Ⅰ.AM9:30 僧城寺・三解脱門
どがしゃーん。
薄曇る灰色の空。雲のフィルターを通して落ちる陽光が、肌寒い中にも春の気配を匂わせる。静謐で清涼な朝の時間、そこに聳える荘厳な僧城寺の大門が、今とんでもなくやかましい音を立てて砕け散った。直後にけたたましいブレーキ音を響かせて、境内にピックアップトラックが飛び込む。境内にいた作務衣姿の信者達がトラックを振り返った。
「いやー痛快痛快! 立ち退き勧告といえば、トラックを突っ込ませるのがド定番だ、ってライブラリで読んだよ!」
「絶対それは参照すべき資料じゃないと思うのー……」
運転席で
トスタノ・クニベルティと
ジョーイ・バンドールがそんな会話を交わす。トスタノが背後の壁を叩いた。「さあ皆、降りた降りた!」
「ヒャァ がまんできねえ0だ!」
「ダメだ待て」
トラックの荷台から真っ先に飛び出そうとした
キクカ・ヒライズミの肩を
名和 長喜が抑えた。「ふぎゃ!?」キクカが転倒して荷台の床に顔をぶつける。
「何するでありますか!?」
「お前絶対速攻斬りかかるつもりだったろ。違うんだよ。今回は最後通告を行ってから実力行使なの」
「むー……しかし、大佐がそんなちゃんとした前口上できるとは思えないであります」
「お前今日おやつ抜きな。無茶をするにはそれなりの手続きが必要なんだよ。施設明け渡しの強制代執行か公務執行妨害の現行犯か。まあ、その辺は皆が上手くやってくれるさ」
え゛ー!? と声を上げるキクカを他所に、長喜は顎に手を当てて考え込む。(本来ガサ入れや捕物は警察の仕事だろう。連中にも面子がある。獣だけ俺達に任せて自分の領分は侵させない、程度の意地は張る筈だ。それが無いのは上で既に話が付いている。さて相手は――まともな人間なのかねえ?)
「……僧城獣神道の方々! 無許可の宗教活動なんてやめて早く新都心へ避難しなさい! 今ならコスモス機関も大目に見てくれるし、今のあんたらの姿を見たら御先祖様は哀しんで泣きますよー!」
迅雷 敦也はトラックの荷台から境内に降り立ち、信者達を見渡してそう言った。
「そーだそーだー! 避難しなさーい!!! 哀しんで泣いちゃうぞー!!!」
「避難しなさーい!!! 哀しんで泣いちゃうぞー!!!」
敦也に続いて
迅雷 火夜と
夢風 小ノ葉も、そう言いながら境内に降り立つ。「折角ですが、お断りいたします」信者の一人が進み出てそう言った。
「……一応、理由を聞きましょうか」
「(おお、すごい。お兄ちゃんが敬語使ってる)」
「(いや、あれはかなり無理してるよ。ほら、指がぷるぷるしてる)」
訊き返した敦也に、その信者は微笑すら浮かべて答える。「偉大な獣の降臨によって、汚れた資本主義と物質社会は淘汰されました。この僧城寺をご覧ください。全てが瓦礫と化した東京の中で、この僧城寺は生き残った。ご存じの通り混沌の獣は実在のものであり、これまでの神のような無形の概念ではない。分かりますか? 神が、混沌の獣が、この美しい日本建築を、見逃したのです。これは明確なる神の意志。混沌の獣には祈りが通じ、対話が可能なのです。避難などする必要が無い。そんなことより神が気に入ったこの寺を護り、我々が敵ではないと示さねば。貴方も是非お力をお貸しください。壊れてしまった三解脱門を修復しなければ」
「……」
「(あ……マズい。お兄ちゃん困ってる)」
「(いや違うよ。あれは意味分かんねえ、って顔だよ)」
敦也はしばらく黙り込み――やがて、ぴくぴくと震えていた指が、握り拳に変わった。「よく分かった」
「おお、では」
「あんたらの答えがノーだってことはな!」
背中に背負った大剣《ウルトラヒュージ》の柄を握り、振り下ろした。殆ど不意打ちの斬撃を、信者はバックステップで避ける。「今は人間同士で争っている場合ではありません。どうか剣を収め、今一度我々の教義をお聞きください」
