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【ワールド・ブレドム第3回】驟雨の予感

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【ワールド・ブレドム第3回】驟雨の予感
【!】このシナリオは同世界以外の装備が制限されたシナリオです。
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■時を刻む星環■


scene5.憲法制定


 ブレドム国内で民選憲法制定機運が高まっている中、政商セルハバードの側近であるデュオ・フォーリーは、大胆な視点からの発想を新憲法案に盛り込もうとしていた。
「宇宙の管轄権を有する連邦宇宙政府と、惑星上の管轄権を有する各太陽系の行政府に、連邦王国を分割する?」
 王宮の執務室。デュオの提案に、マハル・エリノス摂政は思わずオウム返しに問いただした。デュオは頷き、普段とは異なる丁寧な口調で、その利点を説明する。
「例えば、各惑星上の行政府の政治制度を惑星や太陽系単位で分割し、各政体間での直接的な摩擦を減らすことができます」
「ディヤウスでは王政を敷くけれども、ケセルリアでは貴族共和制を敷くとか、現地に合った政治体制をそれぞれ敷いて、それを連邦宇宙政府が管轄するのね?」
「そのとおりです。様々な政体を連合条約の名のもとに従えていた、連合条約最盛期の体制に近いと言えるでしょう」
 察しの良さを発揮するマハルに、デュオは頷いてみせる。しかしマハルは浮かぬ顔だ。
「その方策を取ると、各太陽系や惑星の固有文化や政治体制が固まってしまって、将来的に連邦王国の分裂を呼ぶことになるわ。エリノス=ブレドム連邦王国が”連邦”王国であるゆえんは、様々な文化や政体を統合し、王化の名の下に融合させることによって成り立っているから、分断の固定化は望ましくないの」
「分断統治のほうが何かとやりやすい側面もおありでしょうし、メルティング・ポットとして連邦王国を見た際、そこには常に高い熱量と流動性が必要ですし、少なからぬ摩擦も生じます。それでもなお連邦の一体性を重んじられますか?」
 デュオの問いに、マハルは頷いた。
「ええ。それがエリノス=ブレドム連邦王国を統べる、エリノス王家の仕事だもの」
 そこまで言い切られては、デュオとしては引き下がらざるを得ない。
「承知いたしました。しかし、現状摩擦のデメリットが融合のメリットに勝っている状況。マハル殿下も貴族との対立が激しいかと」
 そう告げると、マハルはこめかみを押さえた。
「実際頭が痛い問題だわ。だけど、それも含めてなんとか収めてみせる」
 マハルの確固たる決意に対し、それが身のあるものになればいいが、と案ずるデュオだった。



 エリノス=ブレドム連邦王国総理大臣、クラウス・和賀が民選議会に提出した新憲法草案は以下の通りであった。

・憲法草案
前文
1.国王は国家の元首にして万民平等の守護者である
2.エリノス=ブレドム連邦王国は一体不可分の国家である
3.貴族は貴き者として国民よりも多くの義務と権利を担う
4.国王及び貴族は国民の基本的人権を護るべき者である
5.国王は貴族の任免権を持ち、列侯会議と諮って行う
6.国王は総理大臣の輔弼を受けて政府を統べ軍を統帥し民選議会を招集し解散する
7.憲法改正の条件は制定時と同じとする

貴族院500名、民選院600名の二院制
貴族議員は貴族から代表四百名、勅選議員百名は国王が選び任期はない
勅選議員は国王が任免権を持つ
民選議員任期は1期5年
総理大臣任期は最長通算15年まで
総理大臣は貴族院と民選院の投票によって議院が指名し、国王が任命
各院は会期制、会期中は首都に詰める

司法権を貴族院
立法権を民選院
行政権は内閣
の三権分立とする

弾劾裁判は列公会議が行う

民選院と貴族院が捻じれた場合は国王が調停する
国王は列公会議と総理大臣の輔弼を受け諮問を行う
30日間を時限とし調停期間が過ぎ、民選院で2/3以上の票数で可決された場合は民選院の評決が優先される
調停期間中議会の会期は延長する

総理大臣は民選議員から選出する
選挙で選ばれた貴族は民選議員として扱う
国防大臣は現役軍人を除く民選議員、宮内大臣は貴族議員から選出する
大臣は過半数を民選議員とし、総理が任命する
烏丸外務大臣を前例として民間人の大臣登用も認める

以上、総理大臣が奏上し、国王と摂政が発布する

 この新憲法草案は各地で論議の種になった。これまで王族を貴族が補筆する政治形態しか知らなかった貴族は、大幅な権利の削減と感じ、強い抵抗感を顕にした。一方で、臣民及びその信任を得た民選議員たちの中でも、急進派は貴族に対して譲歩しすぎと反駁し、百家争鳴の状態となったのである。
 また、マハル摂政はこの憲法案を支持していたが、彼女をセルハバードの傀儡とみなす貴族もまた多く、貴族と王族の間での相互不信も高まりつつあった。
 そのため貴族派、民主派ともに、妥協点を見出す必要性が強く生じていた。
 和賀は事前に列公会議に新憲法草案を提示し、「列公会議の権限は国王の諮問機関であること、そして唯一の弾劾裁判権を持っていることにあります。列公会議の重要性は新憲法下においてもいささかも変わりはしません。いや、却って貴族に対する相対的な権限は大きくなります。ですので、貴族諸侯に対しての説得をお願いしたいのですが」と説得・要請していたし、列公会議の構成員たる大貴族たちもまた、時勢を観るに敏であったが故に、妥協は成立したが、その下の有象無象は誰かがなんとかしてまとめないといけない、と、和賀も列公会議諸公も感じていた。
 結局、民主派については連立与党が、貴族諸侯に対しては列公会議が説得に当たることとなったが、問題はどちらも動かせる人材が少ないことだった。だが、意外なところで意外な人材が協力してくれたのである。



 マハル摂政と貴族の対立を懸念する宇宙鏡ブレドム管区大司教、佐門 伽傳は、貴族内部の仲裁工作に踏み込んでいた。彼はケセルリア大公公子コンラート・ラスドアに相まみえ、彼を説得することにより、目的を達成しようとしていた。
「ライドナー大公は軍での地位があり、ラスドア大公は裁判にかかりきりだ。今動ける大物はコンラート公子のみ、しかしまだまだ貫目が足りぬ。貴族社会での影響力を付けてもらうためにも、ここはひとつ動いていただくべきであろう――それに、一貫して民衆と平和のために動かれたのは公子殿下のみであれば、宇宙教としても支持し、力をつけてもらわねばならぬ」
 佐門は早速、ケセルリア首都サラスヴァティーのラスドア大公邸へと向かった。
「これは御坊、よくおいでなさいました」
 公子コンラートは佐門を快く出迎えた。佐門は世間話のような口調で、コンラートに告げる。
「ところで、新憲法案であるが、あまり貴族の権利を削りすぎても貴族院の賛成は得られまい、と、総理がこぼしておられたのを小耳に挟み申した。もっともな話であろうな」
「ほう。民主主義派には妥協の余地があると? マハル摂政殿下は彼らの意見を積極的に取り入れようとなさっておいでですが、なれば妥協もできそうですね」
 コンラートは微笑んで言葉を返す。佐門はここぞとばかりに踏み込んだ。
「改憲案には貴族の地位や権利も、制限付きとはいえ明記される。これは翻っていえば、貴族の地位が王室ではなく”臣民”そして”国家”によってお墨付きを得たということであろう。それは、民選議員の力が増しても、貴族は高貴なる者の勤めを果たし堂々としていれば良いということでもある。そも大枠として、王室と貴族が臣民を導く形は変わらぬ。たしかに今までなかった枷を掛けられるのは違和感があろうが、為すべきことを為すにおいて何ら不自由はない体制と、拙僧は考えておる」
「臣民の下からの改革の中でも、貴族の権利が保証されること、それだけで十分な妥協と言えるでしょう。そして、高貴なる者の勤めを果たすための制度が整備されることは、実に喜ばしいことです。ですが――これは貴族に対する軛であると反発するものも多いのが現状でしょう」
 憂い顔のコンラートを、佐門は力強く励ました。
「コンラート殿はまだ貴族の中では若手かもしれぬが、ラスドア大公家の継嗣であるコンラート殿を無下にあしらうものはおらぬであろう。むしろ年若いものが率先して未来を語ればこそ、より良い明日を築いていくことができるというもの。拙僧もエリノス=ブレドム連邦王国大司教区大司教として、コンラート殿を積極的に支援していきますぞ」
 佐門は思う。新憲法の内容次第で、高貴なる者の義務を果たせぬ貴族はやがて没落していくだろう。しかし、コンラートは内戦中一貫して民を思い高貴なる者の義務を果たしてきたと佐門は感じていた。だからこそ、コンラートに貴族説得を依頼し、自らもその後援を為すと明言したのだ。
 コンラートであれば、ライドナー侯とともに率先して貴族の務めを果たすことにより、ラスドア派の求心力となり、民に慕われる貴族階級の盟主足りうると信じてのことである。
 ややあって、コンラートは頷いた。
「御坊の言葉、よくよく吟味させていただきました。その上で、貴族を取りまとめるよう、私からも動いてみましょう――もちろん臣民代表との折衝も並行いたしますが」
「ありがたき幸せに存じまする。クリエイター(創造主)の導きがあらんことを祈っておりますぞ」
 佐門は頭を深々と下げ、ラスドア大公邸を辞去した。



