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【ワールド・ブレドム第1回】墜ちる蒼天

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【ワールド・ブレドム第1回】墜ちる蒼天
【!】このシナリオは同世界以外の装備が制限されたシナリオです。
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■エデンの東にて■


SCENE2.


 臨時軍事評議会首都戒厳司令官、という長い役職に就任したエリア・スミス大佐は、今時首都騒擾に対し、圧倒的物量でもってこれを鎮圧する作戦案を立てていた。その動員数、陸兵の半数、海兵・特殊部隊の7割。刑事公安警察と警備警察、首都周辺展開PMCも、戒厳司令部の指揮下に入る。
「正気かね?」
 臨時軍事評議会暫定総理大臣、クラウス・和賀は、エリアから作戦内容を告げられた時、思わず声が裏返るのを感じた。
「はい。ブレドム連合の情報では、首都に潜入したファントップの特殊部隊は1千名と推定されますが、百倍の戦力を集めれば、たとえ相手が最精鋭のコマンドウ部隊でも、圧殺できます。ぜひご認可を」
「それは道理ですがねスミス君、もう少しこう、穏便な措置はとれなかったものかなと……」
 あくまで冷静に告げるエリアに、顔をひきつらせながら抗弁するが。
「ブレドム連合派その他複数筋から、ファントップの最精鋭コマンドウが1千名も首都に潜入して大規模破壊工作を行おうとしているとの情報が入っているのです。敵がその気なら、こちらもその気でいなければなりません。幸い、敵コマンドウは現在首都内の拠点に分散し、行動準備を行っている模様。ここに我々が戦力を集結する機会が存在します。しかし、彼らが実際に行動開始するまでに兵力を配置し、拠点の割り出しと封鎖を実施せねば、ジャヴァーリは火の海になりかねません」
 これではいざという時、エリアに第2クーデターを起こされかねないと感じた和賀は、自己保身のため自ら動員される各師団への挨拶回りに力を注いだ。
「サイバーカルト対策の傷痍年金やライアーへの軍事介入要請、果ては組閣とやらねばならぬことが山積しているのですよ!」
 悲鳴を上げながらも、それらは他の臨時軍事評議会幹部や皇族に任せ、まめに挨拶回りを行う姿は、若干哀れを誘うものとはいえ、軍閥政治家としては正しい行動だった。各師団はラジェンドラ体制から臨時軍事評議会体制への移行期に、半ば独立したファクションと化しており、エリア単体でも特殊部隊原隊のコネを使えば動かせるものの、中にはエリアの指揮権を逸脱した独自行動を企てるものがいないとは限らなかった。それに対し、陸軍内に大きなコネを持つ和賀が挨拶回りという形で適切に仲介を行うことにより、各師団を手なづけておくことができたのである。
 臨時軍事評議会本部が置かれている宇宙艦隊司令部へと、現状を報告しに行った和賀は、チャンドラヤーン臨時軍事評議会議長に労をねぎらわれた。
「総理、大変ご苦労。陸軍のことはよくわからないが、君は現状不安定かつ不透明な状況をよく統御していると思う」
「ありがとうございます。ところで、戒厳司令官として、大佐ではいかにも目方不足。この点、いかが致しましょう?」
 傀儡政治家らしく、腰の低い態度で申し出た和賀に対し、チャンドラヤーンは遠い目をして言った。
「やり方はふたつある。まずひとつは、君が戒厳司令官を兼ねてスミス大佐を戒厳司令部参謀にすること。もうひとつは、スミス大佐を戦時任官で中将クラスに引き上げることだ」
「ちゅ、中将」
 絶句した和賀に、チャンドラヤーンは畳み掛ける。
「うむ。そして私は後者が望ましいと考えている。正規の軍人が戒厳司令官であったほうが指揮系統的にも部隊の士気的にも望ましいし、君も首相としての仕事に専念できるだろう」
「それはそうですが……」
 いよいよ首筋がひんやりとしてきたな、と感じる和賀に、一転チャンドラヤーンは笑みを向ける。
「なに、クーデターなら心配ない。宇宙軍が軌道上を掌握しており、私が宇宙軍を掌握している。私の目の黒い間、そして君が臨時軍事評議会に忠実な間は、ゲーム盤がひっくり返る事態にはならんとも」
「――承知しました」
 和賀は渋々頷いた。クーデターは起こらずとも、未遂ですらも彼の身命に関わることだけに、口約束だけで安心など、到底できるものではなかった。



