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愛し子。
愛しい我が子。
愛しい愛しい我が娘。
夢の中でもと、願うこと。
ひとめと、ふたたび、わらってくれるなら、と。
夢の中ならば、叶うこと。
ふためと、しっかり、だきしめられるなら、と。
我が神に奇跡さえ望めぬなら、
他者の神に対価を支払うまで。
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本日は大晴れ。
照りつく太陽の光を遮るように、天高く聳え間断なく犇めき合い、小動物一匹さえすり抜ける隙間も許さない、まるで城壁の如く生え揃う木々の威容を、濃い影の中から
高橋 凛音と
御陵 長恭は見上げる。
見渡す限り延々と続く砂漠に現れた緑地(オアシス)。それを構成する要素はおよそ日常では見られないモノばかりだ。堅牢な樹木の向こう側でけたたましい鳥の鳴き声が聞こえ質量の乗った重たい羽ばたきがふたりの元にまで届いた。
事前情報でそれが魔物グリフォンのものだと知れる。
「砂漠の中に欲と悪意に塗れた、魔物の森とは……」
強い日差しに焼かれ乾燥しきった大気に樹木は瘴気を吐き出し、のびのびすくすくと成長していた。その様に、どうして砂漠の砂地という貧相な土地でこうも色艶良く生えていられるのか、と長恭は眼前のオアシスの存在を誰が歓迎しているのか想像して低く唸ってしまう。
「至急の依頼が飛び込んで来たと思えば……こうもはっきりと魔性の気が強いと真かと疑ってしまうな」
これが人族の手で造り上げられた魔界の森の模倣だと説明されてもにわかには信じ難い。だからこそ凛音はその美しい顔に厳しいものを宿らせる。
「そんな危険な物……ギルドに知られずに。放置、育成なぞ大方、権力か金に飽かせたロクデナシのやる事じゃろ……」
戦争目的以外はの……、の彼女の囁きに長恭は享楽も至れば善悪などお構いなしでこれも道理のひとつかと息を吐く。
「今は考えても仕方在るまい……。
被害が拡がらぬ様に集中して、鷲獅子や他の魔物の相手をするとしよう……」
それこそ目的の先に戦争という戦略を置いていなかっただけ、教会からの干渉を許してしまうという隙きが生まれたともいえる。
「そうじゃの。何にしても被害が拡大しては敵わぬ。
キョウの協力は勿論、同じ依頼を受けた冒険者とも連携して早々に魔物退治、ひいては依頼達成、人里の安全確保の為に臨もうぞ」
長恭の促しに、さてはて密告者のように話の通じる誰かがひとりでも居れば幸いであると気分を切り替えて凛音は彼と共に“狩り庭”へと乗り込んだ。
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魔族の森の復元と先に聞いていたものの、それが魔界の全てというものでもないらしかった。
まず狩り庭という人工緑地(オアシス)が人間の手で完全管理するに第一条件でクリアされるべき必須項目は、これは造園について協力した魔族の知恵を借りたそうだ。
砂漠地であるのは、好都合だったらしい。
環境という外的要因がほぼ固定できるのは、変化を遅らせ、経過は穏やかに、対処への時間を得ることなる。
植物(魔性)を育てる、その行為に違和感がわかないのは、砂地への根張りが弱く適応できない種を選び、土作りから始めて水から肥料からと人間の手法に擦り合わせたがためであった。掌握し、コントロールできると知れば、未知の植物も可愛く見えるというのだから不思議な話だ。
人の目を避けられたのは副次的効果だと、密告者は言う。
人界において、人の手で累代を重ねたその栽培植物達は、多くは野生原種そのままの形で、ひどく劣化したものが多い。
毒がなく、瘴気が薄いのも、肉食性ながら強襲してこないのも、年数をかけて人族の耐性に合わせてきた結果だった。
絶対に安全とは言い切れないものの“約束事”さえ遵守できれば、なんの問題もなく運営運用できる。
そのはずだった。