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アルスター辺境伯領の冒険! その3

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アルスター辺境伯領の冒険! その3
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SCENE1. 高貴なる者の義務


 優・コーデュロイは、アルスター辺境伯子フィオナ・アルスターのもとを訪れた。フィオナは丁度剣術の訓練を終えたばかりのところで、汗を流してバスローブに着替えていた。
「あ、優さん……どんな要件でしょう?」
 フィオナが怪訝そうに問うと、優はにこやかに笑みを浮かべた。
「フィオナさんには休息が必要と思いまして。だからお茶会でもしませんか?」
「お茶会……ですが私は、もっと強くならないといけないんです。自分を硬く、鋭くしていかなければ、これから先の困難に耐えることはできません……」
 そう、自分に言い聞かせるように呟くフィオナに、優はやはりにこやかに、しかし毅然として告げる。
「鍛錬も結構ですが、そればかり続けていれば折れてしまいますよ? 少しは、休息とやすらぎの時間を取らないといけません」
 フィオナの瞳が揺らいだ。
「たしかにそうかも知れませんが……」
「そうですとも。だから何もかも忘れて、自由になれる時間を満喫しましょう?」
 その言葉にフィオナも頷き、自室へと優を招き入れた。
 フィオナがバスローブから普段着に着替える間に、優は高級ティーセットを用意し、茶を入れる準備をしていた。そこにフィオナが普段着で現れる。
「立派なティーセットですね……」
「美味しいお茶にはそれ相応のティーセットが必要ですから」
 感慨を顕にするフィオナに対し、優は悠然と告げ、そして問う。
「フィオナさんの好きな茶葉はなんですか? どれでも、最高の淹れ方を披露してみせますよ」
「そうですね……オファレルハーブティーをちょっと濃い目に淹れるのが好みです」
「ではそのように」
 優は丁寧に、オファレルハーブティーの茶葉を蒸し、そして少し濃い目に入れてみせる。茶葉の成分が出ている間に、茶菓子としてテンパウンドケーキを用意すると、フィオナはいささか驚いた。
「この大きさ、ちょっと食べ切れないような気がするんですが」
「別に全部食べる必要はありませんから。味の方は保証しますよ。好きなだけ召し上がってください」
 そして優はフィオナの好みに淹れたオファレルハーブティーをフィオナと自身のティーカップに注ぐ。ハーブティーの涼し気な香りが漂う中、テンパウンドケーキを切り分け、皿に取り分けると、フィオナのお腹がキュウと鳴いた。
「あ、すみません。はしたないところを」
「いいんですよ。訓練でお腹も減っていたでしょうし。たんと召し上がって下さいね」
 するとフィオナは遠慮がちに、ハーブティーに口をつけ、そして切り分けられたケーキを口にした。
「――おいしい!」
 テンパウンドケーキの味をフィオナはいたく気に入ったようだった。最初は遠慮がちだったのが、段々と大きく切り分け口に運ぶようになる。ともすれば童心に帰ったかのように、食欲を顕にするフィオナに、優は慈母のような笑みを浮かべる。
「お代わりはたくさんありますから、そんなに焦らなくてもいいんですよ」
 するとフィオナは顔を真赤にした。
「あっ、はしたないところを見せてしまって申し訳ありません」
「いえいえ。甘いものに目がないのは私も同じですから。子供の頃は病弱で、好きなものをたくさん食べるなんてできませんでしたし」
 優の言葉に、フィオナは目を丸くする。
「歌姫として活動しているときは、そんな感じはしませんでしたけど……」
「フィオナさんと同じ、鍛錬の賜物ですよ」
 にこやかな笑顔で、優は告げ、そして問う。
「だけど鍛錬や目的のための行動ばかりしていると、時には休息が欲しくなりませんか?」
「――正直に言えば、欲しくなります。だけど――」
 頑張らなければ、と気負うフィオナを、優はいなす。
