1.努力、努力、努力、そして努力!
輝く舞台に立つために、必要なのは――
努力、努力、そして努力!
いつも頑張るアイドルたち、今日はより一層がんばっちゃうのです!
◇◇◇
「るんるんる~ん♪ 火夜ちゃん参戦~! さあ、火夜ちゃんの担当アイドルはどんな子かな~? ワックワク~!」
本日からプロデューサーとなる
迅雷 火夜は元気いっぱいに扉を開ける。
「はじめまして~♪ 火夜ちゃんはね~、新米外部プロデューサー迅雷 火夜ちゃんだよ~!」
「ようこそプロデューサーなのでぇす! ぼくは、可愛い15歳のアイドル『三々 むめも(みみ むめも)』と申しますでぇす!」
待っていたのは、こちらも元気いっぱいのアイドルだった。
前髪をちょこんと縛ったヘアゴムに、黄色い宝石がきらりと光る。
「あ、火夜ちゃんのことはプロデューサーじゃなくて~、火夜ちゃんって呼んでね~」
「分かりましたでぇす! 火夜ちゃんプロデューサー!」
「もしかして不安とかあるかな~? 火夜ちゃん人前でお歌歌うの大好きだしウマウマだよ~!」
「全然不安なんかありませんでぇす! だってボク、ルミカーレースで火夜ちゃんプロデューサーの活躍を見てたんでぇす!」
「えっ、そうなの~!」
「そうなのでぇす! だから、挨拶代わりに……ほら!」
「ルミッピー!」
「ルミピーター!」
「そお、あの時のルミカーをここに連れてきましたでぇす!」
「うわぁ~、ルミピーター久しぶり~!」
思わぬ相棒との再会に大喜びする火夜。
初対面の火夜とむめもは、一気に意気投合したようだった。
(うーん……正直火夜がプロデューサーとか担当アイドルの子終わったななんて思ったが……結構、大丈夫だったりするのか?)
心配して部屋までついて来た
迅雷 敦也は一瞬ほっと胸をなで下ろすが……。
「わーいわーい!」
「ルミッピー!」
「わーい、なのでぇす!」
「……いや全然大丈夫じゃねぇわこれ」
狭い部屋の中ではしゃぐ二人とルミカーを見て、敦也は不安材料が増えたのではないかと思わず頭に手を置く。
「さあ、せっかく来てくれたのですから、ぼくが火夜ちゃんプロデューサーを案内してあげるのでぇす」
「えっ、いいの~?」
「もちろんでぇす。今はちょうどミュージカルの練習でみんな忙しそうなのでぇす。だから、ぼくに任せておいてほしいのでぇす!」
そう告げると、むめもは火夜たちを連れてマテプロの案内を始めた。
◇◇◇
「はい、ここがみんなのレッスン室なのでぇす!」
「……特訓部屋かな~?」
そう、いつものレッスン室は特訓部屋と化していた。
「さあ、マヤ。今日は助っ人も連れてきたことだし、基礎をばしばし鍛えてからもう一回透明の巫子にチャレンジよぉ!」
「マヤさんの体力作りを任されたヒルデガルドです! よろしくお願いしますなのです!」
「は……はい、よろしくお願いいたします!」
四万十 マヤ(しまんと まや)にレッスンをつけるのは、プロデューサーの
御永音 燈と
ヒルデガルド・シュプリンギンクレー。
体力作りのための専任を連れてきた燈の本気に、マヤもより気合いが入る。
「短期間で効率的に詰め込むために、助手としてヒルダに補佐をお願いするわぁ」
「任されたからには! 全力で! 全力で頑張るのでぇぇえええす! 頑張らないと燈に私が絞られるのですぅぅううう!」
「な、なんだか大変そうですね……」
「だから、まずは走るのです! いっぱいいっぱい走るのです! ハイカツリョウ? があがって声を出すにも良いらしいのです!」
「は……はい!」
「ずっと走ってると気持ちよくなってくるのです! それくらい走るのです!」
唐突にダッシュが始まった。レッスン室を飛び出たマヤとヒルデガルドは、マテプロの敷地を走る走る走る。
その後、食堂で栄養補給をしたらお次は階段ダッシュ。
階段落ちからの手当てときて……
「飽きたのです! 流石に飽きたのです! でも休息も大事って言われてたのです!」
「そ、そうですね……」
「そう、チョウカイフク? とかで使った部分が強くなるらしいのです! 次のレッスンまでゆっくりしてくと良いのです!」
「はい……でも、せっかくプロデューサーさんが鍛えてくれるのですから……わたし、頑張ります」