 その一方で、貴族の権利制限に対し厳しすぎる態度をとりがちなマハル摂政を諌めるものもいる。エリノス王家の内親王、カルティカ・エリノスは、とかく貴族と対立しがちなマハルの態度を軟化させようとしていた。
「マハル様。憲法改正案の方、なんだか大変みたいですね。今日も女官たちが、このままじゃ和賀首相がセルハバードみたいな髪型になってしまうといっていましたよ」
 貴族諸侯との折衝を終えて、ヘトヘトになっているマハルのもとに、気分の落ち着く紅茶を入れにやってきたカルティカは、そのように冗談めかしていった。
「ええ……。カルティカ姉さま、そのとおりよ。私までセルハバードみたいな髪型になっちゃうかも」
 マハルはカルティカをいつしか「姉さま」と呼ぶようになっていた。その響きはまだ耳慣れないが、マハルが心を開いてくれているのは、カルティカとしては嬉しくもあり、助かることでもあっった。
「そしたらヒジャブが必要になりますわね」
 カルティカはクスクスと苦笑しながら、カップにルビー色のエリノス・ダージリンを注ぎ、茶菓子も用意した。執務机の前にある小さな机の前に向かい合って座る。
「聞いてよ姉さま、貴族諸侯ったらてんで頭が硬いのよ。今ある権利にしがみついて離そうとしないんだから。たしかにブレドムは貴族の国だし、それに見合った貢献を王家にしてきたことも判ってるわ。だけど、王家が臣民に広く門戸を開こうとするときに、古くからのしきたりと違うからといって、反対するのは筋違いだわ」
 カルティカはマハルの言い分を聞き、これはかなりヒートアップしているな、と、冷静に判断した。まずは茶を嗜むことを勧め、マハルが少しリラックスしてから、彼女に応える。
「きっと、彼らは時代に取り残されようとしているように感じているのでしょうね」
「そんな。私は新しいブレドムのために新憲法草案を支持しているのに……」
 やはりね、と、カルティカは得心する。マハルは聡明でも、まだどこか幼いところや弱い所が残っている。こうやって直情径行に物事を進めようとし、頭打ちになるのも幼さの現れだ。そう思い、優しい声でマハルに問う。
「マハル様の新しいブレドムには、貴族たちも入っているのでしょう?」
 マハルはそこで、目をはっと見開いた。
「もちろん、そのつもりだったけど……」
 どうやら、聡いマハルはカルティカの言い分に気づいたらしい。それを強く印象づけるべく、カルティカは告げる。
「そう、新しいブレドムには自分たちの居場所がない、貴族諸侯はそんな思いを覚えているはずです。時代の変革が早すぎるから、自分たちは取り残されていくのだと……」
「――たしかにそうね、その思いをすくい取り、もっと大事にすべきだったわ……」
 マハルは悄然として応える。カルティカはマハルを励ますように告げた。
「でも、もう大丈夫です。彼らの気持ちに気づいたからには、聡いマハル様ならどうなされればよいか、おわかりでしょう?」
「貴族との決定的反発を招かないための、妥協ね。それについては、和賀総理やコンラート公子も動いてるみたいだから、私としては、これまでの非礼をそれとなく詫びる程度にしておけばいいかしら」
 マハルの答えにカルティカは頷き。
「それはそうと、この前女官たちの間でこんな騒ぎがあったのですよ……」
 そのように、マハルの気の休まる話題を振るのだった。
 一方でカルティカは、貴族諸侯の説得に努めた。
「もはやブレドムが旧体制には戻れないことはおわかりかと思います。しかしそれを気持ちとして受け入れるのもまた難しいと思います。ですから、マハル摂政殿下や民主派の皆様方にも伝わるよう、あなた達の本音と言い分を聞かせてください。存分にお聞きいたします」
 カルティカはそのように、彼らの感情的な凝りをほぐすためあえてそこを表現させるよう努力してみせた。その結果、老人たちの懐古趣味に散々付き合わされたのはご愛嬌だが、彼らの高い誇りとブルジョワやプロレタリアートに対する潜在的な差別意識をも剔抉することに成功した。
「貴族諸侯の心中には、エリノス王家を支え、ブレドム王国を動かしてきた者としての誇り、高貴なる者の義務として弱者たる臣民を庇護する意識と、臣民が自ら力を持ち、同等の権利を要求することに対するほぐし難いしこりがあるようですね……」
 ――誇りを要求するからには、誇りあることをせねばならん。
 ある老貴族がカルティカに言ってのけた言葉が、彼らの心中を一言で代弁していると言えた。
 いずれにせよ、カルティカを通じ、こじれていたマハルと貴族諸侯の関係も改善されていった。マハルは貴族に対して気持ちの上からも妥協的になり、貴族諸侯は決してマハルが自身たちのことを軽んじて憲法改革に打って出たわけではないと理解しつつあった。
 また、この時期、カルティカは傷痍軍人基金を戦後復興財団へと統合させていた。機能的により包括的な後者に前者が統合されることは自然なことであったからだ。



 そして、民主派内部でも貴族との妥協をすべく、アミル・ヴィシャーナは「この新憲法草案では未だ非民主的すぎる」との批判をする民選議院急進派の説得を行っていた。
 彼女は与党3党の急進派議員や、彼らを押さえられる大物議員に面会し、このように新憲法草案の長所を力説した。
「新憲法草案は貴族にかなり妥協していますが、立法権は民選院が持つようにしてあるほか、民選派に理解を示す摂政殿下の権限も大きくしていますので、民選派が一致団結すれば将来的に貴族の権利と義務を小さくすることも可能です」
 それに対する代表的な反論は、司法権を貴族院が握ることにあった。
「いくら立法してもそれを違憲と貴族が問題視すれば通らないのでは民主化は甚だ遠い。いくら摂政殿下の権限が大きく、また議案がこじれた場合の優先権は民選院にあるといえ、まだ過大にすぎる。列公会議の弾劾裁判権も微妙な案件だが、とにかく貴族院全般に裁判権を持たせるのではなく、王立裁判所全体に民選判事の導入を促すべきだ」
「たしかにそれはそうですね……」
 アミルはこの件には同意した。だが、それはさておき民選議院急進派には釘を差すべきことがあった。
「一致協力して民選派がこの新憲法草案に賛成しないと、貴族院議員に圧力がかけられなくなり不首尾になります。ここはあえて、妥協をしていただきたいのです」
 アミルは思う。たしかに、現状では貴族に大幅に妥協した案だ。だが、そうでもしないと貴族側の反発が大きすぎて、内戦まがいの分断が起こりかねない。かといって、これ以上妥協すれば間違いなく民主派は四分五裂する。その際を探りつつ、アミルは説得を続けた。
「貴族会議の酸性を得るために、あえて貴族総理大臣が誕生する道を残していますが、新憲法制定のために耐えて頂きたく存じ上げます。また、列公会議の賛成を得るために、唯一の弾劾裁判権を持たせていますが、これは彼らを懐柔するだけではなく、われわれがしっかりと腐敗しない政治をしていけばよいだけのことです」
 アミルの熱意ある説得に、大連立与党3党の急進派もほだされ、ようやく話はまとまりつつあった。
 そして、アミルは思うのだ。
「養父さん、いつも挨拶回りとかでアチラコチラでへいこらしているけれど、総理大臣って本当に偉いのかしら……?」
 自分が頭を下げる身になって、初めて身に染みる養父の思いだった。



