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語れぬ指:罪課さねの烙印

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語れぬ指:罪課さねの烙印
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…※…※…※…




 距離を置いて観察されていることには気づいていた。
 気づきもする。自分を指差して隣同士言葉を交わす村人達を見てしまったら、それはそうだろうと納得してしまう。彼らもまたアルヤァーガ・アベリアら外の者である冒険者に対しそれぞれと思う所があるのだろう。逆の立場ならと理解もできた。
 最初から歓迎されて邪魔されないのだ、好奇の目に晒されるくらいは意に介すようなものでもない。
 魔障壁が近いのに瘴気の脅威は村にはなく、魔力の流れに異常も見当たらない。魔障壁、強いては魔界もご近所なせいか多少魔力が“滞っている”と目測できるも誤差の範囲内だろう。魔族が人に化けて紛れ込んでいるなら突出して異変が表れているはずだがそれもない。皆、老若男女各個人の差こそあれど均一的だ。
 純粋に人族の村だ。
 魔物が隠れ潜んでいないと懸念が一つ消え去ればアルヤァーガはゴーグルを外し、腹の前で両腕を組んだ。
 そうなると自分の仮説はひとつ成り立たなくなる。
 辺境に位置しほぼほぼ外界とは隔絶された環境もあり独自の発展性が垣間見られ判断し兼ねる部分もあるが、生活様式や文化はアルヤァーガも常識と捉えている健全性が保たれていた。魔物の文化的要素と習合している気配もないので、魔界と隣接しているからといって魔族と友好的な関係を結んでいるということもないのだろう。逆に敵対していると仮に考えても矛盾が生まれるというか、武器防具の形はちらりとも見当たらず、争いに備えているようにも感じられず小競り合いの経験があるのかどうかも疑わしい。
 魔界という脅威に囲われる人界にとってこの無防備さは致命的ではないだろうか?
 何を礎に平穏は保たれているのだろう。
 考え事に動かなくなったアルヤァーガにひとりひとが去った。それを皮切りに自分の仕事を思い出して集まっていた村人達が散っていく。
 代わりに子供達がアルヤァーガ目掛けて駆け寄ってきた。
「ねぇお兄ちゃん、それ、なに?」
 女の子がアルヤァーガが共にと連れ歩いているベアハウンドを指さそうとして、やめる。中型犬に似ている獣に指でも食われそうと感じたのかこわごわとした上目遣いにアルヤァーガはベアハウンドの頭を撫でた。
「これはベアハウンドという種類の動物です。見るのは初めてでしょうか? 大丈夫ですよ、噛みついたりはしません」
 片膝を落とし女の子と視線を合わせながら「撫でてみますか?」と子供を誘う。
 ベアハウンドの動物らしい匂いでの警戒や村人が土の下などに隠しているものを発見できればと連れてきたのだが、パートナーはアルヤァーガが触ってもいいですよと許可した瞬間子供達の抱き人形と化してしまった。主人と認めた相手の為であれば魔物相手でも臆せず戦いに行くほどに高い忠誠心を持っているだけあって動じず耐えてくれている。
 そして、警戒を報せはしない。
 仮説と検証。現地入りしなければ実行できない繰り返しに無意識に言葉少なめになりかけた自分に気づきアルヤァーガは子供達へと視線を振った。
「少しだけお話を聞いてもいいですか」
 問いかけると、冒険者が村の調査に訪れているということを既に大人達から聞いているらしい子供達が二つ返事で快諾してくれる。
 構い続けるとベアハウンドが疲れてしまうのでと断りを入れて、代わりにリスタの酒場『琥珀亭』の主人、スージーが店で出している蜂蜜ジュースを振る舞った。
 “知らない人”からのお土産に子供達は目を輝かせて我先にと手を伸ばし受け取る。
 貧しい村と事前に聞いていて村人との交流のきっかけにと携えてきたもので、他意はなかったのだが、なるほど、知らない人から物を貰ってはいけませんという教えはないようだ。
 経験したことがない甘味に沸き立つ子供達の興奮が収まるのを十分に待ってからアルヤァーガは疑問を投げかける。
 子供相手というのもあり簡単に、魔障壁が近いが怖くはないのかと彼ら彼女らの日常を掘り下げる。
「怖くはないよ?」
 そして、先程の短いやりとりで薄々と感じとっていた予想通りの答えが返ってくる。
「お壁が近いと怖いの?」
 質問を返されてアルヤァーガは魔障壁の方角を指差した。
「怖いものと思います。あの壁の向こうには魔獣や魔物が存在していますし、それらはあの壁を超えてこちら側に来ることもあるでしょう」
 人を襲う存在を示唆しても子供達は互いに顔を見合って首を傾げる。
 村が魔障壁の傍で生き残れている理由がわかれば、他の村にも同じように魔障壁付近で生き残る手段とできるかもしれないと、調査依頼に意義を見出して赴いたアルヤァーガは子供達の言葉を待つように口を閉じた。
 魔障壁の近くかつ穏やかな暮らしをしているというのならば、住人達はもしかしたら魔物から見ても敵ではないか、何かの事情で見逃されているだけか、見極められれば人界にとっての朗報を持ち帰られるかもしれない可能性は、
「その、魔獣? とか、魔物? とか見たことないよ?」
 溢れ出る疑問と違和感に押し流された。



