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【ワールド最終回】フロンティア・ネットワーク

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【ワールド最終回】フロンティア・ネットワーク
【!】このシナリオは同世界以外の装備が制限されたシナリオです。
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SCENE.1 アレイダ星環構想結実


「講和が成立した以上、いつまでも結論を引き伸ばすべきではないだろう」
烏丸 秀方 伯天に対応を迫った。案件はブレドム・ニブノス・メネディアの三国FTA締結であった。
「まことに然りと存じます」
 方はにこやかに烏丸の主張に同意した。その言葉の背景には、選挙が近いことが影響していた。目下、選挙は現体制を率いるクラマーシュが優勢に選挙戦を進めているが、選挙後に方が外交を担当できるかどうかは定かではない。そして、占領政治から民政への切り替えとして、パールシティの新首長選挙に娘方 美慶を候補に立てている以上、方家は短期的な成果を欲していた。すなわち、これからの時代にあって、パールシティが引き続き、交易の交点として栄え続けられる保証を住民に信じさせるに足りるものが必要だった。
 だが、烏丸の方にも急ぐ理由はあった。ブレドム本国において発生した大規模テロと、テロと同調して行動する1000万の棄民船団である。もし彼らがブレドムの現状に大きな被害を与えれば、今と同じ条件で交渉することは困難となる。だからこその催促であり、方の事情もあって受け入れられたのは、烏丸としては幸運であったろう。
「それで、新設されるアレイダ長期開発銀行の本店はパールシティにおいてくれるという話ですが……総裁人事はどうする」
「ブレドム・ニブノス・メネディアの輪番で回す。ただ、初代はブレドムから出させてもらいたい」
「初代は組織の方向性を決める重要な役割だ。なまなかな人物ではつとまらんだろう」
「初代総裁は、ボーンベニン・セルハバードを予定している」
「ほう……ブレドム現体制の黒幕と名高いあの……」
「実力的に不満かね?」
「いや、人物にいっさい不満はない。しかし、出資比率、少しライアー帝国の影響力が大きすぎるのではないか? 45%。これに申し上げにくいがライアー帝国の強い影響下にある貴国がつけば過半数を超える。これはアレイダ経済圏における優越性をライアーに明け渡すようなものと諸国に受け取られる可能性があるのではないか」
「副総裁はNF57、ライアーから出し、加盟各国の代表が加わる理事会によって融資対象は決まる。専横があればすぐに粉微塵に消え去る組織にすぎない。株主総会じゃないから出資分の権力を振るえなどしない。それにこれは事実上、いまの北部アレイダにおける影響力をそのまま数字にしたにすぎない。将来的に経済状況によって改定される」
 それは偏ってはいたが、一面の真実であった。ここ一年の集中的な資源投下にNF57に加盟国がバラバラで十分な対抗措置を打てないままライアーの攻勢を素通りさせた。
 その要因として、中核となるアラコスが市場の混乱によって動けなかったこと。それに変わるサポートを得るだけのコネクションをアレイダ内で持つ人物が登場しなかったこと。NF57のもうひとつの尖兵たるグレイバールが、平等党テロリズムへの嫌悪感という国内世論に突き動かされて一部勢力がクーデターを支援したことで、ニブノス新政府との確執が残ったことが挙げられる。
「アレイダ長期開発銀行は、アレイダ地域における国家的な事業について的確な融資と経済・技術の審査を行うことで事業の円滑・効率的な遂行を助ける。か、よろしい。この設立と三国FTAをセットで承認しましょう。メネディアの同意はとりつけておられるのですな」
「もちろんですよ。ニブノスが同意しなければ、ニブノス抜きのFTAになりますがね」
 烏丸は最後の脅しをきかせた。これだけ餌を出して食いつかないようであれば、ニブノスをギリギリと締め上げ、服従させる形での統合へ舵を切る準備は怠りない。
「承知した。FTAと合わせ、長期開発銀行の設立に同意する」
 方の承諾に烏丸は頭を下げた。これで、アレイダ星環構想は成ったという確信が持てた。ブレドムは再びアレイダ経済圏の地位を得た。ライアーとの協調によってアレイダの長期開発をブレドムの都合に沿わせて企画することもできる。そして、独自の地位・権力を得るであろう広域アレイダ官僚群ともいうべき人たちが強固に既存国家を締め付け、結びつける役割を果たしていくことになるだろう。ブレドムの支配なき優越という未来がそこにはあるはずであった。



 ダーシャ・ジャイナは、烏丸外相の命をうけて特使としてグレイバールへと赴任していた。ダーシャが与えられている案件は、98戦役以来断絶しているブレドム=グレイバールの国交の回復とアレイダ長期開発銀行への出資願いであった。
「両国間の最大の懸案事項であった98戦役は終わりました。我が国としては、貴国との関係を回復し、アレイダにおいて名誉ある地位をふるっていただきたく考えています」
 グレイバール代表団はダーシャの要望に答えた。
「条件は既に伺っています、しかし開発投資における主導権をどこかに譲り渡すというのは、我が国の納税者への説明責任が果たせない。我が国は既にニブノス航路の改良に踏み出している以上、それを長期開発銀行の最優先の課題としていただきたい」
 それは暗に、NF57内のライバルであるアラコスの通商路となるアレイダ西方縦貫道でメネディアと直通する計画の優先度を低くすることを要求している。
「構いませんよ。どのみちメネディアが、交易のもたらす豊かさに気づいて新航路を自ら求めるまでには時間がかかりますし、途中の小惑星の調査などもやらないといけません。そちらはゆっくりすすめるとしましょう」
「ご配慮に感謝する」
 ダーシャは外交的微笑でそれを受けながら、腹の底で相手の視野の狭さを嘲笑っていた。このごに及んでまだ、NF57内の地位に固執して、足を引っ張りあっているのだ。アレイダ長期開発銀行内でのアラコスとグレイバールの出資率はそれぞれ17%で同じにしてある。二国合わせてもライアー帝国の45%に及ばぬのに、お互いの連携がとれていないなら、いくらでも思うように分断して、こちらの意思を押し通すことができるだろう。



「『大成果おめでとう』と外相にひとこと伝えたかったのだけれど?」
 外務省から報告に訪れたアイラ・シュトラは恨みがましい目で見てくるマハル摂政の視線に晒された。
「何分、各国との交渉・調整に多忙を極めておりますので」
「なるほど、進退伺を書面でよこさないといけないほどに忙しいのですか」
「……あのような性分ですので、ご容赦を」
 ブレドム外相である烏丸 秀は、マハル・エリノス摂政に対し、懸案と成っている外交案件の処理を終えたところでの辞任を申し出ていた。
「『今後の全アレイダ的活躍に備え、小官は職を辞する所存。後任はコンラート侯子を推挙します。なお、おもしろき職をいただけるならば、ブレドムにて引き続き任を果たす用意がございますが、総理は引き続き和賀氏が適当であり、執政配偶者などになるのもやぶさかではないが、あなたのすべてを頂かねばなりませんゆえにご覚悟ください』……」
 マハルはアイラの差し出した辞表を読み上げると引き裂いた。
「辞意は受け取りましたが、受理はしません。こんな文書を公文書として末代まで残されなかったことに感謝しなさい。正式な辞表を適切な時期に再提出するように」
 マハルのため息をうけてアイラはすごすごと部屋を退出する。すこしばかり、烏丸の奔放さが羨ましくなった。彼を重用したセルハバードと同じく、未来のアレイダへ向けて駆け出している。明日のために彼は築いた地位を捨てることができるのだ。その傍らにいる人達は苦労はするだろうが、間違いなく楽しそうだった。烏丸の手紙によって連想させられた、その隣にいる自分を仮想したら、やはり楽しそうではあった。
 しかし、それは自分の未来ではやはりないのだ。生まれながらにして王族であり、背負うと決めた国を捨てることなどできようはずがないし、自分以外の者にチップのように賭けさせたりはできない。アレイダ全域を巻き込んだ大構想を展開した逸材は、春を告げる風のように戦乱のブレドムに現れ、マハルの側を走り抜けていった。

