三千界のアバター

雲龍世界探訪

リアクション公開中!

雲龍世界探訪
リアクション
First Prev  1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8  Next Last

- 密かなる影 -

(結局……地上教団って何なんですかね?)
 それが昼から夜までずっと『フライヤーズ』に詰めつづけた結果、ウリエッタ・オルトワートの出した結論だった。
 夜空を照らす彗星が生んだ、得体の知れない不気味な影。やけに薄味のフィッシュアンドチップス(大河も海もないこの世界で『フィッシュ』といえば、水中の魚ではなく空中を群れで遊泳しているスカイフィッシュのことを指すらしい)でウリエッタの腹が膨れる頃までには、幾度となく人々が声を潜めて彼らについて囁きあうさまが耳に入ってきた。
 けれども当のスカイドレイクの人々でさえ、地上教団の何たるかなど解っていないのだ……ただ、彼らが「全ては聖なる地上のために!」なる荒唐無稽な信仰の名の下にテロを肯定しているということを除けば。
「私、最近ドラゴンシーカーになったので、地上教団と戦う際に注意すべき特殊な武装とかがあれば教えてほしいんですよ」
 幾度となくウリエッタも、そんな問いを居あわせたドラゴンシーカーらに投げかけてみたことがあった。彼らからの答えはこうだ:
「特殊な武装も何も、奴らはただの一般人だぜ? 食いっぱぐれたとか、恵まれてる奴らが許せないとか、そんなどうしようもない理由で暴れまわるんだ……ドラゴンシーカーにすらなれなかった人間のなれの果てさ。
 ただ……そんな自暴自棄になった人間だから、奴らにゃ失うものが何もない。場合によっちゃ自分の命すら平気で投げうつ、正真正銘の狂信者どもだ。勝てる勝てないだけで言えばほぼ間違いなく俺たちが勝つが……ああそうだ、奴らの忘れちゃならない武装って言えば爆弾だ。拘束しようとしたところで隠し持ってた爆弾で自爆されて、体を半分持ってかれたくなけりゃ、それだけは絶対に注意しておけ」
 無論、彼らとて誰も彼もが暴徒なのではあるまい。その裏には信者らを利用する幹部らがいて、何か恐るべき陰謀を企てているに違いないのだ。
 けれどもそれを理解するには、人々は彼ら地上教団のことを、ほとんど知らないと言ってもいいのであった。

 そして……そんな地上教団の暗躍は、今日もまた人々の傍へと忍び寄っている……。



 時は、少しばかり遡る。

 チャールズ・オールコック通りの喧騒も、綺麗に刈りこまれた芝を囲む中央広場まで届きはしない。絵画や手芸品を売り歩く人々。買い物ついでの休息を取る子連れの母親。オールコック通りとは趣の異なる憩いの時間が、ここではゆるやかに流れている。
 そんな人々の営みを見守るかのように、その建物は建っていた。
 まるで城砦を思わせる、窓の少ない石造りの外壁。歴史的な重みを感じさせはするもののどちらかと言えば威圧感より安定と安心を感じさせるこの建物こそが、ニュートラファルガーの施政を一手に担う政府庁舎だ。
 いつの世も政府というものは、民衆から理解されることはない。意思決定は慎重をとおり越して鈍重に映り、かといって判断速度を重んじれば検討不足となじられる……それでも国家に危機が訪れたときには彼らの強大な力が必要になることを、天峰 ロッカは知っていた。
(この世界は今、危機に瀕してる……でも、ジャックさんのようにこの世界の明日を信じている人だっているわ)
 そんな人たちの希望に応えるためにも、決してこの世界を滅ぼさせない。それには彼女たち特異者だけの力では十分でなく、政府の力を借りねばならぬことだってあるに違いないのだ。

 けれどもそんなロッカを迎えたものは、窓口公務員のけんもほろろなお役所仕事だった。
「外交課要人の秘書か護衛として雇われたい……ですか? そういうのは外交課ではなく人事課の窓口にお願いします」
「天峰様は……戸籍登録はなし、ドラゴンシーカー・ギルドにも登録したばかり。残念ながら要人秘書の応募要件を満たしませんね。土木課の現業職か国防課での傭兵登録であれば可能ですが」
 無機的なたらい回しを前にしたならば、能力を証明する機会すら与えてはもらえない。優秀でさえあれば出自を問わぬドラゴンシーカー・ギルドとは違い、公僕となるには第一に出自という形で自らの安全性を証明せねばならぬ――要人に近づこうと思うのなら特に。
 とはいえそれは、公的な話だ。私的に近づくことまでは、さしもの政府も阻めはしない……だから。
「外務大臣のアーネスト・ハモンド様でいらっしゃいますね? ロッカと申します。是非ともハモンド様にお願いしたいことが」
 そうロッカが声をかけたなら、外相はしばしの談義の時間を許してくれる。

