三千界のアバター

ワンダーランド

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■ 光明(1) ■



…※…※…※…




 おおよその事情をルキナ・クレマティスは理解した。
 前にちらりと見た、あの剣が盗まれたが故のこの混乱なのだろうか?
 仮にそれが理由というのなら一刻も早く剣を取り戻し、元の場所に安置するのが良いだろう。
 時は止まりはしないし、まして巻き戻りもしない。こうして考えている間にも世界は崩壊しているのだ。事実一部は空色の奈落に落ちて消えている。取り返しがつかなくなる前に持ち得る手段を最善と講じなくては。
 ワールドホライゾンの調査の手が入っていない知らない世界。
 右も左もわからないまま再び花咲く丘に立つルキナは悠然と周りを見渡した。
 空は明るい青色。降り注ぐ太陽の光の下、草花は生命力に溢れて鮮やかに目に映る。
 最初こそ真黒との逃走劇の真っ最中で、こうしてどんな種類の花々が生息しているのかなど観察する余裕も無かった。
 世の全てを実験、観察の対象として見做すルキナとしては滅びてしまうならそれまでと冷静に割り切れるものの、まだ在るのならその行く末は見届けたいとも望む。可能性が残されているのなら、手段は対策は講じるものである。
 ルキナは視線をドネに戻した。
「ペット、として?」
 ドネの戸惑いは最もだ。
 無用の警戒を避けるべく全ての理由を″ペットです″で済ませられるようにルキナはドネに進言した。提案ではない。そうしてくれと願った。
「そのゲストの警戒を避けるため、ペットか何かと思って接してください」
 ルキナの発言ははっきりとしている。
 一度ならず二度も助けてくれた存在を、飼いの対象にしてくれと言われてはいそうですかという人間は少ない。渋るドネの心情はわからなくもないが、ルキナの外見はフェアリーアバターの名に違わずなんとも愛くるしいものとなっていて、警戒を解きほぐすには絶好なコミュニケーションツールに化けそうだと思うのだがどうだろう。幼子ならまず間違いなく抱きつかせて夢見心地を体感させる自信がある。
「気を引けます」
 だから自分を使ってくれとルキナはアピールを欠かさず、そして、剣を取り戻せと主催者(ドネ)を焚き付ける。
「何か考えているの?」
 ドネに聞かれてルキナは頷いた。それを見てドネは一層と不安そうに眉根を寄せるが、ルキナは頸を左右に振った。
「大丈夫です。任せてください」
 悪いようにはしない。ただ側に置かせてくれるだけでいいとルキナは伝えた。
「それと、これは差し入れです。お茶会の足しにして下さい」
 ルキナは以前にも心休まるようにとお菓子を渡していたことおあり、ドネはすんなりとゴールデンチュロスを受け取った。量は少ないが美味しさは保証済みである。