立ち上がるとマヤは燈の待つレッスン室へと向かう。
「よく来てくれたわねぇ、マヤ。それじゃあ……歌とダンスのレッスン開始よぉ」
「はい!」
特訓はまだまだ続く。
◇◇◇
こちらも助っ人を連れてきたのは
剣堂 愛菜。五日市 一善(いつかいち いちぜん)のレッスンのために
サヤカ・ムーンアイルを呼んだのだ。
「自分もアイドルですし、他人に教えることで成長できるはずです。やってみせます!」
「おお、よろしくお願いするぜ! ……ん、どうした、プロデューサー?」
元気よく挨拶する一善の袖を、愛菜がつんつんと引っ張る。
かがんだ一善の耳元で、小さく何事かを囁いた。
「なるほど……洗礼ね。プロデューサーが責任をとってくれるっつーなら……よし、いっちょやるか! えいっ!」
「ふぁあっ!?」
突然、一善がサヤカをお姫様抱っこした。
「ななななんですかこれはぁ~!?」
「ん。なんかプロデューサーがこうしろって」
「えええええ~」
「せっかくだからこのままマテプロ一周だ! いくぜ!」
「ちょぉおおお~!」
サヤカの叫び声をドップラーさせながら走って行く一善の後ろ姿を見つめ、愛菜は『計画通り』な笑みを浮かべていた。
洗礼も終わったら、いよいよレッスン。
愛菜のピアノにあわせながら、会場いっぱいに広がるように腹の底から声を出す練習。
「お……俺は~、五日市~一善~♪ 風の子とは、俺のことさ~♪ ……ってめっちゃ恥ずかしいなこの歌詞!」
「照れてちゃ駄目ですよ。声はちゃんと出ているのですから、顔をもう少し上にあげて声を出してみましょう」
「……」
「ん。師匠も、この台詞を歌いながら走ったり飛び回ったりできれば合格だって言ってます」
「おぉ……そっちは自信あるぜ! よーし、頑張る!」
「そうです。自信を持って。自信は元気の目印です」
愛菜とサヤカに助けられ、一善のレッスンは進んでいった。
「とても……良くなったと思います。これだけ基礎がレベルアップしたんですから、きっと合格してミュージカルに出ることができますよ」
(ありがとう、サヤカ)
「ああ……本当にありがとう、サヤカ……先生!」
レッスンに協力してくれたサヤカの手を、一善はがっちりと取る。
「今回はわざわざ来てくれてありがとな! これからミュージカルの本番もあるし、そうでなくても……また機会があったらぜひ顔を出してくれよな!」
「ん……お役に立てて嬉しいです」
◇◇◇
「いやあ……みんなすごい特訓なのでぇす」
「火夜ちゃんもびっくりだよ~」
「あっ、むめもちゃ~ん!」
アイドルとプロデューサーたちの気合いに驚いているむめもと火夜たちに声がかけられた。
「あ、みみみみちゃん!」
「みみみみさん、その子は……」
やって来たのはアイドルの三々 みみみみ(みみ みみみみ)とプロデューサーの
人見 三美。
やたら「み」の数が多い。
「うんっ、むめもちゃんは、ボクの双子の妹なんだ!」
「みみみみちゃんはお姉ちゃんなのでぇす!」
「そうだったんですか……これからよろしくお願いします」
「火夜ちゃんの方こそ、よろしくなんだよ~」
みみみみと似た雰囲気のむめもを前に、三美と火夜は挨拶を交わす。
「みみみみちゃんはミュージカルで黄の巫子にもなったし、いっぱいレッスンしててとっても羨ましいって思ってたんでぇす! だからぼくも、これからのレッスンが楽しみなのでぇす!」
「そっか~、火夜ちゃんがんばるね!」
「ボクたちもがんばろっ、プロデューサー!」
「そうですね。本番までに技術を磨いてもらわなくてはいけませんから……いきましょう!」
三美とみみみみは早速レッスンに入る。
「みみみみさんが磨くべきは、ダンスと体力です。では、ついてきてください……!」
「はいっ!」
三美はライトブロススニーカーを履くと、ベルラビットと共に踊り始める。
みみみみはそれに食らいついていく。
「はっ、はあ……っ」
最初は身振りに苦戦するが、次第に動きがなめらかになっていく。
だが、時間が経てば経つほど今度は動きが重くなっていく。
「がんばって、みみみみさん!」
「ふぁ……ふぁい、プロデューサー!」
みみみみは必死で三美の声に応える。
そして……
「よしよし。よくがんばりましたね」
