三千界のアバター

雲龍世界探訪

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雲龍世界探訪
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- 空と島の狭間で -

「――“雲龍世界”スカイドレイク、か」
 思索に耽るバルター・アイゼンベルトの視界の彼方より、数隻の中型飛空船の群れが舞い降りてきた。
 彼らが乗せるのは、人か、荷か。バルターのいる空港脇の修理工場からではそれを想像することしかできないが、彼らがこの石龍島というちっぽけな人類の生存圏のために危険な旅路へと赴いていることだけは、今更疑いようもない。
 雲に覆われた地上。ニビル彗星と地上教団。不気味な兆候はすでにあり、特異者たちはその正体を探って解決しなければならない。
 何をしなければならぬのか……調査のための、あるいは――最悪、避難のための飛空船が必要になるのだろうか……。
 その時、思索を妨げるかのように、しわがれた大声がバルターの耳に飛びこんでくるのだった。
「おーい新入り、忙しくなるぞ! 飛空船乗りどもに期待の新人の腕を見せつけてやれ!」
 世界が世界ならドワーフで通りそうな小柄で太い髭親父──身元も定かでない男の星導技師としての実力を見抜いて即日採用した『ギブスン工廠』の親方の声を聞いたや否や、バルターは道具の手入れを終えて立ちあがる。

「酷く船体を傷つけられたようだな」
 大穴の開いた外板をとり替えながら訊くバルター。船長の男は肩を竦めて、聞いてくれよとばかりに愚痴りはじめた。
「最近、飛竜どもの狩場が変わったらしくてね。航路図がさっぱり役に立たねぇ」
 なるほど、親方からも聞いていたとおりだ。だが……何故急に?
「彗星が影響でもしたのか?」
 そんなバルターの疑問に対し、船長はさあね、と渋い顔を作る。
「元の狩場に餌がなくなったのか、それとも奴らにとって安全じゃなくなったのか。なんにせよ、その原因の原因の原因が彗星だったとか言われても俺ゃぁ驚かないね」

 空港では再び飛空船が着陸し、轟音をたち並ぶ工場街に響かせていった。



 そんな工場街の、別の一角にて――。

「ハァ? 飛空船を売れねぇってのは一体どういう了見だ?」
 身をのり出した柊 恭也に気圧されて、カウンターの中の丸眼鏡の老人は、背中を後ろの棚に貼りつかせるほど身を縮こませ、けれども毅然とした声で答えるのだった。
「いいかい、よーく考えてみておくれ……お前さん、何をどれだけここに持ってきた?」
「金塊が2つに、銀塊が2つ。……なんだ? ここじゃ金銀に価値がないとでも言うのか?」
「逆じゃ大馬鹿者。価値がありすぎるんじゃ」
 ありすぎる?
 怪訝な顔をして姿勢を戻した恭也から解放されて、老人は襟と眼鏡を整えた。それから、俺は腹の探りあいが苦手なんだ、と低語する恭也に向けて、逆に指を差して説きつける。
「お前さん、島の名士とかそういうわけじゃないじゃろう?」
 そりゃそうだ。さも当たり前であるかのように答える恭也。
「そして、名を上げたドラゴンシーカーってわけでもない。飛空船も持ってない、昨日今日に登録したばかりの奴が、大冒険なんてしてきたわけがないんじゃからのぅ」
「……何が言いたい?」
 再び恭也が身をのり出してゆく。今度は老人も押しかえす。
「つまりよ。そんなどこの馬の骨とも判らん奴が持ってきた財宝なんて、そりゃあ怪しすぎておいそれとは受けとれんわな」
 ローカスト――恭也の持ちこんだ軽トラの助手席で、ぼーっとやり取りを聞いていたミシャ・ルメイがくすくす笑った。この状況、間違いなく兄貴と慕う恭也の窮地ではあるが、ちょうど違う世界に遊びに行こうとしていたところを呼びつけられて金銀の荷造りと店への運びこみまでやらされた身から見れば、まさしくいい気味ってやつだ。
「か弱い女の子に酷い話だよねマジで。ま、ここからの兄貴たちの健闘を祈ってるよ……」
 ミシャが、交渉に失敗してまた金銀をトラックに運びこむことになっても今度は手伝ってやるものか、などと心に誓っている一方で、恭也のもう1人の相棒伊勢 日向の脳裏では、この状況をいかに打開しようかという検討が続けられていた。
(元々、この交渉が博打であることは間違いありませんでした。金銀の相場や船の相場を調べて回ったわけでもないのに、最初からこちらの限度額を明かしてしまう交渉のやり方……しかも、売る金銀も、本当に値段がつくかも判らない異世界の産物なのですから。世界情勢がきな臭く、一刻も早く冒険に出かける必要があるという事情がなければ、このような交渉はしなかったでしょう。
 ですが……その全てを通してもなお、困難が立ちはだかっていたとは。身分を偽ることなどできないでしょうし……やはり、仕事を地道にこなしてゆく? 急がば回れとはこのことでしょうか?)
「じゃあ聞かせろ。……どうすりゃギルド斡旋のオンボロよりマシな船を売ってくれる?」
「悪いが……信用のないうちは諦めろ」
 食ってかかる恭也に対して、老人は飄々と説くと出しぬけに席から立ちあがった。
「大方、品物のいい、ぼったくらない店の噂を聞いてウチに来たんじゃろう。だったらお前さんの情報収集の腕は確かじゃから安心せい。
 じゃがな……ウチがいい店なのはそれだけじゃない。客を見て、本当にそれを売ることが客のためになるのか判断して売るからウチは信頼されちょる。こんな店、ニュートラファルガーはおろか世界のどこにも見つからんわい。
 その店の主人が言うんだ……お前さん、ロクなことを考えん類の人間じゃろ」
「これでも、殺して船を奪う選択肢は封印したんだぜ?」
 引きつった壮絶な笑顔を老人に向けてみせる恭也。
「ほれ言った」
 やはり老人は顔色ひとつ変えずに言葉を続ける。
「お前さんみたいなのに船を持たせたら、たとえ誰を殺すことはなくともいつか無茶をしておっ死んじまうのよ。持ってきたモンだけの話じゃない……そういう奴を物理的に、ショボいかもしらんが無駄な命の危険を冒せない依頼しか請けられないようにするためにも……俺はお前さんにいい船を渡すわけにゃいかねぇ」
「あぁ、そうかよ」
 恭也は、乱暴に店の扉を蹴とばした。慌てて日向が金銀を風呂敷に包み、不埒者に中身を見られぬよう抱えて後を追う。
 ローカストは異世界技術と薄い大気ゆえにひどいエンジン音を立てながら、老人の店に排ガスを吹きかけていった。
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