 かくして、新憲法草案は貴族院の不承不承の同意と、民選院の好意的支持を受け、若干の修正を経たものの国王――正確には摂政公であるマハルによって発布された。新時代が、曙光となってエリノス=ブレドム連邦王国全体を照らしているかに見えた。
 しかし、光あるところに影あり、影あるところに闇あり。闇の勢力はこの新時代をも破壊せんと、魔手を伸ばそうとしていた。
 だが、それに立ちはだかる者たちも、また大勢いたのだ。

scene6.立ち向かう者たち


 ライアー系PMC、「ガーベラ・セキュリティ」の社長令嬢納屋 タヱ子は、イレーネ・シェーンブルグSS少将に対し、ある提案を行い、そして困惑を呼んでいた。
「カムダイザー、しかもG型が欲しい、だと……」
 カムダイザー、それはライアー帝国と関係の深いNF57星系アレンス星区で開発されていた、超大型キャバリアーである。G型とは、その中でも「ゴースト」と呼ばれる精神体を駆使し様々な特異能力を発揮する「ゴーストマネージャー」を制御コアとする機体であり、その威力は通常の量産型キャバリアーの数倍に及ぶとされていた。
 しかし、カムダイザーはあくまでアレンスの一部で開発されていたものに過ぎず、ライアーがその製造ノウハウを持っていると考えたのは、タヱ子独特の勘なのか、与太話を真に受けたのか、イレーネには判別がつかなかった。
「カムダイザーは、ない」
 現実認識失調しがちのイレーネがようやく応えると、タヱ子はつまらなそうな顔をした。
「別に、量産型の”CM”や、それに準ずる機体でも良いのですけど。その程度のものもないほど、ライアー帝国は技術的に遅れていましたっけ?」
 後半少し煽りが入っているが、それが却ってイレーネをしゃっきりとさせたようだった。
「ないことはない、だが見返りはなんだ?」
 するとタヱ子はちろりと舌なめずりをして告げる。
「私から出せるものとしては、変異種かつ異能者である私の機体運用データ……ウロボロス機関やケルベロス機関がこぞって欲しがると思いますわよ?」
 胸元にあるエンジェルコアを見せつけながら、そう迫る。イレーネはタヱ子の顎をくいっと持ち上げると、瞳の中を覗き込むようにしていった。
「言っておくが、これを持ち出すからには私のみならずノイシュタット大公殿下も責任を負う。確実に何らかの成果を上げてもらわねば困る」
「もちろんですとも。先日の、降下猟兵系アイドルデビューのように鮮烈にシーンを彩ってみせます」
 たじろぎもせずに答えたタヱ子に、イレーネは目をそらしてため息をつき。
「近日中にブレダ宇宙港に要求物は届ける。君はその慣熟訓練に当たれ」
 そう告げて、去っていった。
 タヱ子は猫のようなミステリアスな表情を浮かべながら、その後姿を見送っていた。
 そして。
「これが、ライアー帝国マクシミリアン機関が開発した、超巨大強襲用キャバリアー”エル=イェール”だ」
 ブレダ宇宙港のライアー帝国軍専用ドッグに、全長百数十mに及ぶ、異型の物体が鎮座していた。上半身は人間に近いシルエットだが、下半身は完全に宇宙機のそれで、巨大な推進用・機体制御用ノズルが各所から突き出し、さらには両肩部分にやはり巨大なビーム砲と電磁シールド発生装置らしきものが備わっている。
「全備質量2万tオーバー、最大推力40万t、イナーシャルキャンセラーでも殺しきれない加速度の塊、ピーキーすぎる機動性と異常な火力性能を持つ、誇大妄想の産物だ。これを開発した技術者は”ライアーの精神が形をとったようだ”と自負したらしいが、私からすると狂気の沙汰としか思えない。果たしてこれが君に使いこなせるかな?」
 さすがに、その異型――エル=イェールを前にして、圧迫感を全く感じないわけではない。傍らの三位一体の異能者も、固唾を飲んでタヱ子の態度を見守っていた。
 するとタヱ子は、少し黙り込んだ後、にまっと微笑み。
「もちろん、使いこなしてみせますとも」
 そう、澄ました顔で答えた。
「ならば、奴らとの最終決戦まで備えておくことだ。おそらくその日は近い」
 イレーネは踵を返して去っていった。
 そして――タヱ子は地獄の訓練に叩き込まれたのである。
「何この機体加速は良いけど挙動が重たい! 振り回される!」
 近衛キャバリアー連隊との合同演習で、妙子はレッドアウトとブラックアウト、バーディゴと、新人パイロットがキャバリアーに登場したとき味わう体験を数倍にして味わっていた。卓越した技量を持ったタヱ子にしてこれであるから、相乗りして制御コアとなっている三位一体の異能者の方はたまったものではない。
 しかし。
「だんだん癖を掴んできましたよ!」
 タヱ子はエル=イェールの制御を、自家薬籠中の物としつつあった。それが最終決戦に間に合うかは、微妙なところであったが。



 ライアー帝国親衛隊国家保安本部第VI局所属、松永 焔子大佐は第2155突撃師団の連隊長、シレーネ・アーカムハイト中佐と会談していた。
「まぁ、今の状況も悪くはないけど。甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるアーシの魅力にメロメロの部下もいるし、牢名主としての清潔も悪くないと思うわけよ。けどさー、アーシほら、こないだのテロ鎮圧でめちゃくちゃ頑張ったじゃん? アーシの周り、アーシに心酔している子ばっかだからこの待遇おかしいっていうんよ。気性の荒い子多いから……ね?」
 暗に、アーシの要求を呑まないと反乱のひとつも起こしてみせるぞと言わんばかりのシレーネの態度にも、焔子は動じない。もとより、この優秀な「教祖様」――アジテーターにしてウォッシャーを利用しようと思っていたのだから。
「宜しいですわ。あなたを筆頭とし、部下の内優秀なものを集め、SS国家保安本部第VI局預かりの諜報員といたしましょう」
 シレーネは身を乗り出した。
「え、マジ!? 話わかるじゃん。そーゆーことならじゃんじゃん協力するし。アーシの信者の方がそっちが使ってるブレドム傭兵なんかよりよっぽど”信頼”できるし」
「それでは、契約成立ですわね」
「ヤッター!」
 万歳するシレーネに、焔子は釘を刺す。
「と言っても、諜報員訓練は厳しいですよ」
「ヘーキヘーキ、アーシら突撃師団で死線をくぐり抜けたし。今更訓練程度でおじけづいたりしないし」
 シレーネは軽い口調で答えたが、その目の奥には鋭い眼光が宿っている。
 ――これは思わぬ拾いものかもしれないわね。
 そう思う焔子と。
 ――今は雌伏の時、有能で忠実な士官として行動してやるじゃん。
 そう思うシレーネ。
 両者の思惑が交錯して、結果として奇妙な協力関係が発生した。
 焔子は対テロ戦争を前提として、ブレドム傭兵の適任者やシレーネの部下たちに諜報員訓練を施し、ブレドム傭兵部隊に送り込んだ。そして、ブレドム傭兵部隊をブレドム各地や航路網の警備にあてがうことにより、ブレドム全土並びにロスマンズ・ロック方面の要所に諜報網を展開することに成功した。
 ただこれはカウンターテロに特化したものであり、ブレドム王国に対する諜報網ではないと説明されていたが、実際のところそのようにも機能するであろうことはライアー、ブレドム両者の暗黙の了解下にあった。
「この諜報網はライアーの貴重な資産になりますわ。恒久的に維持しませんと」
 友邦ブレドムへの諜報機関の浸透について身長なイレーネに対し、焔子はそう言って説得し、その長い腕と繊細な指をブレドム各所へと伸ばしていった。
 その中で特に重要な、首都ジャヴァーリの諜報網は、ライアー帝国の息のかかっている第1師団を中核にしており、そのハブとなるのがシレーネであった。
「アーシなんか期待されてるし? その分頑張れば評価バク上げじゃん?」
 シレーネは不明瞭な物資や資金、ヒトの動きを探っているうちに、テロ組織「オリョール」が、ブレドムでの変異種研究を司る「ルイーザ医局」内部にアセットを確保していることに気づいた。
「見過ごすのも癪だしー、やってやろうじゃん」
 シレーネは「ルイーザ医局」内部に事務方スタッフとして勤務していた「オリョール」への情報提供者を「摘発」した。すなわち焔子に連絡し、逮捕の功を上げさせたのである。
「早速のお手柄ですわね。これからも期待していますわ」
 焔子はそう告げ、シレーネをある構想の中に取り込もうとしていた。
「エキドナ機関」――そう名付けられる、変異種研究及びブレダでの諜報・特殊作戦を目的とする機関を設立し、運用する構想の中に、シレーネも取り込まれようとしていたのである。
「”エキドナ機関”が順調に回り始めれば、ライアーからの投資もフロントのルイーザ医局が医療費と医療研究費として回収できますからね。ライアー帝国の予算は貴重ですのよ。きちんと回収・還流させていかねばなりませんわ」
 焔子は婉然と微笑みながらそうつぶやいた。