SCENE.2 アレイダ長期信用銀行


「……こちらは近隣諸国のお金を預かり、アレイダの発展に必要な資金を貸し出すことを主目的としている。よって、冒険的・私的・利益誘導的な融資は不可能であることをまず確認しておきたい。当座は星間国際航路建設に必要な金を各国に対して貸し出し、適切に回収することが業務だ」
 フィオラ・ロスが居並ぶ理事を前に言った。メネディア推薦人事でアレイダ長期信用銀行理事に就任している。フィオラの言葉を引き継いで、初代頭取のセルハバードが言った。法的地位などを自分で説明するのが面倒だったようだ。
「ということだそうだ。俺は金貸しをやっていたことはあるが、銀行というような上品な商売はよくわからん。だが、資本は空から降ってきて、よほどのことがない限り、焦げ付いたりしない太い客相手に商売ができるということだから、はっきり言って幼児でも務まる仕事だ。だが、幼児性を持って金を使い込んだ奴には容赦はせんし、もし俺がそのようなことをしたら、諸君は力づくで俺を引きずり倒すこと」
 浅黒い肌で豪放な笑みを浮かべたセルハバードは、頭取としての初仕事で内戦国家出身の政商というイメージを強く周囲に与えた。



「ま、あれぐらい言っておかんとニブノスあたりはちょろちょろするだろうしな」
 理事会が終わったあとにフィオラを頭取室に招いたセルハバードは言った。行きがかりで現体制における側近幹部の地位を得た。少なくとも周囲はそう見るだろう。
「お嫌いなんですか、ニブノス人が」
「俺の半分はニブノスの血だよ。だが鉱山ばっかり掘っているから、あいつらは目先のことしか見えん。だからいい女を雑に扱ったり逃げられたりするんだ」
 セルハバードの母はニブノスからブレドムに流れた娼婦だったし、昨今もブレドム難民を受け入れたニブノス人のふるまいは必ずしも良好なものばかりではなかった。
「この地域差別と性差別の発言が外に出たら、あなたの地位は終わりですよ。できたばかりの組織なんですから、安全運転でお願いします」
 セルハバードは眉にシワを寄せて訴えた。
「仕事に刺激が足りなすぎる。だから余計なことに刺激を作りたくなる。これでは檻の中に入れられたみたいだ」
「わたしはスリルなんてコリゴリですよ」
「そうか? 向いていると思うぞ。イレーネ少将の一件で君がロルフ大公への讒謗を流したと聴いたな。あと、メネディア平等党の政変、金がだいぶ動いたようだが、どこからどう流れたのかな」
 セルハバードはただの粗野な男ではない。商人として優れた知覚を持ち、情報を集め、リスクをとって利益を求めるものだ。同じく成り上がりで経営者となったフィオラの振る舞いを熟知している。
「ほっといたら火の粉が飛んできそうだったから備えただけです」
「そうか、じゃあ俺のときもそうするんだろうな。ちょうどいいネタができてよかったな」
 そういうと、セルハバードはにっこりと笑ってみせた。お前がいざとなれば裏切る奴だとわかっているんぞ、やったらこちらもやるぞと知らせる威嚇のための攻撃的な笑み。
「職務は退屈だが、君とは楽しい仕事ができそうだ。よろしくたのむよ」
「火遊びならヨソをあたってください」
 フィオラはそう言い返して頭取室をあとにした。全く、厄介な上司に恵まれてしまったようだった。こんなときに休みでもとって、逃げ帰る故郷があればどれほど気楽だろう。ライアー貴族の妾の子である自分にとって、かつて過ごした地はあっても温かい故郷というものはない。私達は宇宙の子だ。だから自分のいるべき場所は自分が決め、組成していくのだ。



 フォーチュン・マキシマ社金融部門に属する川原 亜衣は、フィオラ・ロスの補佐役として随行し、周囲に目を配り耳を傾けながら、私見を述べた。
「セルハバード総裁の仰るとおり、幼児性をもってお金を使い込むのは言語道断です。ただ、それだけでなく、長銀が『呼べば開発資金が湧いてくる魔法の壷』と考えるものがでてくる可能性をも恐れます」
 フムン、と、セルハバードが鼻を鳴らし続きを促す。どうやら興味が湧いたらしい。
「アレイダの平和かつ持続的な経済発展を設立目的とする長銀の融資は、一般的な銀行融資よりも借り手にとって有利な契約となる傾向が強いでしょう。ですが、それは各国の財政を借金漬け、すなわち、『長銀融資への依存体質』に陥らせるリスクと裏表です」
「なるほど、まぁ金貸しとしてはそれも一興だが、長銀はアレイダ経済振興が目的だ。借す側にも借り手にも規律が必要ということだな?」
 セルハバードは飲み込みが早かった。それに応える形で、亜衣は続ける。
「それだけではありません。公的資金である長銀融資の普及は、民間金融機関の成長阻害要因にもなりかねず、低利の資金が市場に潤沢に供給されすぎれば、金融バブルの発生にも繋がりかねません。何より、出資者への配当や償還が滞れば、長銀のみならず星環構想そのものが鼎の軽重を問われる事態になるでしょう」
「人為的に金融バブルを起こしてがっぽり儲ける手もあるが、いつか出資者や債務者を巻き込んで破綻する。それは避けんといかんな」
 頷くセルハバードに、亜衣は頷き返した。
「ふむ……俺の前言は撤回しよう。このお嬢さんの言うように、経済の手綱をしっかり握らんとな」
 セルハバードはニヤリと笑った。
「セルハバードにあれだけはっきりものを言えるのなら、貴方バンカーとして大成するわよ」
 フィオラは亜衣に告げた。亜衣の意見はフィオラと同様だったが、フィオラが告げた内容よりより深く踏み込んでセルハバードを動かしていた。
「とんでもありません。わたしはまだまだ若輩ですから」
 そう応えながらも、メネディアの経済人として成功したフィオラに褒められるのが満更でもない亜衣だった。
 一方フィオラは、セルハバードの次の次のアレイダ長銀総裁を狙っていた。ブレドム・ニブノス・メネディアの持ち回りで長銀総裁が決まるなら、メネディア随一の経済人であるフィオラにもチャンスはある。せいぜい、セルハバードの下では牙を隠し、実績を積んで雌伏しよう。
 その考え通りに、彼女はアレイダ長銀第3代総裁として、辣腕を振るうことになるのだった。