「私は仕事がしたいだけなのに、すぐそういうふうに解釈するのは、政治的動物の悪い癖ね……」
 エリアはそう思いながらも、粛々と首都戒厳司令官としての任務を遂行し続けていた。次々に首都へと入城してくる戒厳部隊を適切な位置に配備し、その警備体制から兵站の確保に至るまでの体制づくりを行い、一方で刑事公安警察を動かしてヒト・モノ・カネの動きを探ることにより、敵――この場合はファントップの精鋭コマンドウとサイバーカルト及び彼らの支援者をあぶり出し、追い詰め、圧殺する。必要とあれば軌道上を周回している海兵の強襲降下まで考えられた、緻密に具現化された暴力は、エリアの優秀さとともに、敵には躊躇しない冷徹さをも示していた。



「お義父様の苦労はたいへんわかるのですけど……最近少し愚痴が多すぎはしませんか?」
 アミル・ヴィシャーナは、常に義父である和賀に付き従い、その身辺を警護するとともに、彼の心労をも慰めていた。彼女は和賀に恩がある。正確には、今は亡き我の妻に恩がある、と言うべきか。異能者として覚醒し、寄る辺なき立場にあったアミルを義理の娘として引き取ろうと提案したのは和賀の妻だったからだ。
 アミルとしては、その恩に応えるためにも和賀を守ろうと考えているのだが、自分の力ではどうにもならないところで翻弄され、それでもなおあがき続ける和賀の姿を見て、思うところがないとは言えない。
「私はお義父様の力にはなれないのでしょうか……?」
 そう思いながらも、彼が失脚し、裸一貫の身になっても、身命だけは守り通そうと考えるアミルであった。
「夜な夜なの愚痴は、勘弁してほしいのですけれどもね……」
 そう、ポツリとこぼしながらも。

SCENE3.