「はい。そこで無理をしない。時には何も考えず休むことが、却って次の目標へとつながる発想や契機を与えてくれることもあります」
「――そういうものですか」
「そういうものです。物事にはメリハリを付けて、休むときはゆっくり休みましょう」
 優ははっきりと自身の考えを伝えた。その上で、気分転換を勧める。
「休むときはこうやってお茶をしたり、歌を歌ったり、好きなことや、自分がこれまでやらなかったような、ただ楽しむだけの趣味を何でもしましょう」
「ありがとうございます。なんだか胸の靄が晴れた気分です。それにしてもお気遣いが嬉しくて……優さんは優しい人なんですね」
 優はフィオナの言葉に、ニッコリと微笑んで応えた。
「私は慈愛を大切にしていますけれども、時には相手にも敬意を払って全力で倒すこともあります。礼には礼を、仇には厳しさも大切です。そして礼とは、まず本当の自分と向き合って初めて本物になるものなのですよ」
 フィオナは優を尊敬の眼差しで見つめていた。
「すごいですね――私にそれができるでしょうか?」
「フィオナさんならできますよ。あなたはとても芯の強い人ですから」
 優はきっぱりと断言し、フィオナに深い感銘を与えた。
 ――これでフィオナさんが楽に生きられるようになると嬉しいですね。
 優は心から、フィオナの幸福を祈っていた。

 川上 一夫は、アルスター辺境伯夫人ブリジットのもとを訪れ、なぜ彼女が夫を毒殺しようとしたのか、問いただそうとしていた。
 彼は、これまでの調査でアルスター辺境伯イーモン・アルスターに継続的に盛られていた毒と、ブリジットが菜園で栽培していた毒草の成分が一致することを調べた上で、イーモンに対し「誰かがブリジット様の菜園から毒草を盗み、ブリジット様を陥れるために盛っていた」と説明し、ブリジットを可能な限り弁護していたが、イーモンから「そこまで言うならブリジットに直接事の真偽を問いただすがいい」との応えを受け、ブリジットを尋問することとなったのである。
「貴女はイーモン様に対して毒を盛りましたか?」
 単刀直入な問いに、ブリジットは少し黙り込んだ。しかし、一夫が次の問いを発する前に、ゆっくりと応え始める。
「――ええ。毒を盛ったのは、私です」
 先日の押し込め騒動とそれに続く自裁未遂の時点で心が折れていたのか、ブリジットは犯行を素直に認めた。しかし、一夫としてはより深くその犯行の背景に迫りたかった。
「では、なぜイーモン様に対し毒を盛ったのですか?」
 ブリジットは唇を噛み締め、スカートの裾をギュッと握った。そして、しばしの沈黙の後に、動機を告白した。
「あの娘、愛しいフィオナがイーモンの娘ではなく、私の弟、ラードナー伯爵キリアンとの間の不義密通の忌み子であることを、イーモンは薄々気づいていたようでした。このままではフィオナが廃嫡され、ラードナー伯爵家の地位も名誉も失われると、私は思ったのです。そうなる前に、イーモンを亡き者にしなければならないとも」
「つまり、全てはあなた方の醜聞を隠し、フィオナ様にアルスター辺境伯領を無事継がせようという意図だったのですね?」
「ええ。しかし弟キリアンは私と意をひとつにせず、ラードナー伯爵家の醜聞はラードナー伯爵家が取り潰されようが自身で背負うものだと選択しました。今思うと、それもひとつの貴族としての有り様だったと思います。ですが、私にはそれがフィオナにも、キリアンを始めとするラードナー伯爵家の一門にも、アルスター辺境伯領の領民にも災いをもたらすと感じられて仕方がなかった。イーモンさえ死ねば、フィオナがアルスター辺境伯領を継いで、醜聞も明らかにならず、誰もが幸せになれると、身勝手にも私はそう信じたのです」
 その告白を聞いた一夫は、ゆっくり、ブリジットの瞳を覗き込み、問いを発した。
「後悔はなされていますか?」
 ブリジットは涙に潤んだ瞳で一夫を見つめた。
「後悔しています。浅知恵で、全てを破滅に追い込んだことに。フィオナのこの先の人生も、アルスター辺境伯家とラードナー伯爵家の未来も台無しにしたことに。だけど、今更後悔して何になりましょう? 全ては壊れ、元の姿には戻らない。それは私が大罪人として裁かれようとも、どうにもならないことです。私の愚かさと浅ましさが、関わる人々すべてを不幸にしてしまう――それに耐えることは、もうできません」