 ライアー帝国ニブノス駐在武官、アデリーヌ・ライアーSS大佐は、棄民船団の1000万移民の受け入れを名目に、NF57の3大巨頭、デネヴ連邦星区とアレンス星区、アルテミナ星区に対して巨額の融資を求め、その資金を円滑に運用するためのアレイダインフラ投資銀行を設立する腹案をもっていた。
 彼女の考えでは、棄民船団を無事にブレドムに保護させ、1000万の新たな臣民を住まわせる場所にロスマンズ・ロックとゴーズル太陽系を選び、そこを開発して友邦ブレドムの国力をさらに増加させることと、現状、ライアーの属国たるブレドム主導で汎アレイダ主義が勃興しつつあることを警戒するNF57勢力が「盤面をひっくり返す」非常手段に出ないよう彼らを懐柔することが重要であった。
「で、私に仲介を願い出てきたわけ?」
 ライアー帝国の3大アクターのひとつ、貴族派の頭脳であるライム・フォイエルヘルト伯爵令嬢は、興味深げにアデリーヌに訪ねた。
「はい。デネヴの保守派と張り合い、アレンスにもシュライセンベルク大公とのよしみで影響力の強いあなたなら、この構想の重要性を理解し、実現のために動いてくださると考えたからです」
 きっぱりとした答えに、ライムは微笑む。
「いいでしょう。またNF57に渡って、交渉を取りまとめてきましょう。統一アレイダに求めるのはNF57とライアーの”継手”。経済支配はさほど重要なことではないわ」
「ありがとうございます」
 アデリーヌは頭を下げた。
 ライムの尽力あって、もとよりアレイダにおけるライアーの支配体制強化を恐れていたデネヴ保守派やアレンスの経済アクター、デネヴ=アレンス同盟への反発意識で動いているアルテミナ保守派などが融資を確約し、アレイダインフラ投資銀行の設立資金は順調に積み立てられていた。その総額はアレイダ長銀に匹敵する。更にライムは、アデリーヌをこのプランの発案者として総統に売り込み、将来の栄達の道をも開いてくれた。
「烏丸外相あたりはアレイダ長銀潰しと捉えるかも知れないけど、むしろアレイダ星環構想の補強策と考えてほしいよね。バランス取りは当然として、アレイダ長銀はアレイダ資本の5倍程度で開発には心許ないし、お金は多いほうがいいに決まってるもん」
 そう呟きながら、アデリーヌは総裁人事と本店設置場所について考えを巡らせていた。
「できればアレイダの中心に近くても中立に近い国で、初代総裁もその国の出身者がいいよね」
 そこで白羽の矢が立ったのが天城 摩耶だった。
「えっ、私?」
 レバーナ植民地連邦で中規模総合商社「天狗グループ」を営んでいる彼女は、<不明の国>レバーナの発展を心より望んでいたが、まさかこんな莫大な資金を取り扱うことになるとは思ってもいなかった。
「貴方を選んだのはアレイダ住民であり、ニブノスとブレドムに関連がなく、レバーナでの活動実績があるから。大変な仕事だけど、請け負ってくれる? 地元レバーナにとっても、悪い話じゃないと思うのだけど」
 アデリーヌは摩耶にそう告げた。レバーナの停滞を打開する良いチャンスだと思った彼女は、驚愕から立ち直ると一も二もなくその提案を引き受けた。
「やります! やらせて下さい!」
 摩耶は早速積み立てられた資金をレバーナに集積。褐色矮星テュケーの重力圏内に存在するだだっぴろい宇宙都市キャストロ・シティの一角に本店を置いた。これはアレイダインフラ投資銀行の政治的中立をアピールするのみならず、フォールド攻撃脆弱性に対する重力の壁と、テュケーに存在する隕石防御システム「ループ」による防御力を考慮に入れてのことである。
「理事会はアレイダの財界人で構成し、NF57とライアーにも窓口を開くわ」
 さすがにセルハバードほどの大物は呼べないものの、ニブノスやブレドム、メネディアやフロンティアゲート、そしてNF57やライアーからも、金の匂いを嗅ぎつけてきた財界人が我も我もと立候補してきた。摩耶はその人柄をきっちり見定め、露骨な地元への利益誘導をしなさそうな実直な人物を理事に選んだ。
「アレイダインフラ投資銀行の設立目的は、名前の通りアレイダのインフラを整備することにあります。兵器取引や非人道的な研究などには一切投資しません。逆に、航路整備・植民都市建設及び開発・医療改革などを協力に後押しします」
 就任演説で、摩耶は明快に方針を述べた。
 摩耶の予想では、初期の投資はアレイダ星環航路や1000万移民の受け入れ先となるゴーズルの開発、そしてアレイダ保険機構などになるであろう。かなり長期的な投資であり、元を取るには採算性が薄いが、航路開発と植民都市開発をリンクさせることで採算性を上げうると、彼女は考えていた。

SCENE.3 明るい選挙


「それで、そちらの大将は何と言っているんだ?」
 大統領選挙を戦っている中での訪問者にアレクセイ・クラフチェンコは尋ねた。
 訪問者は平等党の重鎮ユーリー・テレシコフである。
「クラマーシュの考え次第では、大統領選挙で組むことにはやぶさかではない」
 話題はそれぞれの上司、すなわち大統領候補である自由民権党クラマーシュと平等党ディーハルトのことであり、その先にある両党の連立政権樹立についてであった。
「考え次第とは?」
「平等党を手厚く扱ってくれることかな」
「回りくどい言い回しで時間を空費するのは生産的ではない。うちとそちらが連立政権を作るとして、どのポストが欲しい?副大統領か?」
「いや、それではもしも大統領になにかあったときに、議会で2位か3位の党が大統領になれば、政権の骨組みが変わって騒動になるだろう。そこは自由民権党が握っておくべきだ。代わりに法務、労働、自治の三ポストが欲しい」
 タフなネゴシエートだとアレクセイは思った。自由民権党は大統領選挙に単独でも勝てないことはない。ただ、平等党が恒星党と組んだ時に負ける可能性がある。それを回避するための連立であり、副大統領と1ポストくらいで収めたいところがだが、そうはいかないようだ。
「なるほど、お飾りの職位よりも実務上、そちらが握っておきたいポストを埋めるか……だがこちらも身体検査なしに政権に入れることはできないな、具体的な人選は固まっているのか?」
「もちろん、党として推薦すべき人間は既に決定している。法務にディーハルト党首、労働にファードソンから立候補するサロメ・ギヨタン、自治に現ボスコム首長ベアトリーチェ・フェルミを横滑りで推薦するつもりだ」
「あなたは入閣しなくてよろしいのか?」
「視野の狭い私には中央政界は荷が重いのでね。選挙が終われば、ファードソンでの公務に専念するつもりだ」
 軍歴がファントップであったユーリーは、現職にとどまることで、その経歴が政治問題とされることを回避した。平等党の支持基盤が固い北部では問題視されないが、ニブノス全国、というよりもアレイダにおいて、ファントップ出身者のテロリズムの多発への警戒心が高まっている現状で問題の顕在化は得策ではない。
 そうしたユーリーの背景を知らずも政治的常識から、自分の膝下から閣僚を出し、更にボスコムでも新たに子飼いを当選させるだろうから、大統領閣僚団に入ったディーハルトを屋根の上に乗せて、ユーリーは平等党内部で指導的な立場にたつつもりだろうと、アレクセイは理解した。この目ざとい人物が取り仕切る党であれば、おそらく今後も信用がおける。少なくとも、選挙目当ての党利で意味もなくブレドムとの関係に罅をいれた恒星党よりは。
「……わかった。その条件でクラマーシュに報告する。おそらくGoが出るはずだ」
「うん、それでは、クラマーシュ・ディーハルトの共同会見にて、大統領選挙の辞退と選挙協力、当選後の連立政権樹立の覚書きを見せながら握手ということでいこう。タイムテーブルは作ってある。可能な限り、これにあわせてもらいたい」
 党首会談から会見、インタビュー想定問答、各種政策協定の資料の予定を積み上げてユーリーは言った。一瞥してこちらの動ける時間、意思決定過程まで読み切ったかのような資料に、アレクセイはなるほど、信頼はできるが油断はならない相手だと改めて思った。状況が違えば、彼は同じだけの準備をして恒星党を訪れ、連立政権樹立を誘っていただろうから。