 ライアー貴族にしてマハル内親王の学友となった、アデリナ・アイスフェルトは、このブレドム危急存亡のおり、息をつく暇もなく苦闘しているマハルの一助になろうと、ブレドム情報通信ネットワークに向け、個人的な、しかし重要な内容を含んだコミュニケを発した。
 その内容は、首都騒擾を引き起こす懸念のあるサイバーカルトやその潜在的支持基盤である傷痍軍人に対して、ブレドム王室及びライアー帝国は救済措置を講じているというものであった。
 アデリナは、ブレドムのマスコミ各社が集まる中の会見で、緊張しながらも、はっきりとした声で以下のように告げた。
「まず、ライアー貴族の私がブレドムの国政に口をだすことをお許し下さい。しかしながら、このような行為に出たのは、ちゃんとした理由があります。エリノス=ブレドム連邦王国はライアー帝国と対等の友邦だ、というだけではありません。私は、マハル内親王の個人的友人として、ブレドムの皆様に声を届け、救いの手を差し伸べたいと思います」
 カメラのフラッシュが明滅した。彼女を射殺さんばかりの機械の視線を前に、それでもアデリナはたじろがなかった。
「エリノス王室は憂国士官会、特にその前総帥ラジェンドラ大将に蔑ろにされてきました。いえ、それどころか、塗炭の苦しみを舐めさせられてきたのです。あなた達ブレドム国民が彼の制御する内戦に傷つき、苦しんだように、エリノス王室も彼の制御下に置かれ、傀儡として振り回されてきました。彼の利益を満たすためだけの独裁を阻止しようとした皇太子殿下は暗殺されかけ、殿下の娘であるマハル内親王もまた、命を狙われてきたのです」
 そこでアデリナは息を吸い込み。
「ですが! これからのエリノス王室、そしてライアー帝国は、以前とは異なり、弱者救済に打って出ることをここに宣言します! マハル内親王殿下は反憂国士官会クーデターの首謀者のひとりであり、聡明かつ勇敢なお方です。殿下は傷痍軍人の境遇に大変心を傷められておいでで、傷痍軍人年金の設立、重度傷痍軍人のサイバー治療を行う事業体の設立を目指しておいでです! そして殿下がブレドム政治の主導権を取り戻した今、ライアー帝国はセルゲンブフト=ジャヴァーリ条約の精神を遵守し、殿下の事業の講演をしていく所存です!」
 再びフラッシュが明滅する。アデリナはその明滅が彼女を見つめる者たちの瞬きであるかのように感じた。
「サイバーカルトの皆さんと、その思想に傾きかけている皆さんに告げます。今は立場も違えど、平和で豊かなブレドムのために戦い、傷ついたあなた達、かつては国のために戦ったあなた達が、ようやく訪れようという平和を首都騒擾という形で壊そうとするのですか? それではこれまでの、あなた達を含めての犠牲が無駄になってしまいます!」
 思わず大声にマイクがハウリングした。少し間をおいて、アデリナは語りを再開する。
「サイバーカルトは、国はあなた方を使い捨てにしているなどとひどい言葉を吐きます。ですが彼らこそ、あなた方を使い捨てにしようと焚き付け惑わそうとしているのです。どうかそんな言葉に耳を貸さないで下さい。マハル内親王殿下の願う平和で豊かなブレドム、そこで生きる国民には当然あなた方も含まれているのです。大切なご家族と同じくらいにあなた方ブレドム国民のことも愛している殿下のお心をどうか信じて下さい」
 アデリナは言うだけのことを言った、と感じていた。その内容の幾分かはハッタリである。正式に傷痍軍人年金が発行するにはまだ時間がかかるし、それを成し遂げようとしているのはマハルではなく別の内親王である――マハル自体も懸念はしていたが。ライアーがセルゲンブフト=ジャヴァーリ条約をこの県に関して適用するかも不分明ではある――イレーネは好意的反応を返していたが。
 しかしそれでも、今、このように態度を明言することにこそ意味があると、アデリナは信じていた。
 そして――アデリナの前に、マハルが姿を表した。
「マハル様!」
 アデリナは思わず飛びつきそうになったが、自制する。マハルがひどく真剣な表情で、アデリナの傍に寄り添ったからだ。
 そして、カメラに向かってこう告げる。
「私の大切な友人、アデリナ・アイスフェルトに感謝の言葉を。ライアーの貴族として、私の友人として、私のためにここまで言葉を尽くしてくれたことに御礼申し上げます。そして――私たちエリノス王家は、彼女が語ったように、正しく、高貴なる者の義務を果たすと、聖書に誓います」
 おお、と、記者団がどよめいた。そしてアデリナも、マハルの凛とした横顔に強い覚悟を感じ、思わず言葉もなく見つめてしまった。
 だがそれも一瞬のことで。
「それでは、参りましょう、アデリナ。わたしたちの為すべきことを為すために」
 マハルはアデリナに声をかけ、着いてくるように促した。