 ブリジットの目尻から涙がこぼれ落ちる。一夫は、この身勝手で愚かな、しかし哀れな女性を、どう取り扱っていいか苦慮した。
 だが、一夫は告げる。
「大丈夫です、何とかなります……多分」
 気弱だが、それなりに三千界を渡ってきた経験が、一夫をしてそう言わしめた。その言葉の重みは、ブリジットを泣き止ませるに十分だった。
 そして一夫は、ブリジットの手首の傷を癒やし、そしてオファレルハーブティーを供して、ブリジットを手厚くもてなすとともに、このように問うた。
「可能性の話ですが、あなた達が無罪放免とはいかなくとも、フィオナ様のそばにいられるならどういたしますか?」
「――二度と悪事はせず、ただフィオナが健やかに育つところを見届けたいと思います」
「判りました。その言葉で十分です」
 一夫はブリジットに残された最後の善性である<母性>を見て取り、頷いた。
 そして一夫はイーモンに、ブリジットの証言をすべて余さず伝えた。執務室の窓から外を見ながら、イーモンは呟く。
「あれも、ひとりの母親であったということよ。罪があるなら、あれとの間に子をなせなかったワシにも罪があろう……」
 その言葉以上に、彼は背中でブリジットに対する哀れさと自嘲を語っているように、一夫には見えた。

 星川 潤也は、アルスター辺境伯イーモンとラードナー辺境伯キリアンに、協力体制を組んでほしいと願い、ふたりを「星室庁監察に対する善後策を相談したい」という名目でフィオナ騎士団の駐屯地に呼んだ。
「善後策か……今更どうにでもなるものでもあるまい」
「ただ、全くの無策というわけにも行きません。フィオナのためにも、善後策は考えるべきでしょう」
 呼びかけに応じ、駐屯地の応接室に現れたイーモンとキリアンは、そのように言葉を交わし合う。
 そんな彼らに対し、潤也は告げた。
「あなたたちはふたりともフィオナの父親なんだ。だから娘のためにも、ふたりで手を取り合ってもらえないだろうか?」
「――それには異存ない」
「しかし、私にそんな資格があるのでしょうか……」
 首肯するイーモンに対し、キリアンは懊悩している。
 そんなキリアンに、潤也は厳しく告げる。
「キリアン……あんたとブリジットの罪は、死んで償えるほど軽くない。死んでフィオナの心に禍根を残すくらいなら……その命を、これからのフィオナのために使ってほしい」
 ややあって。
「そうですね……今は、生きねば」
 万感の思いを込めて、キリアンは頷いた。
 そこで、潤也は自身の考えた最良の善後策を告げる。
「あなた達ふたりには、シンシアの前で真実を明らかにして、その上で罪を償ってほしい。そしてフィオナと領民のために働いてほしいんだ」
 彼の言葉に、イーモンとキリアンは様子を変える。
「それはフィオナの命運にも関わることだ。軽々に決めることはできん」
「――あなたの言いたいことは判ります。私とて自身と姉ブリジットの罪を償いたい。ですがそれはイーモン殿のおっしゃるように、我々だけで片付く問題ではありません」
 難色を示すふたりに、潤也は強い口調で意見を述べる。
「今は死んで逃げたり、嘘や隠し事をするより、誠意を持って真実を明らかにするべきだ。そのほうが星室庁の監察官も納得するだろう」
「確かに、こうなっては嘘や逃げ口上で逃れられるものではなかろうが……」
 イーモンがそのように呟く。だがその表情は苦渋に満ちている。
「星室庁の処断は過酷です。単に誠意と情だけでは厳しい処分は免れえません。私は良い。それだけのことを姉とともにしたのだから。しかしフィオナが巻き添えとなることはできるだけ避けたいのです」
 沈痛な面持ちでキリアンが答える。
「確かに、あなたたちが処断されれば、フィオナを支えていくことはできない。だけど、星室庁の監察については、相方や他のフィオナ騎士団の人も動いている。悪いようにはならない。安心してくれないか」
 潤也は彼らの不安を取り除くべく、そう告げた。
