Sideクルーアル
(ここも違いますか……)
冒険者たちが夕食を取っている間、エスはノー・キラーのアジト探しに奮闘していた。
魔障壁ぎりぎりまで近づき、建物を探すが見当たらない。
(レガリスではない、ということでしょうね)
踵を返そうとすると、独特な気配がして立ち止まる。
「……ここで何をされているんです?」
「魔界で歴史を繰り返してきて帰ってきた、ってところかしら」
その声は紛れもなくノー・キラーだった。
「そろそろバラも咲こうとしているし、とても楽しみだわ」
「バラですか。貴女に花の趣味がおありだったとは」
「ふふ、ねぇ、エス。覚えてる? トラディ村に盾を取りに行ったときのこと」
「えぇ、それがどうかしたんですか?」
「死んでいたと思っていた子が生きていたの」
「……まさか……」
「その子が今頑張って盾を取り戻そうとしてくれている……エス、あなたも手助けしなさい」
「……かしこまりました……ですが冒険者たちが村に滞在中です。ダークエルフを手配していただけないでしょうか」
「……わかったわ。どれくらい集まるかわからないけど、あまり期待しないでちょうだいね」
「ありがとうございます」
エスは足早にその場を去る。
それを見送ったノー・キラーは、一人のダークエルフを呼び出した。
「トラディ村にいるあの子とともに、エスを始末してちょうだい。報酬もたんまり出すから」
「かしこまりました」
◆ ◆ ◆
――レガリス王国、王都ルクサス。
荘厳なレガリス城を背に、クルーアルは聖職者の恰好で潜伏先に戻る。
その手には赤いリボンで袋口を結んだ白い袋。
それを持って衣服の検査をしたあと、リインの部屋を訪ねる。
「ただいま、予定の物が手に入ったぞ」
「ほんとに?」
「見て驚け」
クルーアルがリボンを解き、取り出したのは染まる武器の靴だった。
「どこで手に入れたの?」
「小さな服飾店の片隅に置いてあった。人によって姿が変わるから商売にならない、引き取ってほしいと言われてスムーズだったよ」
リインはクルーアルをぎゅっと抱きしめる。
突然の抱擁に、クルーアルはその背中を軽く叩いた。
「どうしたんだ、急に……」
「無事でよかった……きみがどうしてもオルディアに行くって言うから……」
「そこは譲れなかった。この靴はリインのために取ってきたんだよ」
クルーアルは染まる武器の靴をリインの前に差し出す。
「これを履いて、また自由に飛んでほしい」
「あ……」
リインはエヴィアンとエルフのハーフで、翼がありながら飛べない。
飛べない理由はわかっていて、リインはそれでもいいと思っている。
でもクルーアルはそれじゃいけないと思っていて。
二人の気持ちは、ずっと平行線を辿っている。
もう何度も自分の気持ちは伝えてきた。
それでも彼は受け入れてくれない。
こっちが望んだことなのに。彼は自分を責めている。
こんなものもいでしまおうかとも考えたけど、彼が全力で引き止めてきそうなので、行動には移していない。
(きみはいろんなものに縛られすぎている……どうしたら解放してあげられる?)
心の中で問いても、答えは得られない。
リインは差し出された靴に足を通す。
黒かったブーツは真っ白なブーツに生まれ変わった。
「リイン」
「うん……」
マントを脱ぎ、黒く染まった翼を広げて控えめに羽ばたく。
ふわりと宙に浮く姿に、クルーアルはぱっと笑顔を浮かべた。
「よかったっ……これで違う能力だったら、僕は……」
顔を伏せ、小さく震える肩にそっと手を置くリイン。
その表情には陰りがあった。
(どうしたら、本当の気持ちが伝わる……?)
二人の気持ちは水面下ですれ違っていく。
そこにタイミングよくノック音が入ってきて、エスが顔を覗かせた。
「失礼します。二人とも少しよろしいですか?」
「どうした?」
「お話ししたいことがあります」
「……ハディックを起こしてこい。執務室で待っている」
◆ ◆ ◆
「くあ~あ」
大あくびするハディックを最後に、執務室に四人揃う。
「それで話って何だ」
「ノー・キラーが染まる武器の盾を取り戻すために動いています。それに伴い、私も出向くことになりました。そこでですが、ハディック。貴方の部下を連れて行きたい」
「構わんが、ノー・キラーは仲間を出してくれんとか」
「ダークエルフを連れてくるよう頼みました。ですが、人数は不明ですし、使う武器もわからない。偏りを防ぐためといったところです」
「冒険者たちと殺り合うんか」
「そうなりますね」
「ノー・キラーは他に何か言っていたか」
「魔界にて歴史を繰り返してきたと」
「なるほど。ということはあれと辻褄が合うな」
「魔界人界関係なく……今回は随分効率的だね」
「となると、エス」
「わかっています。……今まで大変お世話になりました」
「はぁ……やっと小言から解放されるな」
「目の上のこぶが取れて、すっきりじゃき」
「鬱陶しいのもなくなるね」
「聞き捨てならないんですが」
「みんな、お前への不満だ」
「餞が不満とか最低じゃないですか」
「とにかく、冒険者たちにも伝えておけ、早急に」
「寝たいんですが」
「許さないよ?」
エスは乱暴に席を立つ。
「とりあえず! 部下の件は頼みましたからね!」
「わかっとるけぇ、はよ行け」
「全く人使いが荒いんですから!」
ぶつぶつ文句を言いながら出て行くエス。
残った三人は聞こえないようにクスクス笑いながら見送る。
「魔法で飛ばしてやるか。ちょっと引き止めてくる」
クルーアルも席を立ち、怒った背中を追いかけたのだった。