海崎 武蔵はちょっとしたしくじりを犯していた。
いつも月見だなんだとイベント毎に大和世界を訪れては美味い店で飲み食いする少年が、ウキウキと出かけるからちゃっかりと付いてきたものの、どうやら今回はつれあいとの逢瀬を楽しむらしく、邪魔をしたら野暮だと判断したのだ。
まあ、あの浮かれっぷりを見て気づかなかった自分にも落ち度があるってもんだと、自嘲する。
当てが外れて仕方なしに彷徨う京の街。
「ねぇ、ししょー。どこ行くの?」
後ろからちょこまかと着いて歩く
水谷 和奏の存在に、武蔵は辟易していた。
食べる伝がなくなって、何処か適当に酒とつまみにありつける場所を探してみるか、と思っていたところだというのに、子供がいてはそれも叶わない。
手持ち無沙汰で吹かしていたタバコも、子供の健康を害してはならないと、『シガーセット』をコートのポケットから出すことすら躊躇う。
(好意は嬉しいけど年齢差がねぇ……)
ちらりと気づかれないように和奏を見遣る。
(子供に惚れたらアカン気がするんだよね)
和奏は武蔵に対する好意を隠さない。
それどころか直截想いを伝えてくるし、諦めない。
こうして今も月見に京へ行くと聞きつけ、追いかけてきている。
真っ直ぐだから躱すのも雑作なく、それとなくお茶を濁しているが子供はいつか大人になる。
(ししょーの『大切な人』ってだぁれ?)
以前にそんな情報を聞いた気もする。
だけど、和奏はそんな不確かなコトで諦めきれないし、いくら好きだと伝えても武蔵にはのらりくらりと躱されるばかりで思い切れない。
「子供扱いされてるだけかもしれないけど、ここ京だったらあたしも大人だもん!」
小さく、つぶやく。
前を歩く武蔵が足を止めた。
(ねぇ、少しは聞かせてくれたって良いと思うの)
大きな手が伸ばされて、くしゃりと和奏の髪をまぜる。
「和奏ちゃんは甘味の方がいいんだろうな」
何処に行くのかと言う問いの答えだと、和奏は気づく。
「あたしに合うお店じゃなくって、ししょーの行きたいお店がいいの!」
自分に気を遣わずに、武蔵の好きなお店に一緒に行きたかった。
彼の前にちょこんと座って、お酒を飲む姿を見たかった。
和奏の前では控えているみたいだけれど、武蔵からするタバコの臭いだって好きだ。
「だからって、酒を出す店に連れていくわけにはいかないだろう」
「ここじゃ、あたしだって大人だもん!」
問題ないとばかりに和奏は頬を膨らます。
(ほら、ご覧よ。今だって、あたしは子供だ)
——このお月様の下だったら少しは素直になってくれないかなぁ……
どうしたら届くのかなぁ?
振り向くんじゃなくっても、ちゃんとあたしを見てくれないかなぁ……?
振られたって大丈夫だもん。あたし大人だもん。
和奏はぐるぐると思考を重ねている。
そんな様子に、武蔵は「大人ってなぁ……」と苦笑いする。
「一緒に酒が飲める年齢になって、それでも変わってなきゃ考えてやるよ」
和奏の中で、何かがぱちんと弾けた。
「そんなの決まってるじゃん! ししょーも聞かなきゃ分かんない?」
好きで好きで、大好きで。
この気持ちを抱えたまま追いかけてたら、きっとそんなのあっという間なんだから!
躱したはずの気持ちは、思わぬところに着地したようだ。
二人は夕餉の頃合いでもあるので、とりあえず食事の取れる店へと入ることにする。
大人と子供。
地面に伸びる影の長さも違う。
和奏の背が伸びて影の長さが近づいたとしても、生きてきた時間の差はどうやったって埋められない。
(ししょーと二人で月を見られる状況になったら聞いてみよっと)
月の光が作る二人の影を見ながら思う。
「ねぇ、ししょー。ししょーは誰と月を見たかった?」