…※…※…※…




「……酒場……確かに、人は多そうだが。 …………飲む、のか?」
「……あぁ、そんな顔をしないでくれたまえ、千羽矢君」
 酒場にでも行ってみようか、歩きどおしで丁度喉も渇いていることだしね。
 村に到着して一休みをいただくのならとアンサラー・トリス・メギストスの提案に遠近 千羽矢が問うのでミンストレルは大人びた微笑で「流石にこの姿で酒を頼むような真似はしないよ」と頷いてみせる。
「年齢を言った所で、誰も信じてはくれないだろうからね」
 アンサラーは芝居がかった仕草で華麗な装飾の施された青いドレスの裾を軽く摘み上げ、指先を微かに揺らしてみせた。強度の高い繊維で編まれていながらもミンストレル達が愛用するだけあって体の動きに合わせて繊細な演出を醸し出し、アンサラーの細やかな動きにひとつで、陽光に温められた風を含んでふわりと軽やかに広がった。大人びている表情からは一転、それはそれは愛らしい仕草と他者の目に映り、意図せずも村人の注目を集めることとなる。
 ゴーグルを額へとずらし上げて素顔をさらし道行くひとに挨拶を述べる千羽矢は「酒場はありませんが、代わりに宿屋がありますよ」と指差しで教えてもらった。
 村で一番大きな建物は、その奥に見える城の次に目立つので迷うこともない。
 改めて望めば魔障壁さえ無ければ極々普通の田舎の風景である。
 風読みの力を宿したピアスとてただただ千羽矢の耳元を飾るだけ。
 “普通”であることが望ましいのは、誰も悲しんでいないという点で喜ばしいものと受け取るべきものなのだろうが。
「……確かに、“簡単な依頼”なんだが。何か、引っかかる」
 国王や領主が、詳細を把握していない村。そして、誰も知らない、依頼人。
「……それに。本当に何もない村なら、あれだけの報酬を出したりはしないだろう」
 箇条書きにも近い簡素だった依頼内容。調査を必要とするだけ情報が無いからだからなのか、思惑あってのことなのか。文面からは依頼人の考えは読み取れず、想像は膨らみ、疑惑は溢れ出るままだ。
「……まるで。俺達を――冒険者達を呼び寄せるのが、目的のような」
 気のせいだと、いいんだが。
 囁く千羽矢の赤い目は確信も得られず、努めて事に当たろうと伏せられた。
 先の事を見据え、判断する材料を取り逃がさないよう一歩自分の感情と距離を保つ千羽矢の隣でアンサラーが肩を並べる。
 気配に目を開けた千羽矢に「さぁ、歩こう」と彼女が促した。
「内容に見合わない高額の報酬、謎に包まれた村、そして依頼人――」
 言葉連ねる囁きは語り部らしい鷹揚の少ない聞き取りやすいもの。
 ふふ、と笑うのは可憐である。深く考えるのも悪くないけれどと瞳だけの頷き。
「いいね。ミステリーものとしては、最高の題材が揃っているじゃないか」
「アンさん……」
「今の僕には、未来を視る目はないけれど……きっと、面白い舞台が見られる。そんな予感がするよ」
 物語の構造を難しくしているのが人ならば、それを単純明快に展開させるのもまた人であろうか。見えぬ意図を紐解くのも一興だろうよと彼女は近づいてきた建物を指差した。
「人が集まるところにヒントあり」だよ。と。