「本日の司会を務めさせていただきます、ジャーナリストのレイチェル・ティルトンと申します。これよりニブノス自由民権党ヴァーツラフ・クラマーシュと、ニブノス平等党フローレンティン・ディーハルトの党首会談についての会見をはじめさせていただきます」
 まったくクラフチェンコさんは人使いが荒いと心中でぼやきながら、レイチェルは舞台をみやった。育ての親であるクラフチェンコには、一応の独り立ちをしてからも頭を下げられたら断れない間柄であり、選挙事務所に顔を出せば、平等党との政策協定チェックやら雑用やら、はてには会見場の司会進行までおしつけられてしまった。
ただ、司会進行といっても、もう仕事は終わったようなものだ。クラマーシュが先に舞台へと上がり、斜めに向かい合った会見卓の奥手に立ち、あとからディーハルトが手前の会見卓につく。その立ち位置が、振る舞いが、今日の主役が誰かを如実に示していた。カメラが、視線が、自然にクラマーシュへと集まっていく。
「本日、私とディーハルト党首は大統領選挙後の連立について合意に達し、大統領候補を私、クラマーシュに一本化することとなりました」
 その声に場が静まり返り、ふたたびざわりとし始めるのを手で抑え、続きをディーハルトの口から続けさせる。
「先程クラマーシュ候補より述べたとおり、大統領選挙後、平等党は自由民権党と連立しての政権運営を行うことに合意しました。ついては私は大統領選挙を辞退し、平等党は大統領選挙において、クラマーシュ候補を推薦します」
 ディーハルトは堂々とした態度を保ったままで言った。保守層を中心に手広い支持の自由民権党と固定的な党組織を持つ平等党の連立は、平等党にとって安定と勝利をもたらすだろう。しかし、それは同時に今回の大統領選挙における不戦敗を認めるものでもある。
 その二人の様子を舞台袖から見ながら、レイチェルはひょっとして、今日はニブノスの歴史において、大きな意味を持つ日になるのではということを考えていた。少なくとも、今回の大統領選挙はこれで決まったも同然だ。ならば、この後に約束された両党首との個別インタビューで何を聞くべきだろう。未来の展望?政策?いや、そんなことはいい、自分が原案起草をしているんだから、なんだったら自分のほうが知っている。
今聞くべきは「ねぇ、今どんな気分?」だ。相手は練達の政治家だ。もちろん有権者を意識していい顔もするし、方便も駆使するだろう。ただそれでも聞いてみたいのだ。今の状況は勝ちなのか、それとも不承不承のものなのか。

SCENE4. 選挙工作


 茅場 和人はスライダル・ポイントに乗り込み、対ニブノス人道支援の最大の商船会社の長として記者会見を開始した。
「先だってコキーユ島において、僕は謎の女性による襲撃をうけました。しかし、これにたいしてニブノスは十分な捜査活動を行っておりません。捜査関係者によれば、この事件の影では、ファントップとのつながりがあるようにも聞いています」
 暗にライアーの仮想敵であるファントップの工作がニブノスを拠点に展開していると聞こえるように、茅場は言った。このことはニブノス平等党との連携を計るクラマーシュにとっては打撃となるだろう。
「僕はこれまでニブノスの為と思い、人道支援部隊を動かしてきましたが、もう限界です。海賊にも遭いました。物資を流用する地方政権も見ました。僕はニブノスの困っている人を助けることがニブノスとライアーの友好関係につながると思っていましたが、そう思っていたのは僕だけでした。ニブノスはそれ以前に解決すべき問題が多すぎ、このままでは恩義は仇で返す国だと思わざるを得ません。僕には社員の安全を守る義務があり、ニブノスへの支援は休止とさせてもらいます」
 茅場の言葉は痛烈に現ニブノスの問題点への批判としてつきささった。それゆえに記者会見の場の空気は冷気に包まれた。
「つまりライアーは、もうニブノスは支援するに能わざる国だということですか」
 質問の声は刺々しいものだった。それまで支援という形で保たれていた穏やかな関係性が崩れ、隠れていた確執が現れてくる。
「僕はライアー帝国の代弁者としてここにいるわけじゃない。だけど、一介の運送会社としてこんな危なっかしいところに運べないと言っているだけだよ」
「そうは言ってもあなたの会社が最大規模で、業界はあなたにならって物資輸送を撮り控えるでしょう。実質止めるというに等しいではないですか。ライアー本国の意図でやっているんですか? そこのところどうなんです」
「指示でやっているわけではありません。会社としての判断です」
「会社としての判断というが、あなたは普通にここまで来ているではないですか、どこが危険なんですか」
「僕個人として、ニブノスに縁を持った一人として誠意を尽くそうとしただけです。僕がここで言っているのは、どうか冷静な目で、ニブノスのみなさんに、自国が国際社会の支援を得るに足りているかどうか考えて欲しいんです」
 言うべきことは以上とばかりに、茅場は席を立った。それは、ニブノス人が信じる高慢なライアー人そのものの態度であると受け取られた。



 帰路の航路で今回の援助休止を実質上決めたフィーア・デルフィーアに茅場は尋ねた。
「これで積み上げてきた友好ムードは全部パァだね。本当にこれでよかったのだろうか?」
「ええ、どうせ人道援助を続けても影で悪口を言っているような連中ですから、最初から何も変わってはいません。最初は申し訳無さそうな物乞いも、与え続けていると図々しくなりますから、時々重要性を思い知らせないといけません」
 フィーアは同時に今回の元凶と責任の擦り付け遭いを増幅するように、平等党、パールシティ葛葉派、通商外交部の方、医師会、各党間の憎悪を湧き起こす情報工作を煽りまくっていた。ブレドムが親ライアーで国論が収まりつつある中で、アレイダの中心部で対抗軸としてのニブノスが確立してもらっては都合が悪い。どの勢力がここを治めるにせよ、もうすこしライアーの顔を伺いにくるような、小国としての振る舞いを身に着けてもらわねばなるまい。

