三千界のアバター

雲龍世界探訪

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雲龍世界探訪
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- あの雲の向こうに -

 その頃、遠く離れた空の上にて――。



 一面の積乱雲。空に浮かぶは石の龍。なるほど、こいつはいいロマンだと、不死川 神楽の口角はおのずと不敵に上がる。
 気流が作る心地よい振動を感じて、カップの中の紅茶がゆっくりと揺れる。それがカップの外へとこぼれ落ちてしまわぬうちに……神楽の指がカップを取って、優雅にそれを口許へと運ぶ。サボってるわけじゃない、この世界のありようと変化について、観察タイムと洒落込んでるだけだ……少なくとも彼女の言い分では。

 ニュートラファルガーを発った交易船団は、南東の空へとゆっくりと離れていった。中心となるのは大型客船クイーン・キャサリン。その前後を中型の貨物船が挟み、さらに周囲にはドラゴンシーカーの小型飛空船が散る。時おり小型飛空船がクイーン・キャサリンに接舷し、しばらくしてから去ってゆくのは、補給なり乗員の息抜きなりのためであろう……少しでも安全な空の旅を乗客に提供するためには護衛のコンディション確保も不可欠であり、大型飛空船には必ずと言っていいほど空母機能も付属するらしい。ドラゴンシーカーに乗客用のレクリエーション施設を使用することが条件つきで許されているのも、珍しいことじゃない。

 そんなクイーン・キャサリンの落ちついたラウンジの中に、耳障りな男の甲高い声が響いていた。
「もしもこの理論が実証されれば、人類は今までより遥かに巨大なエネルギーを利用できるわけだよ! 何故奴らはそれが解らない!」
 拳をふり上げて熱く語るのは、禿げあがった頭頂部を持つ白髪の博士。ひょうたんのような顔を真っ赤に染めながら、同じく白髪だが髪の多い、厳つい顔の学者と会話を交わしているようだった。
「彼らだって解ってはいたさピエール。ただ、理論の実証には安全に確証の持てない実験が必要になる。彼らは、世相の不安定な今はその時ではないと言っている」
「馬鹿馬鹿しい! こんな時だからこそ夢を見なくてどうする!」
 人々が大声に顔を顰めている。そんな中で2人に声をかけるのは勇気が要るが、この世界のマナ理論について教授願おうと思う者にとってはまたとない好機。
「やけに盛りあがってますけど……何があったんでしょうか?」
 そんな風に首を突っこんできた榛名 千晶を、ピエールと呼ばれたほうの学者が逃すはずがなかった。
「キミはマナを知っているね? 世界に満ちたエネルギーであり、キミのように人類を異人に変貌させる原動力でもある」
 博士は千晶の背中に生えた黒い翼を指して説く。もう1人が失礼をたしなめるのもお構いなしだ。
「古来より人類はマナを、最も根源的な元素と考えてきたわけだ」
「地・水・火・風・光・闇……ですか?」
「そう! しかし昨今、これらが相互変換されているとしか思えぬ現象が発見されている……マナは、さらに根源的な小元素に分割できるはずなのだよ! そう考えればマナの作用が複雑である理由も容易に説明がつく!」
「なるほど! ……ん? でも『はず』とか『説明がつく』とか断言する以上、具体的にどう分割されるかの仮説は立ってるわけですよね?」
「むむむ、鋭い……! 無論幾つかの仮説があるのだが、今から模式図を……ええい! キミ、どこの学部かね? ……え、大学へは行っとらん? キミ、推薦状を書くから是非ともシテ大学に入学するつもりはないかね!!」

 ピエール教授の勢いに圧倒されつつもしばしば自論を展開させ、教授をより饒舌にさせる恋人の姿を、白野 直也はちらりと遠目からふり返った。彼の談笑の相手は「あれには入ってゆけませんね」と苦笑しながら、直也ともっと他愛もない話題に花を咲かせている。
「最先端のマナ理論に、ああも容易くついてゆけるなど。知りたがりなレディのエスコートは大変でしょう」
「ええ。でもボクも知りたがりは同じですから……たとえば、どこかの地上にあるという巨大都市はどんな場所なのか、とか。実際のところ、そんな都市ってあるんですかね?」
「おや、そんなおとぎ話を信じていらっしゃるので? かくいう私も、雲が途切れるまで進んだ先には地上が見えてくる……そんな空想をせずにはいられないのですがね。そうでなければ、こうして島々の間を旅してなどおりません」
 ……ということは、スカイドレイクの人々がガイア世界を認識しているというわけではないのだろう、と、直也はひそかに思案する。まあ、マナ含んだ死骸兼地面、とかいう頭の痛くなる物体の上に人が住んでるって時点で、ガイアとは似て非なる世界だろうって予想はついていた。気になるのはその差がどこまでのものかということだ……その後いろいろ聞いた限りによれば、『マナストーンを加工してギアストーンにして機械に組みこむ』という基本的な技術体系も同じではあるようだが。細かい差異はともかく。
 そんな話をしているところに……。
「たっだいまー! オレットさんが他の人の話聞きにいくって言うから来ちゃった! さっき地上の話してたけど……地上ってどうなってるんだろ? 海にでも沈んだの?」
 唐突に、何やらオレット・アルメストと話していたはずのアヤ・フローレンスが首を突っこんできた。直也の話し相手の男は不機嫌になることもなく、さらなる冒険ロマンに心を躍らせる。
「雲の下で死の土地として横たわっている、今なお永遠の落下を続けている……様々な想像がされてきましたが、今ならやはりリュー風に『邪悪な地上帝国に支配されている』でしょうか? アルフォンス・リューは当代を代表する類稀なる作家ですからね……もっとも私に言わせてもらえば、彼の地上帝国の描写はノイエスアイゼンを意識しすぎている。まるでかの島が邪悪で抑圧的な軍事国家であるかのように――」

 アヤらの話題がSF作品談義に逸れている間、一旦オレットのほうにも視点を移してみるとしよう。
 オレットは千晶の、アヤは直也のパートナー。互いに挨拶と自己紹介を終えて分かれた後、オレットが声をかけた相手はビジネスマンらしいひとりの男だった。
「私、ロバート・リンドバーグ通りで画商を営んでおりまして。これからシテに仕入れに向かうところなのですが……おや、そのお顔は絵にご興味がおありそうですね」
「ええ! あそこで騒いでる千晶ちゃんたち……落ちついた絵をプレゼントしたら、もう少し紳士淑女らしさも身につけてくれるのかしら?」
「シテ風の静物画などでしょうかね。ラヴォアールのものが置いてあります、『フィリップス画廊』まで足をお運びくださるのであれば歓迎しますよ」
「まあ、素敵! でも、お高いんでしょう?」
 そんなふうに男のセールストークをあしらいながら、オレットはこの世界の人々に関する幾つかの話を画商フィリップス氏から聞きだしていた。
 曰く、肉眼でも尾をたなびかせる巨大彗星は、シテでは芸術家たちの創作意欲をかき立てていること。
 対照的にニュートラファルガーでは、彗星に呼応するように活動する地上教団が落とす影のほうが、大いに人々に影響を与えていること。

 だが、弾む話を妨げるかのように、突如カンカンという甲高い鐘の音が船内に鳴りひびいたのだった。
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