Ⅰ.PM13:00 ドライバーショーケース
「――よし、出来たぞ」
出走前のピットで
名和 長喜はそう呟き、タオルで汗を拭きながらマシンを離れた。「出来たって……何が出来たでありますかこれ」作業を眺めていた
キクカ・ヒライズミが呆れたような声音でそう言う。作業着の長喜に対し、こちらはレースクイーンを務めるべくバニースーツ姿で日傘を差している。
「要はライバル車を蹴散らせばいいんだ。ありったけの火器を積み込んだ。こいつで群がる敵機を灰にしてやるぜ」
言って、長喜は自慢げにマシンを親指で指す。両サイドにグレネードランチャー、ルーフに携行重迫《オーディナリーキャノン》を搭載したそれは、最早レーシングマシンというかただの戦車やないかこれ。「本気でありますか?」
「上官に向かってなんだその口の利き方は」
「何故これが通ると思ったでありますか? 今回はレースであって戦争ではないであります。こういった兵器に頼らず、より健全な形で競い合うためのイベントであります。主旨を理解していないとの誹りは免れないでありますな」
「なにおう! こんなの茨城だと当たり前だぞ!!」
「失礼しまーす。時間ですので、マシンの最終チェックさせて頂きまーす」
言い合う二人を遮るように、ガルーダ運営の係員がやって来た。「あーあ。これは失格でありますな。まったく不名誉なことであります」「冗談じゃない。俺は意地でも出走するからな」小声で言い合う二人をに目もくれず、係員はクソデカ砲台を積んだマシンを大真面目な顔でチェックし、仕様書を手に取って見比べる。
「――オッケーですね。出走を認めます。コースに入って、スタートグリッド10番で待機してください」
「「――え?」」
係員の言葉に、二人は同時に振り返る。「見ろ! やったぞ! 出走だ!」「ま、マジでありますか? あんな――あんなものが?」長喜が快哉を上げ、キクカはクソデカ砲台を指さして係員に尋ねる。
「大丈夫ですよ。レギュレーションの範囲です。それに――他の皆さんも、結構好き勝手やってますので」
「――え?」
「で、ドライバーはどなたですか? 一応そちらもチェックを」
「俺がぶも」
意気揚々と寄ってきた長喜を、キクカのバックハンドアッパーが打ち据えた。顎を打たれた長喜が仰向けに倒れ、コンクリートの地面に後頭部をぶつけて動かなくなる。「自分が行くであります」
「え? ――ああ、そうなんですか?」
「これ以上好きにさせると調子に乗るでありますからな」
「まあ、こちらは別に構わないんですが……ええと、その服で?」
係員がバニースーツを指さし、キクカは日傘を閉じながら言う。
「水着の方が良かったでありますか?」
係員が差し出したエントリー用紙に記入し、キクカはクルーからヘルメットを受け取る。「ドライバーはキクカで行くぞ!」「シート調整だ! 10秒でやれ!」
(……しかし、かえって不安でありますな……皆さん好き勝手やってますって、いったい何やってるでありますか……?)
うさ耳を外す。
PM13:30。定刻までに全てのマシンがスタートグリッドに出揃い、いよいよその時が訪れようとしていた。天候は晴天。容赦無く照りつける夏の陽光をマシンが反射し、唸るエンジン音と排気がさらに周囲を熱くする。
やがて、開始を告げるシグナルに光が灯った。3、2、1――
「出ました! 各車ぐんぐんスピードを上げます! 第一ターンまで約1km!」
今回のドライバーショーケースは、全長約3.6kmのポイント・トゥ・ポイントレースで行われる。ドライバー達は奥多摩サーキットを飛び出し、山道を上ってトンネルを抜け、つづら折りの山道を下ってゴール地点を目指す。――そう、つまり、このレースは公道で行われる。
「さあて、任務開始でありますな――!」
一点突破。キクカも多分に漏れず、第一ストレートはアクセル全開で走っていた。とはいえ各車大きな性能差は無く、当然やっていることも皆ほぼ同じなので、現時点で順位に大きな動きは無い。――というか、クソデカ火器を複数積んだせいでむしろ重くなっていた。二台に抜かれる。現在12位。
(やりますか……? やるなら前に敵機が多い方がいい。もたもたしてチャンスを失うぐらいなら――)
「どうせ失格上等であります! オーディナリーキャノン、発射用意! てーーーっ!」
ストロークコイン。ルーフキャノンを前方の敵集団に向け、放った。命中。キャノンが着弾し、数台の敵車両が吹き飛ぶ。しかし、キャノンの反動でキクカのマシンも大きく急制動が掛かった。「っとと……よしよし、まあ及第点の結果であります」シフトレバーを操作し、再発進する。四台を吹き飛ばし、後続の二台に抜かれた。現在10位。
第一ターン、右急カーブに差し掛かる。先頭集団が速度を落とし固まっているのが見えた。「あーここで撃っても良かったでありますな。――まあいいか。そもそもまさか撃てると思ってなかったし」
「大佐の手前、これを言うのはアレですが……これも戦闘という事で」
ダミーシルエット。車をスライドさせて敵の一台に寄せる。幅寄せ。敵はカーブで壁とキクカに挟まれ、最早壁にぶつかるか速度を落としてそれを回避するしか
「――あ」
まずい。サイドにグレネードを積んでいたことを今思い出した。幅寄せ自体は成功しているが――相手が減速する判断を下さなかった場合、グレネードを一基失うことになる。どうする――?
「――仕方ない。今回は素直にごめんなさいしとくであります」
降りることにした。減速して相手を先に行かせる。スタングレネードをトリガー。前に出た敵機をグレネードで黙らせ、その横をすり抜けた。現在9位。第一ターンを抜け、トンネルに入る。
「行け、タランテル!」
後部ウェポンベイから後部ウェポンベイって何? タランテル・ドローンを射出し、並走させる。攻撃開始。タランテルからの機銃掃射で前方の二台がスピンし、その間をキクカが駆け抜ける。現在7位。トンネルを抜ける。
「おいヒライズミ!」
「うわびっくりした」
唐突に無線から長喜の声が響いた。「何でありますか」「何でじゃねえ! 何でお前が走ってる!」「戦闘中に無線寄越すなら有益な情報が欲しいであります」「情報もクソももうレース半分終わってるじゃねえか!」「そーであります。コースももうだいたい分かってるので大丈夫であります。じゃ」「じゃって」通信を切る。
「さて――ここが問題でありますな――!」
道が下りに差し掛かり、第二ターンが見えてくる。ここから第七ターンまでの間、つづら折りの山道で高速の連続カーブとなる。「多分これ、もう邪魔でありますな……!」サイドのグレネードランチャーをパージした。先頭集団に食らいつくように第二ターンに進入する。
高速の連続カーブをキクカはクラッシュすることなく、何とか抜けた。最後のストレートを突っ切り、ゴールする。
「っ――まあ、こんなものでありますな――」
ゴールポストを抜け、マシンを流しながら窓外を眺める。最終順位は4着だった。夏の青空と奥多摩の山の緑が美しかった。
――では、その好き勝手やってるガントレット第四戦の様子を見てみよう。