 しばしの沈黙の後、ふたりは答える。
「――わかった。そなたの提案に乗ろう」
「確かに、今となっては皆さんにすがり、星室庁の監察にすべてを委ねるほかありません」
「――ありがとう」
 潤也は心からの礼を述べた。そして、応接室の控え部屋に声をかける。
「フィオナ。”父上たち”は君を心から思っている。だから、キリアンとブリジットの罪を許してあげてほしい」
 すると控室からフィオナが現れた。突然のことに、イーモンとキリアンは驚愕する。
「――父上」
 どちらにとでもなく語りかけるフィオナ。
「私は、父上が”正しい選択”をしたと信じています。私のことを、心から思っていてくれていることも。ですから――アルスター辺境伯家とラードナー伯爵家の”高貴なる者の義務”を受け継ぎ、次代へとつなげて行きたいと思います」
 凛とした表情を浮かべ、はっきりと宣言するフィオナに、イーモンは頷き、キリアンは頭を垂れた。
 その姿を見て、潤也は告げる。
「立派になったな、フィオナ。今の君は、俺たちが初めて会ったときよりずっと高貴に見えるよ」
 フィオナはまっすぐ潤也を見つめて応えた。
「私の背負うべきものと、支えてくれる人々のおかげです。私自身は、今も普通の女の子ですよ」
 その言に、潤也は納得げに微笑んだ。

 一方、潤也の相方であるアリーチェ・ビブリオテカリオは、星室庁監察官シンシア・マクブレイド女男爵に面会を申し出た。可憐な少女の突然の来訪にシンシアは少し驚いた様子だったが、応接室のソファに腰掛けるよう促し、アリーチェが従うと言葉を発した。
「して、いかなる要件か?」
 簡潔だが、冷たく鋭い問いと視線に、アリーチェは怖気づきそうになった。しかし、自身の信じることのため、勇気を奮ってシンシアに提案する。
「今、アルスター辺境伯領は色々ゴタゴタしているけど、星室庁が介入して関係者を処断していけば、ここの混乱は一層深まるばかりよ。幸い、不仲だったアルスター辺境伯とラードナー伯爵も協力して、バルバロイの脅威から民を守ろうとしているの。だから、それを酌んでほしいと思うのよ。どうかしら?」
 シンシアは笑みを浮かべた。
「だが、彼らが現状のアルスター辺境伯領の混乱を引き起こしているのもまた事実だ。辺境伯領というのは、ただ統治していればいいというものではない。家格にふさわしい、貴族としての模範を示し、外にあっては一糸乱れず脅威と立ち向かうことが要求されている。近隣の貴族に付け入る隙を与え、あまつさえ乗っ取られかけるような様子であっては、それは務まらない」
 笑みと反対の鋭い指弾は、アリーチェをたじろがせた。だが、ここで折れるわけにはいかない。
「それでも、彼らはまだ致命的なミスを犯したわけじゃないわ。バルバロイの侵攻だって食い止めてるし、巣からは重要なデータも得てるのよ。そして内向きには、混乱を立て直して、手を取り合おうとしているの」
「なるほど、それは素晴らしいことだ。しかし、そこに至るまで、様々な貴族としてふさわしからぬ振る舞いがあったことを、私と王弟殿下は問題視している」
 シンシアは相変わらず笑みを浮かべたまま、冷たく言い放つ。
「問題ですって?」
「ああ。ラードナー伯爵キリアンが姉でありアルスター辺境伯夫人であるブリジットと組んで、アルスター辺境伯イーモンを殺害し、後釜にブリジットの娘フィオナを据えてアルスター辺境伯領を間接支配しようとしたということ、これが問題だ。事実であれば、いずれも廃絶、処刑にふさわしい有様と言えるだろう」
 アリーチェの問いに、シンシアは詳らかに彼らの問題を指し示してみせる。
 だが、アリーチェは事実問題について争う気はなかった。シンシアの疑惑をあえて事実として捉え、そのうえで、ただ、シンシアの人としての心に訴えかける。
「ねえ、シンシアさん。彼らは罪を償うために処断されるべきなのかもしれないけど……できることなら、彼らが娘のために働く機会を作ってあげられないかしら?」
「彼らとは、ラードナー伯爵キリアンとその姉ブリジットのことで相違ないか?」
 再びの鋭い問いと視線。アリーチェは背筋を伸ばし頷くと、応えた。