「んー、わからないことが多いですが……――」
「もう焼きあがったの?」
 独りごちる桜・アライラーの手元に気づいたドネが目を瞬き声を投げかけてきた。
「ただのスコーンですよー」
 お茶会の話を聞いた桜はならば手早くお茶菓子のひとつでも用意しようと手荷物の中を探り、食料調達が済めば数限られた材料を眺めふむふむと吟味し選んだのは簡単にできるスコーンにした。お茶請けとしては定番であるし、なにより十五分そこそこの手軽さが採用の決め手になった。
「もう一セット作りましょうかー?」
 なので幸い材料も残っているので追加注文も気兼ねなくどうぞと桜が促せば、ドネも人数が増えたのでお願いしますと返す。
「ドネさんはあの剣を持っていった老人の事をどうしてご存知なのですか? 喧嘩はできないと聞きましたけど、それはまたどうしてですー?」
 スコーンの新たに拵えるべくボールと材料を手繰り寄せつつ、ルキナからの差し入れを横長のバスケットに入れるドネに桜は質問をあたかも世間話をするように話題を振った。
 それに、と桜は続ける。
「仮にですよー? 剣を返してもらうために交換条件などが出されたらドネさんはそれを了承するんですか?」
 このようなお茶会などという催しを開いても事がすんなりと運ばれるとは思えないのだ。
 欲する者に試練を与える童話は多い。正面切って馬鹿正直に交渉すればその可能性は極めて高いように感じた。
「どうなのかしらね。命を差し出せと言われても、わたしは死ぬのは嫌だし。でも誰かに代わりに死んでともお願いできないわ。
 そうなると、わたしは少しずるいわね。世界の為とはいえ、折角″人″として来てくれたのに、再び差し出せと言っているのはわたしの方だわ」
 果たして、この世界の人間とは、ひとつをふたつに分かつ者を指す。
 事情が混み合っているなと桜は吐息した。
 それに何より桜が気になるのは、″剣を取り戻したらどうするつもりなのか″だ。
 桜は一旦区切るように唇を閉ざす。
 疑問をそのまま形(言葉)にするのは簡単でも、それが安易ではないことを桜は経験していた。
 禁忌に触れずどう自分の考えを伝えようか。言葉を選ぶように桜はドネの表情を伺う。
「剣を取り戻した後にすることで、ドネさんがどうにかなる危険は?」
 することで。
 どうにかなる。
 わざと内容を濁した質問に、ドネがくすりと年頃の少女らしく笑った。
「あなたは優しいのね」
 本当なら先の質問のように切り込んでもおかしくなかった話の流れを敢えて曲げた桜にドネは頬を緩める。
「わたしは″ドネ″だから。その気遣いは多分正しいと思うわ。だからあなたの質問に答える言葉をわたしも選ばないとね」
 ドネは。隔絶の塔を登れる資格はあっても、所詮は世界に住まう人間でしかない。
 彼女が、人間になるためにふたつと別れた、ひとりでしかない。
 特別や例外はあっても、ルールはルールだ。ドネとて禁忌のひとつやふたつは存在する。
 彼女が『例外』であったとしても、ドネは『原則』なのだ。
 ドネにも″聴こえて″いる。
「そうね。どうなるのかは、正直な話わたしにもわからないの」
 彼女が先の出来事で表面化しているだけの例外というだけで、世界の真実を知ればドネとて無事では済まないだろう。
 絶妙なバランスの上で成り立つこの世界の人間は、創世の成り立ち故に世界の仕組みに弱い。知れば完全(分かれた片割れ)を求めて死を選ぶ。
 精霊(メラノ)の剣は世界の真実のひとつ。触れれば、さて、どうなるのか。
「危険があるのなら……それってドネさんじゃなきゃ駄目なんです?」
「届けなきゃいけないから」
「あー、それはー……」
 ドネの即答に桜は窮した。
「危険性といういか……そうなるだろうなーっていう可能性の大方の予想はつくけど、確かに安全の保証はないわ」
 それでも剣は持ち主に返すべきだと決めた彼女に揺るぎはない。
 ありがとうとドネは桜に感謝する。
「あなた達は優しい人ばかりね。
 ずっと見ていたわ。ねぇ、どうしてそんなにも優しいの?」
 桜は善人ではないが悪人でもない。それに前回の負い目も多少はあったりもする。しかも悪い言い方をすれば換えの効く身だ。最悪肩代わりくらいはできるとと気持ちもあったが、素直な疑問に桜が答える前にドネは会場の飾り付けについて呼ばれてしまった。
 駆けていく姿を見送った桜はしばらくしてから両肩を竦め、スコーン作りに戻ることにする。


 会場と言うが、花咲く丘の頂上付近に大きい敷物を広げ、その上で茶器や皿を並べるという設営はとても簡易なものだった。が、ティータイム慣れしているナハトリート・オールドローズの手にかかれば場所選びから拘るだけあってなんともお洒落なものとなっていた。しかし、ナハトリート当人は全体的な装丁が黒山 羊基準の装飾になっているのに気づき、ホスト役はドネだったと手直しに軽く握った拳を口元に思案に黙す。
「こんな感じでいいかな?」
 敷物を三枚コの字になるように敷く羊が尋ねるとドネは彼の隣に寄った。
「コの真ん中でおじいさんに座ってもらうんだ。そしたらみんな同じ距離でお話できるよね?」
 お誕生日席にするのもおもしろそうだったけど楽しくお喋りするなら程よく近い距離がいいかなと羊は、コの字の真ん中に敷物とは別の丸い座布団を「おじいさん専用」と花の上に置いた。
「ドネちゃん。おじいさん来てくれるかな? 来てくれるといいねっ」
「来てくれると確信があるわよ?」
「ん? どーしてそう思うのかなっ?」
「さぁ、どうしてからしらね」
 今日は天気がいいわねと同じ調子でくすくすと笑うドネに、確かにそんな確信がなければこんな時にのんきにお茶会などをしようとは考え至らないだろうと羊も笑った。
 酔狂に付き合わされているのではないだろうかと羊と付かず離れずの距離で作業するナハトリートは耳に入る会話に心配が尽きない。が、それは自分の胸に留めて「そこにあるそれをこちらにお願いできるかな」と手持ち無沙汰になりつつあるスキアーに手招きをする。羊の身に危険が及ばなければ、羊の自由意思を優先する。彼の望みを実現させるほうがナハトリートには遥かに尊いのだ。そう、こうして楽しく笑っていてくれるのが何よりなのだ。
「マドレーヌは人数分あるかな」
 フランス発祥の焼き菓子を皿に並べて指折り数える。持ち込みに用意した紅茶(アイスティー)も多めにある。
「ん、と。僕の知っている方法でもいいのか迷うね。ドネちゃん、お茶会のお作法とか聞いてもいい?」
「作法?」
 聞き返されて、作法はこれといった決まりがないことを知って羊は「なんでもないよ。なんか緊張するね」と大きな深呼吸をしてみせた。
 郷に入れば郷に従えとはなんと耳障りの良いことわざだろう。
 喧嘩をしない。それさえ守れば細かいルールは無いらしい。行儀にそんなに煩い相手ではないのは世界を渡り歩く特異者からすれば気安さを覚える安心できる要素であった。
 ホスト側である自分は、ノクターナル・バタフライで覚えたもてなしで接していこうと羊は場を整えていく。


