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【八賢士伝】長安寺急襲【第2話/全6話】

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【八賢士伝】長安寺急襲【第2話/全6話】
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〈プロローグ――城下――〉


 この時はまだ、城下の人々は空を見上げ雲の流れを眺め、口元を綻ばせる事も出来ていた。
「ああ、今日も良い天気だ」
 と……。

 城下の茶屋では、伏姫こと津久見 弥恵エクレール・エトワールを連れ、看板娘と歓談に興じている。
「フフ、龍人のお嬢さん、お団子もう一ついかが?」
 伏姫(弥恵)に「ここの菓子は美味だ」と聞いていたエクレールの膝の上には、既に数本の団子の串を載せた皿。
「も、もう一つ……ですか?」
 娘は有無を言わさず皿に団子をひと串追加した。
「だって、とっても美味しそうに召し上がるんですもの。龍人さん、お団子のお味はいかが?」
(それ……もう何度目ですか……)
 茶屋の娘がエクレールに団子の味を尋ねたのは、これでかれこれ5度目である。
「あむ……」
 エクレールは団子を頬張りながら、
「……美味しい……♪」
 と年相応の口調で何とも脱力した笑みを晒した。
 そして、ふと我に返ったのか、慌てて
「……です……っ」
 と語尾を足す。
「娘様、エトワールは大層ここのお団子が気に入ったようです。ありがとうございます。ところで……私、娘様のお名前をまだ伺っておりませんでした。お訊きしてもよろしいですか?」
 チョンと可愛らしげに首を傾げる弥恵に、茶屋の娘は玉露を出しながら答えた。
「これはとんだ無礼を……伏姫様、お許し下さい。私は『明里(あけさと)』と申します」
「明里様……? 何だか芸妓さんか何かのお名前みたいですね」
「ええ……私の父は元々里見家の武士で、母は父に見初められるまで城下の外れにある置屋の芸妓だったそうです。その時の名前が明里、父がこの名をとても愛したそうで、娘の私に付けて下さったのです。その父も先の戦で亡くなり、母も病で後を追うように……」
「まぁ……それはさぞお辛かったでしょうね」
 伏姫(弥恵)が慰めるように言葉を掛けると、明里は寂しげに微笑みながらも首を横に振る。
「いいえ、母がこの茶屋を遺して下さったお陰で、私は城下の常連さんに可愛がってもらえていますし、何より伏姫様とのご縁にも恵まれました。私には兄弟姉妹がおりませんので、伏姫様はお姉様のようです。伏姫様は、この界隈ではすっかり有名人ですのよ。お客さんも口々に『今日は伏姫さんは来てないのか?』って」
「そ、そんなにですか……? 参っちゃいますね……」
 「参る」と言っている割には、伏姫(弥恵)の顔は紅潮し緩んでいた。
「フフ、伏姫様ったら、お可愛い」
 明里は盆で口元を隠しながら伏姫(弥恵)をからかう。
「もぅ……からかわないで下さいよぅ」
 伏姫(弥恵)が困惑していると、茶屋に数人の商人が入ってきた。
 商人たちは入るなり伏姫(弥恵)に気付くと、途端に色めき立つ。
「おっ、あんたは確か……伏姫さんじゃねぇか!」
「何だい、今日は『花より団子』かい? せっかく来てくれたんなら、あんたの『花』の方を見せてくれよ!」
「いいねいいね、見たいねぇ! おーい、伏姫さんが来てるぞー!」
 伏姫(弥恵)の都合など聞かず、商人たちは観客集めを始めてしまった。
 こうなったらもう、伏姫(弥恵)に逃げ場は無い。
「こうして喜んで下さっているのなら、私にとって皆様はファンも同然です。それでは……」
 伏姫(弥恵)はいつぞやのように茶屋の前に立ち、優雅に礼をすると、
「不肖伏姫、皆様に舞をお魅せしましょう」
 と【神楽舞】を踊った。
 ひととおり舞って足を止めると、観客からは「もっともっと」とせがまれる。
 いわゆる「アンコール」にいよいよ気を良くした伏姫(弥恵)は、
「もぅ……仕方がございませんねぇ」
 と妖艶な流し目で観客に視線を送り、着物の裾からスッと美脚を覗かせながら【蠱惑の舞】まで披露してしまった。

「ああ……やっぱり伏姫様は素敵です……」
 うっとりと見とれる明里と甘美な溜め息を吐く観客たちに動揺が走ったのは、この直後である。
「キャアアアアッ!」
「うわあああっ、た、助けてくれぇぇぇっ!!」
 突如遠くから人の悲鳴や叫び声が聞こえ始めたのだ。
 特異者であり、この亜羽和瑳では「異国の英傑」でもある伏姫(弥恵)やエクレールはもちろん、日頃呪幻死獣や呪幻死兵の脅威に晒されている城下の領民たちも、付近で異変が起こっている事を即座に察知する。
 そして、その「異変」が何であるのかも。

 ……もう、空を見上げて天気に心を馳せる者などいない。

「ああ、ふ、伏姫様……」
 許嫁を呪幻死獣に殺された明里の心の傷は深く、やはり彼女は思考が停止し酷く怯え狼狽した。
 伏姫(弥恵)は明里の両肩を掴み、彼女や観客らに
「恐ろしいかとは思いますが、ますば落ち着きましょう。大丈夫です、私たちが何とかしますから。城の兵士様がいらしたら、指示に従っていつも通りに行動して下さいね。大丈夫……生きてくれたらとっておきの舞とか魅せてあげますっ!」
(ちょっと恥ずかしいですが……皆様や明里様の生きる希望になってくれるならこれくらいっ! ですっ)
 と約束すると、【ホライゾンホバーボート】を持つエクレールに上空から周囲の状況把握を指示する。
 エクレールは真顔でVサインを見せると、
(お手伝いの報酬は……甘い物とか貰えたら嬉しいな)
 と人知れず望みながら飛行を開始した。

 しかし、伏姫(弥恵)もエクレールも、想像だにしていなかった。
 長安寺が悪しき炎に包まれる事も、死した者らによるこの地の蹂躙が過去最大規模になろう事も……。

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