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鬼斬刀の眠る山 ~清涼の夏~

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鬼斬刀の眠る山 ~清涼の夏~
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クラン・イノセンテ


 肌を焼くような陽光が、剥き出しの岩肌を、突き刺すように照りつける。
 まるで光に裂かれたかのようにひび割れた一帯に、黒い大岩のような影が浮かび上がった。
 熱気により揺らめく影は、炎が伸びるかのように揺らめきながら立ち上がる。
 自身の背丈の、二倍はあろうかというその影――熊の妖魔たちに囲まれながら、額から伝い流れる汗も拭わずに、クラン・イノセンテは真っすぐと睨み上げた。
「――“届かせろ、陽の如く”」
 鞘代わりの白い布に包まれたままの大太刀を握り締める。
「“遍照白夜”」
 解呪と同時に、両手で握った大太刀を横に振るようにして、構えた。
 振るった瞬間に、柄頭に繋がった白布がたなびく。
 瞬間、元々はすらりと長い大太刀が、照りつける陽光そのものを纏ったかのように、幅広になる。
 ひと思いに、横薙ぎに刀を振った。――本来の刀身でなく、解呪によって刀身を拡張するように纏わせた光刃にも、はっきりとした手応えを感じる。刀たれとクランが念じてさえいれば、その光刃で熊の脇腹を裂く感触すら伝わるほどに、それは実際に刀として存在した。
 一振り目は、幅広の剣のように。振り切ったそれを返すときには、切っ先を光刃で長く伸ばす。
 クランがこれを刀であると認識しているが故か、鞭のようにまでは長くはならず、大きくしなることもない。けれども、実際に物質を伴う刀身であったならば人の腕では振るうことは出来ないであろう程にまで伸びたそれは、しかし光であるが故に重さは伴わない。元の大太刀を振るう力のみで、自身の背丈の二倍はある妖魔の背丈と同じほど長くなったそれを、クランは打つように振った上に更に反対側へと斬り返した。
 天上から降り注ぐ陽光は、何処までもその光を届かせ、闇を消し去るもの。
 そんな、世界を遍く照らし続ける太陽の光の様に、遠く広く届かせる力――“届”の属性。それが付与された大太刀を、届くと信じるクランが振るえば、むしろ“届かないはずがない”のだ。
 光刃によって、元の大太刀が形状を変えるわけではない。あくまで纏う光が凝縮して刃となる。だから元の刀身より小さな刃にはならないが、斬りたい、届かせたいと思った時には、届くような形に光刃がもう形状を変えていた。
(軽い――!)
 闇を消し去る陽光そのもの。それは振るうクランにはじんわりと温かく、そして眩く光るものだが、斬りつけられる妖魔には太陽の熱をそのまま刃にしたかのような熱量であるのか、斬りつけた瞬間に妖魔の体が焼き斬れて、感触はあるものの阻まれるような引っかかりをほとんど感じることがない。
 必要であれば、解呪発動の瞬間には光刃を形成できるし、戦いながらの変形も、クランが集中してさえいればほとんど瞬時になすことができる。
 鍛錬を始めたばかりのころは、光刃をどんな形状にするか戦いながら迷ってしまい、迷うとその通り光もゆらめいて最悪の場合は消えてしまうこともあった。発動自体は容易だが、制御が難しいのだと言われていた力の意味は、この焦山で散々に思い知ったのだ。
 けれども、今はもう、きちんと光刃の維持に意識を集中させることができるようになった。
 刀として振るっているので刀としての形にしかできないが、瞬間的、なおかつ刃を届かせるために明確に形を思い描いたものならば変形できるようにもなっている。
 六頭目の熊を斬り払った直後、クランは七頭目の熊の突き出した爪を斜め後ろに飛ぶように避けた。
 元の大太刀でも充分に届く間合い。上身を大きく捻り、両手で打ち上げるように刀を振るう。
 脇腹を抉ろうとする大太刀を、熊が爪で受け止める。
 瞬間、爪の間を鋭く抜ける針の鎌のように光刃を曲げた。針先は熊を貫き、貫通する。
 かつて、この地に出た鬼によって、人の住むことが出来なくなった土地。
 芽は出ず、花は咲かず、水すら流れない、枯れ果て――風の音よりも妖魔の唸り声ばかりが鳴り響く山。
(この楠木領と……それに、鬼の事とか妖一門の事とか、色々聞かされたけど)
 これからどうなっていくのだか、見当もつかない。
(まぁ、何にせよ。村の人達は勿論、人も妖も、大きな被害を受けずに済むと良い)
 ……いや。
 熊を貫いた光刃を消し、クランは今度は真後ろへと大太刀を振った。
「そうなる様に、俺達が頑張らねぇとな」
 ――前の戦い。あの時のクランは、結局時間稼ぎが精一杯だった。……と、少なくともクラン自身は、そう思っている。
 護る為には、もっと、強くならなければならない。
 そのためにも。
 折角作ってもらった刀の出来は申し分ない。解呪の力も、想定以上だ。
「刀が凄くても俺自身が弱いんじゃ何にもならないし。しっかり鍛錬しないとな」
 大太刀を振るった勢いで、滲み出た汗粒も散り、それが光刃の光を反射する。その光に熊が怯んだその隙に、まだ間合いにはいないその熊へと一刀両断を繰り出した。
 一太刀の瞬間にのみ光刃を伸ばすように形成し、届くはずがないと油断していた妖魔を両断する。
 振り切った刀身を、柄頭からたなびく布が追うようにして包み込んだ。
 この刀にとっては、これが納刀された状態だ。
 布を払うまま切っ先を突き出す抜き付けの瞬間にも、光刃を伸ばす。――攻撃の瞬間にのみ光刃を形成することで、ただでさえ間合いが不規則で、だというのに戦意のままに届いてくる刀に更に不意を打たれ、妖魔たちには対応のしようがなかった。
 何が出来るのか、どこまでやれるのか。
 この鍛錬で、やれる限りのことは確認した。そして、そのほとんどを、クランはもうものにしている。
「――“届かせろ、陽の如く 遍照白夜”!」
 再び、解呪を発動して残る妖魔を斬り払った。
 力を拡散させず、濃縮させることでクランは解呪の力を高密度の刀そのものに昇華している。そして、そうすることで自身の今までの戦い方を大きく変えることなく、最も体が自然に動く戦いの中で解呪を発動するので、クランは力の制御に多くの意識を安定的に割くことができた。
 ……いま集まっていた妖魔をすべて斬り倒したとき、斬り抜いた刀身には自然と布がかぶさり、納刀の形になる。
 光刃は、陽光に溶けていくように粒になってきらきらと昇っていき、やがて消えた。
 後には、倒れ伏した数々の妖魔の中に、ただ一人立つクランだけが残る。
 ざっと周辺を見渡して、倒れた妖魔の隙間を跨ぐようにしてクランは進んだ。この辺りの妖魔は、ほとんど、倒してしまった。
 だがまだ、もう少し。
 鍛錬を続けるために、クランは焦山の奥深くへと、歩いていった。


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