≪1≫『ウワ村へ向かう』(難易度4)
太陽が照り付ける昼下がり、
兎多園 詩籠は
モーザ・ランジュと市場を歩いていた。
「あの屋台に並べられている薬草なんか、いいんじゃないか」
モーザが指さす方向に、兎多園が視線を動かす。
「葉が青々としているだろう。店主も年嵩だし、きっとよく効くぞ」
モーザが屋台に積まれた薬草の一つを手に取ると、兎多園がその匂いを確かめる。
「お目が高い。それは今朝買い取ったばかりですよ。肝臓を癒す効果が……」
知識が豊富な店主から説明を受けながら、二人は購入する薬草を吟味した。
◇◆◇
「いい店を選んでくれたおかげで助かったよ。今度、何かお礼をしなくちゃね」
「なに、私は村で少しワインを飲ませてもらえればそれでいい」
背負い袋を膨らませて、二人はあたりを警戒しながら進んでいた。
村までの道は太陽が眩しく、暖かい。
草木を優しく撫でる風が肌に心地よかった。
さわやかな空気の青さが、二人の身体を満たしていく。
ゴブリンが潜んでいることを、一時忘れてしまいそうな青空だった。
「……ん、この匂いは」
「どうした?」
「なんだか、鉄っぽい匂いがして」
彼が言い終わるより前に、道の傍らに生えていた木の上から素早い影が飛び降りてくる。
「ゴブリンか!」
そう叫ぶモーザを庇うように、兎多園が自分の身体を一歩前へと動した。
「君たちだね、悪さをしているのは」
敵は一体ではなかった。二人を取り囲むようにして、五体ものゴブリンが武器を手にしていた。
そのうち四体は飾り気のない木の棍棒を握っている。おそらくはそのあたりに落ちていた木をそのまま流用したものだろう。
しかし厄介なのは一番身体が大きな一体だ。
その手には、彼自身の身長と同じ長さの刀が握られている。
「奇遇だね。僕も似たようなものを持っているよ」
兎多園は背負っていた袋を地面に卸して、ロングソードを抜いた。
「同じく」
モーザは兎多園が下した背負い袋にも目を配りながら、ゴブリンに睨みを効かせる。
「……っ!」
兎多園が先陣を切って地面を蹴り上げる。
足元に細かい砂埃が立ち上がると同時に素早く刃を振り下ろした。
しかし、ゴブリンもただ黙って切られているわけではない。器用に剣を操り兎多園の攻撃を刀で受け止める。
「その技、武器を落とした人間の戦いぶりを見て覚えたの?」
兎多園は一度刀を引いた。十分な間合いをとって、今度は水平方向に両腕をまわす。
ゴブリンの死角となる脇側から逃げる隙も与えずに刃を叩きこんだ。
悲鳴と共に、鮮血が飛び散る。
「ひ、ひいっ……」
棍棒を持った他の四体が、危険をようやく察知したのか場から逃げだそうとする。
「待て、逃がさんぞっ!」
逃げようとする彼らの前にモーザが立ちふさがる。
彼女は大きな背負い袋を守りながら、ゴブリンたちを先制するために刀を抜いた。
「アクセラレート」
兎多園の身体が加速する。
人並外れた脚力で地を駆け巡り、素早く刀を舞わせてゴブリンたちを翻弄する。
あまりの素早さに、彼の尾や耳は風の抵抗を受けて残像のように揺れていた。
残像としか認識できない身体が、彼らの眼前に飛び上がった。
「ぐ、ぎ、ぎっ……」
「……はあっ!」
兎多園の一太刀が、四体のゴブリンの右腕を同時に切り裂く。
モーザも彼に続き、右足の筋に裂傷を刻んだ。
「あっ……あ、あああっ……」
四体は欠けた体を懸命に動かし地面を這う。この戦いからなんとかして逃れようと必死なのだ。
「もう、二度と人を襲うんじゃないよ」
二人は、その惨めなゴブリンたちをもう追おうとはしなかった。
この戦いを見た他の個体や、群れの個体たちに人の恐ろしさを広めるためだ。。
「……待て。まだ残党がいるっ」
モーザは、草むらの中に潜む敵の影を瞬時に察知していた。
近くの岩を足場にして木の上に飛び上がる。
枝の上では、弓を持ったゴブリンが兎多園に狙いを定めていた。
「拳狼飛進!」
兎多園は全身の毛を逆立てる。牙を剥いて、超加速して草むらに飛びかった。
まっすぐに飛んでくる矢をいとも簡単に回避すると、弓を構えて防御が手薄になっていたゴブリンの懐に刀を突き立てた。
「ぐうぅっ!」
叫びと共に、熱い血が地面に滴る。
ゴブリンが落とした弓は枝に引っかかりながら落下して、最後には地面にぶつかって大破した。