不幸降臨<2>
「まだやっていたんですか……」
盾の検証を終え、飛鷹たちのところに戻ったエスは呆れた顔をする。
「やっと捕まえた……!」
息を荒く切らしながら、飛鷹は仰向けになったクルーアルの手首を掴んで跨がる。
クルーアルは彼の様子を楽しむかのように含み笑いを浮かべていた。
「何だよ」
「別に?」
「シンさーん、そろそろクルーアルさんに相談しましょうよー」
「……そうだな」
殴るのはいつでもできると頭の隅に片付けて、飛鷹は立ち上がる。
「ほら、お前も起きろ」
「押し倒したかと思えば」
「うるせぇ」
クルーアルは差し出された手を取って立ち上がる。
「それで相談って?」
「あいつらの世話の手伝いを頼みたい」
飛鷹はダークエルフらを後目(しりめ)に続ける。
「あいつらが今後どうしたいかは聴けてねぇけど、俺たちについていきたいって言うなら連れて行こうと思ってる」
「僕たちは魔界ギルド人界支部じゃないんだぞ」
「わかってる。ちょっと手を貸してくれるだけでいい」
「クルーアルさん。私たちは人と魔族の共同旅団……そんなものを作れないかと思っていまして」
「断る。エスとハディック隊は事情を知っているから問題ないが、ダークエルフは論外だ」
ついさっきまで敵だった者たちを引き入れるのだ。
警戒するのは当然で。断られるのも自然な流れだった。
「……わかった。俺がまとめて独自に動くことにする。変な頼みして悪かったな」
彼らの今後に耳を傾けようと背を向ける。
「独自に動くだと?」
食いつくような言い方に飛鷹は振り向いた。
クルーアルの瞳がらんらんと輝いている。
(げ……何か嫌な予感……)
クルーアルは飛鷹の右腕に抱きつく。
「集合!」
彼の号令にハディック隊が二列に並んで飛鷹たちの前に整列する。
「おい、何するつもりだ!」
逃れようともがくが、クルーアルは離してくれない。
「いいから黙って聞け」
クルーアルは彼らを見据え、口を開いた。
「僕は本日をもって指揮を降りる。よって今日からお前たちのボスは飛鷹だ」
「……は?」
飛鷹が受け止めるのに時間を要す中、話は進む。
「呼び方はいつも通りでいいから。ちょっと練習しよう」
クルーアルはまず自分を指す。
『クルーアル様!』
次に風を指す。
『風様!』
そして飛鷹を指す。
『ボス!』
「いじってんだろうが!!」
「飛鷹、安心しろ。教育は完璧だ。お前のためなら何でも動いてくれるぞ」
「どうしてこうなった……」
「お前が独自に動くとか言うからだろう。だったら、僕の全てをあげた方がいいんじゃないかと思って。そうすれば僕は飛鷹の頼みを聞けるし、飛鷹たちは駒が増えて活動を広げられる。Win-Winってやつだよ。僕もサポートするから、な?」
ポンポンと肩を叩くクルーアル。
飛鷹は予想外の出来事に返す言葉が全く出てこない。
(いやはや、大変なことになりましたねぇ! まぁ、何があっても支えますからね、シンさん!)
風はニコニコしながら今後の動向に期待する。
そこに潤也が遠慮がちにやってきて、クルーアルに声をかけた。
「ええっと……ちょっと話があるんだけどいいか?」
クルーアルは呆然とする飛鷹を放置して潤也に近づく。
「何かな?」
「エスとハディック隊をダレストリス帝国に連れて行きたい。ダレストリス一世と魔王アクロノヴァがいるんだ。ノー・キラーから庇護してもらえるんじゃないかと思ってる」
「……なるほど。君の考えにのってみよう。エス、ちょっと来てくれ」
クルーアルはエスを連れ、冒険者たちと少し離れた場所へ。
クルーアルが何か話している最中、エスは目を見開く。
すると、エスは冒険者たちの方に視線をやった。
その表情は困惑しているように見えたが、一瞬で戻る。
飛鷹は風の耳に頼るが、彼女の聴力を持ってしても聞こえない。
何らかの魔法で遮断されているようだ。
「おーーーーい、ダイアはいるか?」
ポルックスが白い箱を持ってやってくる。
「なんだよ」
「お前に届け物だぞ」
差し出された白い箱に、ダイアは目を輝かせる。
ポルックスから箱を受け取ると、ダイアはその場で解く。
「何が届いたの?」
エルが隣に座ると、「Happy Birthday」と書かれたクッキーが乗った生クリームたっぷりのホールケーキが顔を出す。
「ダイア、誕生日なの?」
「うん! 誕生日(10月22日)になると、このケーキが贈られてくるんだ!」
「へぇ~、おめでとう」
頭をなでてやれば顔をほころばせるダイア。
早速カットされたケーキを素手で掴む。
(あぁ……そんないきなり……)
頬張る姿を目にしながら、エルは誰が届けているのか気になって箱の蓋を取る。
(え……?)
箱の側面に刻印された店名に目を疑った。
cafe Classical Sweets、ノー・キラーお気に入りの店だ。
エルは即座に振り返り、食べちゃだめと言おうとすると、ダイアがケーキを差し出す。
「エルも食べようぜ!」
エルはケーキを手で掴み、一口。
(味は普通のシフォンケーキだ……)
生クリームやスポンジ、クッキーもかじるが変な味は全くしない。
「ねぇ、このケーキ食べてお腹壊したことない?」
「そんなのあるわけないだろ!」
明るく否定してダイアはケーキを頬張り続ける。
贈り主は誰なのか。
エルは迫っているかもしれない危険に表情を険しくした。