幽霊の正体見たり……?
深夜、無人であろう駅。
それだけで無機質な照明が不気味に思えてくるのだから、人の感性というものは不思議なものである。
自ら囮を申し出た
ロデス・ロ-デスと、囮を押しつけられた
ベルティーユ・ルージュリアンは、対照的な表情でゆっくりと線路沿いに駅へと向かっていた。
「うぅ、暗いですぅ、怖いですぅ」
「そんなに怯えなくても大丈夫さ――さて、あれが噂の駅か」
不自然でないように、そっとトランシーバーに向けて目的地に近づきつつあることをアピールする。
ぴゅぅ、と吹き鳴らされた口笛に、ベルティーユは「ひょわぁ!」と悲鳴を上げた。
「びびびびっくりしました! やめてくださいぃ!」
「はは、悪かったよ」
「夜中に口笛吹くと泥棒が来るんですよ!」
ぷんぷんと怒るベルティーユをなだめながら、ロデスは駅へとさらに近づく。
その二人からの通信を聞いて、後方で待機していた面々はそれぞれ準備を始めた。
「それー。皆様をーしかとお助けするのですよーみんなー」
取間 小鈴がかぶとらいぶを解き放つのと同時に、
ミルドレッド・スカイライツ、
キャスリーン・エアフルトたちタクト・スウェイヤーがそれぞれのドローンを解き放った。
事前の調査で幽霊が目撃されたポイントは調査済みだ。
小鈴のドローンはカブトムシに擬態して俯瞰でポイントが観測できる位置に。
ミルドレッドのリスとウサギ型のドローンはポイントに向かうロデスとベルティーユと併走するように。
キャスリーンのドローンは暗闇に紛れるように、駅全体をスキャンできる位置に。
「キティ、どう?」
「少し待ってください……ロデスさんたちとは違う熱源が複数。混沌の獣ではないようですが……」
キャスリーンのドローンからの情報を、
ダニエラ・リドルが横から覗き込む。
高速でスキャンされていく情報に、余さず二人で目を通していく。
「熱源以外に何かの影や精霊のようなものはありますか?」
「……少なくとも、スキャンした範囲には存在しないようです」
「ってことは、幽霊とやらは人間でほぼ間違いな」
カルティカ・エリノスと
フム・エル・フートはそう結論づけて、熱源のスキャン結果を待つ。
映し出されたのは、全身をすっぽりと覆うローブを纏った、怪しげな人影だった。
「一、二、……全部で五人ですね。全員同じ格好となると、組織的なものでしょうか」
「ん、一人囮の方に向かってる。あと一人、こっちにきてない?」
「私たちに感づいたのでしょうか」
「うーん、そうじゃないみたい……後ずさってる? みたいな」
「後ずさる? まさか肝試しに来た人間じゃないだろうな」
考え込む四人に、小鈴が提案する。
「見つけた人影の位置を教えていただければー、こちらでマークして追いかけますよー」
「囮……もといベルちゃんのほうに近寄ってるやちゅらはあたちと敦也おにーちゃんにおまかせなのでちゅ!」
「おう、そろそろロデスに任せっぱなしなのも悪いからな! あんたたちはこっちに近寄ってくる奴を頼む」
迅雷 敦也がサンダーバスターを構えつつ言う。
キャスリーンは小鈴に人影の位置を送信し、小鈴はそれを元にかぶとらいぶたちを一人一機ずつ配置する。
ロデスたちの方に向かう人影の方向を受け取ったミルドレッドは、より目立たないリス型をそちらへ先行させ、ウサギ型は併走を維持させる。
「ダニエラさん、お願いします」
「任せて! 隙を見てメランコリープで寝かせるわ。フム、相手が寝たら確保よろしくね」
「わかった」
ダニエラのナイトホークが、静かに飛び立つ。
暗視能力のおかげで、キャスリーンの映像よりもより鮮明に人影を捉えることができた。
じりじりと後ずさるその人影は、きょろきょろと何かに怯えるように周囲を警戒し、時折びくりと何かに怯えて足を止める。
「……少し、追い込むわね」
「ええ」
映像を共に見守るカルティカは、じっと不審な人物を観察する。どこかで見たような既視感が、先ほどから拭えないのだ。
ナイトホークの片方を、わざとその人物の上を通り過ぎるように横切らせれば、目に見えて驚いたようで、その人物は尻餅をついた。
その拍子に、フードがずり落ちる。まだ若い男性だ。真っ青な顔でしばしナイトホークが横切った空を見上げていたが、再び周囲を見回すと意を決したようにくるりと駅に背を向け、立ち上がろうとし――
「そこねっ!」