「今こそライアーの力を示し、セルハバード主導の臨時軍事評議会が牛耳るブレダ情勢に一石を投じるときですわ!」
 SS国家保安本部第VI局・ブレダ支局長である松永 焔子SS大佐は勢い込んでイレーネ・シェーンブルグSS少将に上申した。焔子としては、クーデター時のセルハバードの強かさや手の長さを鑑みるに、ライアー帝国の犬に収まる人物でないと確信し、権力が彼に集まりすぎないよう、ライアー介入の既成事実を拡大しておこうという意図があった。
「ほう。確かに一理ある。提案を聞かせてもらおう」
 イレーネは焔子に対して耳を傾けた。
「まずは我がライアーが掴んでいるディヤウス地上、特にジャヴァーリ周辺のテロリストの大まかな動きを把握し、それを論拠にディヤウスの手薄な地域へのPMC、外人部隊の展開を図ります。セルハバード一党はジャヴァーリに過剰なまでの戦力を集中させていますから、この動きは彼らの動きの補完として捉えられ、恩を売ることができるでしょう」
「そうだな。我々の介入度合いが増せば、一定の影響力は扶植し得る。悪くない。だが他にも腹案はありそうだな?」
 焔子はここぞとばかりに頷いた。
「はい。『ライアーからの善意の支援』として、非正規部隊を首都の治安維持に投入します。さらには、ディヤウス防衛の一環として、ジャヴァーリには『ガーベラ・セキュリティ』の部隊を配置します。また、先に取り込んだブレドム第1師団には、ライアーからの軍需物資を優先的に回して、首都防衛の中核足り得る戦力と仕立て上げますわ」
 イレーネは柳眉を少し釣り上げる。
「『非正規部隊』――わざわざ外人部隊やPMCと分けて述べたということは、つまり囚人部隊だということだな」
「はい。彼らならどれだけ死んでもこちらとしては痛くも痒くもありませんもの」
 しれっとした顔で応える焔子に、イレーネはやや危惧を感じた表情を見せる。
「囚人部隊は士気統率ともに劣悪だ。消耗戦向きだが、コマンドウ相手には通用するかどうか。また、彼らを市街で警備配置につけるのは賛成できない。かえって治安が乱れ、セルハバードにライアーの不手際と漬けこまれる恐れがある」
 だが焔子はすました顔だ。
「ご安心くださいまし。囚人部隊は『よりすぐりのもの』を選びましたし、なにより攻撃的に用いるつもりですわ」
 イレーネは興味深げな顔をした。
「ふむ――良かろう。詳細は任せる」
「ご期待に添う働きをしてみせますわ」
 焔子は優雅に執務室から去った。一人になったイレーネは呟く。
「臨時軍事評議会との折衝、もう少し緊密にせねばならなさそうだな……」と。



 ガーベラ・セキュリティ社の社長令嬢、納屋 タヱ子は、焔子の口利きを得てイレーネと会談し、ライアー帝国に雇用される代わりに、ライアー系勢力との連携許可、新型パワードスーツの導入、首都治安維持の重要ポジションの確保を代償として勝ち取った。
 ただ問題は、戒厳司令官であるエリア・スミス中将がジャヴァーリ周辺のPMCをも統制下に置こうとしていたことだが、そこは「ライアー帝国の不利にならないよう動く」ことを言質として、イレーネに行動の独立性を保証してもらった。
 嬉しい誤算は、最新鋭のパワードスーツ「ドーラIII」を当初3機、示威用に配備しようと考えていたのが、イレーネの手はずにより、中隊すべてを無償でドーラIIIに置き換えられたことだった。
「数が多いほうが示威効果が高いだろう。この程度の資産なら私の一存で動かせる。最適の運用を期待するぞ」
 そう言われてはタヱ子も俄然奮起せざるを得ない。最新鋭のドーラIIIで周囲に威を示しつつ、居並ぶブレドム兵の士気を高めることに、意を注いだ。ただ、これだけブレドム軍が分厚い配置をしていると、自身の守備ポジションに敵が回ってきそうにないことだけが心残りだった。
 なお、タヱ子はファントムレディを自らの諜報員として、首都に大被害が及ぶ飛行物体の情報を探らせ、察知した場合自身とゲッタウェイ・ドライバーに伝えるよう指示しており、ゲッタウェイ・ドライバーはその報告を受けた場合タヱ子と護衛対象――この場合はマハル内親王がもっとも可能性の高い対象だ――を連れ急速離脱する用意を整えていた。
「あくまで噂だけど、空が墜ちてくる可能性があるなら、万一にも備えておかないとね」
 タヱ子はそうつぶやいて、抜けるような青空を仰ぎ見た。



