ワールドホライゾンでのんびり
「ギルドか……」
田中 征は、ワールドホライゾンのギルドホールを見回して、そうつぶやきました。
ワールドホライゾンへ来て日が浅い田中征にとっては、まだ右も左も分からないと言ったところです。とりあえずは、ワールドホライゾンにある特異者たちへの施設を新しく見つけては、それを理解するというところから始めています。
それらの中でも、特に田中征の興味を引いたのはギルドでした。
「こいつは、誰でも作れるのか?」
「ええ、もちろんですとも」
田中征の疑問に、案内嬢が笑顔で答えます。
壁際にある巨大な伝言版には、ギルド員募集の張り紙が、重なり合うようにしてベタベタと貼りつけられていました。すぐそばには、数多あるギルドを検索できる端末もあります。なにしろ、ギルドは半端ないほどの数があります。別世界を救うために大勢の猛者が所属する大規模ギルドもあれば、お茶会を楽しむだけの小規模ギルドもあります。中には、すでに活動を停止している物もあるでしょう。
気軽にいくつものギルドを渡り歩いたりする者もいれば、一つのギルドを守り通しているような者もいます。
田中征としては、可愛い女の子とお知り合いにもなりたいし、達人に指南を受けて力をつけたいとも思いますが、どのギルドに入ればそうなるのかはよく分かりません。なので、それらはまた後でと考えます。焦ってはいけません。
いずれにしても、まずは人です。
同じように、ワールドホライゾンへ来たばかりの人は戸惑っているはずです。お互いに助け合えれば、初期の負担も減るかもしれません。
ならば、答えは簡単です。自分で作ってしまえばいいのです。
とりあえずは、色々な諸手続きを案内嬢に訊ねます。
「では、これを」
ギルドの案内嬢は、
パンフレットを渡してくれました。そこには、注意事項やら、設定項目などの説明と共に、ギルド解説の申込書もついています。
「うーん、さて、具体的にはどういった集まりにするかだが……」
ここは少し悩みどころです。
「世界によっては、敵対する組織のアバターとなることがあるかもしれない。だが、たとえ敵として出会ったとしても、全力で戦える関係がいいな。どんな結果になったにせよ、遺恨は残さない関係が理想だ。ワールドホライゾンのギルドに戻ってくれば、普通に楽しく笑い合える場所にしたいところだな。そうなると、注意事項としては、あまり堅苦しくならない程度に節度を守って、相談してきた仲間を裏切るようなことはしない。これくらいかな」
悩みながら、田中征が申請書の項目を埋めていきます。そして、一番大切な設定が残りました。ギルド名です。
「ギルド名は……どうするか。もしも、友人たちがワールドホライゾンへ来ることがあったら、すぐに気づけるような名前……。それに、外から来訪したという意味を足して、
ゼノトライブにするか!」
田中征は、そう決めると、申請書に書き込んでいきました。
「みんな、気づいてくれるといいんだが……。それに、友人たち以外でも、新しく知り合えた人たちとも仲良くなれるといいな! そうだ、誰かが新しくこの世界にやってきたり、どこかの世界から戻ってきたりしているかもしれない」
まだ知らぬその人と挨拶を交わすため、それを最初の一歩とするために、田中征はゲートへとむかっていきました。でも、できれば、可愛い女の子希望なのでした。
★ ★ ★
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」
テルスでの冥王決戦でそんなフラグを立ててしまったために、危なく帰らぬ人となるところだったのが
世良 潤也です。
はしゃぎすぎるのも考えものです。いったん立ててしまったフラグは、回収しなければ、いつアバター死亡になってしまうかもしれません。そのために少し焦っているのかもしれませんが、来年予定している結婚式にあたって、世良潤也は婚約者の
星川鍔姫を誘って、ワールドホライゾンにある結婚式場『シェテルニテ』の下見に来たのでした。
「えっと……鍔姫は洋式と和式、どっちがいいかな?」
展示されている文金高島田とウエディングドレスを見比べて、世良潤也が星川鍔姫に訊ねました。
「別に、どっちでも構わないけど」
星川鍔姫が、いつもの素っ気ない態度で答えます。なんだか、婚約が決まったとたん、一方的に結婚にむかって話が急ピッチで進み始めた気がして、少し戸惑っているのでした。いわゆるマリッジブルーというものなのかもしれません。
もともとが、ツンツンしていて、ボルテージが高まったときにやっとデレるタイプのため、早い時期でデレを強要されてしまうと、ツンのまま最後まで突っ走ってしまうのです。要は、取扱注意品なのですね。外側から方向性を示唆すると強要されたと思われかねないので、本人が自主的に判断したという方向にうまく誘導してあげればいいのですが……。
いかんせん、世良潤也、まだ人生経験が浅い青年です。自分がよいと思ったことは、星川鍔姫もよいと思ってくれると盲目的に思っています。きっと早く結婚したいに違いないと思って結婚式場に来たわけですが、時の流れの止まったワールドホライゾンでは星川鍔姫は永遠の高校生、結婚への憧れと現実には大きな隔たりがあります。