闇に紛れさせるように近づけておいたもう一羽が、催眠ガスを噴射した。
男は突然のことに目を白黒させたが、ガスにあらがえずドサリと倒れ伏す。
「よし、回収してくる」
「お願いします」
フムが回収してきた男は、ぐっすりと眠っていた。念のためローブを剥いで武装していないかを確認し、拘束する。
カルティカはその顔を見てようやっと、抱いていた既視感の正体に気づく。
「その方、捜索を依頼されていた行方不明者の特徴と一致します」
「ってことは……?」
「相手が犯罪者集団だと仮定して、無理矢理仲間にさせられていたのかも知れません。ロデスさんたちを襲撃する隙をうかがって、逃げ出そうとした、とか……」
そう考えれば、あの異様な怯えぶりにも納得がいく。
とはいえ、相手が犯罪者集団かもしれないというのはあくまで仮定の話でしかない。
真相を明らかにするべく、拘束はほどかないまま、フムが男を揺り起こしてみることになった。
カルティカはチルアウトを握りしめ、抵抗されればいつでも魔法を放てる体制を整える。
タクト二人は少し下がって、様子をうかがう。
「おい、起きろ」
「うう……ん……?」
未だガスの影響が抜けきらないのだろう、ぼんやりとした表情の男は、フムを見て、ゆっくりとカルティカとダニエラたちに視線を動かしてー―はっとして自身が拘束されていることに気づく。
「あ、あ、あの! ごめんなさい! 俺まだなにもしてないです! 誓って! なにも!」
「落ち着け。私たちはコスモス機関に所属しているものだ。最近このあたりで行方不明者が出ていると聞いて調査に来た」
「コスモス機関……! よかった! あいつらちゃんと通報してくれたんだな!」
「通報というか……まぁいい、詳しい話をしてもらえるか?」
「そ、その前にほどいてくれたりは……?」
「あいにく、こちらはそちらが敵か味方か判断できない。詳しい話次第だ」
「わ、わかりました……」
男が話した内容は、おおよそカルティカたちの予測から外れていなかった。
ローブの男たちは、かつて混沌義勇軍を名乗り、武力を振りかざして周辺の無辜の市民から金品や食料を奪う義勇軍とは名ばかりの一団だったらしい。
それなりに大きな勢力を持っており、コスモス機関から物資を奪うほどの強さを持っていたそうだ。
だが、彼らは横浜で大打撃を受けた。かろうじて全滅は逃れたが、かつての威勢も武力も何もかも、コスモス機関に打ちのめされてしまった。
今では、細々と武器の取引の仲介をしたり、散発的に起こる獣との戦いの跡地を漁って使えそうな物資を集めて売りさばくような、小さな集団と成り果てていた。
彼らは第一次危機から裏の社会にいたものたち。多少の辛酸は舐め慣れてはいたが、コスモス機関への憎悪は日に日に増していくばかりだった。
そして。
「コツコツ資金を貯めて、少しずつ規模を大きくしていって……今は、人手が足りない、とかで」
「それで人攫いを?」
名和 長喜の言葉に、男は頷く。
わざと心霊スポットをでっちあげ、釣られた若者を捕らえて脅す。
もともと、興味本位で危険な旧市街にでた負い目もあり、身分証を盾に家族や友人に害をなすと脅されれば、屈さざるを得なかったのだという。
「中には、あいつらに友達を見逃してもらう代わりに、借金背負っちまった奴とかいて……俺はただ逃げ遅れただけだけど……」
「ふむ、なかなかしぶとい奴らでありますね……」
キクカ・ヒライズミはあきれたように肩をすくめた。
ここにいる特異者たちの中には、あの横浜で戦ったものもいる。
あの現場にいた混沌義勇軍は全て捕らえたはずだが、おそらくあの軍団は複数の義勇軍を名乗るグループが寄せ集まって結成されたものだったのだろう。
今回誘拐をしている一団はそんなグループの一つで、全員があの戦場に行ったのではなく手勢を貸し与えただけということが予想できた。
ジェノ・サリスはふむ、と考えながら男に問いかける。
「今駅周辺にいる奴らは全員お前のような被害者ばかりか?」
「い、いや、あと二人俺と同じように脅されて手伝わされてる奴がいるはずだ」
「じゃあどの人が脅されてる人かはわかる?」
「い、いや……配置とかは自分の担当しか教わってなくて……」
力ない男の返答に、
戦戯 シャーロットは少し残念そうにする。
「まぁ、そんな簡単にはいかないよね。これーちゃん、今のローブの人たちの動きはどう?」