「そうよ。彼らは罪を悔いてる。償おうともしている。情状酌量の余地はあるはずよ。なのに処断だの処刑だのと、これからの可能性を積むような選択を強いないでほしいの。シンシアさん、貴女だって間違えたことくらいあるでしょう?」
「なるほど。完全無欠の人間はいない。ならば過去のことより今どうあるかを重視しろというわけか。その意見には一理ある」
 一旦鉾を降ろしたかに見えたシンシアに、アリーチェは安堵しかけるが。
「しかし、全く責任を取らないという選択肢はない。それは貴君も承知している。だからこそ、罪を悔い、償うことでの情状酌量を申し出ているのであろう? ならば、具体的にどう償うかが問題になる――貴君は、その具体的な形を提示することができるか?」
 シンシアはアリーチェに真摯に問いかけた。ゆえに、アリーチェも真摯に答える。
「――アルスター辺境伯領は星室庁の監視下において、その下でイーモンとキリアン、ブリジットが協力して新当主フィオナを支えるべきだと思うわ。フィオナは不義の子だとしても、アルスター辺境伯が認めた後継者であることは間違いないし、ロミア王女の認めた騎士団長でもあるもの。新当主になるのに不足はないと思うわよ」
 シンシアは立ち上がり、アリーチェに背を向け執務室の窓から外を見た。そしてしばし考え込んだ後、振り向いて告げる。
「貴族に対する意図を持った殺人は立証されれば死刑に値する犯罪だ。キリアンとブリジットはそれを償いきれると信じているのか?」
「――死んで償うより、生きて償い続けるほうが、ずっと大変なのよ。だからね……キリアンとブリジット夫人は、大変なほうを選ぶべきだわ。それに、そのほうがフィオナもいいでしょ」
 きっぱりと答えたアリーチェに、シンシアは頬を歪めた。
「なるほど、その風体でも、”外法の者”ということか。私にそれだけ言える胆力は買おう」
 手応えありか、と、思わず拳を握ったアリーチェに。
「だが、最終的な決断は保留させてもらう。まだ、監察は済んでいない。状況の推移次第では、貴君の望みどおりとはいかないだろう。そこは理解すべきだ」
 シンシアはそのように告げた。
 アリーチェは頷き、シンシアの執務室から一礼して出ていった。
 ――多分、私の説得だけじゃシンシアさんの心は動かしきれないわね。もうひと押し、ふた押しする必要がある……。
 心中そう呟きながら、アルスター辺境伯領の人々に思いを馳せるアリーチェであった。

 潤也の説得が終わった後、フィオナ騎士団の客将である桐ヶ谷 遥と、フィオナの侍臣である納屋 タヱ子、そしてフィオナの親友であるシレーネ・アーカムハイトが、軟禁中のブリジットを連れてやってきた。彼女たちもまた、アルスター辺境伯領の善後策について意見を述べるべく、イーモンとキリアン、そしてフィオナのもとへ訪れたのだ。
 さらに、遥は意外な人物を連れてきていた。星室庁監察官、シンシアである。
「この場で審問を行うつもりかな?」
 イーモンが怪訝そうに問うのに対し、シンシアは首を振る。
「いや。彼女らが貴君らに提案する善後策に興味があるだけだ。正式な審問ではないし、言ってしまえば私への請願も兼ねているようだな」
 つまりそれは、イーモンとフィオナ、キリアンとブリジット、そしてシンシアを交えた談合とでも呼ぶべきものだった。
「ただ、私はここでは聞き役だ。存分に思うところを述べてもらう。それも審問の材料となるだろう」
「――」
 重苦しい沈黙。それを破ったのは遥だった。
「まず、善後策を講ずる前に問いたいことがあるわ。あなたたちにとって、”高貴なる者の義務”とはなにか、よ」
 貴族の根幹をなす概念を問われ、イーモンとキリアンは顔を引き締め、ブリジットはうつむき、フィオナはきっとした表情を浮かべた。
 まず、イーモンが答える。
「貴族の”高貴なる者の義務”とは、人の上に立つものとして人々の模範となり、人々を脅威から護り、人々に対し善政を敷くことにある。だが、ワシはそこに至らぬ点があった。それゆえ、今のような事態を招いてしまったことを、深く悔やんでおる」
 次に、キリアンが答える。
