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語れぬ指:罪課さねの烙印

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語れぬ指:罪課さねの烙印
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…※…※…※…




「すみませーん、ちょっと屋根お借りしまーす」
宿屋の隣にくっついている屋根つき台車の周りで仕事をしている女に桜・アライラーは声をかけた。
「へ? あら、まぁ」
 自分にかかる重力の方向性を壁に向かってと操作すれば結果的に壁が地面代わりになる。視点の切り替わりに多少の混乱はあるが慣れれば問題にならない。桜にとっては壁も地面の延長でしなく、移動時に便利に使えるライフハックのひとつである。
「すごいわねー」という女の隣で「そうですねー」とひとが答えた。
 それを見下ろして軽く手を振って落ちる心配もないと示した桜は肺の中の空気を全て出すように息を吐く。
 吸って、満ちていく感覚は自然と心落ち着かせるものがあった。こういう場所だからと緊張感が高まるわけではない。魔障壁が近いという思い込みを排除して、桜は“村で一番高さのある建物”でもある三階建の宿屋の屋根の上で「ふむ」と、まずは一望する。
 ほとんどの家の屋根からは、突き出した煙突からそれぞれに煙を昇らせていた。
 石畳の道は村半ばから城へと続き、家々は道沿いに建ち並び、畑や家畜は村の周囲を囲んでいる。
 穏やかな時間が流れる村よりは石造りの城自体が厳(いかめ)しいシルエットなだけにものものしく見えるし、城の更に奥には聳え立つ山脈のごとく魔障壁が空へと伸び上がっているので城方面がどうしても危険な方角にしか感じられない。
「墓地が……ありませんねー」
 教会は小さいながらも在るようなのに、肝心の墓地がない。金銭を使っての物品の売り買いくらいまでは辛うじて残っているそれなりに保持されている文明圏に死者の弔いが無いのは違和感があった。
 それに墓地こそが村の全貌を解き明かすに押さえておくべき重要な事項のひとつと加えているだけに桜は自然と無言になる。
 ただ、ここからでは見えないだけかもしれない。
 ならば人に聞くのが早いと地上を眺める桜は思わず「あー……」と言葉にならない声を伸ばした。
 今回の依頼は自分だけではなく、イリーゼ・ユークレースエルレンド・ガムラ・ウプサラの二人が参加している。
 三人での長旅であったが、依頼は依頼と割り切ってくれていたので、オフのデートではないと、公私混同せずふたりともきっちりと仕事をこなしてくれるのはよかった。
 よかったのだが。
「何というか、こう、ちょっとしたエスコートとかにレン様の育ちの良さがにじんでしまってますねー……」
 桜は胸中複雑なのだ。
 挨拶ひとつするにも必ずといっていいほど褒めの言葉を織り交ぜてくるのだ。それも極々自然に。褒めるとはおだてるのとは違う。いい気持ちにではなく、穏やかで優しい気分にさせてくれるのが本来の使い方なのではと受け入れてしまうほどに、華美に飾らず細やかなものばかりだが、それ故にエルレンド自身の許容の深さを感じさせた。だから常々、気分はいかがですかや、風が冷たくないですかなどの気遣いの言葉が多く聞こえても、それが彼が常々些細なものであっても注意を払っていてくれること、そのことに甘えていいのだという安心感を生み出していた。
 それがエルレンドの育ちの良さゆえとわかっていても、それを当然のことと享受するイリーゼの態度もまた、嫌味なく自然体なものだから、時に背景が自ら慎み霞んでしまうほど、それはそれは絵になっているのだ。
 今もああしてふたり仲良く買い物をしているだけの風景が、購入したものを渡すだけの行為すら、贈り物の手渡しにしか見えず、
「イリーさんもそれを当然のように受け入れないでくださいー!?」
 こんな屋根の上から言っても仕方がないが、言わずして耐えらもなく、がっくりと桜は両肩を落とした。