scene7.交差する長い手


「この場では、身分や立場というものは、全く無意味ですね……」
 焔生 たまは、広い寝室の大きなベッドの上で裸身を起こし、そうつぶやいた。乱れたシーツの上には。やはり乱れた裸身をさらけ出す妙齢の女性たちが、絡まるようにして眠っている。彼女たちは、たまの愛人たちであり、そして、その中心にあるのは、イレーネ・シェーンブルグSS少将――いや、今は一介の私人としてのイレーネだった。
 やがて、イレーネが目を覚ます。そして、たまの方を恨みがましい眼で見つめる。
「ひどい人ね。年下のくせに、私を散々手玉に取って、一介の女としての浅ましい姿をさらけ出させるなんて」
「イレーネさんが、思ったより可愛らしい反応を見せてくれましたので本気で籠絡したくなりました、そういうことですよ」
 たまの婉然とした微笑みに、イレーネは頬をやや赤く染める。色事にかけては、こと、たまのほうが仕事一筋のイレーネより一枚も二枚も上手であった。
「私の親愛を受け取っていただけたようで、ありがたいですね。彼女たちも、お礼を従っていたものですから」
 たまがそのように告げると、イレーネを女として乱れさせ、その浅ましい姿をさらけ出させた周囲の女性たちも目を覚ます。
「イレーネさんの乱れぶり、とても素敵でしたよ」
 叉沙羅儀 ユウがそのように告げ、ルイーザ・キャロルが憔悴した顔に、しかしわずかに明るさを見せながら、たまに告げる。
「今日……たまさんに逢えて……本当に良かった……」
 すると、リデル・ダイナがルイーザにすり寄る。
「ルイーザのことを思ってるのは、たまだけじゃないにゃ――私も、ルイーザのことが大好きにゃ」
 たまは、イレーネをもてなすため、そしてともすれば潰えそうに見えるルイーザのケアのため、このような饗宴を機会があれば開いていた。その結果として、イレーネはすっかり籠絡されてしまい、ルイーザはかろうじて正気を保ち続けていた。
「皆様、入浴の用意ができました」
 闇医者が、彼女たちを迎えに来る。ここにいるVIPたちのプライベートを覗ける立場は、それなりに深く状況に関わっていなければ得られない。
「ありがとう。それでは、続きはお風呂で致しましょう」
 たまの言葉に、ユウはニッコリと笑い、ルイーザの手を取る。ルイーザははにかみながらもその手を取り、リデルとも手を取り合って浴場へと向かう。そしてたまはイレーネの手を取り、エスコートするように浴場へと向かった。



 たまはルイーザ医局に加え叉沙羅儀医局が変異種能力研究に合流したのみならず、イレーネからライアーの「ケルベロス機関」と研究成果を交換・共有する体制を構築し、さらに松永 焔子SS大佐の防諜部門の協力をも取り付けたことで、ブレドムにおける変異種能力研究開発機関「エキドナ機関」を立ち上げた。
 エキドナ機関は、全アレイダの30%の医療シェアを誇る2大医局が合同して行っている事業であり、その巨大な力と研究成果を背景に、たまは王政社会党内部での地位を著しく高めた。それにより、たまはさらなる検体とコレクションを手に入れ、厚生大臣の地位も手に届くところに見えてきた。
 一方で、ルイーザはストレスから来る自律神経失調の苦痛に耐えながら、たまのために、そしてヒトのあらゆる病を取り除くための研究を進めていた。それは変異種の能力をヒトに移植することで成し遂げられると、ルイーザは自身に言い聞かせていた。
 施術に継ぐ施術、ヒトの身体と変異種の身体の相違点を徹底的に研究するための様々な実験。ヒトと変異種をグラデーションのようにつなぐ接手、逆に直接触れさせず、ヒト部位と変異種部位を信号のみでつなぐ接手。成果があったのは主に後者だったが、前者のほうが成功した場合のパフォーマンスは高かった。
 さらには、エキドナ機関が求める内容は、変異種能力の安定した軍事力化でもあったから、協力な変異種兵士を作り出す研究にもルイーザは駆り出された。鱗や甲羅のような装甲や、多数の武器を扱うための触肢の移植。ケルベロス機関から提供された、感情固定施術「神経ステープラー」の実装。そこにおいては、すでにルイーザのよりどころである医療の進歩によるヒトの救済という概念はかなぐり捨てられていたが、ルイーザは代わりに、ユウやリデルといった共に戦い、愛し合う人々、そして何よりもたまという存在を支えにして、ギリギリのところで正気――常軌を逸した人体実験をもって正気を図ることができるのであれば――を保っていた。
 もちろん、ユウやリデルもただルイーザを愛するヒトとして支えるのみならず、エキドナ機関の運営及び研究分野で支援していた。
 ユウはこの研究をルイーザよりドライに「少数の犠牲をもって多くの救済を行うもの」と認識していたし、たまやルイーザの変異種研究に賭ける情熱と覚悟に対し、自らも彼女らを愛する者として積極的に助けに入りたいと感じていた。
 そのため、ユウはルイーザと研究データを共有しつつ、得意分野に応じて実権範囲の分担を行った。ユウの担当は変異種細胞に対する薬学的アプローチであり、培養した変異種細胞に様々な薬学的処置を行うことでどのような作用と副作用が得られるか、より具体的にはどのような接手が拒絶反応や副作用を押さえて実用化できるかの研究に邁進していた。
「このサンプルに投与した薬剤なら、異能者の筋力を得るためのグラデーション状接手を、拒絶反応無しでヒトに移植できます。これは大発見ですよ、ルイーザさん!」
 ルイーザを励ますため、そして自らの研究の正しさを誇るため、明るく振る舞うユウに、ルイーザは憔悴した、しかしかろうじて折れていない心を表した顔にわずかに笑みを浮かべた。
 もちろん、ユウは合同医局の通常業務もルイーザの負担を減らすために率先して行っていた。その活動は、リデルが実施した両医局の合同時の合理化・組織整理によって格段に効率よく、楽に行えるようになっていた。
「ルイーザをこれ以上無理させられないにゃ……そもそもが、私と違って優しい子だしにゃ……」
 リデルが両医局の合同時に、大幅な合理化と組織整理の方針を打ち上げたのも、その思いあったればこそだ。合同医局――すなわちエキドナ機関のフロント企業はメガコーポと言って良い規模でありながら、リデルの素案宜しきを得て、スムースに有機的かつ合理的な業務提携を実施し、最終的には事実上ひとつの医局として機能するのではないかと思われた。
 もちろん、研究組織も効率化されていた。研究全般を高レベル機密から低レベル機密、そして公開可能なものに何段階下に分けで分類し、医局内の研究員を信頼度に合わせて再配置する。秘匿性の高いものは古参でこれまで深く関わってきた者を、秘匿性の低いところには後ろ暗いところのない「綺麗な」身の者を配置し、研究内容漏洩が最小限に済むように紫美するのみならず、監視システムも強化し、基本的にディープな局面においては監視と防諜が徹底された。それは人事などの部門にも適用され、内部でのヒト・モノ・カネの動きが不明瞭になるようにされた。
 これだけしてなお、リデルは不安を隠しきれなかった。王政社会党はたまが押さえている、組織は自分が押さえている、研究はルイーザとユウが押さえている。しかしそれはひとつ間違えれば吹きこぼれかねない魔女の大釜だ。
「もっと研究を加速するにゃ……魔女の大釜が吹きこぼれないうちに、地獄からの使者が背中に追いつく前に……」
 かくして、研究はさらにヒートアップしていくのだった。



 紫月 幸人はブレドム軍の戦犯刑務所にぶち込まれていたが、司法取引で全てをぶちまけ、死刑だけは免れた。そして、柊 恭也とたまとの間に縁があったこともあり、エキドナ機関へと被験体として引き取られていた。
「はー、被検体って要するにモルモットだよねぇ、何されるかわからないんでビクビクしてたけど、その割には待遇いいなぁ」
 紫月はひとりごちる。被験者を集めた病棟の一角に彼は収容されていた。そこは大部屋で、比較的軽い施術か、あるいはブラセボの投与を受けた者たちが収容される低レベル機密病棟だった。そのためか、病棟内部では比較的自由に活動できるし、他の「患者」とも会話することができる。
 その結果判明したのは、ここが「機関」と呼ばれる医療技術研究機関であること、「機関」の高レベル機密病棟ではかなりヤバめのことをしていること、紫月たちはその対照群として身体をいじられることも少なく、よしんばいじられても死や障害の危険はないこと、などであった。
「煉獄かなぁ、ここは」
 天国にはいけないが、さりとて地獄に落ちるほどの罪を犯していない者が堕ちる場所。紫月は自らの境遇をそう例えたが、この病棟の「患者」は「機関」内部での雑役などに駆り出されることもあり、結局、機密を守るため、出ることはかなわないということを理解させられた。
「んだよぉ、待遇はいいけど飼い殺しじゃないかぁ」
 紫月はこの生活に適応するため、病棟の雑役係に志願することを真剣に考えていた。どうせ出られないなら、せめて平穏の中にもちょっとしたスパイスを自分の人生に組み込むことも悪くないと感じていた。
 手始めとして、低レベル病棟の牢名主となりおおせた紫月は、高レベル病棟の人手が足りなくなるごとに「生贄」になりそうな良さげな「患者」を選んで送り出していた。