「興味無いね!」
敦也が言うのとほぼ同時に、トラックの荷台から一つの影が飛び立ち、集まってきていた信者達の中央に着地した。エナジーウィングのスラスター光が消え、六腕四脚の異形の姿が露になる。
(そんなに怪物が好きなら――化け物の怖さを思い知らせてあげるよ)
アイン・ハートビーツは増設副腕を拡げ、再びエナジーウィングに火を入れた。クロックアップ。サウザンドアームズ。凄まじい速度で信者達の群れに突っ込み、吹き飛ばす。急制動をかけてターンし、手近な一人に跳びかかった。ラッシュアンドバースト。信者を押し倒し、六腕で全力攻撃をかける。
(異界の装備・能力は弱体化される――つまり、このくらいで)
全力で殴り続け、やがてその信者は動かなくなった。しかし死んではいない。アインは抵抗がなくなったのを確認し、顔を上げて次の獲物を探す。
「教義に関する議論は後にいたしましょう。僧城寺は危険です。安全な所に避難して頂きたい」
川上 一夫は荷台から降り、信者達にそう呼びかける。「我々からすれば、貴方がたの方が危険な存在に見えますね」すでに戦闘態勢に入っている信者の一人がそう答える。
「そうですか――よろしい。それについても後で議論いたしましょう」
言って、一夫は己の魔力を地面に注ぎ込んだ。ディストスワンプ。一夫の周囲の地面が沼地に変わり、信者達の脚を捕らえる。「――これでもはや動けますまい。最後通告です。安全な所に避難して頂きたい」
「――今は、人間同士で争っている場合ではないと思いませんか?」
「……最後通告と申しました。イエス以外の返答は聞きません。お覚悟を」
フレイムバース。一夫の魔力によって、その信者の身体は炎に包まれた。動くことすらままならない状態では、自分で対処するのは難しいだろう。「……嫌な仕事になりそうですな」呟き、一夫は次の信者へ向けて沼地を進み始めた。
「よーし、エレキシールド展開! ジョーイとフライア、アイアンシュレッダーも攻撃開始! 後続の進攻を支援するんだ!」
「あいなのー」
「いきます!」
応え、ジョーイがトラックの荷台で射撃準備を始め、
フライア・ザインフラウと
アイアンシュレッダーが荷台から降りる。
「地域住民に悪影響を及ぼす反社会的勢力の皆様! 既に行政指導及び監督は拒絶、自主退去せず。都条例に基き、不法占用に対する行政代執行として、身柄の確保、隔離施設への収容、邪な思想からの保護を行わせて頂きます! 執行!」
フライアはそう言い、サローガードで防御を固めて前進する。アイアンシュレッダーも同じく前進し、前進の邪魔になりそうな壁や障害物を破壊し始めた。「はあああっ!」向かってきた信者をフライアはモータードライブアックスで斬り捨てる。そこへ二人目の信者が襲い掛かる。繰り出された正拳をフライアは防御し、「ならば……!」ヒートブレードで斧に高熱を纏わせる。
「呼ッ!!!」
三刃。繰り出された三連撃が信者を斬り裂き、高熱がその身体を発火させる。「……やりすぎたか。火が出て周辺住民に迷惑をかけてはいけませんね。トスタノ先生、消火をお願いします!」「あいよー」トスタノが操作するフライングスプリンクラーがトラックから飛び立ち、放水して炎を消していく。
「それじゃーこっちは、フロストノヴァにサンダークラウドなのー!」
ジョーイの魔力が局所的な寒波と雷雨を生み出す。冷たい雷雨と沼に阻まれ、敵集団の動きは完全に止まった。「で、トスタ、敵のリーダーさんはどれなの?」「ちょっと待ってよ……どれだろうねえ?」ジョーイはライフルをセットしながら尋ねるが、トスタノもまだ探っているところのようだった。