■ 闇を行く者
月の無い夜だった。
雨に降られ予定を狂わせられた冒険者たち一行は、ここを野営地と定め夜を過ごしていた。
ぱちぱちと音を立てて揺れる炎を前に、
トスタノ・クニベルティは周囲の様子に気を配っていた。
焚き火の近くで夜の気配を遠ざける者。
遠くで、囁くように言葉を交わす者。
それから睡魔に誘われ眠りについた者。
各々が、夜明けを待ち望むその時だった。
(おっと……こんな夜半に何かあったか?)
トスタノの耳が捉えたのは微かな足音だった。
数は一、その軽さからおそらくは小柄。
「敵意はないかな?」
そちらの方向を確認すれば、トスタノたちへ近づくように頼りない灯りが揺れていた。
少しばかり様子を見るかと彼は立ち上がり、ふと通りすがった中に見知った顔を見つけて声を掛けたのだ。
「ナワさんじゃないか。奇遇だねえ」
そんな声を掛けられて、
名和 長喜と
キクカ・ヒライズミは顔を上げた。視線の先にいるのは長喜も知った顔で。
ああお前か、なんて反応を返す前に、
「助けてください!」
と彼らの野営地へ少女の声が響き渡ったのだ。
◆◆◆
「村が魔物に襲われました。どうか助けていただけませんか?」
ラピス・キリエと名乗った少女は、悲壮な様子で息を切らせながら助けを求めた。
日中、彼女は一行の姿を目撃していた。
森に囲まれた少女の村は街からは遠く、救援の手が到着する頃にはすっかり夜は明けてしまうだろう。それに村は魔物の危険とは縁遠く、自力でどうにかすることなど到底叶わない。
だからこそ彼女はすがったのだ。
可能性という希望に。
馬を連れている者もいたから、追いつける保証もなかったけれど。
「それで、報酬は出るのか?」
長喜は冷静にそう指摘していた。
証言によれば、ゴブリンの数は少なく見積もって五匹。
昼日中であれば、彼らにとってなんら支障はなかっただろう。
ただ敵を倒すだけではなく、人質を守り、敵を倒す。
周囲は森に囲まれ、そして明かりに乏しい新月の夜だ。
悪条件が重なったこの依頼は、相応の危険は十分に予想できるだろう。
「名和さん! 目の前で困っている方がいるのであります!」
ロッドで地面を軽く突き、ラピスの話に同情したキクカが、今は行動するべきだと説得する。
「なに、そんなのは救出後に追々で良いのさ」
義をもって勇と為すっていうよねと、トスタノの言葉もあって。
「まったく仕方がない。それでは詳細を聞かせてもらえるか?」
相棒や知人の声に押されて、長喜は一仕事に向けて頭を切り替えたのだった。
◆◆◆
ラピス曰く――。
彼女の住む村では、祭りを近くに控えていたのだという。
祭りと言っても、周囲を森に囲まれた村で行われる、ごく小さな規模のものだ。
日々を平和に過ごせた感謝と、その平穏が長く続くように祈りを捧げるささやかなもの。
それでも、祭りの日は特別なのだ。
村の代表が感謝を述べ、祈りを捧げる儀式が終われば、あとは宴の始まりだ。大人たちは酒を酌み交わし、普段より少しばかり豪勢な食事が振る舞われ、誰もが少しばかり心が浮つく。
今日は集会所に大人たちが集まって、祭りの準備が行われていたのだ。
段取りを決め話し合いが終わり、軽食が出され、場は自然と宴会の様相を帯びる。
そうなればもう夜も遅いから、あるいは家に子や親を残して来たからと、早めに集まりを離れた者もいた。
そこを、ゴブリンによって襲撃されてしまったのだ。
「私が確認できた限り、無事だったのは集会に出ていた人たちが大半です」
安全を確認できたのは、集会所にいた人間が多数を占めている。
実際にラピスは数少ない幸運な例だった。
彼女の場合、ただほんの少し早く家族が異常に気付いたから。
悲痛な声に後押しされ、小柄な体が窓枠をすり抜けることができたから。
運良く見つからず、集会所にたどり着けただけにすぎない。
「幸運だったんです。……姿のなかった人も、どこかで身を隠しているかもしれません」
彼女の家族は、集会所に姿をあらわすことがなかった。
だから、そう信じるしかないのだ。
先導するランタンの灯りを頼りに、依頼を引き受けた一行は移動をしていた。
その移動時間が少しでも惜しいのだと、合間にラピスへ状況を確認し、戦術を構築していく。
ラピスは襲われて程なくして、村を後にしたらしい。
間近に迫る村までの移動距離を考えれば、襲撃はおおよそ三時間程前。
「それでは、その時点で安否が確認できたのは村民の半分程度、ということですわね」
ならばその残りは一体どこへ?
そういった疑問を
ライラ・スワンソンは取り纏め、襲撃から現在に至る状況を的確に明らかにしていく。
これがもし人同士の話であれば、大抵の場合何らかの要求があるはずだ。
「ゴブリンは、ラピスさんたちに何か要求しましたか?」
アーティ・ワインズがそう問えば、ラピスはいいえと首を振る。
「無事だった者とも話したのですが、そういった要求はなくて」
「それなら現地の確認が必要だね。襲撃直後から、結構時間が経っているし」
捕まった者たちが集められているのを遠目に見たと、証言はあったというが、
フィー・ラスティンは状況の変化を見極める必要があると認識したのだ。
村へたどりついた時点で、安否を確認できたものが増えているならよい。もしそうでなければ、安全を守るための戦術の変更が必要になるだろう。
「フィーさん斥候をお願いできますか?」
同じ事を考えたのか、アーティがそう声を掛ける。
「もちろん」
「では方針は決まりですわ!」
ライラはモルゲンシュテルンを手に微笑むと、一行を纏め上げる。
村はもう、間近に迫っている。