「ロデスさんたちに近寄っている一人がー、そろそろ接触する頃かとー。敦也さんとミルドレッドさんもー、間に合いそうですー。他は大きな動きはなしーですねー」
「じゃあ、やることはあんまり変わらないね。ボクらはフリーのローブさんたちを取り押さえようっ!」
シャーロットの提案に一同は頷くと、それぞれ担当を決める。
小鈴のドローンの位置情報をもとに、素早く配置につくべく動き出す特異者たち。
その様子を、ようやく拘束を解かれた男があっけにとられた顔で見送った。
「……生のメディエーターって……すげー……」
「あなたにはー、取り押さえた人たちのー検分を手伝ってもらってもー?」
「あ、も、もちろん! でも、俺たちが捕まったって本部にバレたら……」
「本部というのはー、この先の倉庫街にありますかー?」
「えっ!? な、なんで知ってるんだ!?」
「なるほどなるほどー、それならーご心配には及びませんー。別働隊が向かっておりますのでー」
「す、すげえ……本部の場所まで突き止めてるのか……」
小鈴はドローンを操作する手を止めずに、男を見上げた。
「倉庫街にあると言うことはー判明してるのですがー、詳しい場所まではーまだわからないのですー。よければー教えていただけますかー?」
「わ、わかった。って言っても、倉庫街似た風景ばっかりであんまりわからないんだけど……」
懸命に道順を思い出す男に、小鈴はマップをより見やすいように拡大してみせるのだった。
◇ ◇ ◇
「うぅ、どこまで行くんですかぁ」
「そりゃあ、幽霊とやらが現れるまでさ」
「そんなぁ……」
のんびりと心霊スポットを楽しむ若者を装うロデスに、ベルティーユは涙目でひっついている。
そんな二人にゆっくりと近づく不審なローブの影。
「うぅ~……」
「ひえっ!」
迫真のうめき声に、ベルティーユは飛び上がる。
慌てて周囲を見回せば、ゆらりと左右に揺れながら近づいてくるローブ姿の不審者。
「きゃああああ! こないでぇぇぇぇ!」
「ベルちゃん囮お疲れ様でちゅ! 腰に金属反応ありでちゅ!」
「お疲れベル! さあて、こっちの話なんて聞く気はなさそうだな?」
「ちっ、コスモスアーム……メディエーターか!」
ミルドレッドと敦也の姿を認めたローブの人物は腰からナイフを抜くと、ベルティーユとロデスに向ける。
「おいお前ら! 大人しくこっちに来な! そうしたら命くらいは――」
ごっ。
重い音と共に男の顎に見事なアッパーカットが決まる。ロデスのアメイジングパンチだ。
「幽霊じゃない幽霊なんて怖くありませんっ! ベルがやっつけます!」
ぐにゃ、とベルティーユの腕が変異する。持ち込んでいたデス・サイスを腕に取り込み、鎌状の腕へと変化させ、大きく振りかぶる。
超高速で繰り出された薙ぎ払い攻撃に、ローブの人物は足を取られて見事に転んだ。
「よ、っと」
敦也はローブの人物が手にしていたナイフを蹴り飛ばすと、どすりとサンダーバスターを倒れた人物の首元に突き立てた。
「無駄な抵抗はしない方が身のためだぜ?」
「ぐ、くっ……なぜ、メディエーターがここに……!」
「それについてはまぁ、あんたたちの運が悪かったな」
「でちゅね。偶然とはいえコスモス機関のエースに泣きちゅく人がいたんでちゅから」
やれやれと言いたげに肩をすくめたミルドレッドに、ローブの人物はぎり、と歯噛みする。
「お前らさえいなければ……!」
「自分たちがうまい汁吸い放題だったって? はっ、ずいぶんな逆恨みだな」
拘束しながら、敦也はあまりにも自分勝手な相手の言い分を一笑に付す。
正義の使者気取りをするつもりはないが、弱者を脅し私腹を肥やすことしか頭にない相手には怒りを通り越してあきれすら感じる。
「幽霊はこいつだけか?」
「いや、あと何人かいるらしいけれど、確保されるのも時間の問題だろうな。さ、戻るぞベル、ミル」
「ベルちゃん、まだ涙目でちゅよ? なでなでちまちょうか?」
「子供扱いしないでくださいー! ちゃんとベルも戦いましたもん!」
「そうだな、えらいえらい。よーしよしよし」
「だから、子供扱いしないでくださいー!」
敦也に撫でられてぽこぽこ怒りながらも、幽霊が幽霊でなくて安心するベルティーユ。
それを茶化すミルドレッドに、拘束したローブの人物をしっかり逃がさないよう連行するロデス。
賑やかな一行はひとまずの成果を手に、集合場所へと戻っていくのだった。
◇ ◇ ◇
