ACT0:オープニングアクト
フェリーの船内では、観客たちが席につき、劇の開始を待っている。
小鈴木 あえかはそんな彼らを見ながら、ふっふっふ、と意味ありげに笑いながら立ち台へ上がった。
海を背にした小さな舞台に衣装姿のあえかが立つと、おお、と期待の声が起こった。
どこからか取り出したサウンドトラックから、アグリーペンギンがオープニングナンバーを流し始めると、それにもまたぐぐっと大きく観客たちが反応する。
でかでかと海の広がる窓ガラスへ、超・背景描写であざやかに描くのは――ピクトグラムの注意事項であった。
そのまま基本的なこと……大きな声を出さないであるとか、前の席をけらないであるとかを説明し終えると、あえかはレインボウカーペットをアグリーペンギンに向かって伸ばした。
「ペンギンさん、一緒に前説をやりましょう!」
「おおっ!? どういう風の吹きまわしだい」
舞台が始まるので小道具をしまったアグリーペンギンの手を取り、ぐいっと椅子から起こした。
前説……サイレント映画の活弁を起源とし、古くは歌舞伎や人形浄瑠璃などにゆかりを持つ、由緒正しい語り仕事である。
「そんな格好してるんですから、舞台に出るのが嫌ってわけじゃないんでしょう?
この舞台のことだって、今いちばん知っているのはあなただと思いますし」
「うーん……わかるとも!」
何をわかったのか、アグリーペンギンはさっと着ぐるみの中から一枚の紙を取り出した。
そこに書かれていたのは、なんと今回の公演、『黄金の島』の予告あらすじであった。
「君がやってくれたまえ。僕の着ぐるみは、むしろ恥ずかしいから着ているんだ!」
「本当ですか……? ええ……?」
何が起こるかわからないのもまた舞台。
あえかはしぶしぶそれを受け取り、作品の導入を語り始めた。
「これからご覧に入れますのは、“エトワール”第三幕『黄金の島』。
願いの叶う宝石をめぐって、海賊と海軍が競って海の冒険へ出ます!
待ち受けるのは、願いの宝石を持つ神の一族――。
楽しいことに飢えた彼らは、人間たちに『笑顔にしてみせろ』と試練を課したのです……!」
タイミングよく、上映ブザー替わりにフェリーが汽笛を鳴らす。
それにあわせて、観客席のすぐ目の前を、一隻の帆船が横切っていき――始まりを強く予感させた。
「さあ、いよいよ海軍連合、海賊同盟による熾烈な最終決戦の幕開きです――
が、どうやら海には、それだけではないようですね……」
海の上には、何隻もの大きな船が浮かんでいる。
海軍連合と海賊同盟、二派に分かれたそれらにまじり、一艘の小舟……に見立てたホバーボードが、文字通り海から浮かび空を泳いでいた。
「いいかベイビー? 俺様の筋書はこうだ……
結局宝石は手に入らない。それは海賊と連合にとってのもの。
この争いの中で遺失するか、それとも足が生えて逃げてっちまうのか?
……いいや違うね。どれでもない。
願いを叶える宝石は、人々の欲を集める宝石は、一人の男の手の中に収まる。
そう、世紀の大怪盗ホーク様の手の中にな!」
ユニークなテーマソングで入ってくるのは、
飛鷹 シン演じる怪盗と、その相棒の喋る船役の
示翠 風だ。
船には女性の名前を付けられることが多く、女性になぞらえた比喩表現も多い。そういった意味付けとしても、この配役は興味深いものであった。
「はいはい。能書きは宝石を手に入れてからにしてくださいね。
それでは向かいますよ……神々の住む、黄金の島へ!」
一見すると、怪盗ホークはいささか気障ったらしくコミカルなキャラである。
おあつらえ向きなツッコミ役も含めて、コメディリリーフ的な役どころと言っても差し支えないだろう。
しかし彼は、その様子からは想像もできないようなどんでん返しを、こののち見せることなる。
かくして、波乱を予感させながら、“エトワール”第三幕『黄金の島』は、その幕を開けたのであった――。