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鬼斬刀の眠る山 ~清涼の夏~

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鬼斬刀の眠る山 ~清涼の夏~
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桐ヶ谷 遥

 
「“この身は無空 一刀風刃”――」
 静かに呟くと、五行の構えを取る桐ヶ谷 遥を囲む砂の輪が足元にくっきりと見えるほど、激しい風が湧き上がる。
 瞬間、遥へと四方八方から滑空してきた鴉の妖魔たちが、まるで竜巻にでも巻き取られたかのように、飛行の制御を失って遥の周囲を吹き回った。
 鴉、と言っても、双翼の先から先が、遥の身長を超えようかというような巨鳥もいる。それでも風に巻き取られた鴉たちは、最早遥の的でしかない。
 遥を中心に渦を巻くように吹く風の中を、ただ吹き荒れるばかりの鴉の体がぱっと真っ二つに割れた。一羽、二羽、三羽……決して空中に停滞しているわけではない鴉たちをそれでも的確に、遥は次々と素早く斬り割って進む。
 一振り、二振り、斬るごとに、軽くなる。
 吹く風そのものを太刀に纏い、更に刀を振ることで生まれた風そのものすら纏い、そして纏った風は遥の次に繰り出す太刀筋を後押しするように流れた。
 まるで空を切ったかのような軽やかな切れ味だ。足を止めず、腰を止めず、腕を止めず。連続的に攻撃し続けて巻く風の中を抜ける。
 風の中を、一歩出る。
 そして、遥は腰に据えた鉄製の鞘に、風のように鋭く激しい波紋の刀身を滑らかに納めた。
 瞬間、遥の後方にぱらぱらと鴉たちが落ちる。最初に身が、そして後を追うように、黒い羽が辺りをふわふわと舞った。
 振り返って見回しても、斬り残しはない。
 ――ようやく、だ。遥は、乱れそうになる息を飲みこんで、顎に垂れる汗を拭う。
 解呪の発動が解けたのか、ふと腰の刀が重くなる。この重みも、最早遥のみに馴染んできた。
 楠木領、妖の里で発注した遥の解呪武器。実用性を重視した無骨なそれ。全体に風の走ったような緑の柄が刻まれた――いや、“編み上げられた”鉄製の鞘は、しかしそれでも見た目よりもずっと軽い。
 ぱっと見は本当に武骨な鞘だ。けれども、近くでじっと見ればそれは、縄状の鉄を幾重も交差させるようにして編まれた鞘であることがわかる。実際に鞘を握ると、まるで刀の柄を握っているような表面の隆起を感じられた。編まれた鉄縄のひとつひとつが流れる風のようであり、無骨でいながら随所にはあえて僅かな隙間が作られ、納めた刀身へ常に風が通されている。
 そしてその隙間から刀身が覗くとき、鞘に刻まれた緑の柄が、刀の光を受けて淡く発光するのだ。
 ――洗練された神速の太刀筋と、それを支える揺るぎない勇猛さ。それを、譲らない真っ直ぐな意志とその未来への視線そのものである刀と、その刀を支え護る鞘とで表したのだと、遥の刀を仕上げた職人は言った。
 だから、遥の太刀の刀身には波のような風の波紋はあっても、その風は渦を巻いていない。鋭く激しく、切っ先が真っすぐに前へ突き出される際の風そのもののような模様をしていた。
 発注の際に、遥は自身が頼むと決めた職人の前で、発注内容を伝えた上で霹靂による神速の抜刀術を放つ姿を披露している。遥自身の在り様、そして太刀筋を直接見てもらうためだ。
 遥は刀を振るうのが専門だ。作るのはその道のプロに任せるほうがきっといいと判断し、細かな部分は職人に任せることにした。
(受け取った際には少し重過ぎるように思ったけれど……)
 休憩は挟まずに、遥は再び抜刀し、構える。