SCENE5. 偽悪


 ドラコス・サーリマンは陣営の引き締めに必死であった。なにしろ、それまでの評議会はダーティ・ワークが日常茶飯事であった。
「へぇ、今度立候補するの、子供が小さいのに君も大変だねぇ」と大物に声をかけられたら、頭を下げて仁義を切らねば、不幸な事故が起きたとしても、よくあることで片付けられてしまうのがニブノス政界である。ドラコスはその熟達者であるがゆえに、身内からそういう不心得を出さないように、厳命を受けていた。
勝てる選挙で汚点を残したくない。確かにクラマーシュはそれでいい。団体票に加えて固い政党組織票を得ているのだ。だが、個別の議会候補者はそうではない。同じ選挙区内での票の奪い合いに勝たなければいけない。
「議会選で落ちたやつで、仕事のできる奴はしっかり評議会でもういちど拾ってやるから、買収や恫喝といった早まった真似をしないようにと徹底しろ。次の法務の長は平等党だ。刺されないようしっかりやっておくように」
 それを聞かされた者は皆、お前がそれを言うのかと心の中では呆れてはいたが、同時に、それまで法のスレスレどころか、法の向こう側にあって力を行使してきたドラコスが、徹底した遵法選挙をやっているのを見て、時代の移り変わりを感じざるを得なかった。
「で、本日の選挙違反は?」
「恒星党の女性候補に体液入りの風船を投げつけて逮捕された者が」
「どこかの構成員か?」
「いえ、ただの変態だったようです」
「そうか、こちらも見舞いの手紙を送るから文面を1時間で整えておけ」
「純粋なお見舞い文でよろしいですか」
「いちいち脅し文句を入れる必要はない。で、美人か?」
「まぁ、ほどほどですが、若いですな」
「受かったらいつでもうちの党本部に遊びに来てもいいと書き添えておこう。党勢拡大の好機だ」
「実はもう一件気になる案件がありまして……恒星党の広報ページをのっとって議員のコラージュ画像を表示させた犯人が捕まったのですが、どうも方通商外交長官の指示でやった、自分はライアーの工作員だと自供しているそうです。後ろのほうはどうやらホンモノらしいです」
「方長官の確認は?」
「そんな人物は知らんとのことです」
「要するに、連帯責任をとらせて混ぜ返そうというライアーの一連の目論見だろう。疑義がかけられた以上、方長官が動くのもまずかろうし、いまの警察では外事がらみは捌く能力が不足しているだろうから……憲兵隊司令部だな。【大悪】あの男にまかせてしまおう」



 連邦憲兵隊本部長、【大悪】ことロイド・ベンサム少将は、その報を不正アクセス管理を担当させているファントムレディ【1】から聞かされて、ひどく厭そうな顔で聞くことになった。
「うーん、面倒ごとを押し付けてきたなぁ……」
 クーデターを通し、警察力のあり方に疑問が持たれた結果、非常時の治安指揮組織として、拡充された連邦憲兵だが、現状では、外事や国事といった扱いにこまる事件を放り込まれる便利な先のように扱われている。
「ローレンス君、方 伯天長官まわりはノータッチだったな」
 ローレンス・ゴドウィンは答えた。
「はい、要人とその周辺のデータ収集は行っておりません」
「となると、方長官が不関与の証明はできない……まぁ、できても表には出せないが。関与する動機はあると思うか?こんな楽勝選挙でいちいち」
「今回パールシティ首長に娘が立候補していますから、ありえなくはないかと」
「んー、やらないとは限らないが、やるならもっと直接買収とか対抗候補への選挙介入暴力だろう。娘さえ通ればあの人は他はなんでもいいんだから。やはりライアー工作員の不安定化工作の一環と見るべきだな」
 対応を秘書官である三位一体の異能者【10】が尋ねた。
「人の庭先でチョロチョロしやがって。一度掃除するか。ひっぱれそうな工作員は余罪で引っ張って、外国籍は国外退去。国内のは留置所でよく言い聞かよう。ちょっと脚を踏み返す程度でかまわない。先に踏んだのは向こうだ」



シーリーア・ミオンは気配で、取り調べ室のマジック・ミラーの向こう側に人が増えたのを感じた。長年連れ添ったライアーの工作員である夫にも隠して、ニブノスで情報を煽り倒すことに快感を見出してきた女の直感は正しかった。
ベンサムの命で、シーリーアの取り調べを監視にきたサイバーソルジャー【10】がそこにいた。彼のもたらした情報を取り調べ官が告げる。
「あなたの証言でライアーがニブノスの選挙に工作を加えている事実が明らかになりました。誠に残念なことに、あなたの夫は国外退去命令が出され、あなたの明かした情報に基づき、スパイ網は摘発されました。取調べ中にあなたが行った自供は情報撹乱のための虚言と判断されています」
 つまりは「負けた」ということだとシーリーアは思った。他人が積み上げた積み木細工を壊して遊ぶ幼児が叱られたように、今度もそうなったのだ。入魂の工作と思った偽装は、自分の全く意図しないところでライアーの方針と重なり、崩壊させ、しっかりと咎められた。
「それで、私はどうなるというの?」
「外形上、あなたのしたことはそれほど重い罪にはならない。警察もスパイ網摘発で大いに助かった。ああ、あなたが残していたプログラムは除去されています。もしも、今後、あなたを起訴することになれば、事件に関係するあなたの行った膨大な記述について、証拠として公開情報にせざるを得ないが、それを見たあなたに踊らされた人はどう思うでしょうな? それにあなたが売った工作員の名前を知ったライアー帝国はどうするでしょうな?」
「私はいま司法取引を勧められているのかしら?」
「ええ、あなたは起訴猶予以後行方不明。ニブノスに移民してきた一人として市民ライセンスを新たに発効され、ニブノス国法に反しない限りにおいて、市民としての生活を保証される」
「ニブノスにとってこの司法取引に積極的な価値があるとは思えない」
「スパイ網摘発の協力への感謝をしている」
「国外に出る自由は?」
「もちろんある。一介の市民だからな、前世の旦那と運命的な再会を果たそうと、どこかで露と消えようとも、その自由はある」
「もし、この事を話したら?」
「そのような事実はなく、何らかの妄想をこじらせた人物として扱われるだろう」
「わかりました。取引に同意します」
 シーリーアは言った。解放されたのちに新たな名前を得てアラコスへと渡ったとされ、以後の記録はアレイダには残っていない。

SCENE6. ニブノス恒星党


 クレソン・ナムの元に集った勢力は、党首の渾名にちなんで恒星党と名付けられた。大統領選挙では自由民権党と平等党の連立によって、苦しい選挙となってはいたが、空気は明るかった。それはなにより新人候補の多さとその戦局が悪くないところに現れている。
 議会候補者として、サフィール・ド・ブランシャールは恒星党に加わった。通関局をなし崩し的にのっとり、通商外交とパールシティの長をつとめる方と政治的に敵対した経緯上、いまの政府に残る展望がなかった。若く、芸能界出身でカメラ慣れし、評議会での政治的経験のある、サフィールは議会選挙を指揮する中核として迎えられた。
「どうですか、そっちは?」
「手応えはある。南方の票と候補者は固めたから、次点はとれるだろう」
 華々しい役どころをサフィールにまかせているポルフィリオ・ディアスは言った。
既に大統領選挙での劣勢が確定した以上、党の主要課題は議会選挙で平等党を上回って第二党になれるかどうかに移っている。恒星党は「新しい朝、新しいニブノス」をスローガンに、個別政策はオーソドクスな産業政策、抑制的な軍備政策、親NF57の外交政策、福祉の平準化拡大をとっている。
「自由民権党が女性候補を用意して争点つぶしにきたのは影響があるかしら」
「ありがたいことだよ。こちらと同じ土俵で戦ってくれるのなら、われわれは負けない」

