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ルールが必要だ、と貴女は言う。
ルールが変わったから覚え直すのだ、と貴女は笑う。
関わるにはルールを知らなければならない、と貴女は切望した。
出会いが喜びなら、
別れは悲しみなのだ。
そんな単純なことを、だからこそ難解なのだと貴女は説く。
個体にも考え方があり、
群れとしての感情もある。
関わりを持つということの真実を貴女が教えてくれた。
人間が好きだ、と誇らしげな貴女の告白。
種族という線引きなんてなければいいのに。
人と親交を深めて寂しさに負けた貴女は、そうして楽園を求めた。
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「どーもどーも、私です! 今回の依頼現場はー――、
……うわぁ。 ……え、なんですこれ。巨大な……繭? わー! 服に糸ついた! べとべとする!!!」
千切れて飛んできた一糸がぴとりと
アルス・M・コルネーリにへばりつき、それをはたき落とそうと彼女は慌てた。
「赤い宝石……またその名を聞くことになるとは」
事件発生の知らせに耳を疑ったが、一度は関わった身だ、と放ってはおけず現場に駆けつけた
信道 正義は無数の糸に包まれて綺麗な繭状になった屋敷を見上げた。
正義だけではなく、ここには“ガーベラ”の面々が揃っている。
「何が原因でどこから流通したモノなんだか」
しっかりと元は潰してきた筈なんだが、と正義はぼやくが「何も不思議な話ではないな」と首を小さく左右に振った。
赤い石自体は貴族を中心にした裕福層の特に熱心な蒐集家の間で取引されていたと聞いている。教会が注意喚起に破棄するよう求めても素直に応じたとは考えにくい。
「だがこんな事になるとわかれば手放す奴は多いだろうな」
教会も口実が増えて介入しやすくなるだろう。
「なら、余計に、だ」
正義の促しに、自然と浮かんでくる疑問に“ガーベラ”の五人はそれぞれに視線を交わし合う。
ならばなぜ、今までにこんな事件が発生しなかったのか。
憶測は山程出来るが、実際にこの目で現場を見ないことにはわからない。救出を含めて何事もなく終わって欲しいと正義は願う。
「ま。他にも色々考えたい所だが、まずはご令嬢の救出に集中しよう」
正義の掛け声に頷く
納屋 タヱ子は前に出る。
「ええ、以前の事件の赤い石と何らかの関係性がある可能性は高いですが、率先すべきは人命ですから」
令嬢が赤い石の首飾りを身に着けた瞬間に事が起きたという話だ。
赤い石による事件が前回のそれと繋がりがあるならデリケートかつ能力の高さを求められるとタヱ子は考えていた。
あの被害者達と同じ状態なのだろうかとタヱ子は想像し、聖骸の裁杖を握りしめる。
「ですから、足並みを揃えられるわたしたち“ガーベラ”が担当しましょう」
淡く発光する結晶体を芯材とする杖を振るえば召喚された多数の光の十字架が魔神の加護を微かに帯びる繭膜に半円状の穴をくり抜いた。向こう側に屋敷の外壁が広がっている。
「犯人が現場近くにいるとは思えませんが、前回の手紙といい……不自然な手がかりが気になります。
証拠を隠滅しようとしているのかどうかはわかりませんが、それが理知的な動機によるものならどこかに矛盾が生まれます……よね」
衝動的な動機によるものならどこかに一本筋が通った行動になる。タエ子は情報不足に唇を歪ませた。
「依頼内容に含まれていませんが、現場をくまなく回って犯人に繋がる証拠を探し当てましょう」
タヱ子に
エル・スワンが頷く。
「納屋さんの話している通り、今回のオレ達の目的は依頼内容の解決と、事件の真相を探ること……」
依頼の内容こそ人命の救出であったがエルは、否、ガーベラは教会の依頼の完遂後のその先を見据えていた。
「あの家族に赤い石の製法を伝え、一連の出来事を裏で操っている……その存在がどこかに、……たぶん近くにいる筈」
元は断っていても既に人の手に渡っているものまでは行方は追えない。
自分達が解決した過去の依頼に強い関連があればそれは真相を解(ほど)く手がかりになる。
「またあの赤い石が……前回の依頼で元は断ったと思っていたけど、既に出回っているものはあったってことだね。人の手に渡っているっているものを全て無くさないと」
その為にもまずは、この屋敷の令嬢をいち早く助けなければ。救出叶ったあとに話が聞ければ万々歳なのだけど。
「救出を含めて何事もなく終わって欲しいが……そう簡単にはいかないんだろうな」
今回も。依頼達成はメンバーを揃えているだけに自信があるが、果たして真相に――この魔物が運び込まれた経緯の詳細に辿り着き納得ができるかは、また別の話であるのだ。
「……今回の調査で、きっと犯人の手掛かりを掴めるように頑張ろうね! 正義さん!」
気を引き締めて行こうと促す正義にエルは大きく頷き応えた。
「……道中の警戒は任せたまえ」
と注意を払う
ベルナデッタ・シュテット。のちに、建物を覆っている糸とは別の糸が人を蝕んでいるのを屋敷の最奥で発見し「恐らくそちらの糸が今回の事件の本命だろう」と低く喉を鳴らし、「人間を食し、それから何を狙っているのかはわからないが……」との彼女の呟きをエル達は聞くことになるだろう。
「うぅ……。こういうの苦手なんですよねぇ。昔思いっきり蜘蛛の巣に顔を突っ込んだのを思い出しまし……あっ、ちょ、置いてかないでくださーい!」
進む一行に遅れたアルスが自分を忘れないでと慌てる。
「ともかく今回の依頼、あの赤い石も関わっているということで、私達ガーベラとしても放ってはおけません。
ともあれ、まずは令嬢さんを助け出すところからですね!」
千切れて細かくなった糸は空へと浮遊し、まるで雪のように舞い散りながら屋敷の内部へと消えていく冒険者達を見送った。