 ヴィークル全般の階層・修理・整備・定期点検・中古販売までマルチに取り扱うディーラー、キョウ・イアハートは、先のクーデターの戦闘で荒れたジャヴァーリに、ライアー軍を通して補修用のパワードスーツを売り込もうとしていた。売り込もうとしている商品のスペックは高い。耐塵・気密仕様で、パワーも戦闘用に十分な代物だ。
 だが、この商品には仕掛けがある。キョウが腕をふるって組み込んだ特殊なビーコンが、常に現在位置を知らしめてくれる。
「まるでテロリストの手に落ちればいい、というような仕様だな」
 キョウが売り込みに入ったライアー大使館で、面会相手であるイレーネはそう感想を漏らした。
「ええ。当たらずしも遠からずってところで。奴らが買うなり奪うなりすりゃ、奴らの位置がまるっとお見通しなわけです。戒厳令下で、奴らが武装を調達するとなりゃ闇市場。ジャヴァーリの闇市場は戒厳令下ですっかり地下に潜ったとはいえ、腐敗はそうそうなくなりはしませんわな」
 飄々とした口調で、企みを告げるキョウに対し、イレーネは頷きつつも問いを発する。
「分かった。こちらで買い上げ、先の襲撃で損耗した近衛師団に提供しよう――だが、なんでこんなことを思いついた?」
「モノが壊れりゃ商売のネタはできますが、同時に平和あっての商売なんでね。復興に手を貸して一儲けしつつ、これ以上モノを壊されないように手を売っておこうかと考えた次第でして」
 キョウは飄々とした態度で答え、イレーネはなるほどと頷いた。
「貴様は良い職人になるぞ。私が保証する」
「腕のほどは自分が一番良く分かってますぜ」
 キョウの返事に、イレーネは苦笑した。
「なるほど、確かにそうだな」
「そんじゃま、これにて失敬。あまりジャヴァーリを荒らさんでくださいよ」
 相変わらず飄々とした態度で去っていくキョウの後ろ姿を見つめ、イレーネは微笑んだ。



「ビーコンがジャヴァーリ工業地帯の廃工場に移動したのを確認しました」
 近衛師団に納入されたはずのパワードスーツが胡乱な場所に移動したのを確認して、焔子はいぶかしんだ。
「あの辺りには『非正規部隊』が浸透したテロ部隊の細胞がいたはずだけど、こんなにあからさまな行動をして、身バレしないと思っているのかしら?」
 とはいえ、部隊を動かさないわけには行かない。
「ブレドム軍に連絡! われジャヴァーリ市内で敵性勢力を発見と!」
 焔子はそれでもなお、これが駒の指し違いではないかという感触を味わっていた。