「イーモン殿のおっしゃるように、我々は民人の模範であり、民人を護ることを義務にしています。さらに言えば、それはアーケイディア王国3千年の歴史の中で、貴族や郎党が流してきた血と、その屍の上になりたち、貴族の権威と正統性を高めるとともに、報いなければならない犠牲として、貴族の両肩に重くのしかかっています。貴族は、ただ貴族であるというだけでは価値はありません。”高貴なる者の義務”を果たし、なおかつ過去の犠牲に報い続ける存在なのです」
 しかし、遥は頭を振った。
「キリアン様のおっしゃったことは、3千年の歴史の間に積み重なった伝統です。尊く、守らなければならないものではありますが、イーモン様のおっしゃる”高貴なる者の義務”の結果でしかありません」
 その言葉に、キリアンは僅かな驚きの表情を浮かべた。だが、彼に構わず遥は言葉を継ぐ。
「”高貴なる者の義務”の始まりには、血統や伝統、歴史などはなかったわ。最初に、その時代で何かをなそうと決意した、始まりとなる”想い”が必ずあったはずよ」
 遥の口調はいつしか素のものに変わり、自身の意見を熱弁する。
「そして時代が今再び変わろうとしている。そう、今この国に必要なのは新たな時代を生き残るために戦うと覚悟を持った者よ。そこには伝統も血筋も関係ない。必要なのは何かを成そうとする想いと、思いによって成し遂げられた実績よ」
 イーモンとキリアンはハッとした表情を浮かべ、遥を見つめ、そして視線をフィオナに移した。
「そういう、ことか……」
「私達は伝統に囚われすぎていたということですか……」
 めいめいに思いを口にするふたりに対し、遥は告げる。
「そう。今こそそれを示そうとしている彼女、フィオナを支えることが新たな時代の”高貴なる者の義務”につながると、そう信じ、支えることが今こそ必要なのよ。そのためにも、イーモン、キリアン、あなた達の力がフィオナには必要だわ」
 遥の言葉は重く、そして熱かった。イーモンとキリアンはその熱気に飲まれ、自身の囚われていた観念から解放されたような表情をしている。そしてフィオナは自身が今まさに新時代の伝統を作り上げるものと持ち上げられて困惑しながらも高揚感を覚えているようだ。
 しかし、それでもなおシンシアは鋭い視線を遥かに向ける。
「貴君の意見には同意する。新しい時代には新しい伝統が必要だ。しかしそれは、旧い時代の支えなしにでも作り上げることができるのではないのか?」
 遥は透徹した視線をシンシアに向け、確信をもって告げる。
「私は何も旧き者を時代に置いてきぼりにしたいわけじゃない。旧き者もまた、新しい伝統を作る意思の力添えになるとともに、旧き伝統を脱ぎ捨て、新しい伝統を創り上げるべきといっているの」
 するとシンシアはその後の展開を鋭く察して先手を取った。
「要するに貴君は、フィオナ・アルスターを中心としたアルスター辺境伯領の再編を提唱しているわけだな、この局面では。そして新しき伝統の下に旧来の貴族社会を従属させようとも。だが、星室庁監察官としての見解を言えば、それはアークにおいては成功しつつあるが、同時に危険をもはらんでいる。社会崩壊や革命という事態を防ぎつつ貴君の提示する改革を進めるためには、法と秩序の締め付けが必要だ。だからこそ、アルスターにおいては厳正な手続き論が必要となる」
「随分と頭の固いことね」
 遥が思わず皮肉を言うと。
「規律と訓練の結果だよ」
 しれっとした態度でシンシアが応える。
「それでも、フィオナが新しい伝統を作っていくためにはイーモンとキリアンの助力が必要だわ」
「考慮には値する。だが、確たる返答は今は避けておく」
 遥は、シンシアの答えに対し、後ひと押しが必要と感じた。
 そこで、タヱ子が提案する。
「……失礼を承知で進言させていただきます。フィオナ様をアルスター辺境伯領の当主とするのは如何でしょうか」
 すると、シンシアは興味深げな表情を見せ、挑発的に告げる。
「場合によってはアルスター辺境伯領の解体もありうるというのに、随分大胆な発言だな」
 だがタヱ子は怯まず、今この場にいる者たちに対して言葉を継ぐ。
