月蝕の夜を明かして(【3】月蝕の珠破壊)
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「白鼬座の荒神、晴海志桜里です!」
白鼬座の外衣を翻して、
晴海 志桜里は他の探索組に先行する形で村に入った。竹の面頬で覆った口元から、名乗りの声が上がる。
敵は少数だろうが、無理はするな。そう言った、
二階堂 壱星の言葉は耳に残っている。その壱星は、この後忍び足で侵入し、感情を奪っている装置の位置特定と破壊を担う。
他にも、探索には
創世御名 蛇々と
ジルディーヌ・ベルセネーも参加するし、ジルディーヌのマスターたる
青井 竜一も囮や妨害に注力するので、探索と戦闘の配分としては良い塩梅だろう。
「纏神!」
竜一は龍座の黄金神威衣を纏って参戦した。
「龍座の荒神、青井竜一。見参!」
志桜里と同じく、目を引くように派手に名乗りを上げる。
「ジルは空から敵の動きを見て、皆の援護を頼む」
「お任せを、竜一。私は驕美妃(カシオペア)座の奇魂、ジルディーヌ!」
ジルディーヌは金髪を掻き上げる。華美な驕美妃座の新神威衣に身を包み、気高い顔立ちで笑みを浮かべると、さながら悪役令嬢のような、不敵な自信すらうかがえる。彼女は空へ飛び上がった。星座にされた美女の様に。
「上から見れば、動きがわかります」
彼女は村内を飛んでいった。
「こそこそ隠れても、邪悪な気配を風が私に教えてくれますよ」
それを見送って、志桜里は挑発するように声を掛けた。鋭い眼差しで周囲を見渡しながら、憎悪集中で敵をおびき出す。
「小娘、なかなか言うではないか」
志桜里の挑発に乗った殺王闘士たちが現れる。
「来たか! 破っ!」
現れた敵に向かって、竜一が跳躍した。ノータイムで飛んでくるとは思わなかったのか、仰天している相手に、鉄の双節棍を叩き付ける。
「逃さん!」
死角に逃れようとする敵には、水蛇座の籠手から爪を伸ばして捕らえた。悪あがきで反撃されたとしても、この籠手はそう簡単に壊せるものではない。
志桜里は今の声かけに乗らなかった殺王闘士を、視氣を使って見つけ出し、こちらも地面を蹴って接近する。白鼬のごとくすばしっこい動きは、敵に動きの予測を許さなかった。誘雷の双小剣、その刀身に雷が走ったかと思えば、接近された方は呆気なく膝を突いた。物陰にまだ隠れている闘士から攻撃が飛んでくるが、それを受け流し、雷鎖を巻き付けて拘束する。
(壱星……見つけたでしょうか)
志桜里はちらりと空を見上げた。
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(前回で危惧していた“魔天七十二殺王”の関与は杞憂だったが、殺王闘士たちが持ち込んだ厄介な道具はまだ解決してないからな)
壱星は空を飛びながら装置を探していた。これを破壊せねば、おみよや渚の平穏は戻ってこないだろう。角灯座の新神威衣で空を飛びながら、視氣で殺王闘士たちの位置を把握する。
(重要な道具を無防備にするとは考えにくいよな。とすると広い敷地の建物とか、守りが厳重な辺りか)
地図を広げながら当たりを付ける。ひらめきを司る角灯座の荒神の考えは今回も冴えているようだ。最も敷地が広そうなのは村長宅。ここの警備が厚いなら、可能性は高い。
(ん? あれは──)
その時、一つだけ素早く移動する氣が壱星の視界に入った。
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その氣の正体は蛇々であった。彼女は土遁で村内を足早に巡っている。
(早急に対処しないと、いよいよ被害が出ちゃう……!)
そう言う気持ちで、装置破壊の仕事を買って出ていた。
一部は囮として志桜里たちが相手をしているが、完全に手薄にしてしまうとも思えない。視氣で敵の気配を探り、近くにいれば霧中に沈めた。
「な、何だこの霧は!? 突然……!?」
「御魂闘士の神通力か!」
「いかん、月蝕の珠を守らなくては」
(月蝕の珠って言うのね)
月蝕のように感情を蝕むと言う意味だろうか。蛇々は相手の動きを注視した。
「ここには俺が残る。お前たちは厩に走れ」
「わかった」
(厩のある家は……)
そう言う家自体はいくつかあるようだが、殺王闘士たちが向かう方向には村長の家のみ。
場所は割れた。後は破壊するだけだ。
近くの屋根に降りてそっと盗み聞きしていた壱星。二人は顔を見合わせると、頷いて殺王闘士たちの後を追った。
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村内を見回っていた殺王闘士は、派手な新神威衣のジルディーヌに気を取られた。
「さっきの霧も貴様か! 御魂闘士め!」
「さあ、どうでしょうか」
出しているのが蛇々なのは彼女も知っているが、ジルディーヌは不敵に見える微笑みを浮かべる。思慮察計の美女は、相手がこちらを攻撃するつもりであることをすぐに察した。地上から飛んでくる力の塊を躱すと、爆炎で反撃に転じる。
「どわー!」
まさか火柱とは思わなかったのだろう。吹き飛び、その騒ぎでまた他の闘士たちがやってきたのだった。
「こう見つかってしまっては、探し物も見つからないではありませんか」
金髪を優美になびかせながら、ジルディーヌは首を横に振ったのだった。
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壱星と蛇々は、村長宅に辿り着いた。物陰に隠れて様子を伺う。殺王闘士たちは苛立った様子で言葉を交わしていた。
「御魂闘士め。ここまで来るだろうか」
「ここの守り比較的厚いことは見て取れる。そうすれば狙ってくるかもしれ……んっ!?」
ここが目当ての場所とわかればもう留まっている必要はない。蛇々は鳥黐弾を敵の足下に投げ、手持ち無沙汰にうろうろし始めたところで引っかけることに成功した。二人は厩の中に入る。敷き藁などを探して……見つけた。どこか曇天を思わせる、暗い灰色の珠。
「簡単に壊れるかな?」
壱星は眩耀星雲鎚を、蛇々は紅蓮の糸を持った。
「やってみよう! せーの!」
二人は持っている武器を振り下ろした。
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「龍旋四撃!」
竜一は神通力の力で、比較的腕っ節に自信があるらしい殺王闘士を叩きのめしていた。
「大丈夫ですか、竜一!」
そこに、ジルディーヌが、壱星と蛇々と共に戻ってくる。
「志桜里、ありがとな!」
「月蝕の珠とか言う装置は破壊したわ!」
報告を聞いて、安堵する竜一と志桜里。二人は、相方の無事にも喜んでいる。
「無事で良かった」
ジルディーヌは、そんな竜一の温かな眼差しを、嬉しくも感じていた。
「残った敵を一掃するぞ!」
「引き続き、私は空から」
彼らは再び、武器を構えたのだった。