Ⅰ.PM13:30 最終選考会場観客席
「機動兵器知識の取り入れと、ついでに同人誌のネタ探しの為に観客として伺いましたが……なんだか妙なことになっちゃいましたね。ソフトクリームは美味しいんですけれども」
鴨 柚子は避難が始まった観客席で、ソフトクリーム片手にそう呟いた。「どうしましょうかねー……避難しちゃうのもつまんないですし……手伝った方がいいんですかね、避難誘導とか」
「……うん?」
ふと、柚子は観客席の一角に目を留めた。ぞろぞろと観客が避難していく中、一人席に座ってソフトクリームを舐めている少女がいる。周りでは人々が逃げ惑い、すぐそこでAS同士の格闘戦が行われているというのに、その佇まいからは聞いてた演目と違うな? ぐらいの小さな驚きしか感じない。
あの子、何か違う――柚子の脚は、引き寄せられるようにそちらに向いていた。
「えらいもん見ちゃったなー……お姉ちゃんこういとこならいるかなと思ったけど全然いないし。絶対皇国には行かないだろうから国外なら連盟で決まりだと思ったんだけどなー」
最終選考は候補同士の一騎打ちによって行われるが、実際に評価されるのはその勝敗だけではない。「最後まで問題なく稼働してたか」「パイロットは無傷か」「前後の整備は簡単かつ迅速か」「仕様書及び見積書に不備は無いか」等が、あるいは勝敗以上に評価を左右する。突如暴走して観客席を攻撃となると、大幅減点もしくは失格も当然あり得るのだ。
「こんにちは」
声をかけられ、ネリア・オニモトはそちらを振り返る。「……こんにちは」「なんだか大変なことになっちゃいましたね」失礼します、と言って柚子はネリアの隣に座る。
「えーと……何か御用?」
「いえ、別に……ソフトクリーム食べてたのと、やけに落ち着いてらっしゃるので気になっちゃって」
はにかみ、柚子は正面に向き直る。「これ、どう思いますか?パイロットさんの様子が伺えないので想像になっちゃいますけれど、なんだかおかしく感じるなって」
「うん――急に落ちたり観客席を攻撃したり、パイロットがコクピットで酒盛りをしてた可能性を除外するなら、何か作為的なものでしょうね」
「作為的――何か仕込まれてる?」
「あるいは、パイロットがわざとやってる」
二人は何となくため息を吐いた。考えても答えは出ない。「……誰かお探しなんですか?」
柚子が訊き、ネリアは振り返る。「あ、お気に触ったならごめんなさい。さっき呟かれてた言葉が聞こえちゃったので。――よかったら、ご相談乗りましょうか?」
「……まあ、情報収集は捜査の基本か。お姉ちゃんを探してます。ネリス・オニモト」
「ネリスさん――」
「いちおう自己紹介もしますね。私はネリア・オニモト。ルミナスのシュバリエ・テスト・パイロットで、今は王宮の勅命を受けて動いてます。ネリス・オニモトは王朝にとって重要なシュバリエ・マイスターの一人で、今は職務を放棄して無断で出国中です。至急連れ戻す必要があります。――みたいな感じ」
「……成程」
「なんかロボットとかが気持ち悪いぐらい好きで、腕はいいけどバカな感じです。何か知りませんか?」
「ふむ。ボクが見た感じは、そこまで気持ち悪い感じでもなかったけどねえ」
柚子とネリアは会話を止め、声がした方を振り返る。すぐ傍らで、軍服の上に華美なコートを肩掛けにした男がタピオカミルクティーを啜っていた。「やぁ」その男、
烏丸 秀が片手を挙げて挨拶する。
「……びっくりした……え? 誰? いつからいたの?」
「ネリアちゃんだよね。ボクは烏丸、フリーの運び屋さ」
「はあ――」
ネリアが胡乱げな声を上げ、秀は微笑む。「お姉さんには会ったことがある。残念だが彼女は連盟にはいないよ。彼女が向かったのは鐵皇国だ」
「……マジ?」
「ま、信じる信じないは任せるよ。もし手放しで信じる気が無いなら、ルミナスに戻ってお姉さんの行きつけのバーを訪ねたまえ。ボクの証言の裏付けが取れるはずだ」
「……」
「さて」
呟き、秀は空になったタピオカミルクティーのカップを近くのゴミ箱に捨てる。「お姉さんはすぐ見つかるよ。その前に、ちょっと寄り道していかないかな? この騒動を、もう少しいい席で見られるよ」
言って、秀はのんびりと歩き出した。「……どうします?」「……うーん……」柚子に問われ、ネリアは腕を組んで思案した。
最終選考会場・VIP席。
「場内の避難誘導はほぼ完了しました!」
「よし。最低限の人員を残して、場外駐車場での避難誘導に移ってください。場内要員はAKDF《対運動エネルギー拡散フィールド》の出力維持を最優先。皆さん覚悟決めてください。私達は帰れませんよ」
「アリス殿! ガンケージより入電! 観客の安全のため、予備機を投入して事態の鎮圧を試みる。ご諒解されたしとのこと!」
「お礼文を!」
「やあ、アリスさん。実行委員長殿」
声がして、アリスと実行委員長は振り返る。「えーと……どちら様ですか?」「フリーの運び屋。烏丸秀と申します。お見知りおきを」言って、秀は優雅に一礼する。
「あの、ご存じの通り今取り込み中です。緊急の用件ですか?」
「ええ。勿論この状況に関する用件です。お耳だけ、一分程貸して頂きたい。その上で退室を命ぜられるならそのようにします」
「――ではどうぞ」
言って、アリスはVIP席に設えられた計器に向き直る。「今回のCIの動きに不審な点があります。ひとつ、ダルテフィスが既に5機製作されている事。まだ正式採用されてませんよね? ひとつ、製作された5機とも組み上げられている事。試作機の動作確認なら、予備機はバラバラのパーツのままの方が取り回しやすい。ひとつ、組み上げた5機を全部持って来ている事。しかも稼働状態で。本来なら使うわけがないのに」
「……成程」
「以上の事からCIはシィニの暴走を予見していた……つまり、この事件の最重要容疑者です」
「状況だけ見れば、そのように推測することもできますね。しかし、もっと決定的な証拠が無ければ告発は出来ませんよ」
「告発なんてとんでもない。事件が表面化する事は連盟も望まないでしょう。連盟諸都市の結束にも関わりますし。どうでしょう、ボクとテストパイロットの彼女が内偵をして証拠を掴むので、裏で穏便に済ませる、というのは」
「――へ!?」
「……わ」
秀の後ろで、結局ついてきていたネリアと柚子が声を上げた。「……もし、証拠がなかった、あるいは手に入れられなかった場合は?」
「ボクはフリーの運び屋です。ここでの会話も無かったことにして頂いて結構。彼女たちには十分な自衛能力があります。万一のことがあっても、死んだり捕まったりするのはボクだけです」
「……」
「報酬はいくつかの国外持ち出し禁止パーツの融通。他国公的研究機関には持ち込まないと誓約します」
アリスは秀を見つめ、それから後ろの柚子とネリアに視線を移した。
「後ろのお二人が同意されるなら――ご自由に」
「えー……」
「……どうします? 私は、もうこの際巻き込まれてもいいかと思ってますけど……」
柚子がそう言い、ネリアはまた腕を組んで思案する。「内偵ったって……どーすんのよ。相手は空中戦艦よ?」
「やり方は任せるよ。――あるんだろ? パイロットの君が、まさか空手で任務に就いてるとは思えない」
秀に言われ、ネリアは唇をぐにゃぐにゃと歪めた。