「そうです。イーモン様が今のアルスター辺境伯としての地位を返上し、フィオナ様をD因子を発現した平民と同じく、勲爵士や準男爵といった仮の貴族としてこの地を治めていただきます。そしてイーモン様、ブリギット様、キリアン様にはフィオナ様を支えていただきます」
 半ば覚悟していたイーモンとキリアンはさほど動じなかったが、フィオナとブリジットは驚きを隠せなかった。
「なるほど、そういう落としどころか。だが、それで王室を、私を納得させられるか?」
 やはり挑発的なシンシアの問いに対し、タヱ子は即座に応える。
「辺境伯領を実質的に統治できる戦力はフィオナ騎士団以外にありません。アークが理想郷へ辿り着くまでの間、他の貴族を即座にこの地へ就かせる事はできないだろうというのもあります」
「――確かにそうだな。妥当性は高い」
 シンシアが頷く。イーモンとキリアンはそれを受け入れる態度を見せるが、ブリジットは悲しみの表情を浮かべている。一方フィオナは、突然の重責と、アルスター辺境伯領解体という提案に顔を引き締めていた。
 そしてタヱ子はイーモンたちに向かいそれぞれの瞳を見つめ、チャームを掛けながら告げる。
「この進言は、3千年続いたアルスター辺境伯の血の重みをなかった事にするものです。残るのはアルスターとしての名と、民の為振るえる力のみ。それを維持するのもフィオナ様の行い次第……地を這い泥を啜ってでもしがみつくような提案です。到底受け入れられるような物ではないと思います。しかし――」
 タヱ子は流しの歌姫としてこの地を巡った日々のことを思い出す。領民たちは不安に包まれながらもフィオナの方針であるシャングリラ到達と日々の安定を求めていた。すでに成果を上げているフィオナであれば、そのような領民の心をつかむことは可能だろう。
 だからタヱ子は。
「これが、領民に対して行える次善の統治かと思います」
 そう、確信をもって告げることができた。
 ややあって、イーモンとキリアンが頷き、フィオナは姿勢を正し、ブリジットは自身の犯した罪の結果に涙する。
 それぞれがタヱ子の言葉を受け入れたところで、シンシアが告げた。
「家格や継承については星室庁でも前向きに検討しよう。アルスター辺境伯イーモンとラードナー伯爵キリアン、そしてアルスター辺境伯夫人ブリジットの処分についても、そういうことであればできる限り便宜を図ることとしよう。だが、フィオナ・アルスター――貴君はこれを呑むことができるか?」
 突然名指しで質問されたフィオナだが、毅然とした態度をとって答える。
「一度はすべてを失おうとしていた身です。ですが、お計らいによりアルスター領民と騎士団を任せていただけるのであれば、粉骨砕身、王室と民人のため働く覚悟はあります」
「――宜しい。その言葉に嘘がないことを望むぞ」
 この言葉で、ほぼ流れは決した。後は王室との条件闘争が待っているのみだった。
 そして、タヱ子はフィオナに微笑んでみせる。
「あとは、フィオナ様の尽力次第。首の皮一枚ですが、アルスターはフィオナ様のもとに残ります。くれぐれもお言葉に背かず、民人のために働いて下さい」
「――その積りです」
 フィオナはタヱ子にも真剣な表情で応えた。
 そして、シレーネが言葉を発する。
「イーモンさん、前言ってた、”心を入れ替えて領民を思いやる領主になる”って言葉と、フィオちんを教え導いていくって気持ちと、”たとえ我が血の連なりに属するものでないとしても、我が家の家風を受け継いだ娘であることは間違いない”って言葉に、今でも嘘はないよね?」
 イーモンはシレーネの態度に当惑しつつも、頷く。
 するとシレーネは。
「だったらアーシは、いっそ全部ぶちまけて、御免なさいして、体制を立て直すしかないと思うんだよね。ここまで話がややこしくなったのは第3勢力云々とかいい出す人が出てくるくらい体制が緩かったからだし、フィオちんの下にアルスターをまとめないと、またぞろ不満や野心を持った人が出てくると思うし」
 そう、イーモンに告げた。
 イーモンはシレーネのギャル口調に対しても当惑するが、フィオナのことを心から思っての言葉と思い、静かに聞いていた。そして、シレーネが語りを一段落させると、誠意を持って応える。