 ライアー帝国第2155突撃師団所属、シレーネ・アーカムハイトは、彼女をもてはやすむくつけき男どもを侍らせ、廃工場の中でゆったりとしていた。
 シレーネはなりたくてこの職についたわけではない。彼女いわく「アーシを称えて褒めて甘やかすのが至上の教義であるシレーネカワイイ教の教祖兼御神体だし。こんなに平和的な教義であるのにも関わらず、思想犯として捕まりました、つらみざわ」だそうである。
 しかしながら、シレーネは2155突撃師団の中でもその特異な人心収攬の才能を遺憾なく発揮し、督戦隊の政治将校まですっかりシレーネカワイイ教徒に仕立て上げて部隊を私物化していた。まぁ、突撃師団の囚人たちにとって、ライアー帝国のために死ぬくらいなら、カワイイ女の子のために死ぬほうがまだマシ、という理路は理解できないでもないが。
 そんなシレーネが焔子にピックアップされ、ライアー本国から急にブレドムへと送り込まれたのは、イレーネの許可を得た焔子の手によるものである。ブレドムにおいて活動中のファントップ特殊部隊への浸透という難しい任務も、シレーネカワイイ教の教祖にしてご神体であるシレーネなら、まあどうにかなるだろう、というかなり大雑把な計画のもと、辺境のゲリラ掃討から引っこ抜かれてジャヴァーリへと送り込まれたのだ。
 一部ではこの行動を「ジャヴァーリをシレーネカワイイ教で汚染する暴挙では?」と危惧する声もあったが、イレーネからゴーサインが出たので、在ブレドムライアー軍の誰もが不満と懸念を飲み込んで状況を注視しているところだった。
 しかしながら、シレーネは自身の部隊――名目上連隊だが実際は中隊前後にまですり減っている――を、うまくニブノス方面からの平等党系ゲリラ部隊と見せかけて、首都へと侵入しようとしていたファントップ特殊部隊の一部に浸透し、彼らを徐々にシレーネカワイイ教徒に仕立て上げつつあった。
 そんな中、ファントップ特殊部隊の連中が裏ルートでパワードスーツをゲットしてきたと聞いて、シレーネはいたく驚いた。
「アーシはそんなこと聞いてないし。つーかそれ罠だし。戒厳令下でパワードスーツなんか手に入るわけないっしょ。すぐさまライアー軍とブレドム軍がすっ飛んでくるし。こんなところで命張っても無駄死にっしょ? 街中ブレドム軍でいっぱいなんだから逃げれっこないし、もういのちをだいじに降参しようぜ?」
 シレーネの説得に部隊が動揺したところで、部隊中核の精鋭分子がシレーネに銃を向けた。
「貴様、前々から怪しいと思っていたが、ライアーの密通者だな?」
「つーか今頃気づいても遅いし。アーシを撃っても意味ないし。どうすんのキミ?」
 シレーネは見下げ果てたという顔をしてファントップ人を見つめた。その表情に彼は激高し、引き金を引く。
「うわっ」
 首をすくめたその上を弾丸が通り過ぎる。たちまち周囲のシレーネカワイイ教徒が激高し、めいめいに銃を抜いた。
 銃撃戦が始まる。アサルトライフルが上げ小刻みなスタッカートの乱打に、敵も味方も打ち減られていくが、圧倒的に敵のほうが大きな損害を出している。シレーネは予めこうなった場合に備えて、ファントップ特殊部隊の面子にシレーネカワイイ教を伝道し、内部撹乱を行わせていたのだ。
「デキる教祖は頭のキレも違うってわけ」
 ドヤ顔をしつつ、同士討ちで倒れていくファントップ人達を見てケラケラ笑っていたシレーネは、いつの間にか自分たちがブレドム軍に包囲されていることに気づいた。
「武器を捨てて投降しろ!」
 完全武装のブレドム軍パワードスーツ部隊1個連隊(約1000名)に降伏勧告され、シレーネは思わずつぶやいた。
「やばたにえん」
 ――まあ、その後色々あって、シレーネたちは無事(?)軌道上の母艦に戻ることができたのだが、「あのときのブレドム軍はマジヤバ」と、シレーネは思い出すたびに震え上がるのだった。
 ちなみに、シレーネが浸透していた部隊は、和平会談が予定されていると推定されていた迎賓館の襲撃を、目的としていた部隊だった。

SCENE4.