「ふぁあ……えへへへ」
見事踊りきったみみみみは、三美になでなでしてもらったのだった。
◇◇◇
「それじゃあめぐる、今日は徹底的に基礎能力を鍛えるからね」
「はいっ、わかりましたししょー!」
ジェノ・サリスも三年めぐると共に特訓を開始する。
ジェノは手本とばかりに歌いながら激しい踊りを見せる。
その激しさ荒々しさはまるで戦っているかのようだった。
「う、うぉおおお……さすがししょー! めっちゃかっこいー!」
「感想はいいから、めぐるもついてきなさい!」
「ふぁいっ!」
歌う、踊る、歌う。
トレードマークのハサミも忘れずに。
「ふぁあ、ふぁあ……じ、自分、もう動けません……」
「そんなときは……はいっ、これ!」
「あむっ!?」
疲れてはぁはぁと息を切らすめぐるの口に、ジェノはサカヤチョコレートを放り込む。
「もぐもぐもぐ……ふぁあ……っ、力が、力が漲ってくるような気がするですっ!」
「よし、それでもう一息がんばりましょう!」
「はいっ!」
ミュージカルの特訓というよりどこかの武道漫画のような特訓シーンが繰り広げられていった。
◇◇◇
一寸木 とちお(ちょっき とちお)のレッスンの前に、まず
松永 焔子が行ったのは謝罪だった。
歌のトレーニングを疎かにしたこと、赤の巫子役を逃したこと。
「そんな――ははっ、プロデューサーが謝ることじゃないじゃないか? いや、逆にそんな風に謝られると……なんか、調子狂うっていうか……」
「そして反省した私は強いですよ。ラン役を仕上げるため、頑張っていきましょう!」
「あ、いつも通りだった」
一通りレッスンを終えた後、焔子はとちおと共にレッスン室を出る。
「最後の掘り下げは――ランご本人に直接指導願いましょうか」
◇◇◇
「ダンスの特訓中心で、歌を疎かにしちゃってごめん、蜜柑」
「謝ることなんかありませんよ。だって、わたしもそれが楽しいって思っちゃってたんですから」
兎多園 詩籠と一花 蜜柑(ひとはな みかん)も気合いを入れて特訓を行っていた。
休憩の合間に、詩龍は気になっていることを蜜柑に問いかけてみる。
「蜜柑、君の村の……巫子と悪魔の物語みたいな話は知ってる?」
「……それはもちろん、知ってますよ」
蜜柑はいつもの笑顔をほんの少し陰らせながら答える。
「だって……わたしたちの村は、その悪魔に全滅させられたんですから。巫子もろとも」
「え……」
蜜柑の解答に詩龍は息を呑む。
「ええと、その……ごめん」
「別に過ぎたことですし、プロデューサーは必要だと思ったから聞いたんですよね? 謝ることはないんじゃないですか?」
「それでも、その……」
何を言えばいいのか分からず、口を数回開閉させる。
そして詩龍は以前から考えていたことを、蜜柑に告げた。
「その、蜜柑……僕は前に、君が女優を目指してると勘違いしたことがある。これからもそうやって、僕は君へ誤った道を示すかもしれない。そんなときは、無理せず、意見を言って欲しいんだ。君が幸せにならないと意味はないから」
「プロデューサー……」
蜜柑は少し考え込む表情を見せたあと、笑顔を向けた。
「別に、プロデューサーは間違っていませんよ。わたしたちにとって、プロデューサーの指示が全てなんですから。それにもし、プロデューサーが間違っていたとしても……わたしが正解にしちゃいます」
◇◇◇
「動きを止める時は、腕と脚と目線を揃えた方がよろしいかもしれませんね」
「……はい」
「相手を見つめる時は、相手の瞳の奥を射抜くように、寧ろ相手を照れさせてしまう位で構いません」
「わかりました」
カガミ・クアール(様)の指導の下、三振 となり(さんしん となり)は黙々とレッスンに励んでいた。
それを柱(?)の影からそっと見つめる人物ひとり。
「ええ、いいですね。舞台なので勝ち負けではありませんが、照れさせてしまえばある意味勝ちです。その真摯さも、お客様の印象に残るかもしれませんし。さて……」
一通りレッスンを追えると、カガミ(様)はふぅっと息を吐く。
何か言いたげに視線を彷徨わせるが、まずは目の前の差し入れをとなりに勧めることにした。
「お疲れでしょう? ひとまず、こちらを」
「ありがとうございます」
