み締めた。口唇を片手で多い、施される治療で血色がよくなっていくファーリーの顔へと視線を落とす。
 衰弱してても目を開けたままの若者。冒険者から隠された半月の笑みを見上げ、何か言いたげなファーリーが会話に交じるにはもう少し時間が必要だった。

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