 臨時軍事評議会暫定政府の議員になりおおせた焔生 たまは、密かに和平妨害の動きを行っていた。政権内部に潜むブレドム連合派の議員として、より長く内戦が続くことで自身の勢力を拡大しようという考えからである。
 彼女は医療分野へと自身の影響力を拡大することで、ブレダとカイラーサ、双方の長老政治家たちに接触し、医療行為をもって影響力を扶植しようとしていた。その際の手助けとなるのが、アレイダ全域で10%のシェアを持つ「ルイーザ医局」と、その局長で医療技術進歩に心血を注ぐ人物、ルイーザ・キャロル、そしてルイーザの護衛であるリデル・ダイナだった。
 彼女たちは和平派の長老政治家に医療支援を行い、時には存在しない病気をも「発見」して「治療」することにより、彼らに恩を売り、和平反対派へと転向させることを狙っていた。もちろん彼らをルイーザ医局に向かわせるための宣伝活動も怠りない。
 しかし、その活動はブレダの刑事公安警察や、カイラーサの内務人民委員部を刺激するに十分なものであった。目下戒厳令中のブレダや、内務人民委員部を中心とした軍民一体の支配体制が構築されているカイラーサにおいて、すべての政治家の行動は注視されており、たとえばルイーザの行ったような、長老政治家の事実上の軟禁と説得といった行為は、通常の医療行為から逸脱しているが故に、彼らの耳目を引いた。
 とはいえ、老人の長期入院自体はそう珍しいものではない――数が多すぎたりタイミングが一致しすぎていたりしなければ。ルイーザはたまの制御下で、刑事公安警察や内務人民委員部を刺激しすぎない程度に、工作を縮小しつつも継続していた。
「思ったよりもブレダやカイラーサの犬どもの鼻が効くのは困りましたね」
 ベッドの上。ルイーザやリデルと裸身を重ねながら、たまはつぶやいた。
「たまさんは……どうして……戦争の持続を求めるのですが……」
 ルイーザはふと、自身にとっての利害一致者であり、愛人であり、理解者でもある人物を、自身が理解していないことに気づいた。だからそんな問いも出る。
「私は……戦争が……人類の……あらゆる技術を……飛躍的に向上させると信じています……戦争を続けることが……最終的に……人々を幸せに導くと信じるからこそ……それをなしうるたまさんに付いていくのです……」
「そうですよ。その思いは私も同じ。だからルイーザは、私とともに同じ道を歩んでいるのですよ」
 優しくささやくたまだが、心中はルイーザを便利な道具としてみなしている。彼女は冷徹な権力志向者だ。サイバネティックス・高度医療分野において支配的な地位を獲得するには、まだ戦争が終わってもらっては困る、と考えている。彼女にとっては、ルイーザも、リデルもその駒に過ぎない――愛すべき駒ではあるのだが。
 だがそんなたまの思いを知らず、リデルがささやく。
「ルイーザは変わってしまったけれど、人を助ける道順が変わっただけのことにゃ。そんなに苦しそうにすることはないにゃ。私達が付いてるにゃ」
「そうです……私達は正しいことをしているのです……」
 ルイーザは目をうるませて応え。
「私が付いているから、大丈夫ですよ」
 たまが念を押すように告げる。
 そのように睦言を交わしていると、闇医者がベッドルームのチャイムを鳴らした。それは新しい『急患』の到来を表していた。
「命を……救わねばなりません……」
 ルイーザは身を起こして決意したようにいう。リデルが寄り添ってルイーザの身繕いを手伝う。それを見ていたたまは、鬱勃たる野心を内に秘め思うのだった。
『本当のことを知っても、あなた達は付いてくるでしょうけど、それでもなお、言うべき言葉があるとすれば……暴君、怪獣、魔王、どう呼んでいただいても構いませんよ、というところですか……』と。

SCENE5.