 エリノス=ブレドム連邦王国内務大臣、ジャック・リーは、「戦後復興には強い政府が必要であり、連立維持は必須という点から、”超党派で合意した医療政策の推進””島内の引き締め”そのせいかをアピールする”宣伝戦”の実施によって、実績とイメージの両面から党の信頼を回復させる」という大目標に従って、以下の政策を実施しようと試みた。
 まずは、先にジャヴァーリ10区から出馬したキリスト教民主党民選議院である、信貴・ターナーを、彼女の公約通り医療政策の枢要に置こうとした。彼女の人気は王政社会党支持層においても根強く、超党派の医療政策を党を上げて支持することで、連立政権内部の信頼回復と政策実現力を示し、イメージ向上を図ろうとした。
 しかしそこで、党首たるチャマク・ウッタイが難色を示したのである。
「どういうことアルか?」
「焔生 たま議員が、叉沙羅儀医局とルイーザ医局という2大医療メガコーポの支持を受けて、党内でも存在感を発揮し、厚生大臣の地位を狙っている。ここでターナー議員を厚生大臣に据えるとなると、すでに医療分野で実績も多く、昨今では先進医療分野にも影響力を持ち、しかも巨大な医学界と医療産業の支持を得ている大物を敵に回すことになる――いくら人気があるとしても、ターナー議員を、焔生議員を差し置いて厚生大臣にするのは難しい」
「アイヤー、そう来たアルか……しかし焔生議員は少し胡散臭い所があるアルよ」
 リーは内務大臣権限で警察や公安部を動員して党内の扇動者・反党分子摘発を実施していた際、たまの動きの一端を掴んでいたのだ。それはごく些細な――死刑囚の恩赦と引き換えに危険な人体実験を行っているのではないかという疑惑――そう疑惑に過ぎないレベルではあったが、確実にたまの動きを捉えていた。
「流石に相手が大物すぎるアル。とはいえ見過ごせば大きな爆弾を抱えることになるヨ。あなたも私も、重大な決断を強いられているネ」
「たしかに彼女には後ろ暗いところがある。だが、これまで高度医療政策において重要な働きをしてきた彼女をパージするためには確固たる証拠が必要だ。そしてそれは大きな醜聞にもなる。ここは、ターナー議員には医療庁長官で我慢してもらうのが得策そうだ――爆弾とて、信管を叩かなければ安全なのだから」
 ウッタイは額に脂汗をにじませながら決断した。苦渋の決断であることは、容易に理解できた。
 結局、厚生大臣はたまが就任することとなり、信貴はその下の医療庁長官ということで収まったが、ライアーと太いパイプを持ち、機密性の高い、非人道的な研究に参加している可能性のある人間を厚生大臣という要職に置くのは、リーとしては危険極まりない爆弾を党内と内閣内に抱え込むことと同義であった。
「せめて事態が軟着陸するように手を打たないといけないアルね」
 リーは王政社会党のイメージをせめて向上させるため、医療庁の貧民に対する医療保障制度改革や、王政社会党自体が行う福祉事業のアピールにこれ務めることとした。無論、その長い手を振り下ろすかどうかは、彼の意思にかかっていた。



「キリスト教民主党と王政社会党の政策レベルでの超党派連合を成立させて、厚生大臣になる予定だったのに、医療庁長官か……しかも厚生大臣の椅子に座ったのはうさんくさい女だし!」
 信貴は状況がどうにも気に入らなかった。確かに超党派連合により、王政社会党主導で、キリスト教民主党協力の大きな政策を実現できたと、連立反対派の批判を封じ込めることには成功したし、超党派連合所属議員に対するカウンターテロは、王政社会党内部の反党分子摘発に寄与していた。一向に出てこようとしないレフに対しても、挑発的なメッセージを送りつけることすらできた。
 これにより、医療庁は設立され、公約は果たされ、プロレタリアート階級への手厚い医療保障制度がスタートしようとしているところまでこぎつけ、レフに同調するようなあぶれ者たちを駆逐することで、彼女の人気は、政界のジャンヌ・ダルクとしての水準を維持するどころか、さらに高まりを見せていた。
 しかし、あの焔生 たまという大物議員からは、危険な匂いがすると、信貴は戦闘者の勘でかぎつけていた。リーから彼女が抱えている疑惑を知ったとき、匂いは確信へと変わった。
「あの女を排除しないと、ブレドムの真の医療改革は達成されない!」
 信貴はそう意気込むが、実際のところ、まさか乗り込んでいって腕力で締め上げるわけにも行かず、リーの手助けなしではたまを排除することは不可能と見えた。
「ここは着実に医療改革を進めていって、王政社会党とキリスト教民主党左派との超党派連合を維持して、時を待つべきかもね……」
 我ながら歯がゆいと、信貴は思った。

scene8.未来を目指す路


 エリノス=ブレドム連邦王国植民開発大臣にして、列公会議議員・ウルヴァシー侯となったアイン・ハートビーツは、ロスマンズ・ロック宙域の王化――すなわちブレドム化を目指していた。
 ロスマンズ・ロック宙域には数十万の自由移民が私武装勢力として居住しており、彼らはアウタルキッシュな自活経済と海賊などの略奪行為で生計を立てていたが、アインは彼らに対し、まずもってブレドム産の水と食料を輸出、バーターでロスマンズ・ロック産の鉱石を輸入する協定を結んだ。
 これはロスマンズ・ロック宙域が単純に利益を選んだわけではなく、アインの動かせる実働戦力が、ロスマンズ・ロック海賊の戦力を超えていたため、やむなく交渉の席についたという側面もある。
 ライアー支配とライアー撤退を経て、ロスマンズ・ロックの住民たちは自分たち以外の外部勢力に頼らない自主独立の気風を確立していたが、それは同時に孤立と停滞を呼んでいた。
 そんな中、アインが提示した条件での貿易と、開発計画、そして新たなる文化の流入は、ロスマンズ・ロックに新風を吹き込んでいた。
 ロスマンズ・ロックの鉱山は収益性がさほど高くなかったが、移住ブレドム人による開発の結果、外貨を獲得し、ブレドムの物資や文化を輸入するには十分な成果を上げ始めていた。
 また、アインはイーゴリ~キランド間の仮設航路を敷設することで、ロスマンズ・ロック内部の経済をも流動化・活性化しようと試みた。これはさらなるロスマンズ・ロック住民や移住ブレドム人の雇用需要を拡大し、経済の活性化を促していた。完成した暁には、シナジー効果でさらなる経済活性化が望めるだろう。
 そして、アインはイーゴリとキランドの両方に文化放送施設を建造し、ブレドム産文化による「空気」の活性化も試みていた。停滞していたロスマンズ・ロック社会の空気は、経済の活性化だけでなく、目新しい文化の流入によっても活性化し、開発効率は上昇の一途をたどっていた。
「効いてる効いてる。これだけやれば、ロスマンズ・ロックの自由移民たちもブレドムの王化を受け入れるよね」
 アインは、自身が行ったイーゴリ~キランド音楽ツアーの観客の熱狂的な反応を思い返しながら、そうつぶやいた。
 今やロスマンズ・ロックの自由移民たちにとって、ブレドムのもたらす恩恵は必要不可欠なものとなろうとしていた。



