~ 極東の空 ~
あれだけ青いと思っていた
ワハート・ジャディーダの空も、実のところ砂埃で黄色かったのだと思い知らされた。
この世界で得たかけがえない友にせがまれて、ともに舞いおりた極東の島。妖精
ファリダの横顔は、
葉剣 リブレにはすっかり異国情緒溢れる
新空島に魅入られていたように見えた。
白い漆喰と黒い瓦に塗り分けられた町。木と紙の戸を行き来する、艶やかな布を纏った男女。そんな人々──実際には汽人だが──が自分たちを見ておっかなびっくりすることだけが彼女の不満だったようだけど、そんな時こそ
ムスタファ一座の本領発揮だ。
西方の聞きなれぬ神秘の調べに乗せて、踊りに曲芸にと芸事を始める異人たち。リブレもフルートの音色に乗せて、花びらをつむじ風のように周囲に纏わせる……その中央で互いに手をとり回りつづける『妖精姉妹』は、この新空でも人々を魅了する。
最初はおそるおそるだった新空の人々も、いつしか舶来の一座に対し、無邪気に手を叩きはじめた。渦を作っていた花吹雪は爆ぜるように広がって、人々の上へとふり注ぐ……その下でポーズを決めた妖精姉妹は、今や格好の喝采の的だ!
「リブレが西の船乗りたちの言葉を喋れたお蔭ね! あなたはここの言葉もわかるの?」
続く獅子頭の座長の手品のために、控えのスペースに戻ったリブレに、ファリダはそっと口許を近づけて、楽しげに囁いた。
「まあ、そうだけど……」
語りすぎれば自分の秘密──異世界と特異者のことまで明かさねばならなくなると心配になりつつもリブレが答えると、実は彼らの言葉は私にもわかるの、みんな楽しんで賞賛してくれてるわ、と、悪戯っぽく笑ったファリダ。
「でも、通訳してほしいことがひとつだけあるの」
「いいげど……どんなこと?」
「ここの人たちが来てるような服、作ってくれるところは探せないかしら?」
「いろんな布地があるみたいだけど、どれが一番ファリダに似合うかなぁ?」
「何言ってるの、あなたの服だって作るのよ? そしたらこの島の美味しいお菓子を探すの……どう? 素敵じゃないかしら?」
住民が汽人ばかりのこの島も、聞けば繊細で精緻な菓子作りの技術が受けつがれているらしかった。
「人づてには噂を聞いております。異国よりいらした方で御座いますね、ようこそ私どもの店へお運び下さいました」
畳に手をつき深々と座礼する菓子屋、
桐屋の女将によれば、意外にも新空島には多くの料理人や菓子職人がいるという。生身の人間に乏しいこの島は、総量としての食糧生産高こそ少なかれども、需要に比すれば余剰気味なほど……しかも、それらが自ず将軍家御用達であるというならば、人々がいかに贅を尽くした料理を作ろうかと精を出すことは必然であったろう。だとすれば、特使艦隊の小さな水先案内人、
アッディーンにとって、この島は彼のこれまでの労苦と貢献に報いるに足るものになるのではないかと
山内 リンドウは考えるのだった。
ゆりかごにいる時からスカイドレイク南方世界を絨毯で飛びまわり、西はワハート・ジャディーダ西方
ヌーバ島の訛りを、東は
新龍島の言葉を自在に操るアッディーンでさえも、この新空では言葉はほとんど通じない。それでもATDの使えるリンドウがわざわざ翻訳してやるまでもなく、アッディーンは持ち前の商人魂で身振り手振りだけの会話を成りたたせ、新空人たちも新龍語の解る物知り老汽人たちを呼んだりして一丸となって世話を焼いてくれている。
この島が彼にとってこの上ない居場所になってくれるのではという期待は、どうしても膨らまずにはいられなかった。最高級の食事という恩恵があり、周囲の人々も好意的な島――その印象はリンドウがアッディーンを連れたまま島内のどこへと向かっても、変わることのないものだった。
もっとも、リンドウが町人たちから聞いたところによれば、汽人たちの生身の人間への忠誠は、常に絶対確実なものではないようだったが。
「お恥ずかしいことに、中には星導石の老朽化や故障によって、他者を傷つけようとする輩もいるんですよ」
「あら、皆様がお恥じ入りになることはありませんわ。そんなのはどうにもならないことですもの……肝心なのは、いざという時に止めるための方策があるかどうかですわ」
そんな町人とのやり取りを思いだすリンドウから少し離れた辺りで、何やら言葉にならぬ言葉を喚き暴れようとしたところを風にはじき飛ばされた1体の汽人が、他の汽人たちに次々にのしかかられてゆくところだった。
“故障者”をとり押さえる人々は、彼がふき飛ばされてしまっていた理由を知らない……リンドウがマナストーンの花弁を持った指輪にひとつ囁いて、精霊たちに風をまき起こさせていたことを唯一知っていたアッディーンだけが、にんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべてリンドウに目を遣った。