 かつて、風を纏う鬼が出たという、焦山のとある一帯。そこは大蛇が這ったかのように木々が禿げ、山の中ではあるが広い岩肌が露出していた。それを、いまはこの鍛錬で遥が斬り捨てた鴉たちの残骸が覆い隠すようにしている。
 解呪を発動せずに構える刀は、やはり一般的な刀よりもずっと重い。片手で長く支え続けるには難があるようにすら思える。
 けれども、ひとたび風を纏ったこの刀はまるで風そのものだ。軽くて、速い。刀自身が、遥の太刀筋を急くかのように加速する。
 もしもこの太刀と鞘がもっと軽量だったならば、纏う風の力に遥自身が浮き上がってしまいそうなほどだ。それを、このずしりとした重さが支えて、遥の体幹を繋ぎとめてくれる。
「この身は無空 一刀風刃」
 太陽を背にした妖魔の影を視界に捉え、遥は再び解呪を口する。
 銀の長い髪が一瞬ふわりと舞い上がるが、今度は、風を吹き上げらせない。滑空してくる妖魔を見据え、遥は太刀の間合いよりもずっと手前の段階で、妖魔へとサウザンドレイヴによる連続突きを繰り出した。
 切っ先が、伸びるかのように、緑色の風が刃となって妖魔を空へと刺し貫く。甲高い鳴き声と共に翼を広げ、あとはゆっくり落ちてくる妖魔を上空に捉えながら、遥は納刀する。
 まだ、軽い。解呪が効いている。
 躊躇わず、滅閃を繰り出した。
 踏みしめる大地から、自身の身体を“力”が吹き抜けたのがはっきりとわかる。それまでとは比べ物にならない強い風が、辺り一帯から巻き上がった。
 落ちてくる妖魔の体が上空へ吹きあげられるのと同時に、周辺に散らばっていた鴉の妖魔たちの死骸まで飛んでいく。それどころか、自身の足場さえ、じりじりと揺れて浮かび上がろうとしているかのような感触。
 だというのに、遥の体は逆に何倍もの重力がかかっているかのように、大地へ大地へと引き落とされる。落ちそうになる膝をどうにか耐え、限界まで力を出した。大地に引きずられる自身の身体から、ひとたび離れた汗の粒は瞬く間に吹き飛ばされていく。
 ここまで、休むことなく戦闘演習を続けてきた。最初こそ加速する刀の速さに体が追いつかずに狙いがぶれて、斬りたい場所を斬りたいようには斬れなかった。妖魔を一発で仕留められたのは、斬った数の三割を切っていたくらいだ。
 それを、とことん戦い続けることで五割、八割と伸ばして、ようやくここにまで至った。鞘を重心の拠点とすることでうまく動きを制御できるようになったのだ。
 しかし、どれだけの風を巻き起こせるか、その限界を引き出そうとすると、それまでとは逆に重力がのしかかる。まるで吹き飛ばされたすべての者たちの重力を奪ったかのような重さだ。
「……っ」
 遥からはそれなりの距離に生える木の幹が揺れ、根が地から剥がれようと震えだす。脳裏に、力の暴走という言葉が浮かんだが、遥はそれでも冷静だった。
 木はだめだ。そして、足場も。
 吹き飛ばしたいのは、――妖魔だけ。
 そう集中したとき、遥へとかかっていた重力が一瞬にして軽くなった。
 強烈な風が吹き荒れているのに、巻きあがっていた小石や葉も、ゆっくりと落ちてくる。
 けれども、吹きあげられた妖魔たちは、そのまま上空で風に揉まれていた。
 集中したまま、遥はゆっくりと納刀する。
 刀を納めきった時、滅閃によって斬った巨鳥の体が上空でぱっと割れた。集中したまま、風によって妖魔たちの体もゆっくりと地上へおろしていく。
 途中で、解呪の発動時間が来た。風の力を受けなくなった妖魔たちの死骸は、途中からぼとぼとと普通に落下する。
 くらり、と視界が波を打って、遥の体が傾いた。
 けれども、ぎゅっと鞘を握って踏みとどまる。
「――お見事です」
