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をしむ夜の月にならひて

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をしむ夜の月にならひて
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 ——十五夜の晩である。

 陽も落ちて、しかし未だ西の空にわずかばかりの夕焼けが残っている頃。
 まるい月が落ちた日を追いかけるように東の空を昇り始めると、いつもならもう少しの間灯を灯して客を迎える京の街の店先は半分ほど今日は終いとばかりに片付けられ、供え物を並べる棚とともに『お月見泥棒』に訪れる子供たちへのお菓子や果物がたくさん用意される。
 それから、月明かりが届かないような小路には篝火が焚かれ、『お月見泥棒』の訪れを待つのだ。

「お月見でーす!」

 十五夜とはいえ夜道を子供だけで行くのは危ないので、年嵩の引率の子供がそう声をかけながら道を行く。
 それに倣い、川上 四穂も子供たちの後についていく。
「もう! パパったらホントにセンスないんだから!」
 ふくれっ面で文句を言いながら、ちらりと後ろを歩く父親の様子を窺う。
 初めは大和らしい可愛い仮装を父である川上 一夫に頼んだのだが、彼の【変装術】を基にした泥棒姿にされ、あまりのセンスのなさに「さすがに頬被りとかないわー」と一刀両断し、四穂による徹底的な指導により『雪紫の羽衣』を纏った巫女っぽい格好に落ち着いた。一夫はというと、お月見泥棒らしさの演出に失敗したのに落ち込みつつも、しっかりちゃっかり四穂のお目付役として付き添っている。
「いやあ、『お月見泥棒』っていうくらいだから、泥棒らしい格好が良いだろうと思ったんですよ」
 一夫は、自分が大泥棒を気取った変装をした上でそれに合わせた仮装を用意したのだが、四穂に全力で却下され、地味な『無響の背広』を着用している。
「ほら、見てよ! みんな普通の格好じゃない!」
 やっぱりボクのセンスは間違ってなかったよ! と四穂は周囲の様子を見て言った。
 子供が主役の行事ということもあり、四穂はウキウキしながら大路を歩く。周りには四穂と同じように少々めかし込んだ子供たちが、何人かまとまって歩いている。
 店先には、月見の供物と、それとは別に菓子や果物が籠に入れて用意されている。
 干菓子、水菓子、それから揚げ菓子に焼き菓子、饅頭の類などもある。
「うわぁ〜、美味しそう!」
 四穂は思わず声を上げる。
「これ、全部もらってもいいのかな?」
 思っていたよりも用意されている菓子の種類が多く、目移りしてしまう。
「ええけど、他にも貰いにぎょうさん来るよって、ほどほどにしときや〜」
 近くにいた年嵩の子にそう諭され、「はぁ〜い」と四穂は返事をしてから、籠の中の菓子を幾つか手に取った。
「あ、そうだ!」
 お菓子を手に、四穂はキョロキョロと周囲を見回すと、お月見泥棒用の菓子を補充しようと、店の奥から饅頭を入れた籠を持った人が現れるのを見つけた。

「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」

 四穂は、その饅頭を持った人にそう言いながら突撃した。
「へ……!? へゃ〜驚いた! 悪戯せんとも、ここにある菓子はお月見さんたちに貰うてまうようにしてありますよって」
 蒸したてやから温いですぇ〜と、そおっと経木に載せられた饅頭をひとつ、四穂の手に渡してくれた。
「あ……ありがとう……」
 四穂は思っていたのと違う反応に戸惑いながら饅頭を受け取り、お礼を言った。
 ほんのりと掌に温かさが伝わってくる。
「娘が何か粗相でもしましたようで……」
 少し離れたところからそっと見守っていたものの、何やら様子が違う四穂に、慌てて一夫は近づくと流れるように店の人に『名刺』を差し出し、さらに【料理上手】と【調理知識;和】であらかじめ拵えておいたお菓子を手渡すと【完璧なる土下座】で謝罪する。
 店の人は、名刺を握り締めたまま一夫の土下座に怯んでいる!
「もう、違うったら! パパやめてよ!」
 四穂は土下座をする父親の服を引っ張り、なんとか立たせると、「しつれーしました!」と言って足速に立ち去る。恥ずかしさに顔から火が出そうである。
 日頃、貧乏暇なしで仕事ばかりにかまけているのを自覚している一夫は、ここぞとばかりに寂しい思いをさせてきていただろう娘に家族サービスをと考えていたのだが、慣れないことをして空回りが目立ってしまう。
 四穂に引っ張られて歩きながら、どうやら失敗してしまったと自覚した一夫はしおしおと消沈していた。そんな一夫の様子に、四穂は人通りの邪魔にならない大路の片隅で足を止めると、くるりと振り返った。
「あのね、パパ! 『お月見泥棒』って子供の行事なんだから、大人のパパが出てきちゃダメだよ!」
 四穂の言い分に一夫も御尤もですとばかりに項垂れる。
 そのしょぼくれ具合に四穂も思うところあったのか、手荷物から貰っていた菓子を取り出すと、一夫の前に差し出した。
「えー……っと、パパはいろいろサポートしてくれたし、少しは感謝してるから、お礼にあげる!」
 グイッと強引にお菓子を手渡し、四穂はパッと駆け出した。
「次、行くよ! まだまだお菓子はいっぱいあるんだもん!」
 嬉しそうな笑顔の四穂を見て、一夫はほっと息を吐いた。
 手には、娘からの感謝のお菓子。
「あ、待ってください。子供が一人だけでは危ないですよ!」
 一夫は、菓子を大事にしまい込むと、慌てて四穂の後ろ姿を追いかけた。

 
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