 自由民権党と平等党の連立による事実上の大統領選挙の決着に不満だったマスコミは恒星党に同情的な論調が強かった。中でも影響力の大きいフリージャーナリストパトリック・ロッシュによる、クラマーシュ・方の外交政策批判は大きな反響を生んだ。対ライアーへ売国的外交を続けてもなお、ライアーから援助休止という結果が返ってきたことに対する国民の憤りを煽り立てていた。
 パールシティを牛耳った方の悪徳ぶりについては、かねてから噂になっており、選挙戦では大きな悪評として作用し、議会選挙において、批判の急先鋒となった恒星党を躍進させる要因となった。



 親ライアー派でありながら、クレソン・ナムとも親交のある評議員、青井 竜一は、恒星党からは出馬せず、あえて無所属で出馬した。
 その理由は、親ライアー派の自分が恒星党から出馬すればクレソンの足を引っ張ると判断したのみならず、クレソンの先の講和に関する大人気ない態度に対する批判的態度があった。
 選挙前、クレソンから恒星党からの出馬を打診された青井は、こう告げた。
「大きな正しさのためには、小さな悪や濁を飲み込む覚悟を持たなくてはならないのが政治じゃありませんか? 八段に嘘や偽りがあった。だが努力と意志で、結果として中身を臣にする。それも政治でしょう」
「エウクレイデス号事件処理と対ブレドム講和のことを言っているのね。それは、一面の真理に過ぎないわ。大国が謀略と取引を主導して手に入れた和平は、大国の戦略や国策によって破綻する可能性も秘めているの。エウクレイデス号の事件はライアーがきっちり頭を下げていれば危機は回避されたし、ブレドムとも真摯に向き合って講和を目指す道もあったはずよ」
 クレソンの指摘も、また一面の真実だった。だから、青井は反駁する。
「大国の戦略や国策に負けないためにも、アレイダは統合されるべきと考えていたのは先生じゃないですか? たとえそれが嘘偽りに満ちたものでも、形にしてしまえば本物になる。もし、嘘偽りがあれば、それは最後まで本物になれないとすれば、移民はニブノスの生まれじゃないから、何をやっても最後まで本物のニブノス人になれないということになる。それは、自分にとっては認められないんですよ。意地に賭けてもね」
「それは極論よ。私は公明正大な解決を目指していただけ」
「その公明正大な解決で、誰も得をしない。だったら政治家は嘘を誠にするべきではないですか?」
 議論は平行線だった。クレソンはあくまで公明正大な解決こそが真の和平とアレイダ統合につながると信じていたし、青井は様々な思惑で成立した虚構を現実に置き換えられると信じていた。
「政治へのスタンスの違いは仕方ない。だけど、政治、特にニブノス政界で生き残るためには、クレソン先生は綺麗好きすぎる」
 そう結論した青井は、結局クレソンと袂を分かったのである。
 青井は、方 伯天長官と共に、対ブレドムFTAを成立させた功労者としてニブノス市民に認められ、反ライアー世論の逆風を受けながらも、なんとか当選し、国務副長官の地位を手に入れた。彼はその権力を、ニブノスが平和と時間を得る一助にしたいと考えていた。それが、移民の代表として、帰化ニブノス人として、自分が拠って立つ基盤でありなすべきことと信じていたからだ。

SCENE7. 灯火を手に


「我がニブノスはみな、同じ人工的環境の中に暮らしています。その環境を維持するためには、自分以外の誰かが必要であることを、我々は知っています」
7割弱の得票を収めて、大統領へと当選したヴァーツラフ・クラマーシュは勝利演説をそう始めた。
「にもかかわらず、ニブノスには深い分断があちこちにありました。みな同じ環境にありながら、分断は甘受すべきものだと私を含め誰しもが思い込んでいました」
 ヴァーツラフの元には、多くの部下や支持者が集まり、神妙にその声を聞いている。
「数々の分断とそれに伴う悲劇は繰り返されました。しかし、同時にその悲劇の中でも信じることをやめず、深い傷を癒やす歩みを止めない人々があらわれ、分断をこらえ、乗り越えることで、ニブノスは今日に至っています。私は分断そのものをなくすことはできないかもしれませんが、大統領として、分断によって刻まれた傷をいやし、回復させる責務を負います」
 ヴァーツラフはそこで渡されたトーチ棒に火をつけ、高く掲げた。
「この灯火は、以後ニブノスを率いる大統領に引き継がれ、分断の潜む闇を打ち消し、ニブノスの歩みを、槌音を、航路を照らして進むでしょう。我らの頭上に陽光なし! されど、我ら灯火を手に、地を掘り、宙を馳せる! ニブノスの光は人智の光!」
歓声と拍手が響き渡り、人々は新たな大統領の誕生を祝った。



 新大統領が演説を決め、感涙をこぼさぬように目を閉じて国歌が流れるのを横目に、側近たちは新体制の情勢についてヒソヒソと話していた。
草薙 大和は妻である草薙 コロナにこそっと聞いた。
「それで議会のほうはどうなっている?」
「自由民権党が41%、恒星党が32%、平等党が23%、諸派4%というところです」
「思ったよりも恒星党が伸ばしたな。大統領選挙より悪い数字か」
「最後に方の汚職疑惑が随分と話題になりましたからね。パールシティ首長は平等党も候補を立てたせいでギリギリ方の娘が通りそうですが、地方議会は少数与党です。平等党も党勢拡大の好機ですし」
「もしも平等党がこちらについてなかったら、大統領選挙もどう転んでいたやら……」
「でもひとまずは勝ちました。これで保険庁長官ですね。内定おめでとうございます」
 ヴァーツラフは国内の重要人物取り込みのために、予め閣僚級のポストを約束して指示を取り付けていた。民間医療会社のトップであり、保険基金を設立して医療改善につとめた草薙の人事は周辺の業界人からも歓迎されている。
 まずは闇医者【1】を通じて、ニブノス医療体制の全容を把握するところからだ。会社は人に任せ、ニブノス国家医療というより大きな問題に挑む意欲に大和は燃えていた。



「それでは、現在、決定した大統領閣僚団を皆様にご紹介させていただきます。
財務省長官、フレデリカ・レヴィ
国務省長官、方伯天。なお、国務省はこれまでの外務通商行政を継承する組織です。
軍務省長官、アマンダ・ダンウッディ
法務省長官、フローレンティン・ディーハルト
内務省長官、私、朔日 睦月
国土庁ならびに運輸庁長官、永見玲央。
経済企画庁長官、葛葉 祓
保険庁長官、草薙大和
労働庁長官、サロメ・ギヨタン
自治庁長官、ベアトリーチェ・フェルミ

 朔日がマスコミに対し、閣僚名簿を読み上げた。先に成立した主要な組織、連邦政府に直轄の官僚団を有していたところは省に、それ以外の単能の新設組織は庁とした新政府行政の骨格を、朔日は作り上げた。とはいえ、管理力が必要となる省にたいして、組織の初代者として手管・人脈を使って創設をしていく庁の仕事は、別種の面白さを与えるだろう。
 これまで個別の小惑星でのマネジメントに終始してきた中から人を探し、移民に求め、必要であれば、他国から引き抜いて、ニブノスは、国家運営に新しい背骨を入れようとしている。それを総体としてまとめる内務省に制度設計者である朔日が座ることに誰も異論はなかった。