 ブレダ太陽系、主都星ディヤウスの首都ジャヴァーリにおいては、戒厳令下、外出が著しく制限されるのみならず、一部市民はシェルターへと避難誘導されていた。10年に及ぶ憂国士官会の統治、その後の3年間の内戦もあって、整備された軍事防衛機構は、多数の市民を収容可能なシェルターをも作り上げていた。
 そのシェルターの、避難民がたむろしている真ん中で、なにか思いつめたような表情で歌うのは、女子高生アイドル、泉 真理だ。
『この状況を不安がっている人たちを勇気づけなくちゃ』
 真理はその思いから自分が得意とする表現行為、すなわち歌をもって挑んでいた。中継音源にはない、ライブならではの暖かさと一体感が、優しい音色の歌声とともに人々を安らがせる。
『エリアさんに頼まれたんだ。きっとやりとげないと』
 戒厳司令官であるエリア・スミス中将は、真理に自ら声をかけ「その歌声で、人々の不安を晴らしてほしい」と頼み込んできたのだ。自己表現の場を探していた真理にとって、その頼みはまさに天佑であった。それ故、シェルター内部でライブをしているのだが。
 ――自分の行為は偽善ではないのか。ここで僅かな人を救えたとしても、この世界は変わらないのではないか。
 ――ここで歌うということ自体が、内戦の一方の当事者として争いに加担し、自身の一方的な事情や価値観を押し付けているのではないか。
 ――どんな結末であれ、自分は他人を不幸にすることしかできないのではないか。
 そんなネガティヴな思いが脳裏をよぎる。繊細で聡明な彼女は、自分を取り巻く状況をよく理解しているからこそ、そのように俯瞰的に物事を見てしまう。それは大局観――自己という小さな存在が大きな状況の中で何をしなければならないかという領解とは真逆の、精神的な袋小路であった。
 しかし、その袋小路を突破しようと、真理は意思を振り絞って歌い続ける。歌の合間には、聴衆を元気づけるマイクパフォーマンスを入れながら。
 そんな真理を、やや遠くから見つめているふたつの人影があった。
「あの人も、歌を歌うことで人を救おうとしている……瑞稀が私に託していることと同じことをしている」
 変異種の少女、月音 留愛はぼそりと呟く。
 それに、線の細い優男、御子柴 瑞稀が応える。
「違いますよ。わたしが留愛さんに託したのは、あくまで寄る辺なき人々の、憎悪や闘争から解放された国を作るため、『アレイダの聖女』となってもらうこと……。内戦の一方の勢力について歌う彼女とは、立ち位置のそもそもから違います」
 瑞稀はそうささやいて、真理を見る。「パペッティア」という二つ名を持ち、人心を見抜き掌握する才に長けた瑞稀にとって、真理は迷い、悩み、苦しむひとりの女性と見て取れた。本来はスラム街で留愛の歌を用いた人心収攬を行い、人々を留愛の歌でひとつに結びつけ、寄る辺なき人々のための国造りの最初の一歩を踏み出そうとしていたのだが、軍によるスラム住民のシェルター隔離に巻き込まれ、このような状況に陥っている。ならば、自ずと異なる手段を――目前の真理をも籠絡し、自身の思い描く国造りに協力させようかとも思いもする。
 仕掛けるか――そう思った矢先、真理が歌を止めた。咳き込んでいる。声の限界が来たのだ。
 そして、真理に代わるように、留愛が澄んだ声で、子守唄を歌い始めた。誰もが知っている、アレイダの子守唄を、静かに、しかし心震わせて――。
 テロ組織「MU」をも心動かしたその歌声は、シェルター内部のすべての人々の心を動かした。そこに込められた気持ち――人種や立場の違いを超えて、二組合争い合うのではなく、共にありたいという想いが、聴衆全体に共有されていく。
 ――私は、瑞稀についていく。
 ――瑞稀はとても危ない人。だけど、歌を褒めてくれた。初めての友達になってくれた。
 ――私は友達が欲しい。みんなが友達に慣れればいいと思っている。
 留愛のそういった思いが、歌声とともに広がっていく。
 瑞稀はその歌声を聞いて、自身が彼女に賭けた期待の正しさを再認識した。彼女となら身に過ぎた大望もやり遂げられるのではないかと感じた。
 そして真理は――純粋に、人と人とが判りあい、友だちになれるよう祈りを込めた留愛の歌声を聞いて、自身の歌が本心からのものではないと悟ってしまった。だから彼女は、かすれた声で、アレイダの子守唄をハミングする。
 やがて歌声はシェルターの中の人々からも上がるようになり、そして全員が声を合わせて歌い始めた。ハーモニー。瑞稀の目指したものの一端が、確かにそこに現れていた。
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