 エリノス=ブレドム連邦王国外務大臣、烏丸 秀は、パールシティ国際会議で、ニブノスとの終戦交渉及びFTA締結に向け交渉を行っていた。
 終戦における問題となっていたのは、ライアー帝国が撃沈して「しまった」大型巡洋艦エウクレイデス号をめぐるライアーとアラコスとの軍事的緊張であった。ブレドムとニブノスが和平したとしても、ライアーとアラコスが――ひいてはNF57やアレイダ諸国も巻き込んで――開戦してしまっては、和平などあっという間に吹き飛んでしまう。
 そこで烏丸は。パテル・ヴィシャーナに、ライアー要人であるライム・フォイエルヘルト伯爵令嬢に向け、ライアーがブレドムに、ブレドムがニブノスに、ニブノスがアラコスにそれぞれ何らかの形で補償を行う玉突き方式の保証を行い、誰もが損をせず、緊迫したアレイダ情勢をうまくまとめる策を授けて向かわせた。烏丸は書状にこう書いてあった。
「これには以下の利点がある。
・ライアーは公式に大巡撃沈を否定できる。
・ブレドムは和平の懸案事項であるヌーベル・シュヴァリエ返還に関して面子を傷つけずに返還できる。
・ニブノスのクラマーシュ政権は間もなく行われる選挙に向けて大きな外交得点を上げられる。
・ニブノス国民は久々のブレドムへの外交的勝利に気を取られ大巡問題の興味が薄れる。
・アラコスは資源戦争での敗北による不況に喘ぎ、また国内が百家争鳴状態であり、進出よりかは賠償金による経済を立て直しを優先したいと予想される為、資金供与と面子を保つことを優先するだろう。
・もしアラコスが後から秘密賠償を暴露しても、表向きライアーはアラコスに金を払っていない為言い逃れできる」
 それが的を射て、事態の円満な解決となったのは、本命であるアレイダ星環構想を進めたい烏丸にとって最善の結末だった。
 だからこそ、彼はパール・シティ国際会議において面子を保ち、閉会後に以下の談話を発表することができた。
「エリノス=ブレドム連邦王国とニブノス連邦の戦争状態終結を祝し、主催の労を取った方長官に感謝します。今回の会議で、我々はアレイダにおける軍事的緊張の緩和に成功しました。アレイダ星環構想は、まさにこれをひとつの目的としています」
 カメラのフラッシュが明滅する中、優男の外相はにこやかに微笑みながら、堂々と持論を展開し、マハルの――いやエリノス=ブレドム連邦王国の意を代弁する者として立ち現れていた。
「アレイダ各国間、または周辺国家を含めた問題が起きた時に、当事国のみで解決しようとせず、各国が仲介や話し合いの場を提供する事で”最悪の事態”を防ぐ事。アレイダ星環構想、そしてマハル摂政殿下の理想はここにあるのです」
 そして、その威を持って、全アレイダに、そしてNF57とライアーに告げるのだ。
「我々ブレドムはかつて大ブレドム主義という愚かな選択を選び、そして無惨に失敗しました。それは、ブレドムが視野狭窄に陥り、己の国のみで全ての物事の”最終的解決”が為せると思ってしまったからです。我々は二度と同じ過ちを繰り返しません。今後アレイダにおいて如何なる問題が起ころうとも、各国は協力して”最悪の事態”を防ぎ、そして互助・互恵関係を築いていける事を、この会議は示したと考えています」
 談話はすぐさま、全アレイダにフォールドプローブで中継され、さらにはNF57やライアーにも伝わっていった。アレイダの団結をアピールする烏丸の姿は、まさに彼がアレイダ外交界に突如として現れた彗星であるかのように輝いて見えた。
「烏丸の旦那も大きく出たね! こりゃ当面アレイダ中は旦那の大ボラで持ちきりだよ!」
 烏丸お抱えのジャーナリスト、アイラ・シュトラもまた、カメラのシャッターを切り、ボイスレコーダーで談話を録音しながら、胸の高まりを押さえきれなかった。もしかして、もしかすれば、何もかもが上手く行けば、あるいは烏丸は本当に汎アレイダ構想を実現してしまうかもしれない――金のためなら何でもする彼女ですら、そんな歴史的展望を抱いてしまうような、夢のような瞬間が目前にあった。
「こりゃあ、メネディアの現実主義者でもタラされるかもねえ……全く、人たらしだよ旦那は」
 口ではそう言いながらも、無邪気な笑みがこみ上げてくるのを止められないアイラだった。



 烏丸のエージェントである変異種の少女、ダーシャ・ジャイナは、はるばるグレイバールに、アタルヴァン元親王の遺体を引き取りに来ていた。
 グレイバール政府は、この挫折した理想家、失敗した革命家、惨禍を招いた善意の人の遺体を正直持て余していた。友好国化を図っているニブノスにとっては疫病神である彼の遺体は、はっきりいってしまえば奥歯に挟まったもののような違和感をニブノスとの関係において生じさせるものだったからだ。
 ダーシャはその感情につけ込み、グレイバール政府からアタルヴァン親王の遺体を回収することに成功した。ブレドムからグレイバールに、遺体運搬船が派遣されることとなった。この船にはグレイバール向け外交使節が乗り込んでおり、遥か彼方の先進星区と修好をなすことをも兼ねていた。
 そう。我々は単なるライアーの属国ではなく、アレイダのれっきとした国家であると示すために。



 PMC「亡命ニブノス軍」のリーダー、葦原 瑞穂大佐は、「ヌーベル・シュヴァリエ」をニブノスに返還するための非武装化作業の責任者として働いていた。ブレドム内戦において、性能に優れるが交換部品の入手に難のあるヌーベル・シュヴァリエは予備艦として保管されていたが、その状態はけして良いものではなかった。
 瑞穂は、98戦役のスライダル・ポイント決戦で、艦橋を吹き飛ばされ拿捕されたヌーベル・シュヴァリエと、艦橋にいた乗員たちの命を、心の底から惜しみ、嘆いていたから、こうしてヌーベル・シュヴァリエがニブノスに帰ることに喜びと幾ばくかの寂寞感を覚えていた。
「あなたはニブノスに帰れるのね……」
 白銀の艦体に手を触れながら、一時の感傷にふける瑞穂だった。



 エリノス=ブレドム連邦王国陸軍総司令官、エリア・スミス中将は、ライアー帝国内にあり、経済上の要地として知られる、シュライセンベルグ太陽系の主都星ダニガン星、その経済特区である軌道都市を訪れ、圧倒的なスケールの人工建造物群と、それを成り立たせるブレドムでは考えられない経済繁栄を目の当たりにしていた。
「どう? ライアー最大の経済特区の感想は」
 お上りさんをからかう口調で問う、エリアと同い年くらいの、カジュアルなドレスを着た娘は、ライム・フォイエルヘルト伯爵令嬢だ。
「とても先進的だと思います」
 エリアは動揺を感じ取らせないよう、ライムに向かって答えた。その薪炭を見抜いたかのように、ライムは笑うと、エリアを手招きする。
「そんなに堅苦しくならないで。こちらでウィンドウショッピングでもしましょう?」
 ――遊んでいる暇はない、のだけど。
 エリアはそう思いながらも、ライムに付き合ってしまう。何しろ相手は、ライアー貴族派の頭脳であり、シュライセンベルク大公家を通じてノイシュタット大公ロルフ・シュタインとも親しい要人なのだ。
 そして、年頃の女性らしい時間を一通り楽しんだ後、カフェに入ったエリアは、客がすべて護衛とすり替わっていることに気づく。
「さすが元SAS、慧眼ね」
 ライムはいたずらっぽく笑うと、厳重に守られたカフェの片隅で会話を始めた。
「あなたが当面必要としているものはリストアップしてブレドムに送らせたわ。投資勧誘に関しては、今対ブレドム投資がノイシュタットでは過熱気味だけど、シュライセンベルクではそれほどでもないから、余力を回すことはできるわよ」
 ライムの早手回しに、エリアは心底から礼をいいつつ、アレイダの将来へと話を継ぐ。
「ありがとう。ブレドムはこれからどんどん力をつけていく。アレイダもよ。星環構想は着実に回り始めているし、NF57もアレイダ縦貫航路構想を展開しているわ。NF57も含めたアレイダの秩序を、考える時が来ているのよ」
 ライムはカフェラテを啜り、そして答えた。
「その件については、デネヴと、アレンスの商業都市”カムシティ”で話をつけてきたわ。デネヴはアラコスとグレイバールをさんざん焚き付けたみたいだけど、軍事力の直接行使をするつもりはないらしいし、対ライアー政策も理性的。エウクレイデス号処分が終われば、デネヴとだって協力し合えるわ。さしあたってはアレイダ中立条約の締結と、アレイダ開発長期銀行の設立が重要事になるかしら」
 エリアはほっとため息をつく。あの事件がライアーの仕業であることはほぼ確実であったから、へたをすれば01戦役と呼ばれるであろう、星系間戦役が始まっていた可能性すらあるのだ。そして、デネブとすら協力できるだろうというライムの言葉と具体的な構想に、懸念を抱く。
「それは朗報だわ。だけど、そのためにはアレイダがひとつになりつつ、ライアーとNF57双方の接手となる必要がある。ブレドムがライアーの、ニブノスがアラコスの、属国同然の立場ではうまく行かない」
 ライムは、エリアの言いたいことを鋭く察したようだった。
「だからこそのアレイダ星環構想だけど、今のアレイダではせいぜいNF57の1星区かライアーの1大公領程度の実力しかないから、ライアーやNF57の過剰な介入があれば、接手としてなりたたなくなってしまう。ライアーと異なり、アレイダをあくまで辺境の植民地としてしか見なしていないアラコスやグレイバールは、それを簡単に壊してしまいかねない。そういうことね」
 エリアは頷く。
「そう。だから、国力はどんどん増大していきたいわ。ブレドムだけでも、今の人口の10倍を維持できるくらいの国力を。ライアーはそれを是認できる?」
 その問いに、ライムは少し黙り込んだ後、エリアを見つめて言った。。
「――”接手としての強度”を求めるなら、それだけの力はほしい反面、相対的に強くなりすぎると、NF57と野合してでも、アレイダを分割することも考慮しなければならないわ。だから、一緒に強くなりましょう? 私達が強くなれば、あなた達が強くあっても許容できるから」
 エリアは頷いた。
「現在の総統も、シュライセンベルク大公も、ノイシュタット大公も、そしてあなたも含め、ライアーの指導者は皆若い。ブレドムも同様に。長い時間を共にするのだから、建設的な関係を築いていきたいわね」
 すると、ライムはにこやかに微笑んだ。
「私も、ロルフも、そういう関係を望んでいるわ」
 それはエリアにとって、そしてブレドムにとって、アレイダにとっての朗報だった。