「ニブノス・メネディアFTAにブレドムが加わるまでにさほど時間はない。産業競争に生き残り、あまねくニブノス人が飢えることがないようにしなければならない」
 財務省で就任挨拶に立ったフレデリカ財務省長官は言った。
 中央政権への権力集中に際して、フレデリカはニブノス経済の多くを担っている組合とその回している金にナタを振り下ろした。組合内で行われていた社会保険機能を段階的に国家に巻き上げ、その分の税負担を緩和し、政府によるスケールメリットを効かせた効率化を推し進めた。
 同時に組合を連邦管理組合と小惑星府管理組合に分離し、連邦管理組合となれば、人員の給与・身分は連邦政府持ちとした。これによる職域外合併を推し進めたことで統廃合を促した。職能の固いギルド的な側面から、福祉共同体組織としての性格が強化されていった。



 方伯天国務省長官は、着任早々に集中して政治的打撃に晒された。ライアーの援助打ち切りの責任と自身の資金流用スキャンダルの追求であった。それらの批判を引き続き金の力で乗り越えようと画策したが、方の蓄えた金は、ギリギリの得票でパールシティ首長となった娘、美慶が新設するサイバネ球団設立の金で使い切っていた。国務省長官として伯天ができたことは、すでに方針が決まっていたブレドムのFTA入り承認と、フロンティアゲートとの防衛協力に限定されたが、それをまとめきるところまでで、方の政治的寿命は尽きてしまった。
 パールシティを引き継いだ方美慶のほうは、幸いオーナーとなったサイバネ野球団「パールシティー・メテオール」が活躍し、オーナー権利を市民に無料解放したことで、政治的生命を長らえることができたが、議会少数与党の下でできたことは逆に言えばそのくらいのことであった。
 方の後任には、青井国務副長官が立つことになった。親ライアー派であるが、他に人材が当面いなかったことが挙げられる。彼は移民政策と宥和政策を志向していたが、クラマーシュ政権下でどれだけの影響力を発揮できるかは、未だ不明だった。



「駆逐艦以上の全艦艇、地上軍現役戦闘部隊、宇宙軍・地上軍支援部隊及び施設を連邦軍に編入します」
 アマンダ・ダンウッディ軍務省長官は、各小惑星府軍の寄り合い所帯であるニブノス連邦の軍事体制を抜本的に改革しようとしていた。
 この方針は各小惑星府の反発を呼んだが、ニブノスが新体制に移行しているという大きな歴史的・社会的潮流を見誤るほど、各小惑星府も愚かではなかった。また、ここで事を大きくしてしまえば、連邦の分裂を呼び、ニブノスが周辺諸国や域外諸大国の草刈場となるのは自明だったため、彼らはこの政策を渋々ながら受け入れた。
 また、連邦憲兵隊に対しても、アマンダは内務省管轄下に編入し、戦時指揮権だけを軍に残すこととした。強大な連邦軍のチェックアンドバランスのためには必要な措置であったが、この余波をモロに受けたのがロイド・ベンサム連邦憲兵隊少将である。
「警察少将、どうも落ち着かない肩書ですねぇ……」
 あわよくば強大な連邦軍に置いて隠然たる影響力を保持するところが、突然の移籍によりその夢は潰えた。だが、ロイドが築いてきた軍や小惑星府のコネは厳然として残っており、現状の勢威を維持することは可能だった。逆にいえば、「軍に対しては」そこで頭打ちとも言える。
「ならまぁ、内務省長官の地位でも狙ってみるか」
 ロイドは中央政界への野心を胸にいだき、新しい職務に専念することとした。
 そして、軍官衙と軍学校の整備再編も為された。ライアー式とアラコス式が入り混じった歪な教育システムをアラコス型に完全に再建するため、アマンダはアラコス軍のシモーヌ・ルフラン大佐を軍事顧問として招聘し、再建の指導を依頼した。
「私がですか」
「シモーヌさんが最も適任と思いまして。すでにアラコス軍の方にも要請を行っています」
「手回しが良いですね」
「喫緊の課題ですから」
 シモーヌはこの提案を呑み、アラコス軍軍事顧問団長、准将に昇格。アマンダと二人三脚で軍事官僚制・教育改革を推進していくこととした。そのためには、アラコスとの人事交流が不可欠である。アマンダとシモーヌはニブノス連邦軍若手将校のアラコス軍大学への留学制度を制定し、最新のNF57式教育を受けられるよう取り計らった。結果、ニブノス連邦軍はアラコス色を強めていくこととなる。
 これらの改革が一通り終わったあと、アマンダは中期防衛力整備計画を発表した。大型艦の整備がなった今、陳腐化している小型艦の刷新が必要である。現在半数ほどあるライアー製旧式小型艦をアラコスからの輸入と自国ライセンス生産で置き換え、10年で駆逐艦20隻・フリゲート40隻を新鋭のものとすることがアマンダの目標だった。
 また、アマンダはキャバリアー評価試験中隊の赫々たる武勲を見て、宇宙戦闘機の一部をキャバリアーに刷新する事も考えていた。まず50機、10年計画で300機配備という目標は、ニブノス連邦軍の軍事予算に大きな負担を掛けると推定されたが、重力圏がないに等しく、いつでもマイクロフォールドで小惑星都市が奇襲攻撃を受けかねないニブノス連邦の特殊事情から、過大なものとは見なされなかった。
「とはいえ、連邦予算が膨れ上がるのは頭が痛い問題です。財務省としては、ニブノスが誰を仮想敵としてどの程度の軍事力を保有すべきかの具体的な原則を示して頂かなければ」
 フレデリカ・レヴィの苦言に対し、アマンダは即答した。
「仮想敵はブレドムです。彼らに対して全般的に優位であることで、98戦役のような事態を未然に防止し、ニブノス連邦が自らを守る力があることを明確に示して、平和を保ちます」
「ブレドムにそんな力があるとは思えないのだけど?」
「ライアーの莫大な援助を受け復興しつつあるブレドムは、キャバリアー航空艦隊構想として200機のキャバリアーを整備する計画を立てています。将来的には、再び脅威として復活するでしょう――ブレドム現政権のアレイダ親善友好路線に関わらず、です」
「話はわかるのだけれども……軍縮条約を結ぶという路線はないの?」
 フレデリカはため息を付いた。
「それは大統領府と国務省のマターです。軍務省としては平和を軍事力で担保する提案しかできません」
 アマンダの答えに、フレデリカは再びため息を付いた。