 ロッカは語る、自らの祈りを。断片的な公務情報から多忙な外相の空き時間を見いだした能力で、是非とも外相の力になりたいと。
 ハモンド外相は穏やかな笑みを浮かべて、ロッカに名刺をさし出して囁く。
「私とて、政府の規定を覆すことはできません。しかし貴女の熱意が本物であるのなら、私は一市民として応援したい……今日のところはそれでお許しいただけませんか、レディ?」



 そんなやり取りがくり広げられていた間、庁舎の別の窓口には山内 リンドウの姿も目にすることができた。けれども彼女の目的のほうは一瞬。単に中央広場でのパフォーマンス許可だけだ。
 ずっとなし崩し的に無許可パフォーマンスが増えていた、とは窓口係員の愚痴だが、かといって余程のことがない限りは取り締まられるわけでもない。ただ……それが地上教団の隠れ蓑になることを恐れ、さしもの警察も重い腰を上げようと考えているらしい。

 そんな内情を頭の隅に入れつつも、リンドウの歌と踊りは始まった。
「さぁ、わたくしを見てくださいませ! 自奏弦楽器“メルツェル”による演奏とわたくしの歌、どうぞ、お聞きくださいませ」
 精巧な機械仕掛けが爪弾く弦が、ときには楽しげ、ときには物悲しげな音を辺りに響かせる。それに合わせ、脚の鱗をちらりと見せて、ドレスの裾を水飛沫のようにひるがえす彼女は、あたかも人間に変身した人魚。そして人魚の歌声は、魅惑的な歌声を通じて、曲に篭められた感情を殊更にかき立てるのだ。
 人々の多くがとおり過ぎた。けれども同じくらいの人が一度は足を止め、リンドウの周囲に人だかりを作りはじめた。
「次はどんな曲がお望みかしら?」
 見物人たちにそう訊いて……その時、物陰でこそこそと政府庁舎のほうを窺うローブの人影に、リンドウは気づいたのだった。
 最悪の事態もあるかもしれない。見物人たちにその意図を悟られないように、パフォーマンスの一環を装って水の精霊を周囲に舞わせながら、密かに人影に注意するリンドウ。
 幾人かが足元のケースにおひねりを投げこんでゆく。リンドウがそれに微笑みで応えてから再び見れば……人影は彼女の周囲の人目を避けたのか、もう、どこにも見あたらなかった。



 ……ふと、こちらを見つめる不穏な気配。けれどもが猫宮 織羽が正体を探るより早く、それは周囲の人々の視線に紛れてしまった。
 着物に袴。くるりと回す、鮮やかな和傘。ガイアのメトロポリスでさえ珍しかった瑞穂皇国の装いは、このニュートラファルガーでは知られていなかったらしい。謎の視線を隠すほど多くの好奇の眼差しが、じっと織羽へと注がれている。
 そんな人々の興味をさらに惹きつけるように……ふわり。道脇の建物の土台にとび乗った織羽。手の中で、静かに傘をすぼめたならば、深々としたお辞儀で何が起こるのかという人々の期待を膨らます。

 それは、エキゾチックな唄だった。
 瑞穂風の音階をとり入れた、どこか望郷的な懐かしき調べ。機械式楽器の音色と混じり、心地よい安心感を育む澄んだソプラノは、高く、遠くまで広がってゆく……織羽が伸ばした手とともに現れた、無数の桜吹雪とともに。

 桜の花もすべて舞いおちて、余韻がようやく去るのと同時。辺りは拍手の音で包まれた。
 織羽は神秘的な表情から一転人なつっこい笑顔を浮かべて、聴衆の一人ひとりに握手を求めて尋ねる。
「こんにちは! わたし、旅人のオルハっていいます! 旅をしながら、いろんな島に伝わる古いおとぎ話や、伝承の唄を集めているんです!」
「頭山の盆の窪広場には行ったかい? あそこには有名な恋の物語があってね……」
「いやいや、この通りの名にもなった大飛空船乗り、チャールズ・オールコックの伝説はどうだ!」
 賑わう街角に会話の花が咲く……けれどもその時例の気配が、再び現れたのだった!
「よう姉ちゃん……とっておきの話があるんだが、聞かねぇか?」
「ここじゃ話せねぇ……一緒に休みながらでもどうだい?」
 下卑た表情を浮かべる大男2人組。集まっていた人々は蜘蛛の子を散らすように逃げはじめ、織羽は男たちと3人きり!
 ……が。

「わっ!?」
「ぎゃっ!」
 そんな悲鳴を次々上げて、男たちは一目散に逃げていった。彼らに突然かかった水は、標的を見失ったリンドウの精霊の再利用。



 街には、再び静けさが訪れる。
 それが今後起こる嵐の予兆であろうことは、特異者たちは誰もが予感するものだったかもしれない。
First Prev  1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8  Next Last