scene9.アレイダ新秩序の胎動


 メネディア共和国国務省総合安全保障局長、美原 ぐりーんは、各国がメネディアに提案してきた航路案についての最終評価報告を政府に提出した。
 その内容は、ブレドム案の内、ロスマンズ・ロック航路構想を正式に承認し、「アレイダ星環構想」についても、前向きに検討すべきである一方、ライアーとアラコスの案については、ライアー案が事実上観測気球で終わってしまったこと、ライアーとアラコスの間で、危機は回避されたとはいえいまだアラコスにおいて反ライアー感情が世論の一方の軸としてあることを鑑み、等距離外交の視点からこれを却下するという基調であった。
 さらに、ぐりーんは一歩踏み込み、汎アレイダ主義の高まりを念頭に、アレイダ星環構想を支持する文面を報告書に入れた。
「アレイダ星環構想において、関係改善の兆しが見えるとはいえまだ円滑な関係とは程遠いブレドムとニブノスの間をメネディアが取り持ち、3カ国を中心とする宙域の安定と経済成長を図ることにより、長年、多くのアレイダ人が望みつつも実現は夢だと思われ続けていたアレイダ統合が現実味を帯びます」
 ぐりーんは、さらに以下の文面を付箋に書き込んでいた。
「まずはアレイダの経済統合を目指し、その実現後、政治統合への移行を各国間で協議すべきです。経済統合による広大な貿易市場の誕生は、メネディア企業の競争力を高め、近い将来、対NF57貿易自由化の大前提となる、NF57企業との市場競争に耐え得るだけの実力の獲得をもたしてくれるでしょう」
 そして、こうも報告書に書き記すのだ。
「なお、対ライアー/NF57外交においては、ライアーと安全保障協定であるライゼル条約を結んだ時代とは国際環境が異なり、ライアーとNF57の勢力がアレイダで拮抗しているため、両勢力との関係強化は慎重に行うべきです。現状政府で検討されている、全航路案を受諾する方式では、国論が親NF57勢力と親ライアー勢力、はては汎アレイダ主義勢力まで加わる形で分断され、深刻な対立状態と、諸外国の介入を招きかねません」
 これはメネディアの伝統的政策からかなり逸脱した、熱烈な汎アレイダ主義者の主張と言ってよかった。NF57・ライアーに対しては等距離外交の持続を求める一方で、汎アレイダ主義政策には強い理解を示す態度で書かれた最終報告書は、メネディア政府内部で議論の種となった。
 ただ、最後の付箋は意味深だった。
「グレイバールによる、アレイダ南北縦貫道のグレードアップは、地政学的にフロンティア・ゲート、ニブノス、メネディアを強固に結ぶものとなります。これについては、アレイダ星環構想の一部として組み込むにしろ、そうでないにしろ、柔軟かつ慎重な対応が必要です」
 この報告書を受け、最終的にメネディア政府は、慎重に様子を見つつも、汎アレイダ主義の方向へと舵を切るとを決断した。無論、高邁な理想のためではない。冷徹な国家理性のもとの判断であったし、ぐりーんもそれを十分に備えていた。その上で、汎アレイダ主義という選択肢を選んだのだ。
「政府は、動いた。後は立法府と国民の支持を得るだけ。そのために、なにをしなければいけないか、よくよく考えないとね」
 ぐりーんはそう呟きつつ、メネディア国内での世論の動きに注意を払っていた。



 在ブレドム・メネディア大使館付武官、長島 ボンノ大尉は、ぐりーんからの「個人的依頼」を受け、アレイダ統合の動きに対するNF57諸星区――特にアラコスとグレイバールの反応を見極めるべく、駐在武官として培った手練手管と人脈を駆使して情報収集に走った。
「現時点でのアレイダ統合の旗振り役は、ライアーの伝統的友好国のブレドム、それに同盟国――実質的には属国だったメネディアとニブノスが追随してるってんだから、政府や軍部は、”アレイダ統合を目指す動きの背後にはライアーがいる”って思ってる筈だ」
 長島の基本的な判断は自ら得た情報により裏付けられた。アラコス、グレイバール共に汎アレイダ構想をライアーが「主導」していると判断していた。実際は、烏丸外相の政治手腕が卓越していたのだが。
 ともあれ、主導者がライアーであろうがブレドムであろうが、その目的については、長島は以下のように考えていた。
「統合が実現してアレイダが安定すりゃあ、広大な貿易市場が誕生する訳だから、経済界には期待を寄せてる連中もいるだろうさ」
 特に、アレイダに広大な自由貿易市場ができて喜ぶライアー勢力といえば、ノイシュタット大公領である。ロルフ・シュタインはさぞかし笑いが止まらないだろうと長島は思った。
「全般的に見れば、直ちに妨害に動こうとまではしないにせよ、好意的な反応は殆ど期待出来ねぇと考えた方が良いだろうな」
 長島の読みは正しく、アラコスとグレイバールはフロンティアゲート~ニブノス~メネディアを結ぶ南北縦貫航路を形成し、アレイダ星環構想に対抗しようとしているように見えた。
 また、グレイバールはニブノス幹線航路のグレードアップに自国資本をねじ込んでフロンティア・ゲート~ニブノス~メネディアの南北縦貫航路構想をゴリ押ししているし、アラコスはニブノスの軍需を押さえに行くという形で、ニブノスに強くコミットメントし、ライアー色の強くなったニブノスをNF57側に引きずり戻そうと、ひいてはライアー勢力をブレドムに孤立化させようという意図をむき出しにしていた。
 それは、アレイダを辺境の植民地、アレイダ人を未開の蛮族と決めつけて、高圧的に振る舞って来た過去の態度と何ら変わるところのないものであった。
 この有様に、長島は嘆息せざるを得なかった。
「ったく、マインなんとかって近地球圏の貴族サマがやってきて、連合条約の消滅が明らかになったおかげで、アレンスやデネヴの方じゃあ、”連合条約に代わる新たな国際秩序が必要だ”なんて、一昔前では考えられないような議論も持ち上がってるって御時世によォ。まぁ、何世代にも渡って意識の中に刷り込まれてきた固定観念が変化するには、長い時間がかかるってコトだろうなぁ……」
 彼の顔には自嘲的な笑みが浮かんでいた。



