浜辺に帰る、細波の約束(【2】プロク対応)
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プロクがおみよを魔天神信仰にしてしまったことに言葉を失う渚。
もし、彼女が一人であれば、心が折れてプロクの側に取り込まれてしまったかもしれない、が……渚は一人ではなかった。
「渚さん」
戒・クレイルはプロクという逆風に倒れそうになる彼女を支えた。
「過去を悔いるより、望む未来の為に今、何をすべきかですよ」
「望む、未来……」
蒼白になって、今にも泣き出しそうな渚。
「おみよさんを本当の意味で救えるのは貴方だけ。そしてプロクに打ち勝てるのも。貴方の”成し遂げたい想い”は何ですか?」
「わ、私は……私は、故郷に平和を取り戻したい……です……」
「その想い、順風神として全力で支えましょう」
渚の心に追い風が吹く。彼をはじめとして、御魂闘士たちは次々纏神していった。
「獅子座の荒神、アヒル。目には目を……いくわよ」
AHI RUは獅子座の神威衣に守護星座の外衣と言う防御重視の装備で纏神し、金華連剣を構えた。
「おみよちゃん、よく見て思い出して。貴方が今、信じるべきは誰なのかを!」
少なくとも、プロクではないはずだ。話を聞いてもらえた、と言う満足のせいで目をそらしているのかも知れないが、おみよを独りぼっちにしているのは、間違いなくそこの殺王闘士なのだから。彼女と家族を助けに来た渚を信じるべきだ、ということに反対する御魂闘士はいないだろう。
「息吹の荒神、ラファル。皆さんを支えますよぉ」
ラファル・スフレは霧の代わりに澄んだ風を。神通珠に真言念仏を込め、最も精神的なサポートを要するであろう渚へ投げ渡す。
霧を使わないのは、実質殺王闘士になってしまっているおみよの視界を塞ぐことが危険だからだ。しかし、そう言う安全上の理由だけでなく、ラファルはおみよに、今の渚を見て欲しいとも思っている。自分たちを助けに来た「おねえちゃん」を。
虜姫座の幸魂が沈静舞を見せ、幻惑に対抗しうる冷静さを与えた。
「芸術家座の幸魂、師走ふわりです」
「戦乙女座の荒魂、フロートよ」
師走 ふわりと
フロート・シャールも名乗りを上げた。今回は、「本来なら傷つかない筈のおみよが、常陸の神の氣によって怪我をする可能性がある」戦場だ。二人はおみよと、プロクの目的である渚を守ることに尽力する。ふわりは、鋭刃の神通力で味方の攻撃力を上昇させた。
おみよが、実質殺王闘士であるのを良いことに、プロクたちは彼女を参戦させることにしたようだ。もちろん守ったりはしない。それでは人質の意味がない。
だが、だからと言ってフロートがおみよに近付くことは簡単ではない。立ち位置としておみよは敵陣のただ中におり、彼女に近付こうとするなら、その前に接触する殺王闘士とは戦闘が発生するからだ。
ラファルは状況に目を走らせた。おみよに向かおうとしているフロートが、敵の攻撃を受け流している。その戦乙女に指示を出しているのはふわりで、距離があっても孔雀の羽で言葉が届く様にしている。
戒、アヒル、渚は掛かってきた敵からの攻撃を捌きながら反撃している。
「おねえちゃん」
おみよが呼んだ。
「帰ってきてくれないの?」
「ごめん、おみよちゃん」
渚は低い声で応じた。
「こうなったら、やっぱり戦うしかないよ」
彼女は、フロートの邪魔をしている殺王闘士の足に、短刀を投げた。
「おみよちゃんをお願い!」
「もちろんよ!」
フロートは短刀に気を取られた殺王闘士を押しのけて、おみよに駆け寄る。
「今ですぅ!」
ラファルはそれを好機と見て、華雪を降らせた。
「フロートさん、攻撃が続くと思います。おみよちゃんを庇ってください」
ふわりの指示で、フロートがおみよを抱きしめて庇う態勢に入る。御魂闘士の流れ弾もおみよにとっては危険ではあるが、どちらかと言うと、お構いなしに攻撃を撃っているのは殺王闘士の方だった。御魂闘士たちは範囲攻撃などを控えている。おみよの安全を優先しているからだ。いつも通り、敵からの攻撃に備える。
アヒルが跳躍した。守護星座の外衣を翻して、獅子跳落を放つ。金華連剣の華が舞う中での斬撃は、相手の腕をしびれさせるのと同時に、魅了する。殺王闘士たちが動けない間に、金獅子はしなやかに舞った。
「順風神カイ。僕達は抗い続けます……この想い、ある限り」
