→■『世界の外』へ向ける意識→
「まあ、先生方。ようこそいらっしゃいました」
ヴェレット邸に訪れた特異者達。扉を開けた先に待っていたザビーネ・シェン・ヴェレットに促されるまま家の中に通される。
既に家庭教師としての連絡はついているのだろう、フェルゼンとキーゼルのいる部屋を伝える。
「息子達の教師をしている間は、決して部屋を出ないようにお願いします。お帰りの際は室内のベルを鳴らしていただければと思います」
ザビーネは小さく会釈し、リビングらしき部屋の扉を開けて室内へと戻る。どうやら、あとは先生――特異者達に任せるようだ。
まずは
風華・S・エルデノヴァと
カナコ・ハインケルの2名が派遣され、室内へお邪魔する。
フェルゼンは無心に積んでおいた本を読み進めており、キーゼルはくるくるとペン回しで遊んでいる様子が伺えた。
「お邪魔します。何を読んでいるんですか?」
「……物理学の本」
「まあ、物理学を?」
ちらりと風華が積まれた本に視線を向けてみれば、確かに物理学の本が多い。
母親が準備したのか、それとも彼自身が用意したのかは定かではないが……少なくとも彼は物理学をメインに勉強しているようだ。
と言っても今ここで物理学を学んだからと言って、将来がどうなるわけでもない。
ただフェルゼンは『世界』を知る上では物理学は切っても切れないものだと思って勉強しているのだとか。
「なるほど……でも、この本は……」
風華にはわかる。この物理学の本達はすべて、子供であるフェルゼン向けのものではないと。
大人達がこれまで書いた論文が纏められており、難しい知識を必要とするものばかり。風華でもその内容が理解出来ないモノが多い。
それでも彼はスラスラと読み進め、記憶して、ノートに書き込んでいく。
これまでの知識があるからこそ、『世界の外』に興味を持っていくのだと言うように。
――それが彼に与えられた使命だと言うように。
「フェルってホント、頭硬いからな~」
そんな中、暇になってしまったキーゼルが椅子から降りて運動を始めた。
自分はフェルゼンとは違う。そう言いたそうな表情がありありと浮かんでいる。
そんな彼にカナコが1つ、質問を投げてみた。
「じゃあ、キーゼル君は逆にどんな事が好きなの?」
「俺は勉強よりも、ファンタジーを考えるのが好きだな~。でも母上はそれは駄目って怒っちゃって」
「え、どうして?」
「わかんない。うち、そう言うの読むの禁止されてるから」
壁と床を使い、ストレッチをするキーゼル。ファンタジーに憧れてるからなのか、身体が資本と考えるのが彼のようだ。
キーゼルがそうだとわかったカナコはそれならと、これまでの自分の冒険譚を彼に聞かせてみる。
工作員やスパイとして活動してきたカナコにとっては普通の仕事話。時には正義を、時には悪を貫いた仕事はアクション性を過多に含んだものが多い。
そんな話はキーゼルにとっては、自分の知らないファンタジーな世界でのお話。自分が成し遂げられないことをやっている彼女に、キーゼルは大興奮だ。
「あなたのお兄さんの言う“外の世界”とは違うのかもしれないけど、ね」
「すげー! フェル、聞いてた!?」
「……うん。まあ」
本をぺらりと捲って、控えめな反応を見せたフェルゼン。
一方で楽しい冒険譚を聞かせてもらえて嬉しそうにはしゃぐキーゼル。
この兄弟、双子だと言うのに『世界の外』への意識はこんなにも違うのだ。