 自身とは別の風を纏う気配に振り向くと、そこには竹筒を持った久野 市子が立っていた。
「水は風を育てます故」
 市子に、竹筒を渡される。中には冷えた水が入っていた。
 ここまで連日、休憩などせず自身を追い込んできた遥だが、市子に促されてようやく近くの岩に腰を掛ける。
 冷たい水が喉を通ると、なるほど、身の内も随分とすっきりとしたような気がした。体の中にある風の通り道が洗われたような心地だ。
「わたくしも風の霊符を頂いております。楠木の風は、素直でございましょう?」
「そうね。前へ前へ、吹く風に感じるわ」
「それにしても、これだけの妖魔の数――。無茶をなさいます」
「……やっぱりどこまで無茶できるか限界に挑戦してみないと、ね」
 遥が言うと、市子は少し嬉しそうに笑んだ。
 通りすがりだったのか、大きな力を引き出した遥に気付いて様子を見に来ただけだったのか、遥から空になった竹筒を受け取ると、長居をせず市子は去る。
 風に巻かれるように消える市子は、自身から風を生んでいるというよりは、この土地に吹く風に自身を紛れ込ませているかのようだった。
 市子の去った後、自然と風が吹いて、体温の上がった遥の体を心地よく抜けていく。
 基本的な能力は、大体わかった。遥がこの武器に授かった属性「風」は、本当に風そのものだ。この土地を吹く風であり、そして、それを纏う遥も、その風そのものとなる。
 遥が前に進もうとすれば、風は遥と共に吹き、遥の背を押し、追い越していく。
 市子の言う通り素直な風だが、先走ることもあれば機嫌の悪いこともあった。解呪を使い始めた時は、吹いて欲しいほうに吹かないことも多かったし、待てと思っても止まらずに吹き続けることもあったが、今はうまくやれている。
 再び、解呪を呟いて、遥は自身へとそよ風を吹かせた。照りつける太陽はなかなかに強烈な熱を放っているが、この風がうまく遥を守ってくれている。
 生きている風の相棒を得た。そういう感覚だ。この風と、太刀を振るうことで会話をし、呼吸を合わせる。
 鍛錬の間に遥は風たちを知り、そして風たちも遥を知ってくれたような気がする。
 ここまで鍛錬すれば、実戦でもしっかり能力を発揮できるだろう。自身の限界に近い感覚も大体わかったし、風をどこまで制御できるかもわかった。解呪を発動する瞬間にはそれなりの精神力や体力が必要になるが、発動してしまえば発動時に消耗した力自体は自身に還元されているので、瀕死にでもならない限り解呪自体は何度でも使える。
 後は、他の属性や状況下での相性、そして遥自身の集中力がどこまで持つか、だ。
 想像できることのほとんどは集中力や体の持つ限り体現できるが、逆に言えば考えを及ぼさない限りそのようにならない。先ほど巻き起こした強烈な風も、ただ巻き起こすのは思っていたより簡単で、むしろ風の刃を作り出すことよりも容易だが、例えば風の作用する対象を限定しようとするならば、そちらにかなりの意識を割かなければならない。風の刃も同じで、刃として明確な形を意識するには、それだけの集中がいる。風を纏い続けるのもそうだ。
 そよ風が止み、立ち上がる。
 戦いながら、どれだけ風の動きに意識を割けるか。こればかりは何度でも鍛錬して慣れていくしかないのだろう。戦いそのものに余裕が持てれば持てるほど解呪の能力制御はしやすくなるし、能力の制御に慣れれば慣れるほど、戦闘にも集中できる。鍛錬を積めば積むほど、力が相乗的に安定していく実感がある。
 空の向こうに、鴉の妖魔の影が見えた。
 夏はまだ長い。
 遥は構え、また静かに解呪を口にした。
 

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