「試着してみたらいいんじゃないかな」
世良潤也が、星川鍔姫に試着を勧めます。おしい、ここは、星川鍔姫から着たくなるように誘導しなくてはいけません。世良潤也にそのつもりがなくても、ツン状態の星川鍔姫には「着ろ!」と命令されているように聞こえます。まあ、恋人というのは、とかく厄介なものです。デリケートであるとも言えますが。
渋々試着を始めた星川鍔姫でしたが、まあ、着てみればまんざらでもありません。綺麗なおべべが嫌いな女の子なんて存在しないのです。やはり、胸や背中を強調するようなウエディングドレスよりも、文金高島田の方が体形的には似合っているというところでしょうか。
「ど、どうかな?」
ちょっと頬を赤らめながら、星川鍔姫が訊ねました。
「うん、どっちも似合ってるよ」
世良潤也が、どちらの姿もいいと褒めちぎります。やっちまいました。どっちでもいいと言う意味にとられてしまいます。デレかけた星川鍔姫が、完全ツン状態に戻ります。
「それで、洋式と和式、どっちがいいかな?」
再び世良潤也が訊ねます。その答えによっては、そのまま決定して、予約を済ませてしまいそうな雰囲気です。
「今決めなくちゃダメなの? まだいいでしょ」
ツン状態の星川鍔姫が、そそくさと試着室に戻っていきます。
とかく、女心は難しい。まだまだ前途多難の世良潤也たちなのでした。
★ ★ ★
「
やっぱり、ここは天国だぜ」
壬生 春虎が羽をのばしているのは、ワールドホライゾンにある図書館です。いえ、今の壬生春虎は本来の地球人の姿をしていますから、アールヴのように本当に羽をのばしているわけではありません。
本来、時間の流れの希薄なワールドホライゾンには、朝や夜、あるいは季節といった概念がありません。ただし、それでは他の世界から来た者たちの生活サイクルが狂ってしまうこともあって、たまに
ヴォーパルや
紫藤明夜が、天候の演出をしてくれます。
そのはずなのですが、なぜか今年の夏は暑いことがたびたびありました。コントロールをミスりでもしたのでしょうか。とにかく、壬生春虎にとっては、暑い、暑い! 暑い!!
思わず、熱を発する物を見ると、無意識に破壊したい衝動に駆られます。そういえば、人もまた結構な熱を発散しているはずです……。
いけません、このままではまずいことをしでかしそうです。
というわけで、図書館なのでした。ここは、所蔵している書籍類の保存のためや端末の冷却のために、ガンガンにクーラーが効いています。
正に天国です。
壬生春虎としては、いつも通り机の上にドッカと両足を投げ出してリラックスしたいところです。ですが、そんなことをしたら
クロニカ・グローリーに即座に叩き出されそうです。失楽園をするわけにはいきません。
涼みに来ているだけであるのがバレるのもまずいということで、壬生春虎はそのへんにあった本を適当にひっつかんで、いかにも読んでますという体(てい)を見繕いました。持ってきたのは『三千界、甘い物紀行』、『
紳士のための水着図鑑』、『もふもふもふもふもふ!?』の三冊ですが、タイトルなんてチェックしていません。女性水着のページを大きく開いて書見台に載せていますが、あくまでも読んでいるというポーズなので、周りからどう見られていようと涼しい顔です。ひそひそ……。あー、本当に冷房と視線が涼しい。
とりあえず、読んでいるという設定なわけですから、次の本も広げてページをめくります。
もくもく、もくもふ、もふもふ、もふもふ……。
だんだんと、文字を追う目がゲシュタルト崩壊を起こし始めてきました。本のページの上で、もふもふという文字がさんぜん猫踊りを始めています。なんだか、急激に眠くなってきました。
まずい、このまま寝込んでイビキでもかこうものなら、確実に図書館を追い出されます。
「俺は、今まで幾多の戦いをくぐり抜けてきたんだ。この程度の睡魔などに負けるわけが……ぐー」
速攻で落ちました。暑さで、体力を消耗していたのかもしれません。
再び目を覚ましたのは、図書館の閉館時間です。本来は24時間開館しているのですが、定期的にメンテナンスが入ったりします。運悪く、それに引っかかったようです。イビキで強制退館させられなかっただけでもましですが、いったん外に出なければなりません。
「やべえ、まだ外は暑いじゃねえか!」
図書館から出たとたん、壬生春虎が悲鳴をあげました。今まで涼しかった分、反動とも言える暑さが襲いかかってきます。
「
開門! かいもーん!!」
壬生春虎が、図書館の閉ざされた扉をバンバン叩いて叫びました。
ぽい。
クロニカ・グローリーにつまみ出されました。
「そうだ、まだホライゾンヒルズがある。あそこなら、冷房もあるはずだ」
新たな希望をいだいて、壬生春虎は走りだしました、熱く焼けて照り返すアスファルト道路を……。その後、はたして溶けずにホライゾンヒルズに辿り着けたかは分からない壬生春虎なのでした。