 ニブノス連邦の中期防衛力整備計画は、ニブノス連邦においてアラコスの武器取引を取り仕切るアラコスの利益代表、イェルマーク ソーの利権をも拡大していた。
「これを機に、アラコスの影響力をニブノスに拡大し、関係を深化させ、両国の協力関係を強化する。それはアラコスにとっても有益なことだ」
 彼は現代のアラコス人としては珍しい、ニブノスを蛮地と侮らない互恵主義舎だった。だからこそ、アラコスの側からの押し売りではなく、ニブノスの側から求められての武器取引拡大は喜ばしい事態だった。
 彼はアマンダの期待に答え、アラコス重工製キャバリアー50機を即座に揃えてみせた。ローンによる取引を当初アラコス重工は渋っていたが、イェルマークはアラコスにおける自身の影響力を遺憾なく発揮してアラコス重工を説き伏せたのだ。
 それだけではない。彼は互恵主義の観点からニブノスの発展に力を注ぎ、ニブノスと合弁の鉱物資源探査会社を設立し、軍需・民需用工作機械のアラコスからニブノスへの供与を推進しようとした。
 前者においては、未だ手つかずのニブノス深宇宙宙域を、87戦役時のデータもフル活用して有望な鉱脈を探査・発見することを目論み、後者においてはニブノスを軍需のみならず民需においてもNF57体制へと組み込む事を目論んだ彼は、前者においてはニブノス連邦内航路計画の進展と、ニブノス連邦国民のライアー離れの機運を掴みかなりの成功を得た。しかし後者においては話が違った。
「工作機械の提供については型落ちモデルしか認められないと? どういうことです?」
「我々アラコスはニブノスから鉱石を輸入し軍需・民生品を輸出することで交易サイクルが成り立っている。ニブノスにそう簡単にキャッチアップしてもらっては、そのサイクルが崩れる」
 アラコス政府の通商官僚はイェルマークに冷たく告げた。
「つまりアラコスはニブノスを経済的従属下に置き続けたいと」
「そういうことだ」
 イェルマークは憤懣を爆発させた。
「そんな本国の態度が、ライアーのノイシュタット大公ロルフ・シュタインのアレイダ宥和政策を成功させ、ライアー主導のアレイダ新秩序を実現させつつあるのに、未だその古い政策を固守し続けるつもりか! ライアーはアレイダを武力ではなく外交と経済と調略で制圧しつつあるというのに、いつまでも搾取経済一辺倒では、後塵を拝し続けるだけだ!」
「どうやら、君はニブノス暮らしが長くニブノスボケしているようだな?」
「誰がニブノスボケだ、話にならん!」
 交渉は決裂し、アラコス政府の態度は変わることがなかった。また、本来であればニブノスからアラコスへ強く働きかける予定だった方 伯天国務長官が失脚していたことにより、その方向からの交渉も頓挫した。結果として、アラコスからは借款で型落ちの工作機械とその技術指導員を導入することしかできなかった。
 技術指導員はイェルマークに慰めるように言った。
「型落ちですから、キャッチアップは容易です。これが本国の新型機械なら、却って延々とアラコス本土から工作機械の部品輸入を行い続けなければならなかったでしょう」
 ニブノスは若く、未熟な国だ。それはテクノロジーレベルに置いても同じだった。
「まずはこの型落ち工作機械から始め、ニブノスの工業水準を底上げしていく。いずれは……」
 その先のことは、老いた自分ではなくニブノスの若い世代が考えればいいと、イェルマークは思った。



 経済企画庁長官に就任した葛葉 祓は、ニブノスの全産業の活性化と発展を目指すと、就任演説で表明した。
「採掘しただけの石を売る時代は終わりました。今からは鉱石を加工し、ニブノスから破壊的イノベーションを引き起こしていく時代です」
 葛葉が取る策は開発経済学のお手本のような政策展開だった。まずニブノスに労働力の比較優位と税制優遇を生かしてNF57諸国の工場を誘致――発展が遅れている東部を中心に造船造機関連材料工場を、西部にはこれらを支援する機械生産業工場と運輸企業を誘致し、各種工業を始めとする第2次産業を発展させ、それを基軸に第1次産業である鉱業の効率化と生産性向上を推し進め、双方の発展により第3次産業をも発展させるというものだ。
 さらには、第1次・第2次産業の拠点たる鉱山や各種工場の周辺に住宅街や商店街を建設する都市計画や、知財開発のための研究期間設立及び開発知財の普及による安価で高性能な製品開発、知財管理における特許権時効の短縮により知財の全連邦的共有化と知財開発の競争激化を目論むなど斬新な政策も盛り込まれていた。
 この政策は概ね順調な滑り出しを見せた。イェルマークと異なり、ニブノス独自の産業をいきなり構築しようとするのではなく、まず工場誘致という手堅い選択は近隣先進国にとって魅力的なプランだったし、新興工業都市や鉱業都市の都市計画も妥当なものだったからだ。
 ただ、知財関連はやや趣が異なっていた。
「特許期間が短すぎる。これでは新技術を開発する意味がない」
「同じく。これではニブノスに技術を盗まれてしまう」
 NF57やメネディアより遥かに短い特許期間は技術開発と技術輸出のモチベーションを大いに下げるものであり、知財関連分野で大きな不評を受け、葛葉はNF57水準の特許独占期間をニブノスにも適用せざるを得なかった。
 ただ、知財開発研究機関によるオープンソースの技術開示や、特許技術の全連邦的共有化は、そこから新しい技術を生み出すための豊かな土壌を形成することとなり、将来のニブノスにおけるベンチャーの躍進を期待させるものになっていた。
 総論すれば、葛葉のもと、ニブノスは産業国家としての第一歩を踏み出したと言えるだろう。その歩む先を見届けられるのは、若い葛葉にとっての特権だった。



 労働庁長官に就任したサロメ・ギヨタンは、主に労働問題において平等党出身者としての発言力を用い、労使協調路線を国民に訴えかけた。
「共倒れになりかねない際限なき労働争議を避け、建設的な労使協議による労働者の所得や福利厚生の向上を目指すことこそが、我々の進むべき道なのです」
 これは、特に平等党勢力の強いニブノス東部の労働組合勢力において顕著な効果をもたらした。現地平等党労働組合の一部には反発するものもいたが、葛葉が推進したニブノス東部の産業振興策により、新規企業がニブノスに参入してくることはニブノス東部労働者階級の大勢において望ましく、これらと建設的労使関係を結べなければ損をすると労働組合幹部の大勢は一致した見解を持っていた。
 無論、ギヨタンは新規参入企業に対しても建設的労使関係を求めていくよう説得するとともに、労働基準法の改正にも尽力し、労使間協定の調停者、労働者の賃金増大と福利厚生の拡大の推進者として「労使の天使」とまで言われる業績を上げたのである。
「みんなで幸せになろうよ」
 選挙のキャッチフレーズ通り、スムースな労使関係は資本家と労働者、双方を幸せにしていた。
「随分と融和的だが、修正社会主義の範疇と思えばまずは納得できる。今は資本家や中産階級の警戒を避け、労働者の地位向上に邁進することだ。頑張り給え。君の努力に、ニブノス全プロレタリアートの未来がかかっているのだ」
 テレシコフの激励を受け、ギヨタンはますます職務に精励し、建設的労使関係をニブノスの企業・労働者文化の一部とすることにまで成功した。



 自治庁長官に就任したベアトリーチェ・フェルミは、ブレドムに突如飛来した棄民船団の受け入れを推し進めようとしていた。だが、まずは棄民船団がテロリストに加担していること、そしてブレドム内部でも物事を収めようと軍民一体で全力を尽くしていることから、ニブノス東部方面に棄民船団の移民を受け入れる機運と、移民が来る動機の双方を形成することは困難だった。
「僕の試算では、棄民船団がブレドムによって無傷で鹵獲された場合は、ニブノス移民を希望するものは最大でも百万人。その大半はパール・シティやニブノス西部へと移民するだろう。ブレドムが移民船団を撃破してしまった場合はもちろん移民は全滅だ。最良は、ブレドムが棄民船団に中途半端なダメージを与えて移民の大半が他国を目指してしまう状況だが、それはブレドム次第だな……」
 地盤であるボスコムが移民によって飛躍するビジョンは棄てなければならない。彼女は十分に知的だったため、その事実を受け入れざるを得なかった。
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