レティニューポッドで周囲をスキャンしながら、暗闇を進むジェノ。
小鈴のドローンを目印に、周辺を警戒すれば、挙動不審なローブの人影を発見した。
「……おい、そこのお前」
「ひぃっ!?」
ローブの人影は文字通り飛び上がると、ジェノを振り返りもう一度驚いて後ずさる。
「だ、誰だあんた!?」
「誰何してるのはこちらだが……まあいい。俺はジェノ、コスモス機関に所属しているものだ」
「こ、コスモス機関!?」
ローブの人物は慌てて胸元から拳銃を取り出すと、震える手で構える。
「く、くるなっ! い、いや、身ぐるみ全部おいていけ!」
「……いいのか? 今なら脅されていただけだということで戦わずに拘束だけさせてもらうだけだが――」
浄刹来光の柄に手をかけ、ゆっくりと、わかりやすく威圧するジェノ。
相手が武器になれていないことなど、一目見ればすぐにわかった。
それでもなお銃を抜いたということは、何か相手組織に弱みを握られているのだろう。
しばらくにらみ合いが続いたが、数分と持たずにローブの人物は銃を取り落として膝をついた。
「たすけて……俺の、彼女があいつらに……」
「なるほど。人質か。そういうことなら別働隊に連絡を入れておこう」
ジェノの言葉に、ローブの男は目を潤ませて感謝の言葉を述べたのだった。
◇ ◇ ◇
「ねぇそこのアナタ! その様子だと脅されてる子だよね? ボクと一緒に――」
「う、うわあああぁぁぁぁ!!!」
「うわっと!?」
シャーロットが声をかけたのはうずくまって震えるローブの人物だった。
どう見ても犯罪者集団の一員には見えない様子に声をかけた途端、ローブの人物は激しく取り乱し暴れ始めたのだ。
「お、落ち着いて! ボクはアナタを助けに……」
「く、くるな、くるな! オレは悪くない、悪くないんだぁっ!」
錯乱しながらめちゃくちゃに振り回されるサバイバルナイフ。
シャーロットは軽々とそれを避けながら、仕方ないかと愛刀に手をかけた。
「……ごめんねっ! 峰打ちだから!」
ど、と打ち込まれる一撃。
かなり手加減して、天狐の白刃のショック攻撃で気絶させたのだ。
「うーん……オバケ役には向いてないんじゃないかなぁ?」
気絶したローブの人物を覗き込みながら、シャーロットは首をかしげるのだった。
◇ ◇ ◇
「――目標、発見であります」
キクカの視線の先に、ローブの人物が一人。
通信機器のようなものを手に、何事かを話している。
「もう少し近づけるか」
「了解であります」
静かに身を潜めて近づけば、ようやく会話内容が聞こえてきた。
「おい、そっちはどうなってる、応答しろ! ……くそ、なんなんだ? 本部、聞こえるか、こちら――」
キクカは長喜のもとに戻ると、報告と指示を仰ぐ。
「本部と連絡を取ろうとしているであります、今のうちに突撃するでありますか?」
「いや、本部に俺たちの存在を気取られると面倒だ。通信を終え次第動きを止めるぞ」
「了解であります」
キクカは再び先ほどの位置に戻る。
ローブの人物はいらだたしげに通信を続けていた。
「何か面倒になった可能性がある、様子を見に……待機? ああ、あの使い捨てに行かせるのか。わかった、そうするぜ」
ローブの人物が通信を終えたと同時、キクカはゴーグルをかけてスタングレネードを投擲した。
ばぁん! 炸裂音と共に迸る閃光。
「ぐぁっ!?」
「武器を捨てて投稿しろ! この駅のお前たちの仲間は全員捕縛した! 大人しく従えば――」
「う、ぐ、くそ、サツか!?」
ローブの人物は懐から拳銃を取り出し声のした方向、長喜の方向に向けて適当に撃とうとするが、それを許すキクカではない。
素早く距離を詰めていた彼女はコマンドサンボで相手の銃を取り上げつつ、相手を思いっきり投げ飛ばした。
「ぐあ!」
「大人しく従えばこれ以上の怪我は作らずに済む。投降しろ」
「うぐ、なんなんだ、てめえらは……!」
「幽霊騒動に巻き込まれたただのメディエーターだ」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、ってところでありますけど」
ローブの人物を拘束し、キクカは少し残念そうにする。
「だから言っただろう、人攫いや迷子探しなら警察の仕事だ。幽霊退治なら坊さんか霊能者の仕事だと」
「怖いもの見たさという奴であります!」
元気に言うキクカに、長喜は大きくため息をつくのだった。