「確かに、我が領地がどのような扱いになろうとも、フィオナはその後継者となることはおそらく確実ではある。ならば、ワシがアルスターの前当主としてフィオナを認め、早急にフィオナに家督を継承し、さらにはこの混乱を招いた血筋の問題やラードナー伯爵の挙動についても領民に説明することが必要と、そなたは言いたいのだな?」
「そうそうそーゆーこと」
 シレーネは軽い調子で言ってのけるが、イーモンは渋い顔だ。
「さすがに、そこまで暴露してしまうと、フィオナの立場というものが……」
「今更立場なんて気にしてる場合じゃないし。領民の人もこれまでのゴタゴタで不安が溜まってるし。じゃあいっそのことぶちまけたほうがいいじゃん。大丈夫、イーモンさんの気持ちをはっきり伝えれば通じるし、フィオちんはもう実績上げてるから、領民の人もついてくると思うけど?」
「しかし、不義の子という傷は領民の間でも重く受け止められます。ましてや近親相姦の末の子というのは、忌み子です。手前勝手ながら、そこだけは伏せておきたいのですが……」
「――フィオナにこれ以上、重荷を背負わせたくありません。私が自裁をしようとしたのも、その重荷を幾分かでも減らそうと思ったためもあります。どうかそれだけは」
 キリアンとブリジットがそのように懇願するが、シレーネは頭を振る。
「はるるんが言ってたっしょ。血筋より志だって。アーシもそう思うし。あとタヱちんがアルスターの存続の道筋をつけてるわけだし、フィオちんにとって傷になっても大したことはないと思うわけ、それに――」
 シレーネは一拍おいて、思いの丈を彼らにぶつけた。
「キリアンさんの今までの動き、きちんと気持ちを伝えないと領民の人に通じないじゃん? 散々アルスターを混乱させる原因を作っておいて、その理由だけ伏せとくじゃ、みんな納得しないと思うけど?」
「――」
 黙り込むキリアンとブリジットにシレーネは畳み掛ける。
「せっかくそれぞれフィオちんのことを思って動いたんだし、それを隠してもアルスターを混乱させたって結果だけが残るじゃん。それって無責任だし、もったいないと思うわけ」
 そこで、フィオナが発言した。
「私は、父上と母上の子供だということを明らかにされても構いません。たとえ石を投げられることになっても、胸を張って、そうだと答えられます。シレーネさんが提案していることは劇薬ですが、いつまでも民人に不安を残すより、今のうちに為すべきことだと思います」
「フィオナ!」
 キリアンが思わず叫ぶが、フィオナは彼の目を見て、明るく微笑んだ。
「大丈夫です。私は父上の子ですから。どんな苦難も、耐え抜いてみせます」
「――そうですか」
 沈痛な面持ちでキリアンが折れる。ブリジットは再び目に涙を浮かべているが、フィオナはそちらに対しても笑顔を向けた。
「母上。そう悲しまないで下さい。私は、母上の子であることを恥とは思っていません。これまで愛してくれたことに、心から感謝しています」
 ブリジットは声を上げて泣き出す。フィオナはブリジットに寄り添い、その悲しみを和らげようと優しく抱いた。
「あー、これじゃアーシが悪役みたいじゃん」
 シレーネは思わずぼやくが、同時に、この家族は互いのことを思いやり、そのボタンの掛け違いが悲劇を呼ぼうとしていたことに思いを馳せる。自分はそのボタンを直すための提案をして、それが為されることを望み、そうなろうとしている。
 ――喜ぶべきなんだろうね。
 シレーネはフィオナたちを見やりながら、今後のことに思いを馳せていた。イーモンに真実を語らせれば混乱は発生する。自分もプロパガンダの一翼を担いフィオナ支持を取り付けるつもりだが、収拾するにはいささか時間がかかるだろう。そして気にかかるのは、第3勢力志向者と星室庁の動きだ。彼らに付けこまれないためにも、浄化のための混乱をいかにして抑えるか――。
「まあ、やるしかないっしょ」
 シレーネは腹をくくっていた。

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