 時折話題に登るその剣は大切なものだと事情を知らない九鬼 苺炎でも察することができた。
 持ち寄りのお茶会と聞いて飛び入り参加した苺炎は、急ごしらえにしてはキュラソーリキュールをたっっっぷり効かせて″大人の味″に仕上がったケーキを差し入れとして、他の茶菓子が乗る皿の横に並べる。
 準備としては、簡単仕込むだけの、気を大きくさせて、危機察知や警戒能力、判断力を薄める簡単な魔法だ。
 そんな作戦を練り込んできたのもあって会場の設営を手伝う傍ら続々と集められるお菓子の全てが大人の味になっているのではないかと想像してしまうのだ。特異者達が持ち寄るからというより、これが単純に交流に親睦を温めようという可愛い内容でないことこそが理由として挙げられる。
 お茶会と称したこの会場に友好の感情などあるのだろうか。
 取り返すという台詞があちこちで飛び交っている。


 葉剣 リブレは胸に手をあてる。
 はっきり言って逃げ惑う人々が灰化してしまうのはどうしたって止められるものではないとリブレは諦念の境地だった。
 防ぐにしても不可能だ。
 軽い怪我や病気ならヒーラーとして充分に役にも立てよう。だが、人が石化どころか灰化する現象は予兆のひとつもなく一瞬にして完了してしまうのだ。まるで即死の呪いの如く、そこに治療の余地は一切と無かった。
 ヒーラーとしての″手の施しよう″が間に合わない。
 ならば法則性を探ればいいかと思い立つも、人々がご丁寧にも片っ端から灰の彫像に変わってしまうので、この場に留まっていればいずれは自分の番かと危機感を覚え、冷静さを欠いてしまえば原因を追求することも難しい。
 どう止めろと言うのか。
 思考停止はするなと現象を思い返すリブレの手は、考えに反して止まった。
「ねぇ、あなた器用なのね」
 作業の手を休めるリブレのそんな間をちょうどいいタイミングとみたのかドネが話しかけてきた。
 リブレの意識が現実へと引き戻される。ここは悲鳴が飛び交う街ではなく、満ちる花の香りも芳しい花咲く丘で、リブレは様子を見に来たドネに慌てて頷いてみせる。
「あ。ええ、うん」
「小さくて可愛かったお弁当もおいしかったし、これもお茶会というよりピクニックみたいね」
 これ、とドネが指差したのはリブレが手がけている料理の内容のことだろう。
 ヒーラーとして街では力及ばなかったが、花咲く丘では自分の得意分野がドネの助けになりそうだった。ここは任せろと旅妖精の料理作成キットを手早く広げたリブレは多くは作れない中、存分に腕を振るっていた。
 小さなテーブルには、チャーハン、おにぎり、生ハム多めのサンドイッチ。と、確かに茶菓子ではないし、軽食と呼ぶよりもピクニックよりなメニューかもしれなかった。
 品数は多くないにしても、小柄なリブレから見ればそれなりにお腹を満たすには充分で、背景事情も重なれば、
「最後の晩餐会」と情景が思い浮かぶ。
 何気なく呟いたリブレは即座に瞼を伏せたドネにすわ失言だったかと慌てるも、再び開き向けられたまっすぐな眼差しを受け止める。
「いいえ」とドネは否定を口にした。
「メラノの剣は持ち主に返すわ」
 あたかもそうすることで世界は救われると言いたげな決意の固い口調だった。
「取り返すんだよね?」
 リブレの問いに、彼女は特異者(リブレ)をひたと見据える。
「助けてもらっているわ」
 底冷えする程にも冷静な声音にリブレは瞬きを忘れた。
 ただドネを見つめ返す。
 沈黙の後、先にドネが視線を逸らした。
「おいしそうね。これはなんという料理なの?」
 チャーハンを指差して聞かれれば答えつつ、リブレはテーブルの飾り付けが終われば料理を運び始めるのだった。
 忙しく準備を進めている中に混じって決意に自分に言い聞かせていたのは不死川 神楽だった。
 ゲートを潜ってドネに出逢えば、彼女の主張は神楽からして見れば随分と突飛なものだった。
「お茶会ねぇ……必要とあらば本気出すぞ、あたし」
 という神楽の決意は、若干のやけくそ加減と自尊心の諦めに震えていたがそれを見聞きした者は幸いにも近くにはいない。

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