…※…




 ここが屋内ではなく野外で、更に緑溢れる森中(もりなか)であれば飽響の名に相応しく弓が調弦滑らせて弾かれる音がどこまでも響き渡り、伸びやかに反響する音は二重にも三重にも多重へと変化に富んでいたことであろう。
 けれど、楽器も使い手も場所は選ばず、奏でられる音色は柔らかく暖かく聴く者の心に穏やかさをもたらそう。
 一席向こう側の椅子に腰掛け擦弦楽器に静かに情熱を傾けるアンサラー。
「……あの、城に住んでいるという人も。時々こんな風に、村に食事をしにきたりするのか?」
 千羽矢の問いかけを受けて、注文された料理が載せられたトレーを抱えた少女が彼が座る席のテーブルにそれを置いた。
「城主様がここに食事をしにいらっしゃると? そういうのは無いわね。どうしてそんな事を聞くの?」
 「この料理はそっちののんべえさんの分よ」と注文とは別の料理が運ばれてきたと視線を向ける千羽矢は場所が場所なら看板娘と呼ばれるに相応しい少女は軽く笑った。せっかく“遠くから来たお客さん”だから調理を担っている人間が張り切っているらしい。なるほど少し待たされるのか。気を取り直し、千羽矢は少女へと首を傾げてみせた。
「いや……たった一人で、住んでいるなら。毎日の食事の支度や、家の掃除も。 ……きっと大変だろう、と思って」
「なるほどー。でも心配しなくていいんじゃないかしら。別に本当にお城でおひとりってわけじゃないのよ? ちゃぁんと城勤めの人がいるんだから。その人達が城主様のお世話をしているのだし……それに城主様は私達の前には滅多にお出にならないのよ」
「……そう、なのか」
「そうなのよ。お忙しい方だしね」
 なにもないからと言って、暇なわけではない。城主様と尊敬されるに値するだけの政はこなしているのだ。現に村はこんなにも平和が保たれている。
「……そういえば。冒険者が来るのは珍しい、と聞いたが。 ……宿の部屋が多いということは、旅の人が多く訪れたりするんだろうか」
「全部が全部他所様の為のってわけじゃないのよ? 別に宿屋自体も経営? しているわけじゃないしお代は要求してないでしょ? ここは単に人が寝泊まりできる倉庫ってところかしら? 『宿屋』は耳馴染みがいいっていうからそう呼んでいるに過ぎないのよね」
 でも、と少女は笑う。
「定期的にたくさんの人が村に来るってのは確かよ。滅多にないだけで数年にひとりやふたり迷い込んでくるというのもあるし」
 さらりと続く話に千羽矢はテーブルの上で両手の指を組む。
「……定期、的に?」
 どんな理由で?
「さぁ、私は知らないわね。今日の日みたいな大勢外の人が来たって話は私が生まれる前のことだし。それに、知っている人は居ないと思うのよ。だって誰も知らないもの」
 あ、お酒の用意ができたみたい。持ってくるからちょっと待っててね。と少女がトレーを持ってテーブルから離れた。
「いーい声してんなぁ、おまえの連れか?」
 そして即座に酔っ払いに絡まれる。
「外の連中ってのは変わってるのが多いが、やっぱこういうのは素直にすげぇって思うねぇ」
 娯楽は極端に少ないから酒が美味しい。笑う男に千羽矢は組んでいた指を解き、横笛を取り出した。
 お? という男の期待の眼差しに応えるように千羽矢は笛に唇を当てる。
 新たに加わった神楽笛の旋律にアンサラーはすぐに応対した。弦鳴楽器と気鳴楽器とのデュエットが宿屋の食堂内に響き渡る。
 そして、アンサラーのソロが始まった。
 それを機に彼女の情熱的な歌声に気を良くしたのか酒飲み達の口が軽くなった。


 昔の、本当に昔から、この村には娯楽がなかった。
 娯楽以前に、争いしかなかった。
 最初に、砦があって、教会は友を失った生者の慰めにしかならなかった。
 戦争が激化し、死を恐れ泣き叫んでも帰ることは許されなかった。
 そして、
 争いが終われば砦は城へと変わっており、
 平和が訪れると死者は減り、教会は意義を失った。
 けれど、
 歌える者はいない。
 奏でる者もいない。
 踊れる者もいない。
 かたらべもいない。
 戦争経験者しかいなかった。
 争いしか知らない人間は、
 争いで心の支えを忘れた人間は、
 砦であった城を眺め、
 帰れぬ人間が、家を建てて住み始め、いつしか村となった。


 歌も楽器もいいよな。けれど覚えられないんだよな。
 と、交わされる会話を耳にする神楽笛を吹く千羽矢は、アンサラーへと視線を投げて、彼女とふたりこっそりと頷きあった。
 酒場から二階の宿泊部屋へと移動する前に、
「うん、君たちのおかげで、いい歌ができそうだ。完成を楽しみにしていてくれたまえ」
 酒が入っているだけ信憑性は薄いものの、酔いどれる男達から語られる昔話にアンサラーは礼を述べ、千羽矢も村人の褒めの言葉を受け取った。
 平穏な村の成り立ちは歌の題材にするにはどうだろう、相応しいだろうか?
 部屋に入って落ち着けた頃、アンサラーが試しにと創ったばかりの歌を謡い始める。
 彼女の横手で荷物の整理をする千羽矢は沈黙を保つよう唇を閉じた。
 ポルク村という謎。それを紐解ければと考えていたが、結果はどうか。
 城に住んでいる者の正体が知れれば、この依頼の本当の目的もわかるかもと期待しているだけに、閉ざす唇に力がこもる。

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