〈プロローグ〉
尾俵城天守、奥の間。
法正は、「北条 氏政」を名乗る
海陵王の前に跪いている。
「では海陵王様、手筈通りに……」
「法正、本当に良いのだな……?」
射貫くような海陵王の視線を感じながらも、法正は穏やかな口調で答えた。
「ええ。金国再興は海陵王様さえご健在であれば成し得る事。我ら四天王は、それを阻む者たちを排除するのが使命。刺し違えてでも、里見の坊さんと異国の者たちを潰してご覧に入れましょう」
「刺し違える、か……お前にしてはえらく弱気だな」
海陵王の眼光と声色は全く変わらない。
そして、返す法正のそれにも変化は見られない。
「この状況を客観的に分析しているまででございます。いくら私とて、あれだけの勢力を無傷ではね返す事は出来ないでしょう。しかし、海陵王様に万一の事あらば、金国再興の野望も潰えてしまいます。この法正、元より海陵王様の駒以外の何物でもございません」
己を「駒」と言い捨てた法正に、海陵王の口元が愉悦に歪んだ。
「良く出来た駒だ」
「では、良く出来たついでに……。海陵王様、私に万一の事がありましても、どうかお心を乱されませんよう。その時の手は既に打ってあります」
「……『あれ』か。あんな策はお前でなくば思いも付かぬであったろう。全く、敵には回せぬ奴よ」
「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」
微笑を見せた法正に、海陵王は嗄れた声を落とす。
「では、山中(やまなか)で待つ」
「はっ」
直後、海陵王は空間の歪みに消えていった。
海陵王を見送った法正は、天守の狭間から遠く下宇佐の方角を見つめて微笑んだ。
「優しい優しい坊さんならば、蜂起した弱者を捨て置く事など出来まい。これでこちらに来る異国の英傑を多少は削れたかな」
続いて、彼の視線は西に動く。
「ふむ、坊さんは八王子に手を出したか。確かにそこを落とされるとこっちはちょっと厳しくなるかな。全く、戦働きの経験も無いというのにあざといものだ。とはいえ、坊さんがそう来るだろうとは想像出来ていたからね、こちらもそれなりに用意はさせてもらったよ。せいぜい足搔くといい。さて……」
法正の目に、尾俵城の城門を抜けた英傑たちの姿が映った。
「……私たちに牙を剥くと言うのなら、それなりの報いは受けてもらわないとね」