 ブレドム王国軍参謀本部計画部軍政課編成班長、太田 エリナ大佐は、アレイダ諸国との緊張緩和のため、アレイダ1周艦隊を派遣することを提案した。
 具体的な計画案としては、重巡洋艦を旗艦とする大規模な練習艦隊「白色艦隊」を編成し、親善航海を行うのみならず、機構先では可能な限り他国艦艇との共同訓練を実施し、軍レベルでの友好・信頼関係を重視していき、さらには、寄港先政府・軍幹部を表敬訪問するとともに、現地住民にブレドム軍艦を一般開放しやはり親善にこれ務めるというものであった。
「この計画が成功した暁には、アレイダ諸国に対する友好関係を、軍部サイドから支援し得ると考えます」
 エリナはそう主張したが、統合参謀会議議長チャンドラヤーン大将を始めとする上級軍人層からは、あまり色よい反応は得られなかった。
「現況、復興郵船のブレドム財政に置いて、軍部予算は限られている。だが、親善航海の重要性、ブレドムのアレイダにおける存在感のアピールにもつながるのは理解している。しかし、あまり大規模にやれば”大ブレドム主義”の復活を疑われることになりかねない」
「そうですか……」
 不服そうなエリナに対し、チャンドラヤーン大将は慰めるように声を掛けた。
「しかし、親善航海をやりたいというのであれば、王家の御召艦か練習艦隊の一部を用い、比較的小規模かつ、外務省にも根回ししてやってみてはどうかな? 親善航海自体は悪いアイデアではない。殺るつもりがあるなら、私からも烏丸外相、和賀首相に根回ししてみてもよいが」
「そういうことでしたら、お任せいたします」
 エリナはチャンドラヤーンのオフィスを辞去しながら、政治的軍人であるということの難しさを感じていた。



「外務省もライアー人もなぜニブノスとの和平ごときに法外な値を付けたがるのか。対ニブノス政策は和戦両略が必須であり、それを担保するのは軍事力以外にない。にも関わらず、貴重な新鋭重巡をニブノスに返還するのは安全保障を軽んじているのではないか?」
 エリノス=ブレドム連邦王国宇宙軍王立艦隊副司令長官、アリアナ・アマースト中将は、いたくお冠だった。本来彼女は「大ブレドム主義」の流れを組む対外拡張派である。激戦地ボスコムの名をとった「ボスコム女伯」という地位を名乗っているのがその現れだ。内戦を早期終結すべきと行動したのも、再度外に売ってでんと体制を固めるためにほかならない。
 そんな彼女からすれば、「ヌーベル・シュヴァリエ」譲渡――彼女の中では譲渡であった――はニブノス軍との戦力格差を劣位とし、攻勢どころが防御すら困難にさせるものとして忌避されるべき事態であった。
「従来の重巡保有比率は6対3で2倍だったが、ライアーの求めに応じることで5対3にまで悪化してしまう。グレイバール艦やパテンカイトス号をラクシュミーで埋め合わせたとしても、質を加味した戦力比は完全な劣位に転落する。ライアーからの代艦を得ることで、これを6対5まで巻き返し得るが、ヌーベル・シュヴァリエ相当の新鋭艦でなければバランスは取れない。ライアー帝国に置かれては友邦の軍事的安全保障のため、相応の努力をしていただきたい」
 ブレドム宇宙軍きっての艦隊派として知られる彼女は、ライアーからの軍事援助として、重巡6隻ないし巡洋戦艦3隻と、それを維持するための各種援助を要求していたが、それは流石にいかがなものかと、宇宙艦隊総司令官ライドナー大公と統合参謀会議議長チャンドラヤーン大将に制止された。
「この時期、ライアーとしては、アレイダでの緊張をいたずらに増す行為を控えたいのが実情だ。要求が過大すぎる」
「ジャヴァーリ=セルゲンブフト条約に基づくブレドムとライアーの”対等な”友邦関係は、双方の節度ある行動によって成立している。本来なら属国扱いされても仕方がないところを友邦として扱ってもらえているのだから、外務省としては無理難題をライアーに持ちかけるわけにはいかんし、その流れでいえば、すでに経済援助の面でかなりの”借り”を作っている以上、そこまでの要求は通らんだろうな」
 軍上層部まで及び腰なのかとアリアナは憤慨したが、ライアーからの代艦が元SS装甲軍団所属の「アレンス製」重巡洋艦と聞いて、若干胸のつかえが取れた気がした。
 アレンス星区は経済・軍事技術の面でアラコスを上回り、98戦役以降のデタントでライアーに対する武器輸出を再開していた。だが、NF57とライアー帝国の星系間戦争である87戦役で自国製兵器によって攻撃されたトラウマは、アレンスにとって未だ大きく、その輸出数は限られている。ライアーも軍事力の再建で苦しんでいる中、そのような貴重な艦をあえて譲渡してくれていることに、限られた条件の中での最大限の誠意を垣間見ることができた。
 しかし、それはそれとして、彼女は軍事力の均衡と周辺宙域へのプレゼンス強化のため、艦隊戦力の充実のみならずロスマンズ・ロックとウィンズ・ローへの軍事援助を実施し、ウィンズ・ローには小規模な練習艦隊を派遣する計画を立てた。ちょうど大田 エリナ大佐の「アレイダ一周艦隊」構想がはねつけられた後だけに、十分な根回しを内閣府や外務省に行う必要があったが、アリアナとしては逆にそこさえクリアすれば可能であろうと考えていた。



 フォーチュン・マキシマ社ブレダ支社長、ロドリゴ・ディアスは、もうひとつの顔、アレイダ星環構想を実現するための航路敷設公団「アナンタ.inc」の総裁として、航路敷設計画の新たなる段階を模索していた。
「カイラーサの孤立はブレドム国内統一という意味においてよろしくない。そしてカイラーサの鉱物資源はバルコルのFM基幹工場群が必要とする資源だ。ちょうど、カイラーサ~バルコル間にかつての簡易航路が比較的状態の良い形で残存している。ここを再整備し、まずはとにかく開通させよう」
 ディアスはそう呟きながら、航路構想を脳裏に描き始めた。
 まず、ニーベンの東方にあるカイラーサ太陽系及びカイラーサ岩礁から、ニーベン行きのラインとは別に、バルコルへつながるかつての航路を復旧して再度開通させる。然る後、正規航路のないニブノス東部の内航路を整備し、長駆タルガまで航路を延伸させる。
 これにより、カイラーサ~バルコル~ニブノス東部~タルガ~フロンティアゲートと連なる、NF57勢力、特にグレイバールが力を入れているフロンティアゲート~スタメナ~ニブノス幹線部~メネディアを縦貫するアレイダ南北縦貫航路の平行線を構築し、NF57系の計画とも連結することで、文字通りアレイダを一周する新航路を開拓しようというのが、ディアスの野心的なプランであった。
 この航路の特徴にして利点は、グレイバールが手を付けようとしていないニブノス東部内航路の開発と、フロンティア・ゲートから見れば一旦スタメナを通らなければならない現状の南北縦貫航路とことなり、タルガから直接、20光年以上をバイパスしてニブノス東部~バルコル~ブレドム方面へと行き来できることである。
 しかし、グレイバールもニブノスの内航路拡張計画を利用したバイパスをサバル~ウォーロック~タルガと引くことにより、構想の陳腐化を防げるし、現状の南北縦断道の3級航路へのグレードアップを図っている中で、効率に劣る4級航路をあえて平行線として敷設するのは、競争関係としても投資としても不利ではあった。
「予算ばかりかかって得るところは少ないか――カイラーサ=バルコル航路すら、ブレドム王国政府的にはブレダへの中央集権を損なうものと見なしかねない今、このようなプロジェクトを動かす余裕はないか。なら、次はどうするかだが――」
 ディアスはナイトキャップをたしなみながら、次なる策に思いを巡らしていた。
 なお、ディアスはカイラーサ航路について、ジャック・リー内相から許可を受け、カイラーサ岩礁の廃鉱小惑星を利用した中継ステーションを設けること、その廃坑小惑星を拡張し、バトルクラックのレース場や新兵器の試験場を設けることにより、バルコルの名物をカイラーサへと「輸出」することとしていた。



 その頃、FMブレダ支社監査役、ヨーゼフ・ティッセンは、星環構想による利益をさらに拡大するため、FMブレダ支社の立場を「外資」から「必要不可欠な存在」とするための働きかけを行った。
 ティッセンはマハル摂政と会見し、FMブレダ支社がこれまで行ってきた数々の貢献――キャバリアー技術の提供や合弁会社の形成、航路敷設事業などを並べ立て、さらにはヴェイスIIで発掘されたオリジナルキャバリアーの納入前倒しを、有償貸与並びに鹵獲装備の優先研究を条件に行うとの譲歩すら見せた上で、「ぜひとも”王室御用達”の会社と認めていただきたい」と要請した。
 これに対し、マハルは好意を示して「王室御用達」ブランドをFMブレダ支社に与えることに同意した。
「ありがたき幸せでございます」
 ティッセンはうやうやしく頭を下げて謁見の間から退出しながら、王室御用達ブランドがFMブレダ支社の信用を高め、FMブレダ支社本体や、航路敷設公団「アナンタ.inc」の事業に有利に働くであろうことを確信していた。
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