炭酸水にエナジーシロップを混ぜ、となりの好みでレモン果汁をたっぷり入れたものと、ナッツ入りのプロテインバー。
となりが一息ついたのを見計らってから、カガミ(様)は漸く柱の陰に視線を向けた。
「さて……次は歌のレッスンです……が。……そんな所にいないでこちらへ来て下さい」
となり(様)の声に引きずられるように柱の陰から顔を出したのは、
カガミ・クアール(ちゃん)。
こちらの差し入れも彼女からのものだ。
「……」
プロテインバーを持ったまま、となりは感情を抑え何を考えているのか分からない表情をしている。
「ええと、先日仰られた事を彼女にも伝えましたが、何か思う所がある様で……」
そんなとなりに、カガミ(様)は補足する。
「とはいえ、普段子供と接する時も程度の差はあれ抱きつき癖があるというか……勿論時間を掛けて親しくなってからですが」
「……それはちょっと勘弁して欲しいですね」
となりの声は相変わらず固いまま。
「えーと……歌は私の方が上手……? と言うことらしいので……その……、えぇと……よろしく……おねがいします~……」
「よろしくお願いします」
「くれぐれも、過剰なスキンシップはご法度ですよ?」
おずおずと進み出たカガミ(ちゃん)にカガミ(様)が釘を刺した。
「は~い。ですが……私だけ、少し距離が遠くないですか~?」
レッスンが終わったカガミ(ちゃん)は、となりにそっと声をかける。
「私は、となりさまがとなりさまだから、見蕩れてしまったのでして……」
どうやら先日、となりが男の子アイドルになることも考えているということについて色々考えた結論らしい。
「実は、服装は男物でも女物でもとなりさまのことは気にはなっていたと思います。でも、となりさまには可愛い服を着ていて貰いたいので……がんばりますね」
「……」
「いつか、私の作った服も着て頂けますか?」
「それは……今はちょっと考えたくないですね」
◇◇◇
「何よりも最初に言わなきゃイけないことがあるわ」
「プロデューサーさん……?」
マーリン・ケストレルは五郎丸 紅葉(ごろうまる くれは)に頭を下げた。
「巫子の役を逃したのはクレハじゃなくてアタシの力不足。改めて、二人で一緒にガンバりたいの」
「も……もちろんでしゅ! あたちもプロデューサーと一緒に頑張る以外の選択肢はありましぇん!」
「あと、それ……滑舌」
「ふぇ?」
舌っ足らずにしゃべる紅葉の唇をマーリンは抑える。
「今のままでもカワイくてイイんだケド、なんてイッてらんないわよね。大人っぽくなりたいんでショ?」
「そ……そうでしゅ!」
「なら、これからはトレーニング中の会話ははっきり発音するように意識シテ貰うわ」
「はいでしゅ……いえ、はいです!」
ふたりの特訓が始まった。
そして――
「そうね……今日はコレくらいにシましょうか?」
「ま……まだまだ、でしゅ!」
「過剰に無理させる気はナイわよ。ミュージカルよりクレハ自身がイチバン大事だし」
「で、でも……わたし、今は頑張りたいんです! お願い、プロデューサーさん!」
「……しょうがナイわね。あと少しだけね」
◇◇◇
「クリストファーが今、役の掘り下げのための資料を用意してくれてるんだ。だから、僕達はその間できることをやろう。一時も無駄にしちゃいけないからね」
「ああ、わかった」
クリストファー・モーガンが資料室に籠もっている間、
クリスティー・モーガンは二 一(にのまえ はじめ)に歌の特訓を施そうとする。
しかし、胸中では役の掘り下げについてが渦巻くばかりで特訓には身が入らず……
歌の特訓はあまり芳しくなかったが、それでも集中してやることである程度の結果を残すことができた。
◇◇◇
「……」
「……」
「……」
星川 潤也と
アリーチェ・ビブリオテカリオは、六角 ハナハナ(むすみ はなはな)にレッスンを施していた。
ひとつの目的のために。
「そう、ハナハナ、もっと声を出して。透き通るようなクリアボイスで歌って!」
千々に揺れる思いは胸中に渦巻くけれども、それはこの後のためにとっておく。
今は、目的のためにレッスンに邁進するのみ。
三人は最低限の言葉を交わすだけで、ひたすらレッスンを続けていった。