順風神の神威衣に、渚を支える想いを込めて。戒は加速する。プロクの水の柱は、今回も戒の却火が相殺した。蒸気が上がる。刃に付いた水滴を、彼は風とともに払い落とした。
光の蝶が二人を襲う。多少の被弾は構わない。戒は蒼鶺凪刀で永風雷を放つ。プロクは他の殺王闘士に比べれば格は高いかもしれないが、魔天七十二殺王には及ばない。拘束の効果は期待したよりもあった。
被弾し続ける彼らに、ふわりから手名椎の弓による回復が届いた。
そして傀儡は目を覚ます。華雪の冷えからかりそめの自由を取り戻した殺王闘士たちが矛先を向けたのは……あろうことか自分たちのまとめ役、プロクその人だったのだ。
「なっ……!? あなたたち、何を……!」
プロクは驚いた。風の拘束をかろうじて押しのけた彼女は、ブロンズシールドで攻撃を跳ね返し、光の蝶を放って、アヒルに魅了された仲間の横っ面を張る。
「どっ、どうしたの……!? どうしてお友達同士で戦ってるの……?」
フロートの腕の中から様子を見たおみよが、目を丸くした。
「おみよちゃん、貴方が信じてるのはそういう相手よ」
アヒルが鋭く告げる。
「くっ……! 何を! 攻撃されたら、それが身内であろうと自分の身を守るために反撃する! そんなのしょうがないじゃない!」
「いや違いますね」
プロクの反論へ、綾取が横槍を入れた。
「少なくとも、千雪さんたちは、あなたたちが傀儡にした村の人たちを攻撃したりはしなかった。そうですよね? だから今回も、前回とほぼ同じ人数を投入できてるんですよね?」
守りを固めて、村人たちからの攻撃を凌ぎ、ブロンズシールドも無力化させてその場を乗り切った御魂闘士たち。
「……おかあさんたち、そういえばけがしてなかった……戦ってたみたいだったのに……」
おみよが呟いた。プロクに明確な焦りが見える。
「私達も渚さんも、村人達や貴方が操られても決して見捨てない諦めない。いくわよ、マスター!」
「渚君」
アヒルと戒がプロクを追い込み始めると、ラファルは渚を呼んだ。フロートに守られているおみよを指す。
「お、おみよちゃん、私……」
ラファルは救華演舞を踊りながら、百花繚乱神楽鈴を鳴らす。おみよと渚、両方の心を救う演舞だ。ふわりも駆けつけて、ここまでで受けた傷を癒やす。
「私、まだやりたいことがあるの。でも、おみよちゃんたちがどうでも良いわけじゃないんだ」
「おねえちゃん……」
一度はおみよもプロクに心を奪われた。その経験が、渚の理解を助けたのかもしれない。
「フロートさん、おみよちゃんは私が。渚さんをお願いします」
「わかったわ。行きましょう、渚さん」
「うん」
フロートを護衛にして、渚はプロクに立ち向かう。
その背を、祈りの提灯に青い炎を灯したラファルが見送った。
提灯の色は「渚色」。
「波は一度退いても必ず砂浜に届き、渚となり繋がる。さぁ、自分を信じ全てを取り戻す時ですよぉ」
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戒とアヒルだけでなく、傀儡となった味方からも攻撃を受け、追い込まれていくプロク。
「貴方って本当に卑劣よね。この分だと信仰を魔天神以外にするのは無理かしら?」
フロートが問う。魔天神が倒されたかもしれないことは伏せた。プロクは彼女の意図が読めず、怪訝そうな顔をしている。
渚が合流すると、戒とアヒルは同時に動いた。アヒルは跳躍し、プロクの死角へ。戒は刀を持ち替える。胸に抱く、鳳凰が力をくれる。
「太陽神アマテルの御名において!」
虜姫座の幸魂が十言光刃を放つ。跳躍したアヒルに目を向けさせない、注意を引く一撃だ。
アヒルが鉄芯功で強化した腕で、杖を持ったプロクの腕を叩くのと、戒が収束でブロンズシールドの術式その物を破壊したのはほぼ同時だった。
「渚さん、行って!」
フロートは後から背中を狙ってくる殺王闘士たちの攻撃から渚を守って叫ぶ。庇護正国・雷矢連撃は、守りの意思を表すように攻撃を受け流した。
渚は振り返らなかった。おみよにはふわりが付いている。後ろは心配要らない。ラファルの祈りは確かに届いていた。
「村を……私の帰るところを、返してもらう──!」
たとえ帰るのがいつになるかわからなくても。
ここは私のふるさとなのだから。
武器に神通力を込めた一撃が、プロクの胴に突き刺さった。
「こ、こんな、筈……では……」
がくりと膝を突くプロク。勝負はあった。
「おねえちゃん……」
おみよが、渚の背中に声を掛けた。
「帰ってきて、くれるんだよね?」
「うん。必ずね」