…※…




『魔障壁の真隣にある村、ですかぁ……。
 物好きなー、とは思いますがそれはそれ。とりあえず調査したらいいんですよねー?』
 ふむーと間延びした多少引っかかりを覚えつつも了承していた依頼書を眺めた当初の桜を思い出してエルレンドは首を捻る。
「そもそもこの依頼は何が目的なのでしょう?」
 更に言い換えるなら、
「……が、そもそも依頼をしてきた方はどなたなのでしょう?」
 と彼はイリーゼに問うた。
 桜は地理の把握に高所で陣取ったままだ。彼女を案内した女も隣人との世間話をやめれば桜を再度仰ぎ見はするも監視するようにその場には留まらずあっさりと背中を向けて自分の仕事に戻っていった。
「少し待っててください」
 イリーゼに断りを入れて、エルレンドは女の後を追う。
「すみません」
 彼の横にイリーゼも並んだ。残していくとはと目配せだけで行動は共にと伝えられてエルレンドは当然の事でしたねと頷き、ふたり揃う形となって女に視線を戻した。
「お聞きしたいことがあるのですが」
 美少年と美少女の組み合わせに浮世離れしたものを感じたのだろう、同種族と断交に近い隔絶された環境でも美醜の感覚は養われているのか、唖然とする女にエルレンドとイリーゼはまずは敵意が無いのを、
「まずはそうですね。そちらの……花油をいただけますか」
 購買欲を主張することで示した。
 雑貨を売る女に自分達は客の立場であって、会話は世間話程度だと気安さを演出する。
 小さな集落に花油が売られているなど珍しく、香りがよければ寝る前に寝具に振り撒くのも楽しみのひとつになるだろうとエルレンドは包みもせず裸で渡された商品を「どうでしょう?」と掌の上でイリーゼに向けて傾ける。
 宿は金銭の受領はなく、雑貨屋だという眼の前の屋根付き台車。あまりに粗末なものだと感じるも、村の事情からすれば物々交換だけで済む地産地消を維持できる規模なだけ、店舗を構えるほうがおかしいのだろう。売買が形だけでも残っているのはそれが人界では必要な行為だからと説き伏せられ続けているからだと女は笑った。
 外から来る者に向けた品物の中、一番人気の商品が早速売れて女は嬉しそうだった。上機嫌でいる内にと、言葉を重ねてエルレンドは調査の為答えが貰えればと疑問を投げかける。
「ヴァロという名前なら心当たりがあるねぇ」
 冒険者達が依頼人との関係性を追求したくてそこここと振りまいている話題でもあったので、城に住む娘の名前がセシス・ヴァロだというのが知れ渡りつつある。ただ、では依頼人との関係はと深堀りすると途端に村人は皆詳細は知らないと首を横に振った。
 依頼人の正体知れず。名が同じであれば真っ先に血縁を連想するし、大金を用意して冒険者に村を調べさせるというのは何もおかしい話ではないけれど、想像の幅がありすぎる。
 ただ、世間話は続いており、天候には恵まれて井戸も枯れず作物の収穫は例年通りだとか、城主様の施しがなければ冬は厳しいかもなど、話題に花が咲く。
「子供がたくさんおりますのね」
 とそばで遊ぶ子供を目にしてイリーゼが呟けば、
「それだけ老人が減った感じかねぇ。ま、長生きな連中はまだまだ元気そうだけど」
 と、女が答える。自分の母親も孫が産まれた前後くらいで亡くなったと思い出に浸る。イリーゼは黙す。周囲の分かる範囲だけだが、挨拶を交わしてくれる村人を年齢別に分けると、畑の大きさに対して、人口規模も年代別の比率も推移も豊かな地域と然程かわらない気がするからだ。
「その亡くなった方々はどちらに埋葬されるのでしょうかー?」
 頭上から声が降ってくる。ちょうど良い話題に乗っかる形で地面に着地した桜は三人の輪に入った。
「上から見た限りでは墓所が発見できなかったのでー、どちらにあるのかなと思いまして」
 教会はあるようですけど。と桜はイリーゼに視線を寄越す。事前に墓地の場所を教えて欲しいと頼んでいたイリーゼは女を見る。
「別に墓荒らしなんてするつもりはありませんのよ?
 わたくしクレリックですもの。魂の安息を願って祈りを捧げたいと考えていたものですから」
「そうだったのかい?」
 わざわざそんな考えを持っていただなんて嬉しい話だねと女は柔和に目を細め、
「けど、そうだよ。お墓は建てないんだ。もちろん私達だってお墓のなんたるかはわかっているよ? 外の人間は死んだら地面に埋められて墓ってのを建てるってことも知ってるよ。ただ、私達は死人を地面に埋めないってだけだね」
 女が城を指差す。
「死んだ人間は城に連れて行くんだよ。城主様が弔ってくださるんだ。だから、あの城が私達の墓になるのさ」



…※…




「部屋の掃除はお構いなく」
 そうやって先に宿の者には断りを入れている。留守中の侵入を警戒し扉などにこっそりと挟んでいた小さな紙は、部屋を出る時と同じ角度と深さで桜の帰宅を待っていた。
 調査は一日で終わるとしても日帰りの気軽さはなく、折角の宿屋があるというのもあり利用することにしたのだが「留守中誰も入ってない、ですよね?」と疑問は消えないいまま、この確認作業だけでは安心は買えず、明日の日中も同じ手段を用いるだろう。
 万が一にも何かあれば対処できるよう三人一緒の部屋を取ったのだが、これが杞憂に終わってくれればいいと桜は願う。
「考えすぎであれば『平和な村でした』という調査結果になりますが、それはそれで良いことになるのでしょうけれど」
 エルレンドがただの村だったと報告書として文章を〆るには判断材料が少ない気がして納得していいのか判断しかねていた。
「そんなに難しい顔をしなくとも明日は明日で違ってきましてよ?」
 外の人間は人生の中数えるしか出会わないと聞いた。これだけの人数の冒険者が来訪するのも
 一日が繕えても二日、三日と一夜漬けのような付け焼き刃なら呆気なく剥がれ落ちていくものだ。
「だから少しでも長くゆっくりと休むのですわ」
 騙そうとする考えがあるのならその手に乗っかって十分油断する振りをしようじゃないか。けれど、用心するにこしたことはありませんもの、ね? と、まずは一口喉を麗してとイリーゼはピュアウォーターで作成した聖水をエルレンドに勧める。
 日中に書き起こしていた村の地図に更に書き込みを加え緻密なものに仕上げていく桜は、そんな背後でのやり取りに振り向こうとして振り向けずにいた。
「……仕事ですけれど、貴方に『おやすみ』を言えるのは悪くありませんわね、エルレンド」
「そうですね、お互い『おやすみ』を言えるのは嬉しいものです。毎晩聞かせてもらいたい、とも思いますが」
 背後より聞こえてくる会話にその手を止めて、
「私がいるのを忘れていちゃつくのやめてくださいねぇ!? ううっ、私だって人妻なのにー……」
 とりあえず形だけの抗議の声を上げ、そして嘆くのが桜にできた精一杯であった。

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